私症説[28]いったい何を根拠に男はバカだと言うのか/永吉克之

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近年、女性にとって「男はバカだ」と言いやすい空気がかなり醸成されてきたように思う(地域格差はあるようだが)。その反面、男性が「女はバカだ」と言える空気はどんどん萎んで、今ではそんなことを言う命知らずがいたら、男たちは、俺はこいつとは何の関係もないからね、という顔をしながら、女性たちに聞こえないようにミュートした拍手を送るのが精一杯だろう。

男性のなかでも特に年輩者が、酒の席などで「これだから女って奴ぁ単純だって言うんだよ」とかなんとか赤ら顔でわめき散らすような時代がしばらく続いたので、これからは女性が「種付け以外で男のできることは、みんな女の方がうまくやるわ」と、何世代にも渡る遺恨を晴らす時代が続くであろう。

ちなみに蜂の世界では、働き蜂はみなメスで、オスは女王蜂と交尾をするためだけに一時的に生まれてくるらしい。ふむ、それを考えると確かに、男は精子を提供していればいいような気もする。

いや、それならそれで結構。蜂と同じように人間界の管理運営はすべて女性に任せて、男はヤるだけヤったら潔く死ぬる。ん? てぇことは、女を獲得するために争わなくてもいいし、妻子を守るために体を張らなくてもいいわけか。それいいね。それで行こうよ。

ともかく男性にとっては、雌伏の時代が始まるのだ。......あ、いやいや、これからは「雄伏」と言おう。だから他の慣用句も、「こんな簡単なこと、男子供でもできるぞ」「いつまでもメソメソするな。男々しい奴だ」「どうせ男の浅知恵だ」と言い換えよう。

この際だから、「男」を「バカ」と同意義に使おうではないか。「男野郎」「男正直」「四月男」「火事場の男力」「正直者が男を見る」「男とハサミは使いよう」「男につける薬はない」「男のひとつ覚え」「男貝」「イワンの男」「恋の男ンス」(ザ・ピーナッツ・昭和38年)



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嗚呼、しかしなんと云ふ悲劇であらうか。男女がいてこその人類なのに、その地位や権利の問題になるととたんに憎悪をむき出しにする。できることなら私は女性たちとは憎み合いたくはない。それどころか、もしそんな夢みたいなことが可能なら、女性と仲よくしたいくらいだ。

外国人に「日本人はバカだ」と言われたら、日本人ならたいていは怒ると思うのだが、もしも「日本の男はバカだ」と言われたら、日本の女性は怒ってくれるのだろうか。私はその辺りが不安なのだ。「ほんと、バカなのよ。世界に対して恥ずかしいわ」と喜々として同意するような気がしてならないのである。

私なら「日本の女はバカだ」なんてぬかす害国人がいたら、はっきり言って殴るね。それが金正恩でも殴るよ。ピョンヤンまで行って殴る。それがバスコ・ダ・ガマでも殴る。墓を暴いて殴る。それだけの覚悟を私は持っているのだ。だから日本の女性たちも「日本の男はバカだ」と言う奴を見つけたら遠慮なく殴っていただきたい。訴えられたら「永吉さんの許可がある」と言えばいい。

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私は望んで男に生まれてきたわけではない。だから私には男という性を擁護する義務はない。しかし50年以上も男をやっていると、男に愛着が生まれるのだ。男は私の故郷(ふるさと)。ウサギ美味しいかの山。コブナも美味しいかの川。過疎地でも僻地でも荒れ地でも故郷は故郷。数々の悪党も育ててきたが、やはり故郷。故郷を悪し様に言われたら誰だっていい気分はしない。

われわれ日本人は望んで日本人として生まれてきたわけではないのに、某国とか某国、あるいは某国が、尖閣諸島や竹島や北方四島の領有権を主張するのを聞くと血圧が上る。ま、それと似たようなものだ。

昨年のアジア大会。日本対センターカントリーのサッカーの試合のセレモニーで日本の国歌が流れている間じゅうセンターカントリー側の観客がブーイングを浴びせるシーンがあったが、それを見ればどんなに日の丸と君が代が嫌いな人間でも、日本人ならまさか爽快な気分にはならないだろう。ま、それと似たようなものだ。

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あたかも「男」「女」という名前の個人が存在するかのように、ひとまとめに「男は(女は)バカだ」と言うから、両者の間に憎しみの連鎖状球菌が発生する。「◯山×雄という男はバカだ」「△田□子という女はバカだ」と言えば、個人対個人の闘いになるのだから対岸の火事ではないか。掴み合いでも殺し合いでも勝手にさせておけばいい。自分の周辺に累が及ばなければ他人がどうなろうが知ったことではない、というのが世界の常識である。

あったりめえのこったが、地上には男性と女性しかいない。両者を調停することのできる中立的な性がない。これは天の配剤である。利害を超え、智慧を尽くして対立を乗り越えよということなのだ。それが実現するまでは、われわれ人類の魂は、六道輪廻の苦しみから脱することはできないであろう。

この対立を克服することができた時、おお、私には見える。満天の黒雲が割れて、幾条もの光の柱が地上に降り立ち、そのなかを全ての人類の魂が、昇ってゆくのを。昇りついた世界では、男も女もいつでも好きな時に、異性に変態することができるのだ。何度も変っているうちにどちらが居心地がいいか分ってくる。かくして最後には諸人こぞりて女になり、男女の対立は永遠に終息するのである。おお、私には見える。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
このテキストは、私のブログにも、ほぼ同時掲載しています。
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