ローマでMANGA[41]MangaBook始動...たぶん/midori

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イタリアの学期は9月に始まり、6月で終わる。私が講義するMANGAセミナーは5月で終わる。6月には正式コースの学年末の成績を決めるための準試験があるので、点数に関係ないセミナーは先に終了するのだ。準試験は、この一年間の課題をすべて持って教師陣に見せる。生徒の多くは、終わらせてなかった課題を大急ぎで仕上げたりするのだ。

私のセミナーでは、MANGAの構築法を説明し、それを具体的に体験してもらうために前期に一編、後期に一編、各4ページの作品を作ってもらう。原稿をペン入れまで持っていかなくても、ネームの段階でなんどもやり取りしたい、という私の意図を分かってくれる参加者が少ない。

もっとも例年のパターンが決まっていて、10月・セミナー開始。教室いっぱい(30人ほど)に聴講者から始まって、常連者が10人ほどになっていく。年が明けると5人ほど。最後の5月は、例年2人から4人。そのなかで、私の思惑通りにネームの段階で見せてくれて、修正案を話しあって行けるのは2人くらい。

私のやり方を変えればこの数字が変わるのかと思って、毎年若干の変更を加えるのだけど、傾向は変わらない。根本的に変えれば変化があるのか、6月に進級試験があるから変わらないのか、根本的に変えるそのアイデアが出ないので答えはまだ。



同じセミナーでも、「美術と視覚伝達の歴史」は開始から最後まで生徒が集まる。私も聴講したことがあるけど、目からウロコがたくさん落ちるし、「人は何を見ても情報を受け取ろうとしてしまう。壁のシミや木のうろからさえも。では、どういう情報を受け取るのか。我々表現者はそれをどう利用出来るのか」という話がすごく面白い。ということはやっぱり内容が問題なのか。

読んだり聞いたりでなるほど!!と思ったことを話しているので、今ひとつ、伝わり度が悪いのかもしれない。つまり、私のハートから出ていない受け売りだから、説明する言葉に不足があり、伝えたい事がうまく伝わらないのかもしれない。イタリア語での講義だし。

つまり、内容の他に伝達の不足があるのかもしれない。だいたい、ほぼ毎日家でひとりで過ごし、ダンナも息子も無口な方なのであまり話さないし、年をとってきて脳みその動きが悪くなってきて、知ってたはずの言葉が出てこなくなったりして、酷いイタリア語を話してるのかもしれない。

「編集者」の立場ばかりではなく、製作者の立場にもう一度立って、困難さをこの身に感じるのは講義内容を省みるのに役立つかもしれないと、ずっと思うだけ思ってきたけど、やっと描き始めた。前回お伝えした自作マンガのもうひとつの理由はこれだったのだ。セリフよりもト書きが多い。セリフ構成とト書き構成のコマ運びの違いも痛感する。やっぱりやってよかった。

(プロローグ「私の原風景」)(新作)
< http://p.tl/dkzr > (以下すべてPicasaに飛びます)
< http://p.tl/2ury >
< http://p.tl/YV5n >
< http://p.tl/yz8S >

(第一話「TVがやってきた日」)(前回お見せした物)
< http://easyurl.jp/1paa >
< http://easyurl.jp/1pae >
< http://easyurl.jp/1pah >
< http://easyurl.jp/1paj >

ト書き構成の場合は、文で説明を付けているから一つのコマと次のコマの絵が連絡してなくてもよい。文での説明だから、激しい感情も少し読者から離れた感じになる。ヨーロッパマンガの構築法に近くなる。

アングルもおとなしくなりがちなので、私はアングルに工夫をして動きをつけた。ヨーロッパマンガ(状況解説で物語る)にならないように、それぞれのページの主体が誰なのか、つまり誰の目から語られているのかを明確にするように気をつけた。読者が、どのキャラの立場に立って文を読み進めるのかを明確にすることで、「キャラに感情移入をする」MANGAの特徴から離れないようにする。

セリフのみのMANGAは、読者がキャラに感情移入をし、キャラになって物語を生きるやりかただから、コマとコマのつながりが重要になる。まさにMANGA構築の真髄。コマとコマを、少なくも三つは連続させて動きと時間を作る必要がある。その三つのコマの大きさ、人物と空間の関係、フキダシの位置で時間を作り、時間から感情を作るのがMANGA構築法なのだ。

(URLを短くするサイト、今までeasyurlを使ってたけど、何故か、今日は使えない。探してみて、別口を見つけました。easyurlよりページが単純で、ビヨーーンと短くなる犬の動画がかわいいので、これを当分使うかも、です)
< http://p.tl/ >

●前途多難か? MangaBook

前回に紹介した、学校の出版部から出るMANGAの描き方本、いよいよ始動。MANGA人気で、イタリアにもたくさんのハウツー本や、ワークショップが開催されるけど、その全部がMANGAスタイルの「絵の描き方」を教えるもので、構築法を教えるものがない。私がやりましょう! の本の企画だ。

公私共に忙しい作画担当のマウロ君が、なかなかネームのお直しを持ってこないので、電話して無理やり会うことにして、お茶を飲みながらその場でお直しをした。
< http://p.tl/j-jS >

マウロはこの他に、完成原稿を3枚と表紙用のカラー原稿をあげなくちゃいけない。「その場でお直し」から約3週間経っているのだけど音沙汰ない。もう少し速く進むつもりでいたのだけど。それでは、と、もう一作の方を進めてしまおうと、割付を作り、校長に渡した。

その時に、MANGA・セミナーの作品集(私が割付をしてデジタル印刷屋さんで印刷、中綴じをしてもらった)を渡した。パラパラと見て「ひどい絵だね」と校長が一言。たしかに絵のレベルは低いので「そうですね...」と相槌を打った。翌日になって、やっと相槌を打っちゃいけなかったことに気がついた。打ってもいいけど「ですが」と続けなければならなかったのだ。

校長は絵のテクニックを教えるマンガ学校の校長だから、絵の出来を見る。私のセミナーは構築法なのだから、絵の出来を見てはいけないのだ。それに頷くことは私のセミナーが役に立ってないということになってしまう。どうもこのへんの頭の回転が鈍くて困る。

MangaBookに話を戻すと、MANGAセミナーに参加して、昨年卒業したアレッサンドラ嬢を作画家にすることにした。あまり上手ではなかったのが、すごいやる気で三年学校に通ってとても上手になった。

一年時のMANGA
< http://p.tl/TR1n >

二年時のMANGA
< http://p.tl/mXXG >

何よりもやる気満々なのがいい。学校の出版部発行の本のことには触れず、やっと出来上がったセミナーの作品集を渡すという口実で会うことにした。朝は病院の検査に行くとのことで午後の約束。ところが検査が長引いて、約束の時間になってもまだ病院にいるということで、約束はキャンセルになった。

うーむ、マウロといい、アレッサンドラといい、この企画は前途多難なのかも?と弱気になってしまう。けれど、もちろんここで負けてはいられない。マウロに催促し、アレッサンドラにはメールをして会う日を決めた。

気をとりなおして段取りを決める。秋の出版を目指してこの夏には、内容を充実させてしまいたい。

【みどり】midorigo@mac.com

原発に対して無知だったのは私だけ? 原発、放射線と言うものの知識が一般的でないのは事実だと思うけど。だからこその大騒ぎ。騒いではいけないというのではなく、知らないから来る恐怖に怯えているように思える。

これは日本に限ったことではなく、先にイタリアで行われた国民投票にも現れている。四つの案件の中に原発再稼働か否かもあった。TVでは連日この話題で持ちきりであったけど、その多くがヒロシマとチェリノブイルとフクシマをあげて「だから危険だ」というものばかりだった。三つを同列にあげて誰も不思議がらない。

更に不思議だったのは、全国ネットの国営三局と、首相の私企業である残り三つの全国ネット三局が、原発を推し進めたい政府側のものであるにも関わらず、「ヒロシマとチェリノブイルとフクシマをあげて『だから危険だ』」の意見のほうが多いトークショーばかりだった。つまり、ちゃんと意見を言える人がいなかった。

ここで私が言いたいのは原発がよいか悪いかではなく、現実問題、原発がある以上、放射線についての正しい知識をもっともっと持つべきなのでは? ということ。原発を地元に抱える住民はさらに。

正しい知識を持っていれば、無駄に怯えることなく、ことが起きた場合の対処の仕方、被曝を最小限に抑える方法が、誰かが言ってくれるのを待つのではなくて、わかるはず。知っていなければいけなかった。

ものすごく多くの人が、漠然と放射線はあってはならないもので、原発の事故と原爆のみで放射線が飛び出す異常事態が起こり、それが即がんを誘発する......と考えているような気がする。イタリアも同じ。で、イタリアの国民投票で原発は却下された。これで、イタリアはエネルギーの殆どを外国から買う状況が続くわけ。もっとも、今の政府で原発の危機管理がちゃんと出来るのか、というのは疑問ではあったけれど。

もうひとつ、原発反対を推進する勢力は原発にまつわる利権を口にする場合が多いけど、反対運動勢力にも火力にも太陽エネルギーにも風力にも利権はついて廻っているのを忘れてはいけない。だからこそ、ヒステリックにならず、冷静に、皆で知識を増やすのが大事だと思う。

それと一般市民はつい自分の生活を基準にして、みんなで節電すれば済むことじゃん、どの家庭にも太陽電池パネルをつければいいじゃん、と軽く考えがちだけど、大事なのは日本の経済を支える企業、工場に必要なエネルギーを考えに入れるということ。生産に必要なエネルギーが供給されなかったり、電気代が上がってやっていけなくなったりしたら、そのマイナス効果は震災被害に匹敵かそれ以上になってしまうと懸念する。

例えばある種の工場では、一サイクルを一気に終わらせなかったら、輪番停電とか電力供給に波があったりとかで途中で止めたら、生産できない場合もある。電気代が上がったらやっていけないので、閉鎖か海外移住をした場合は国内の失業者が増える。移住した会社の収益はもう日本には還元されない。

今迄の生活を維持したまま、ちょっとだけテレビを観る時間を短くする、電気をつける時間を短くすることで済む問題ではないのだ。あるいは、今迄の生活を維持しなくてもいい、そんなにがむしゃらに技術を進めたり、便利な生活を送ったりしなくてもいいじゃない......という意見も、大事なことを見落としている。

大きな武力を持たなくても独立国としてやっていけるのは、日本の技術が世界中に必要だから。技術も武力もなかったら、すでに北方領土はロシアに、竹島は韓国に占拠され、中国が尖閣を狙ってる日本、あっという間に餌食になる危険がある。エネルギー問題とは、即、国の政策や私たちの生活様式の問題なんだと、やっと気がついた。

私個人の意見は「今のところ原発賛成、50年くらいかけて徐々に脱原発」。みんなで各種の発電方法の利点と欠点をじっくり勉強して、冷静に結論を出してほしい。

イタリア語の単語を覚えられます!と言うメルマガだしてます。
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