境界線の歩き方[05]「構造と力」再読★リゾームな世界
── 出渕亮一朗 ──

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「構造と力」浅田彰著(1983年初版)という本が当時、話題になった。20代の若者が何やら難しい哲学書を書いたというのが理由なのだが、釣られてこの本を買ってみたけど、数行読んで放り投げたという方が正直なところほとんどだったと思われる。

ドゥールズ=ガタリやラカンといった学者のポスト構造主義の理論を考えたものらしいが、内容があまりにも抽象的なのと、読んだこともない難しい本の引用が多すぎるからである。だが、著書が本文中で示唆しているのだけど、実はどうも本文に説明が出てこない、最後の図表が最も大切らしいのだ。

それは、<プレモダン>としてのヒエラルキー構造、<モダン>のクラインの壺構造、そして<ポストモダン>としてのリゾーム構造が対比されていた。

ヒエラルキー構造は、王様のように少数の権力に支配された構造だろう。これから来るべきものとされたリゾームとは地下茎のこと。各点が互いにつながり絡まりあった構造である。ちなみにクラインの壺構造とは、例えばサラリーマンは同時に消費者なので、主従(表裏)が反転しながら循環しているといった意味だろうか?(主=お金を出す側、つまり、消費者だ)



1995年頃、突然、世の中に認知されぐんぐんメジャーになったものがある。それは、インターネットである。インターネットを知ったとき、すぐ私は気づいた。リゾーム構造とはインターネットそのものではないか。80年代ほとんど誰も想像もしなかったインターネットの世界を、これらの哲学者達は抽象的に予言していたのではないかと思うのだ。

構造が変われば力(権力)が変わる、すごく自明な理論である。情報がマスコミや権力側だけに扱われていたトップダウンのヒエラルキー構造から、個人個人が平行に網の目状につながるボトムアップのリゾーム状態になれば、力の構造が変わるのである。

例はいくらでも挙げられる。

今年になってチュニジア、それに続いてエジプトで大きな民衆運動がおこり、政権がひっくり返ったことはまだ記憶に新しい。そしてリビアでは未だ混乱が続いている。これらのデモ活動には、FacebookやTwitterによる民衆間の呼びかけが大きく寄与していたと言われていることも、ご存知の通りである。デモの様子をYouTubeにリアルタイムでアップされるのも、民衆を盛り上げるのに一役買っているに違いない。

某国の国技の八百長事件も、携帯電話という新技術があるから露見したとも言えるし、某国家間の領有地係争諸島の動画投稿サイトアップ事件が問題となったのも、インターネットで誰もが簡単に映像を世界中に公開できることが遠因だ。ウィキリークスのようにここで問題としている事そのものの集団もある。

等々の最近の一連の事象は決して偶然に同時に起こっているのではない。インターネットが世界中で完備され、スマートフォンもここ数年で急速に広まり、スマートフォンからの動画投稿サイトへのアップも簡単といった、情報技術の進歩というバックグラウンドがあり、起こるべくして起こっているのである。

まあ、デジクリはクリエイター向けのメルマガなので、政治的な話はこの辺にしておいて、リゾームな世界がクリエイターの創作活動にどう影響しているか例を上げてみよう。

○Modeling Object Recicling System (MORS)

これは、1997年の私の妄想というか、今でいうblog的にネットに思いついた事を公開したものである。CGデザイナーが作って所有している3Dモデルを世界中で共有すれば、CGを作成するのがずっと楽になるのでは? というアイデアである。将来的には現実にあるすべてのものがバーチャルにも作られると考えた。

現在、Google SketchUpで、すべてのものを3D化してモデルを共有しようという一大プロジェクトができているようだ。また、後述のMMDコミュニティでも同様のことが起こっている。ただ、私の妄想した域に達したといえる、こういったシステムは残念ながらまだない。

○電車男

私はこの小説はもっと評価されてもよいのではと思う。人類の文学史上のエポックメーキングな作品であったと言っても過言ではないのでは。というのは、電車男の話は実際にあったのかどうかということは別にしても、日本中の互いに見知らぬ不特定多数のユーザーが、リアルタイムでネットに書き込みを行ったことは事実であり、そうしたものをそのまま小説にしてしまったという文学の手法は、これ以前にはなかったはずだからである。中に溢れるアスキーアートや顔文字も小説として見ると、すごく実験的であると言える。

○Modulobe

このプロジェクトはかなり歴史が古く、2004年に始められているようだ。ユーザーはModulobeというフリーツールを使い、モジュールというパーツを自由に組み立てて、物理シミュレーションで動き回る仮想生物を簡単に制作できる。

このシステムの面白いところは、ユーザーは自分で制作した仮想生物データをサーバーにアップでき、また、別のユーザーがその仮想生物をダウンロードして、自分の環境で再現できるところだ。

つまり、ダウンロードした仮想生物を元に追加修正して新しい仮想生物を制作して、それをまたサーバーアップする...といった無限ループが起こるのだ。生物の遺伝子はレトロウイルスによって、互いに遺伝子の組み換えが起こり、それによって進化がダイナミックに起こるという説があるが、まさに、それを体現しているという意味でも、仮想生物実験システムなのである。

○ニコニコ動画(原宿)

このコーナーで何度も取り上げているのだが、VOCALOIDで曲を作る人がいて、描いてみた人のイラストレーションを使ってPVを作り、それを歌ってみた人が出て来て、さらにそれに振りを付けて踊ってみた人が出て来て、その振り付けをまた踊ってみた人が出て来て、さらにMikuMikuDance(MMD)を使って、CGキャラクターで踊らせてみた人が出て来て...のダイナミックフィードバックが巻き起こって、かなり面白い作品が次々に生まれてくるシーンがある。

これを可能としているのは、ある意味、皆、著作権の放棄に近いことをしているためだろう。投稿者は本名を出さず、IDネームだけを使っているという点に、特に誰かに使われるということを気にしていないだろうことを感じさせる。

○MikuMikuDance

MMDもこのコーナーで何度もご紹介したように、初音ミク等のVOCALOIDキャラクターを自由に踊らせることのできるツールがスタートだった。MMDのコミュニティーでは、キャラクターの3Dモデルを作る人、ダンス等のアニメーションデータを作る人、アクセサリー等の小物を作る人、背景の大道具を作る人等が、データを共有し合い、それらの組み合わせで新たなムービーを制作し、動画投稿サイトにアップするというインターネット上での共同作業が世界規模で起こっている。

ただ、残念ながら開発者様によるとMMDは今年5月末を持って開発修了とのことである。これだけ盛り上がって来ているはずなので、開発者様への最後のお願いとして、ぜひオープンソースにしていただきたいものだ。

あ、それで思い出したが、そういえば、Linuxも、ウィキペディアも、Second Lifeも、この方式で成功した例だった。

参考:
Modeling Objects Recycling System(MORS)
< http://www.atom.co.jp/vrml2/mors/index-j.html
>

Modulobe
< http://www.modulobe.com/
>

ストロボナイツ踊ってみた(Strobo Nights)
<
>

VOCALOIDの名曲ストロボナイツ、愛川こずえさんによる名振り付け、名ダンサーこげ子さんがネットで出会った、海外でも絶賛の奇跡のダンスムービー。最近の美しい野外を背景にしてHDで踊ってみたトレンドの始まりはここからか?

【出渕亮一朗】
コンピューターグラフィックス、インタラクティブアート分野のアーティスト
グラフィックス分野のプログラマー
< http://www.debuchi.com
>
ryoichiro.debuchi(a)gmail.com