わが逃走[86]穴コレクションの巻
── 齋藤 浩 ──

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みなさんこんにちは。そういえば穴を見るとつい棒をつっこみたくなるなあ、なんてことを考えます。砂浜で穴をみつけては、長い棒をカニが出てくるまでつっこみつづけることもよくありますし、どこぞの資材置場にて、塩ビ製のパイプ一本一本にそれぞれジュースの空き缶がつっこまれているのを目撃し、妙に共感したりなどなど。

棒をつっこむのはもちろんですが、穴は見るのも好きですし掘るのも好きでした。大きな横穴に憧れて、ひとりスコップを持って毎日学校の裏山へ出かけたこともありましたし、社会科見学で行った埼玉県の吉見百穴(横穴墓群跡)には故郷に帰ったような懐かしさを感じました。

ちなみに当時の愛読書は谷川俊太郎の『あな』。ボキャブラリーが貧困な小学生にとって、穴の魅力を代弁してくれた素晴らしい絵本です。表紙を見ただけで主人公に感情移入できるような、和田誠さんのイラストも素晴らしかったなあ。たしか主人公の名前はひろしだったと思います。

で、そんな穴好きの少年がモテない青春時代を過ぎた先に行き着くところはといえば、そう、コレクターなのです。という訳で、今回はいい年こいた大人ががなんとなく集めていたら、けっこうな量になっていたという穴の数々をご紹介いたしましょう。題して『ブロック塀の穴コレクション』!


さて、唐突に始まったブロック塀の穴コレクションの話ですが、そもそもブロック塀の穴とは住宅地でよく見かけるこんなやつです。いわゆる風抜き穴ってやつらしい。
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あまりに普通すぎて、つい見過ごしてしまいがちなんだけど、実はよく見てみるとけっこうな種類があるのだ。また地方によってもずいぶん傾向が異なるようで、その土地の歴史や文化にも関係しているのではないか、なんてことを思うのだ。

集めてみるとものすごく装飾的なものがあったり、またストイックでシンプルな美しさをもったものがあったりと非常に興味深い。では早速紹介していきましょう。

1・世田谷にて
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いわゆるベーシック系。こういうタイプのものはわりとどこにでもあるので、とくに気にする人も少ない。また、主張しないことによって、周囲の樹木や建築などの美しさを引き立てているともいえる。非常に奥ゆかしい存在であり、また目的をきちんと見据えた上でデザインされたプロダクトといえよう。

2・阿佐ヶ谷にて
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シンプル系。単純な幾何形態の構成だけど、どことなく中央線文化を思わせる反骨精神を感じるのは私だけでしょうか。私だけですね。そこまで主張したくはないんだけど、やっぱ他人と同じじゃヤなわけよ。ほうほう、そうですか的静かなアイデンティティ。

とくに右下のバツバツには、70年代ロックンロールの魂を感じます。どうでもいいけど、昔セリカXX(ダブルエックス)というカッコいい車があったのだが、欧米ではものすごい卑猥な意味をもつため、違う名前で発売されたそうです。そういえば、沖縄でも日産ホーミーが違う名前で(以下略)

3・熊本にて

どこもかしこもミニ東京化してしまい、地方都市のアイデンティティが急速に失われている昨今ではあるが、このブロックの穴を見れば地元の文化を誇れるはずだ!

3-1和風タイプ

純和風な扇と
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太鼓橋や屋根瓦を想起させるアーチ
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そして荒波
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の向こうには阿蘇の噴煙でしょうか。
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穴を見るだけで風景が浮かんできます。ちょこっと歩いただけでこれだけ採取できたので、じっくり探したらかなりの数を発見できそうです。あなどれないぜ、熊本。

3-2ベーシックタイプのアレンジ

これらは、最初に紹介した『半円3つ』のバリーションといえると思うのですが、天地幅の狭いロの字型ブロックとの組合せで、なんとも和の雰囲気がアップします。このブロックの向こうには、絶対頑固そうなオヤジが盆栽いじりしていそうです。
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また、両脇の半円を思い切って広げ、半径をブロックの天地幅に合わせたものがこちら。
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奥ゆかしい存在だったパターンが、こうすることにより俄然元気になってきます。どことなくタモリの形態模写ネタ『子宮と卵巣』を想起させるところも秀逸で、子孫繁栄の願いを込めてつくられた土偶などの原始美術に通ずる力強さを感じます。

こちらはさらに直線を加えたアレンジ。
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ベーシックタイプが農民的であるとすれば、こちらには武士の気質を感じます。質素を柱とした様式美とでもいいましょうか。同じ左右対称型であるのにも関わらず、伝わる印象はまるで別物。

さらに一工夫すると、ますます変身。
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違い棚をもつ日本家屋をイメージさせつつも、モダンタイポグラフィに見られるようなリズミカルな強さも兼ね備えています。ここまで来ると『半円3つ』とはまったく違うモノといえますが、一連の流れを見ていくとプロトケラトプスがトリケラトプスへと進化したような形状の発展を感じずにはいられません。

4・松本にて

松本からは2点紹介します。前も書いたけど、松本は素晴らしい文化都市で町全体のセンスがすこぶる良い。こちらは数年前に発見した亀甲パターン。
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似たようなものは都内でもたまに見かけるのですが、このブロックはなぜか左右非対称なんですね。さらに六角形の天地の接点がとても少なく、強度的に大丈夫なのか? と不安にならなくもないです。

ですが、その繊細な印象がこの穴の美しさを引き立てているのもまた事実。さらに上に乗っかってるブロックとの隙間が絶妙で実に絵になるのですが、手抜き工事っぽく思えなくもなく、地震のとき崩れないか心配。

そしていちばんのお気に入りがこちら。
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この絶妙な分割を見よ! シンプルかつリズミカル! ここまで来るとミニマルアートだな。YMOの名盤『テクノデリック』を聴きながら、ゆっくり眺めたら最高だろうと思う今日この頃。

しかし人通りの少ない路上でブロック塀を見つめるその姿はものすごくアヤシイだろから、通報されること間違いなし。そんな訳で、狭く深い趣味を極めようとすると常に壁が立ちはだかります。でも、そんな壁にも風抜き穴が必要でしょ! と開き直りつつ、今後も地道にコレクションしていこうと思った次第。

いつの日かこいつをきちんと分類して一冊の本にまとめたら......なんてことを夢見つつ、次回へつづく!

てなことを考えつつネットでいろいろ調べてみたら、もうすでにいろんなヒトが同じことやってた!
いやー、インターネットの世の中になって思うことは、こんなにも狭く深い趣味のヒトが大勢いらっしゃるのだなあってことでして、
我ながら心強いというか不気味というか、不思議な気持ちです。
こうなったからには今後は形状を記録するのではなく、いかに美しく穴を撮るかをテーマにコレクションを続けていきたいと思います。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。