映画と夜と音楽と...[506]死んだ方がマシ...か?/十河 進

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〈ライムライト/関の彌太っぺ/鬼火/あの夏の子供たち〉

●13年間でひとつの都市の人口が消えた

先日、年間の自殺者が3万人を超えたというニュースが出ていた。13年も連続して、毎年3万人以上の人が自殺しているのだ。その13年間で、40万人以上の人が自殺した。僕の住む東京近郊の都市の人口は、30万人ほどである。つまり、ひとつの小都市の人々が全員消えてしまったことになる。

僕は自殺について何度かこのコラムでも書いてきたが、自殺する人を「卑怯だ」とか「逃げだ」と責めたことはない。自殺するには、それなりに辛いことがあったのだろうと思うし、自殺は悪だとも思わない。日本人には、死んでお詫びをするとか、腹を切って己の名誉を守るという美学もあり、自殺に対しては伝統的に寛容なのだと思う。

もう10数年前になるが、僕は娘と一緒に我が家の団地の屋上から飛び降りた少年を目撃した。我が家は7階にあり、団地そのものは11階建てである。その屋上は立ち入り禁止になっているが、一度、管理組合の理事になったときに入ったことがある。あそこから飛び降りる勇気は想像できなかったけれど、それほど思い詰めた気持ちは胸に迫った。言葉にならなかった。

そのときのことは「避けられない生を生き抜くための言葉」(「映画がなければ生きていけない」第2巻171頁参照)で書いているけれど、僕はチャップリンの「ライムライト」(1952年)の中の「死と同じく、生も避けられない」という言葉に目から鱗が落ちる思いだった。それはチャップリンが、絶望し自殺を図った若いバレリーナに向けて発した言葉だった。




人生は辛い。困難の連続だ。死んだ方がマシだ、と思うこともある。だが、それを乗り越えるのが生きていくということじゃないのか...。僕にはチャップリンがそう言っているように聞こえたし、「ライムライト」を見て励まされ自殺を思いとどまった人は、世界中で数え切れないほど存在するだろうと実感した。

──でも、仕方ないわ、生きていかなければ! ねっ、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長い、はてしないその日その日を、いつ明けるともしれない夜また夜を、じっと生き通していきましょうよ。運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱強く、じっとこらえていきましょうよ...

これはチェーホフの「ワーニャ伯父さん」(神西清・訳)の中で、ソーニャがワーニャに言う長いセリフの冒頭である。ワーニャは義弟の犠牲になった人生に絶望して自殺を試み失敗し、さらに深く深く絶望している初老の男である。「悔恨と失意の底で...」(「映画がなければ生きていけない」第1巻462頁参照)で、僕はこのセリフを共感を込めて引用した。

──この娑婆にゃあ、悲しいこと辛えことがたくさんある。だがな、忘れるこった。忘れて日が暮れりゃ、明日になる。

これは僕が何度も引用する「関の彌太っぺ」(1963年)のセリフである。「泣きたい時に見る映画」(「映画がなければ生きていけない」第2巻184頁参照)で詳しく書いているが、僕の人生に対する認識は、このセリフに象徴されていると言ってもいい。誰だって辛い人生を、困難を、克服して生き続けているのである。忘れなければ、生きていくことはできない。

●人間なら自殺を考えるのが当たり前なのだ

死にたい、と思うことは誰だってある。なければ、人間ではない。ポール・オースターの「幻影の書」は、伝説の映画スターを巡る面白い小説だが、その中で妻子を飛行機事故で失った主人公は精神分析医に「自殺を考えたことは?」と訊かれ、「もちろんあります。なかったら人間じゃありません」と答える。そう、人間なら自殺を考えるのが当たり前なのだ。

僕自身も、天寿をまっとうし文壇の大御所になった作家より、自殺者となった小説家が書いた作品を身近に感じ、共感してきた男である。ジャック・ロンドン、アーネスト・ヘミングウェイ、リチャード・ブローディガン、チェザーレ・パヴェーゼ、芥川龍之介、有島武郎、太宰治、田中英光、川端康成...、かれらの作品の底に流れるメランコリーな情動に共振れするのだ。

主人公が自殺に至るまでの数日を描いた「鬼火」(1963年)は、僕の大好きな映画(「映画がなければ生きていけない」第2巻519頁「人生はいいものなのか」参照)だが、あの主人公が精神の死を経て自殺することによって、世界中の多くの若者の自殺を食い止めてきたのではないかと僕は思っている。人は自殺を考察し、想像することで、自殺しないでいられるのである。

しかし、自殺者は死んで救われるかもしれないが、残された側の苦悩を自殺者が知ることはない。身近な人間に自殺された人は、まず衝撃を受け、自分が何か悪かったのだろうかと考え、そこまで追い込まれていたことに気付かなかった己を責める。言葉もない。胸の底から湧き起こってくる憂鬱な気分に苛まれ、ふさぎの虫に捉われる。自殺者の身近の人間が後追いのように自殺することは、けっこう多い。

昨年暮れにいろいろと話題になった水嶋ヒロの「KAGEROU」は、3万人の自殺者がいることを知ったことが執筆のきっかけになったと作者が語っているが、その中でヒロインが父親が自殺者だったことを告白するシーンがある。彼女は生まれつき心臓に欠陥があり、手術をしないと生きられないと宣告された少女だ。

彼女は子供の頃、父親が自分の手術費を捻出するために自殺したことを知り、それ以来、深い罪の意識に捉われながら生きてきた。これは、かなり辛い人生である。父親の自殺という自己犠牲によって自らの命を得た子供は、一体、どうすればいい。悲しむことはもちろんだが、自分が生まれてこなかったらよかったのだと責め続けるだろう。

多くの映画は自殺する人間は描いてきたが、残された人間の苦しみを描いた作品はあまり記憶がない。しかし、最近、僕はフランス映画の「あの夏の子供たち」(2009年)を見て、途中から胸が苦しくなるほどの思いに捉えられた。画面から目を背けたくなったが、耐えて見続けた。その映画は、前半が終わったところで主人公が自殺する。そして後半、同じ時間を使って残された家族や友人や仕事仲間たちの苦悩を描くのだ。

●次第に追い込まれていく男の苦悩が息苦しい

男は、映画のプロデューサーである。片時も携帯電話が離せない。交渉と調整ばかり。そして金策も...。芸術派の監督の作品が進行中だが、彼は完全主義者で撮影は遅々として進まない。制作費だけが湯水のように使われ、消えていく。一方、別の撮影現場からは、役者のワガママが手に負えないと連絡が入る。近々、韓国からくる監督とも会わなければならない。持ち込まれたシナリオにも目を通す必要がある。

しかし、彼は家族を愛しており、週末には家族の待つパリ近郊の別荘に帰る。美しいイタリア人の妻と三人の娘たちがいるのだ。長女は思春期でひとりでいることを好んでいるようだが、それでも家族揃ってリビングで過ごす時間は幸せそうだ。日本で言えば小学校6年生くらいの次女、三女はまだ10歳前だろう。おしゃまだが、幼い。

彼女たちは、父親を愛している。父親も目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようだ。週末の日中は有名な教会を訪ねたり、川で泳いだりする。家族と共に過ごす時間を男が大切にしているのが伝わってくる。夕陽を浴びて帰路に就く五人の姿が輝いて見える。幸せそのものを写しとったようなシーンである。

だが、パリに戻ると、現実が押し寄せてくる。芸術派監督はスウェーデンでロケをしているのだが、「金を送れ」と矢のような催促が続く。スタッフへの給料が遅れていて、スト寸前なのだ。ストをされれば、遅れに遅れている撮影がさらに遅くなり、余計に制作費がかさんでいく。おまけに、スタッフのひとりが首を吊る。「なぜ、死んだの」と訊く妻に「珍しいことじゃない」と男は答える。

パリ郊外でロケをしている映画では、俳優がパリに帰るとごねている。その現場にいった男は俳優と話をするが、「妻が不倫して妊娠した」と聞かされ、「つらいな」とタバコを差し出す。長年、プロデューサーとして多くの映画を制作してきた男は、仕事仲間たちには信頼されているのだ。

ある日、男は友人のプロデューサーと会食する。勘定をするときに「ここは僕が...」とクレジットカードを出す友人に、「カードをしまえよ」と見栄を張る。もっとも、莫大な借金を背負っている男にとって食事代をおごるくらいは、何でもないのかもしれない。

友人のプロデューサーは、男の制作会社が銀行や現像所に莫大な負債を負っているのを知っている。二人で歩きながら、友人は「映画を売れよ。僕はそれで生き返った」と忠告する。男の会社には過去に作った多くの映画があり、その権利を売ることで借金を返せ、と言うのだ。しかし、男は自分が制作してきた作品に愛着があるのだろう、「権利を売るのはイヤだ」と答える。

彼はどんどん追い込まれていく。「なぜ、そんなアマチュアみたいなロケハン担当を雇った!」とスタッフを怒鳴ると、「ベテランはギャラが高いのよ」と反論される。長年の仕事仲間であるスタッフは「もう、まわらないわよ」と口にする。彼が振り出した二枚の小切手の一枚は「すぐに換金するな」と言ってあったのに、スウェーデンの銀行で換金される。

進退窮まる。追い詰められる。逃げ場がない。男は、車のグローブボックスから手紙の束と拳銃を取り出す。それが物語の当然の流れとして、僕にもわかった。じっくりと描かれてきた男の窮状、男の感情の変化。男の表情から何かが失われていった。子供たちと幸せに過ごしていた男とは別人だった。何かが、フッと切れてしまったのだ。この男は自殺するしかない。僕は、そう思った。

●死んで楽になったのか、救われたのか、問題は解決したのか

人は、なぜ自ら命を絶つのか。生きていたくないからだ。死んだ方がマシだと思うからだ。この苦しみから逃れられる、救われると思うから...。しかし、自殺者に訊くわけにはいかないが、死んで楽になったのだろうか。救われたのだろうか。彼が抱えていた問題は、彼の死によって解決したのだろうか。

ちっとも解決していない現実が、「あの夏の子供たち」の後半で描かれる。友人のプロデューサーに駅で迎えられた妻は、「どうしてなの...」と言ったきり絶句する。そう、肉親や身近な人に自殺された人間が、最初に思うのは「なぜ...、どうして...」である。なぜ自殺を選んだのか、なぜ自分に救いを求めなかったのか、それほどまでに追い詰められていたのなら、どうして打ち明けてくれなかったのか...。なぜ、気が付かなかったのか。

──パパは私たちのことを想った?
──君たちを想っていた。大好きだった。でも、昨日は苦しくて、君らを忘れた。

次女が、涙を流しながら問いかける。パパは私たちのことを考えなかったのか、棄ててしまったのか、ひとりで死ぬなんて...と、彼女は思った。当然だ。その子供の問いに友人のプロデューサーは、精いっぱいの優しさで答える。その言葉の後に彼は続ける。

──もう苦しんでない。

だが、苦しみは妻と三人の娘たちを襲う。妻は夫に死なれ、その意志を引き継ぐために映画の制作を続けようとする。彼女にも夫に棄てられたと思う気持ちがあるはずだ。だが、娘たちがそう問うと否定し、映画制作を継続するために孤軍奮闘する。夫が映画を愛し、金銭のためではなく映画を作り続けてきたことを知っているから、それを誇りに思っていたことを理解しているからだ。彼女は、長女とこんな会話を交わす。

──パパの愛の深さを忘れないで。
──でも、パパは私たちを棄て、人生を降りた。
──それは違うわ。死は人生の否定ではなく、数ある出来事のひとつ。

そうなのか。「死は人生の否定」なのではないか。妻は自らにもそう言い聞かせて、慰めているだけではないのか。生きることを放棄する、それが自殺だ。生きることとは、人生の日々を重ねることだ。彼は人生を否定し、妻や子供たちとの幸せな時間を放棄した。妻や子供たちは、結局、彼をつなぎ止められなかった。だとすれば、残された妻や子供たちは苦しむに決まっている。

●「おまえが彼を殺した」と言われた監督の気持ちは?

夫の資金繰りを圧迫した最大の原因である、芸術派監督に会いに妻と友人はスウェーデンに赴く。友人のプロデューサーは「この映画からは手を引くのが一番だ。あいつが彼を殺した」と、最初から制作を続ける気はない。だが、妻は夫がその監督を天才と讃え、彼の作品をプロデュースすることが夢だったのだと知っている。だから、何とか制作を続けたい。

監督の元には、今後の制作資金を出してもいいというロシアのテレビ局の人間がきている。彼らを交えて交渉が始まる。友人のプロデューサーは「これ以上の資金は出せない」と強行に主張する。挙げ句の果て、「君とこの映画が彼を殺したんだ」と、芸術派監督に向かって厳しい言葉を投げつける。

誰かが自殺をすると、犯人捜しが始まる。何が原因だったのか、どうして死んだのか、残された人間の最大の疑問である。そこに具体的な回答を求める。「あの夏の子供たち」の主人公は資金的に追い込まれ、会社も立ちゆかなくなって自殺した。原因は借金だ。だとすれば、そんな状況に追い込んだ映画が悪い。湯水のように金を使いながら、完璧を求めて完成が見えなかった映画。その監督が殺したようなモンだ。そのように親しい人たちは考える。

だが、自殺の原因など明確に「これだ」と突き止められるのか。人は、様々な想いを抱えて生きている。人には、それぞれの顔がある。家族と過ごすときの顔、仕事をしているときの顔、友人たちと呑んでいるときの顔、あるいは愛人と過ごすときの顔...。友人たちと過ごすときの顔を家族は知らないし、その逆も同じだ。だから、人が自殺するファクターなど無数にあるのではないか。

「あの夏の子供たち」でも主人公が自殺した後、長女は自分に歳の離れた兄がいることを知る。結婚する前、父と別れた女性が生んだ子だ。長女は、その女性に会いにいく。それは、死んだ父親のすべてを知りたい、知って自殺した本当の理由を探りたい、そう思ったからだろう。そこには、自分が父の重荷ではなかった、自分が原因ではないことを確かめたいという気持ちもあったのではないか。

結局、彼女たちに救いはない。会社は整理されることになり、芸術派監督の映画は制作が止まる。その監督が訴訟を起こすという。もしかしたら男の残した負債が、彼女たちを苦しめるかもしれない。妻は子供たちとイタリアに帰ることにする。タクシーの中で涙を流す長女。「泣くのはやめて」と言う妻。夫を亡くした妻、父親を亡くした子供たちの将来は決して明るくはない。

しかし、この映画のラストの印象が妙に明るいのは、ラストシーンに「ケ・セラ・セラ」が流れるからだ。「絶望とは死に至る病である」と偉い哲学者が言ったが、人は絶望し自殺する。希望があれば、人は生きていける。長女は父の死後に知り合った監督志望の青年に、「幸せな結末の映画を作って」と言う。彼女は、希望が抱けるような映画を作ってほしかったのだ。

だからというわけでもないだろうが、この映画の監督はラストシーンに「ケ・セラ・セラ」を流す。それが救いだ。この歌に登場する母親は娘に「私は将来どうなるの?」と訊かれ、「なるようになるわ」と、あっけらかんと答えるのである。これほど絶望と遠い言葉はない。「なるようになるさ」と思えば、誰も自殺などしない。

僕も自分が「死んだ方がマシだ!!」というところまで追い詰められたときには、「ケ・セラ・セラ」と口ずさむことにしよう。

----どんなことも、なるようになる。あるいは、すべてのことは、なるようにしかならない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

「小説を電子書籍にしませんか」と昔なじみの編集プロダクションの社長に言われ、書き直していた三編を預けた。三年連続で乱歩賞に応募したものだが、三次選考まで残ったので何とか読むには耐えるのではないかと思うけど、やっぱり少し恥ずかしい。写真を散らそうということで、これも昔なじみのカメラマンが撮り下ろしてくれるという。それにしても、三篇で千八百枚。一体、いつ書いているのか、自分でも不思議。Appストアで販売予定です。

●306回〜446回のコラムをまとめた「映画がなければ生きていけない2007-2009」が発売になりました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1447ei2007.html >
●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
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・前回、通巻番号を間違えました。前回、正しくは505でした。(編集部)