映画と夜と音楽と...[507]満島ひかりが叫ぶとき/十河 進

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〈愛のむきだし/クヒオ大佐/川の底からこんにちは/悪人〉

●馬乗りになり聖書の言葉を叫ぶ満島ひかり

最近、お気に入りの女優は? と訊かれたら、即座に「満島ひかり」と答える。初めて見たのは「愛のむきだし」(2008年)だった。満島ひかりという女優が僕の記憶にしっかり刻み込まれた作品だ。その後、テレビドラマで女テロリストを演じているのをたまたま見かけたとき、「やっぱり実力のある、売れてくる女優さんだったな」と思った。

そのテレビドラマで、アップになった満島ひかりの目の光が印象に残った。どんなショットでも目が強く輝いている。「女テロリスト? なるほどね」と、僕はつぶやいた。ピッタリだった。しかし、道を歩いていれば僕も振り返るだろうが、それほどの美貌ではない(ゴメンなさい)。むしろ、むちゃくちゃな(というか、がむしゃらな)表情をしたときに魅力を発揮するタイプだ。

「愛のむきだし」でも最も印象的なのは、主人公に馬乗りになり、聖書の言葉(だったと思う)を叫ぶように唱えるシーンだった。記憶がはっきりしないのだが、そのとき、胸がはだけて白い乳房が見えていたように思う(そちらに気がいかないほど、表情の方が印象的だった)。カルト教団に洗脳され、ロボットのようになっていた彼女が、次第に自分の感情を取り戻していく重要な場面だった。

「愛のむきだし」は4時間近くある大作で、そのくせ不安定なキャメラワークが続く不思議な作品だった。ほとんど手持ちカメラで撮っている。それが狙いなのはわかったが、カメラがリズミカルに揺れるカットもあるし、カット割りも目まぐるしく、馴れていない人には辛いかもしれない。自主映画みたいだなと思ったが、園子温監督は自主映画界で有名な人だった。



しかし、4時間近くを飽きさせず、画面に引き込む力のある作品だった。好きか嫌いかと問われれば、僕は「嫌いな方の映画ですね」と答えるが、その作品の持つパワーの凄さは認める。映画を見て数年経った今も、いろんなシーンを憶えているし、フッと映像が浮かぶこともある。その映像の中には必ず満島ひかりがいて、叫んでいる。彼女なしでは成立しなかった映画なのだとわかる。

なぜ僕が「嫌いな方の映画」と答えるかと言えば、人間の欲望について容赦なく露骨に描いているからだ。それも主として性欲である。主人公は狂信的な神父の父親に育てられる。父親に懺悔をさせられるうち、懺悔のために罪をあえて犯すようになり、次第に変態的な嗜好に走る。やがて盗撮の名人になる。盗撮ビデオを出したり、講演をしたり、変態ショーに出演したりする。

ある日、仲間たちとの悪ふざけで女装(梶芽衣子の「さそり」の扮装)をして町に出たとき、男たちにからまれていたひとりの少女(満島ひかり)を救う。その少女は女装した主人公に憧れてしまうのだが、主人公は男としてその少女を好きになる。そこに、カルト教団が関わってきて、血まみれの破局に向かって物語は突き進む。「嫌いだが、凄い映画」という他ない。

昨年、園子温監督は「冷たい熱帯魚」(2010年)を制作し評価も高いのだが、数年前に現実にあった愛犬家殺人事件をベースにした作品らしいので、僕は敬遠した。「愛のむきだし」のトーンで実際の連続殺人事件を描かれたら、僕はスクリーンを見ていられないかもしれない。「でんでん」が殺人犯を演じて評判なので、少し残念ではあるけれど...。

ちなみに、園子温監督は日活映画あるいは梶芽衣子にオマージュを捧げているのだろう、主人公の女装に「さそり」スタイル(その源は「野良猫ロック・セックスハンター」のマコの扮装だ)を採用している。さらに、劇中に出てきた野良猫の墓の卒塔婆には、「野良猫ロックの墓」と書かれてあった。

●だまされて「なぜ、わたしなんだよー」と叫ぶ満島ひかり

NHKの大河ドラマ「篤姫」に僕は久しぶりにはまり珍しく一年間欠かさず見たが、その篤姫の夫の将軍役で一般的に人気が出た堺雅人は、その後、何本も主演映画が続いている。実在の結婚詐欺師をモデルにしたという「クヒオ大佐」(2009年)も、その中の一本だ。

日系アメリカ人で軍のジェット・パイロットだと偽り、何人もの女性をだまして金を巻き上げた結婚詐欺師を、いつも笑っているような顔の堺雅人が妙な日本語で演じている。彼の出自は父がハワイのカメハメハ大王の末裔、母がエリザベス女王の妹の夫の従姉妹だという。聞くだけで怪しいものだが、実際にそれで何人もだまされたらしいから世の中はわからない。

そのクヒオ大佐に金を貢いでいるのが、男性経験がほとんどなかった弁当屋の女社長(松雪泰子)である。だが、ある日、クヒオ大佐は松雪泰子と密会していた箱根の宿を出て散歩しているとき、自然教室に子供たちを引率してきていた若い女(満島ひかり)を見かけ、彼女もターゲットにする。彼女は近くの自然博物館(野鳥や昆虫を展示している)の学芸員である。

満島ひかりが演じている学芸員は冷めかけている同僚の恋人がいて、大酒飲みで仕事にも人生にも飽いているいるような感じだ。投げやり、というのとは違うが、仕事にも生きることにも、恋愛にも身が入っていない。「どうでもいいや」という雰囲気を醸し出している。大酒を呑んで記憶をなくし、女性の同僚に電話したことさえ憶えていない。

ある日、彼女は同僚が博物館の個室で、恋人と抱き合っている場面に遭遇する。友人である同僚は「もう別れたって聞いたから...」と居直ったように言う。そのときの同僚のふてぶてしさがいい。「元々、彼を好きだったのよ。あんたが横取りした」とも言う。現場を見られた開き直りが、彼女を強く図太くしているのだ。

満島ひかりが演じるキャラクターの面白さは、こういう場面に出会っても淡々としているところである。元々、冷めかけていた相手かもしれないが、恋人が友人と寝ていたのである。ショックは受けるし、ふたりの裏切りに取り乱すのが普通だ。しかし、彼女は「こんなことも人生には起こるさ」といった感じで受け流してしまう。

おまけに友人の開き直った言葉には、申し訳なさを顕わにした表情をする。そのくせ、ひとりになると「どうして自分が申し訳なく思わなきゃならないのだ」と怒りたくなる。それは、自分自身への怒りだ。自分の性格に対するものであり、他者に強く出られない己のふがいなさ、あるいはそう感じてしまうことへの不満である。だが、同じことが起これば、また同じ反応をするだろう。

そんな満島ひかりに、クヒオ大佐は魔の手を伸ばす。「魔の手」ということでもないのだが、着々と結婚詐欺師としての仕掛けを張り続ける。しかし、満島ひかりはなかなか落ちない。クヒオは彼女の他にも銀座の高級クラブのホステスにも狙いを付けて近付いているので、こちらのエピソードも進行する。しかし、僕は満島ひかりのキャラクターがどうなるのかが最も気になった。

●「みんな中の下の人生じゃないか」と叫ぶ満島ひかり

──わたしなんて、所詮は中の下の女ですから...

何かというとそうつぶやくキャラクターとして登場する「川の底からこんにちは」(2009年)の佐和子は、満島ひかり的キャラクターを突き詰めた結果なのかもしれない。上京して5年目、5つ目の仕事、5人目の恋人...と、冒頭で立て続けに描写されるのは、ヒロインがいかに普通のOLであり、しがない存在であるかということだ。

高卒で上京してきたらしい佐和子は、自分が「特別の存在」などではなく、どこにでもいる「普通の人々」のひとりであることを、骨身に染みて知らされている。自虐的なまでに「わたしなんか、男に棄てられてばかりですから...」と同僚のOLに言い、現在のバツイチ子持ちの恋人を「そんなのやめちゃいな」と言われると、「わたしだって大した女じゃないから、ちょうどいいんです」とまで言い切る。

こういうキャラクターを演じると、満島ひかりは輝く。彼女がいつ開き直るか、あのがむしゃらな(女優的には崩れた、あまり見せたくない)表情をいつ見せてくれるのか、という期待が膨らむ。

女優には守るべきイメージがあり、多くの場合、所属事務所やマネージャーから「うちの○○にそんなことはさせられませんね」とストップがかかるが、満島ひかりに関してはそんな制約がまったくないのではないか。えー、そんなことまで...と思うことが多い。

もちろん露出度や濡れ場については制約があるのだろうが(「愛のむきだし」では露出していたが、その後はほとんどない)、満島ひかりの場合は崩れた顔になる表情も平気で撮らせている。美貌で売っている女優だと、撮影する角度やライティングにもうるさい。満島かおりは美貌で売っている意識がないのかもしれない。月並みな言葉だけど、体当たりの演技という形容が的を射ている。

「川の底からこんにちは」は、ヒロインが5年前に飛び出した故郷に帰るところから話が動き出す。父親が重い病気で入院し、家業のしじみを扱う水産会社の仕事を継ぐために帰郷するのだ。水産会社と言っても、しじみ漁師の奥さんたちが10人ほど働いているだけの零細企業だ。彼女たちの夫は、毎日、川の底をさらってしじみを掬い、それを水産会社に納めている。

しかし、実家を継ぐのに積極的になったのは、会社をクビになった佐和子の恋人の方である。子供を大自然の中で育てたいという理由をこじつけて、ダメ男は佐和子の故郷についてくる。駅に出迎えた叔父(岩松了)に「あの子は誰の子だ?」と訊かれ、説明しようとした佐和子だったが、「説明が面倒だわ。私の子でいいわ」と言う。まさに満島ひかり的キャラクターの面目躍如である。

しかし、彼女の苦難はここから始まる。工場で働いていた高校の同級生が、「佐和子、駆け落ちした相手とはどうなったの?」と口を滑らせたようにみんなの前で言い、ダメ男の恋人までが「それ、どういうこと?」と気にし始める。「父親を棄てて駆け落ちした女」と、工場で働くおばさんたちからは総スカンを喰らう。

不景気で、しじみの出荷も激減している。「このままいくと、数ヶ月後には...」と、事務や経理を担当している番頭格の古参社員に言われる。狭い町だから、佐和子が帰ってきた噂は町中に広がる。そんなとき、恋人のダメ男が佐和子の同級生だった女性社員に誘惑され、子供を佐和子の実家に置いたまま、女と一緒に東京に戻ってしまう。

そんな状況の中、「所詮、わたしは中の下の女だから...」と佐和子は言うだけだ。しかし、そんな態度がいじましく見えないし、うじうじしているようにも思えない。じれったくもない。どことなくさっぱりした、ハードボイルドな雰囲気さえ漂うのは、やはり満島ひかりが演じているからだ。容貌、表情、立ち姿、動き、仕草、口調、そんなすべてのことから形作られる何かが僕を惹きつける。

●叫ぶ満島ひかりからあふれ出す深い深い悲しみ

会社はつぶれかけている。父親は死にかけている。周りの人間には非難されている。男には棄てられる。そんな状態なのに「中の下の女だから...」と言っているだけでいいのか、佐和子! と思わず激励したくなる展開である。そして、観客にそう思わせたのは、監督の勝利だ。物語は、ここから転調する。反撃に出る。

その反撃が始まったとき、僕は思わず拍手しそうになった。これが満島ひかりだという、まさに待ってました的展開である。彼女はダメ男の元恋人が残した少女の親になることを決意し、保育園に入れて毎日送り迎えをする。会社の朝礼で「わたしは中の下、あなたたちだって同じ」と開き直って叫び、おばさんたちの支持を得る。

これだよ、と僕は思った。この叫ぶシーンを見るために、僕は「川の底からこんにちは」を見続けたのだ。「愛のむきだし」で主人公を押し倒し馬乗りになって叫ぶ満島ひかり、「クヒオ大佐」の「なぜ、わたしなんだよ」と男言葉で叫ぶ満島ひかり。それを上まわる絶叫シーンである。荒っぽい男言葉が少年のような彼女には、よく似合う。

しかし、女っぽい役ができないわけではない。吉田修一のベストセラーを映画化した「悪人」(2010年)では、現代的な若い女性を演じた。保険の勧誘員をしながら出会い系サイトで知り合った男とセックスし、金を払わせるような女だ。金持ちに憧れ、鬱陶しがられながらボンボンの大学生にまとわりつく。原作を読んだとき、何てイヤな女なんだと思った。僕は彼女が殺されても同情しなかった。

満島ひかりが「悪人」で演じたのは、解体業の男(妻夫木聡)に殺される女である。僕は「悪人」を読んだとき、評判ほどには感心しなかったが、映画版には深い感銘を受けた。「悪人」とはこういう作品だったのか、と初めてのように感動した。そして、満島ひかりが演じた「殺されるイヤな女」は、まったく違ったイメージで立ち上がってきたのである。

満島ひかりが演じた被害者の女性から、深い悲しみが伝わってきたのだ。彼女は同僚たちと飲食し、同僚に見栄を張って金持ちの大学生と付き合っていると嘘をつく。その夜、彼女が約束していたのは出会い系サイトで知り合い、金を払わせてセックスしている解体業の男だったが、彼の待つ車の前で偶然に金持ちの大学生に会い、大喜びでその男の車に乗る。

彼女は、はしゃぐ。だが、山中で車を止めた大学生は彼女の息がニンニク臭いと非難し、聞くに堪えないひどい言葉で彼女を侮辱する。「降りろ。降りないと蹴り出すぞ」とまで言われる。大学生は誰もいない山中の道ばたに彼女を蹴り出し、置き去りにする。そのときの彼女の気持ちを想像すると、道ばたにうずくまって起きあがれないのもわかる。立ち直れないほどの傷を負わされたのだ。

そこへ自分が寝てやった肉体労働の男がやってくる。尾けていたのだ、すべて見られた、と彼女は唖然とする。自分が見下していた男に、最も見られたくないことを見られた屈辱。その怒りが男に向かう。「車に乗れ。送ってやる」という男に、「何でアンタがここにいるのよ。罰が当たったって思っているんでしょ...、あんたに拉致された。レイプされたと訴えてやる。誰もアンタの言うことなんか信用しないわ」と、腹いせのように彼女は言い募る。叫ぶ。

叫ぶ満島ひかりから、深い悲しみが伝わってきた。胸に迫った。心に響いた。原作を読んだとき、なんて身勝手で薄っぺらな女なんだ、と思った僕は一面的な見方しかしていなかったのだ。その人物を読み込み、血肉を与え、心情を理解し、満島ひかりは現代の典型的な若い女を創り上げた。やはり、演技力のある人が演じると、キャラクターに深みが出るのだなあと、しみじみ僕は感心した。

満島ひかりが叫び出すと、深い悲しみがスクリーンを覆い、あふれだし、観客の胸を締め付ける。僕にとって、それはひとつの定理になった。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

こんなことを書いた翌日、テレビCMに満島ひかりが出ていた。お笑い芸人と絡んでいた。同じシリーズCMで芸人が絡むのが「ゲゲゲ」で有名になった松下奈緒だったから、そういうランクの女優になったのだろうか。と思ったら、7月から連続ドラマのヒロインをやるらしい。相手役は瑛太だという。うーん、テレビドラマに出て、一般的な人気に左右されるような女優じゃないんだけどなあ。

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