装飾山イバラ道[79]褒め下手から普通に褒められる人へ/武田瑛夢

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今年の「アメリカン・アイドル」のジャッジの印象は「褒めてのばす」やり方だと思ったと以前書いたけれど、私もここのところ学生をよく褒めるようになった。今までの2倍は褒めている。優しくなったわけではなく、私の何かが変わったのかもしれない。

「褒める」ってなんとなくエラそうで適当な言葉かどうかはわからない。でも、とにかく「ポジティブな発見を伝える」ということがとても大切だと気がついたのだ。

髪型や持ち物などで素敵だったら褒めるのは以前からしていたと思う。でも、一番難しいのは作品を褒めるということ。その人が大事にしているとわかっているものについての意見は難しい。すごくデリケートだからこそ、言葉選びに迷っているうちにタイミングが悪くなって、言えなくなることが今までは多かった。



●褒めベタの学生時代

高校も美術学部だし、予備校も大学も美術系でずっと過ごしてきていると、他人の作品にどうコメントするかが、コミニュケーションの大きな部分を占めていたと言える。

あの人の作品に対する意見は素晴らしいとか、偏っているとかで、その人の信用度の大半が決まってしまうように感じていた。下手なことを言って、誰かを傷つけてしまうことは、学生生活でも致命的になりかねなかったのだ。

もちろん、最もだめなのは「自分の考えがない」ことだから、常に「自分の考え」という何だか知れない相棒を寄り添わせて、いつでもコメントが出せるようにしているような感覚。「美大病」とも言えるかもしれない。きっと、素晴らしくなめらかな批評コメントが出て来る人を崇高な目で見ていたから、錯覚していたんだ。

でも最近わかったのは、いいと思ったことに言葉なんて大して関係ないということだ。ぴったりの言葉がタイミング良く出て来るかどうかよりも、「いいなー」という想いをすぐにでも伝えるのが大事なんだと思った。批判的な意見はやっぱり難しいけれど、良い部分はどんな作品にもあるので、良いところから先にどんどん言っていけば伝えられる。

言葉は相手に渡してしまう。相手が私の言葉をどう思うかは、相手の自由なのでそのまま渡してしまう。良いものは感じた時にすぐにても渡す。褒める言葉の蛇口はもう開放状態でもいいのかもしれない。ダダ漏れでは価値がなくなりそうだけれど、物を見る基準を落とすわけではなく、しっかりと良い何かを発見することを続けて、伝えていけばいいだけだ。

●まず発見が先にあること

何も思うところがないのに、言葉だけで褒めると上滑りしてしまう。読んでもいない相手の著書を褒める勇気はきっと誰にもない。心に感じた動きがまずあるのが大事だと思う。嘘は小さくてもだめだと思うからだ。

デザインや絵画をやっている私たちの良いところは、作品を知るのに比較的時間のかからないものが多いということ。映画や書籍だと、コメントを出すにはそれなりに時間がかかるから大変だ。

自分の感じたことは、自分のリアルな言葉として相手に渡す価値はあるのだと思う。その自信は持っていいのだ。受け取り方は相手の自由であることを忘れなければ、自分の心をのせた言葉は何らかの変化のもとになると思う。

●嬉しい褒め言葉

褒めてもらった言葉をノートに書いておいて、自分を励ますのに使うという人もいるらしい。その気持ちはよくわかる。褒められたことって、書くまではしなくても心のどこかに残っていて忘れないものだ。

私も何年か前に本を執筆していた時に、「武田さんに褒められると嬉しい」と編集者に言ってもらったことがある。メールの言葉だったと思うけれど、すごくシンプルな言葉なのに、実はこの言葉こそが私がものすごく嬉しかった褒め言葉。褒め上手なこういう人に出会うと、自分もそうなりたいと思う。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
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スーパーでやっていた東北フェアでみつけた「ソフトりんご」というお菓子に感動した。林檎を厚切りのスライスにして、そのままフリーズドライにしたお菓子なのだけれど、以前からあるりんごチップスなどとは違って、さっくりとしたソフトな噛み心地がなんともいえない。油で揚げていないので、りんごの皮や形はそのままで水分だけ完全に飛んでいる状態。まるでりんごの形のきめ細かい発砲スチロールのよう。王林という青リンゴタイプを食べたけれど、香りや酸味が残っていてとてもおいしかった。下記リンクから購入可能。

・はとや ソフトりんご
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