[3086] ボギー!俺も男だ(と思う)

投稿:  著者:  読了時間:29分(本文:約14,200文字)


《ハチの一刺しをぶちかますおばちゃん》

■映画と夜と音楽と...[509]
 ボギー!俺も男だ(と思う)
 十河 進

■歌う田舎者[24]
 ルックイースト おおざかのおばちゃんに学べ
 もみのこゆきと



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■映画と夜と音楽と...[509]
ボギー!俺も男だ(と思う)

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20110715140200.html >
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〈マルタの鷹/黄金/キー・ラーゴ/アフリカの女王/カサブランカ/ボギー!俺も男だ/インテリア〉

●ジョン・ヒューストンがボギーに捧げた弔辞

先日、出社の途中、上野駅で足止めを喰らい、時間つぶしで駅ビルの書店に入った途端、新刊棚にあった「友よ 弔辞という詩」という本が目に飛び込んできた。井上一馬さんの訳で河出書房新社の刊行だった。昔、井上さんが訳したボブ・グリーンのコラム集はよく読んだが、井上さん自身が書いた上下二巻の「アメリカ映画の大教科書」(新潮選書)も愛読している。

その本を開くと、巻頭に掲載されていたのはジョン・ヒューストン監督がボギーことハンフリー・ボガートを悼む弔辞だった。それを見ただけで、僕は本を持ってレジに並んだ。その他にもオーソン・ウェルズがダリル・ザナックに、ニール・サイモンがボブ・フォッシーに弔辞を捧げているのだ。買わずにはいられない。

おまけにジャニス・ジョプリンへの弔辞やジェームス・ディーン、リバー・フェニックスなど、夭逝した人たちへの弔辞も並んでいた。歴史的な人物としてはカール・マルクス(もちろん弔辞はエンゲルスが捧げた)やエジソンやチェ・ゲバラ(もちろん弔辞はフィデル・カストロが捧げている)なども取り上げられていた。

僕はキャサリーン・ヘップバーンの自伝や小説「ホワイトハンター・ブラックハート」、あるいは川本三郎さんのハリウッドに関する本を読んで、ジョン・ヒューストンという監督は相当にクセのある(できれば近寄りたくない)人だと思っていたので、その本の巻頭に掲載されたハンフリー・ボガートへの弔辞を読んで、意外に感じた。肩すかしを食った気分だった。もっと型破りな弔辞を期待していたのだ。

ハンフリー・ボガート主演で「マルタの鷹」(1941年)「黄金」(1948年)「キー・ラーゴ」(1948年)「アフリカの女王」(1951年)という名作を作ったジョン・ヒューストンは、ボギーの人間性を絶賛し、彼が果たした映画界への貢献を讃え、家族との深い愛に敬意を表した(ある意味では常識的な)弔辞を感動的に述べていた。もっとも、シニカルなジョン・ヒューストンのことだから一筋縄ではいかない。こんなことも言っている。

──ヴェルサイユ宮殿の噴水の池にはどこにもカワカマスが一匹いて、それが鯉たちを活発に動きまわらせています。そうしないと、鯉は太りすぎて死んでしまうからです。ボギーはハリウッドでそれと同じような役割を果たすのをこのうえなく楽しんでいました。

ボギーというキャラクターを、人々にストレートに理解させる言葉だと思う。ユニークだが、適切な比喩だ。それを読んで、僕はナサニエル・ベンチリー(「ジョーズ」の原作者ピーター・ベンチリーの父親です)が書いた「ボギー」(石田善彦・訳/晶文社・刊)の序章を思い出した。こんな書き出しだった。

──一九五七年七月のある夜、ハンフリー・ボガートと妻のローレン・バコールはひとりの友人とともにビヴァリー・ヒルズにある由緒あるレストラン〈ロマノフ〉にいた。彼らのすわった窓ぎわのテーブルの向かい側のバーのスツールには海兵隊軍曹の制服を着た男が腰かけていて、ボガートはしばらくのあいだ無言でその男を見つめていた。

この描写の後、ボギーがその男が偽の海兵隊員であることを見破り、トラブルの予感を感じたローレン・バコールがボギーを止めたエピソードが紹介される。ナサニエル・ベンチリー自身もボギーと親交があった作家である。ボギーがどういう人間だったか、それを理解させる格好のエピソードだと作家は思い、巻頭に配置したのだろう。

──年を追うごとに激しさを増したボガートの闘争心は、さまざまの形をとってあらわれた。ときによってそれは、ただ他人がどんな反応を示すかを見るための実験だった。また、尊大にふるまう人間をへこませるための鋭い針となることもあった。(晶文社刊「ボギー」石田善彦・訳)

こういった証言を読むと、ハンフリー・ボガートも近寄らない方がよかった人なのかもしれない。僕には、ジョン・ヒューストンとハンフリー・ボガートが盟友だったことが信じられないが、才能を認め合うことで互いに敬意を抱いていたのだろう。40を過ぎたボギーを主演に抜擢したのは監督のジョン・ヒューストンであり、スターの座につけてくれたのは「マルタの鷹」のヒットだった。

●ボギーは男のダンディズムを体現したシンボルになった

ボギーが体現する男のダンディズムはアメリカだけでなく世界に広がり、共通するイメージを想起させるアイコンになっている。トレンチコートの襟を立て、ソフト帽を目深にかぶり、両切りのタバコをくわえて、紫煙に目を細める。彼が連想させるのはタフでありながら、センチメンタルな心を隠した男である。ぶっきらぼうでシニカルな物言いをするが、心優しいタフガイである。

そのタフガイのイメージは「マルタの鷹」の私立探偵サム・スペイドで確立され、犯罪者を演じた「ハイシェラ」(1941年)を経て「カサブランカ」(1942年)のリックで決定的になった。アメリカ人にとっては「カサブランカ」は特別な映画であり、彼らの基礎教養になっているのではあるまいかとさえ感じられる。

そして、ボギーが体現する男のダンディズムが、男たちの夢になり、憧れになった。あんな風になりたいな、という具体的な姿が確立されたのだ。しかし、夢は夢である。現実には、カサブランカの酒場のオーナー・リックのような男はどこにもいない。それにヒーローには必ず美しいヒロインが現れるが、現実の人生にそんな美女が登場することはあり得ない。

ボギーが男としてのリファレンスだとすれば、現実とのギャップを描き出すために冴えない男の人生にボギーを登場させてみたらどうだろう、と発想した男がいた。ニューヨークに住むユダヤ系のインテリであり、コメディアンであり、脚本家でもあった冴えない小男である。当時はまだ、数本の作品を脚本・監督・主演で撮っていただけのウディ・アレンだ。

彼は自らを主人公に設定したような、神経症的なニューヨーカーの物語にボギーを登場させることを思い付く。その主人公は、ウディ・アレン自身のような脚本家であり、妻とは離婚寸前の男である。何かというと精神分析医に頼り、自意識過剰で他人の些細な言動に過敏に反応する。そんな男が自分を変えるために、ボギーを生き方の指針にする。映画には、実際にボギーの幽霊(幻)が登場する。

「ボギー!俺も男だ」(1972年)は、アート・シアター系での公開だったと記憶している。だとすれば、東京では新宿文化劇場と日劇文化劇場だけの公開だった。当時は単館ロードショーというのはあまりなかったから、都内二館での公開では集客はあまり望めない。映画好きの間で少し評判になったくらいだった。奇妙な映画...、そんな評価だった。ウディ・アレンは脚本を書き、監督はハーバート・ロスである。

絶え間なく喋り、自意識過剰なくせにコンプレックスに悩み、小心さと臆病さを隠せない小男...、ウディ・アレンを形容するとそんなマイナスイメージばかりが連なる。ことさら強調しているにしても、彼自身が自分をそのように見ているのではないだろうか。滑稽なほど、自分自身が演じる主人公を戯画化してみせる。彼は相手のひと言やちょっとした仕草を過剰に推察し、その裏の意味を読み取ろうとする。

言ってみれば、ハンフリー・ボガートが演じるタフガイとは対極にいる男である。もちろん、本人はそんな自分に嫌気が差し、ボギーのようになりたいと憧れている。だから、うだつの上がらない離婚寸前の脚本家である「ボギー!俺も男だ」の主人公は、ボギーの幽霊を呼び寄せる。もちろん、それは彼の心の中を具現化したものに過ぎないのだが、例のボギー・スタイルの男が現れて主人公に「男ってのはな...」とアドバイスするのである。

現在なら、デジタル技術やCGを駆使して、ボギー本人をウディ・アレンの前に登場させることもできるだろうが、40年近く前の非ハリウッド系作品である。ボギー役は別の俳優が演じている。ただし、トレンチコートに目深にかぶったソフトである。そのかっこうさえしていれば、誰が演じてもそれなりに見える。僕は、本物のボギーより体格がよいのが気になった記憶がある。

●ボギーの幻に象徴される何かを憧れて生きている僕自身

どんなにリアルに撮影していてもハンフリー・ボガートの映画は、やはりある種のファンタジィだ。それは、ジャン=ピエール・メルヴィル作品がファンタジィ(メルヴィルは「私の映画は夢でできていて...」と語る)であるのと同じように、男たちの憧れを描いているのである。そういう意味では自らもトレンチコートを好んだメルヴィルは、ボギーが体現したスピリッツの正統的後継者なのだろう。

それにしても、男たちは(人それぞれだろうが)なぜ「男とは...」という言葉を好むのだろう。「男のロマン」「男の生き様」「男の美学」という言葉がよく使われる。結局、男がファンタジィの世界への憧れを棄てきれないからかもしれない。僕が「ボギー!俺も男だ」を見て共感したのは、ウディ・アレンのように気弱で自意識過剰な臆病者のくせに、ボギーの幻に象徴される何かに憧れて生きている自分自身を見たからである。

「ボギー!俺も男だ」のオリジナルタイトルは「PLAY IT AGAIN. SAM」である。「カサブランカ」の中の有名なセリフだ。「ボギー!俺も男だ」の主人公は、「カサブランカ」を何度も何度も見て、今の自分ではない人間になろうとし、哀しみと滑稽さをにじみ出す。現実の世界で、ボギーになろうとしている男がいたら、それは滑稽でしかないし、自らをボギーのような男と思い込んでいるとしたら、単なる勘違い野郎でしかない。

そんなことを考えたのかどうか、ウディ・アレンは「ボギー!俺も男だ」以降、現代社会の生きにくさを描く作品を何本も作る。自意識が強すぎるために、ひとりで空まわりをしているような人間たち。「アニー・ホール」(1977年)「インテリア」(1978年)「マンハッタン」(1979年)と、彼はボギー映画のように単純には生きられない人々を描き出す。都会に住む頭でっかちな知識階級の内的悲劇である。

その中でも、ウディ・アレン自身が出演しなかった「インテリア」という作品の印象が僕には最も強い。公開されたのは1979年の春だった。「アニー・ホール」でアカデミー賞の脚本賞、監督賞、作品賞、主演女優賞を獲得した後だったから、ウディ・アレンの名前に興行価値はあったのだが、作品が地味で難解だったせいか、ひっそりと公開された記憶がある。

当時は難解であることがまだもてはやされた時代だったことや、コメディアンとして認知されていたウディ・アレンがイングマール・ベルイマンばりの難解でシリアスな作品を作ったことから、「インテリア」は知的観客(?)には受けたと思うが、「ベルイマンの影響が露骨」という評判が立ち、僕はそういう予断を持って「インテリア」を見ることになった。

●難解で訳がわからない映画を見てもわかったような顔をした若い日々

若い頃は背伸びをする。難解で訳がわからない映画を見ても、わかったような顔をする。僕が上京して名画座巡りを始めた頃、イングマール・ベルイマンの名前は世界の巨匠として燦然と輝いていた。「鏡の中にある如く」(1961年)「沈黙」(1961年)「ペルソナ」(1967年)などが頻繁に上映されていた。もちろん、僕もそれらの作品を見た。しかし、僕にはベルイマン作品が全く理解できなかった。いや、見続けるのが苦痛でさえあった。

しかし、1979年に「インテリア」が公開された頃には、まだ僕は素直に「ベルイマン作品を見続けるのは苦痛」と告白することはできなかった。あの素晴らしい世界が理解できないのか、と言われるのが怖かった。「叫びとささやき」(1972年)「秋のソナタ」(1978年)など、ベルイマンは精力的に新作を発表していたし、新作が出るたびに評論家たちに絶賛されていた。だが、僕はベルイマン作品は見にいく気になれなかった。

だから、なぜ僕が「インテリア」を見にいったのか、今もよく理由がわからない。「ボギー!俺も男だ」で、ウディ・アレンの風貌は目に焼き付いていたが、あの小男が監督に専念した映画...ということに興味があったのか。あるいは、入社4年目に初めてできた後輩の編集者がウディ・アレン好きで、「インテリア」を絶賛していたからか。そんなことすべてがきっかけだったのかもしれない。

そして、僕にとっては「インテリア」がウディ・アレン作品の中で最も好きな作品になったのだった。そこには、現代社会の息苦しさや家族という人間関係の煩わしさが、突き放すような視点でクールに描かれていた。登場人物たちに思い入れず、客観的に距離を置いて映し出すキャメラワークはベルイマン作品のものかもしれないが、そのキャメラワークだからディテールが理解できたし、作品から伝わってくるものに感応できたのだ。

30年連れ添った夫婦(ジェラルディン・ペイジとE・G・マーシャル)がいる。彼らには三人の娘(ダイアン・キートン、クリスティン・グリフィス、メアリ・ベス・ハート)がいる。夫が愛人を作り、夫婦に離婚話が持ち上がる。インテリア・デザイナーの妻は自殺未遂を起こし、三人の娘たちは右往左往する。全編にシリアスさが漂っていた。

メアリ・ベス・ハートが演じた三女の苦悩が僕には共感できた。文章を書いて生きていこうとしている三女は、細いメタルフレームの眼鏡をかけインテリジェンスを感じさせる風貌だった。彼女は憂鬱そうな表情で笑顔を見せることもなく、家族の煩わしさから逃れようとしながら逃れきれないジレンマを表現した。以来、彼女は僕のアイドルになったが、出演作はあまり多くない。「ガープの世界」(1982年)の奥さん役が目立つくらいだろうか。

「インテリア」を見終わった後「ボギー!俺も男だ」のウディ・アレンの姿が浮かんできて、本当に彼が脚本を書き監督をしたのかと疑った。同一人物とは思えなかった。自信がなく自意識過剰だった脚本家は、「アニー・ホール」の成功で自信をつけたのだろうか、「インテリア」は堂々たるシリアスドラマだった。戯画化されすぎていたとはいえ、「ボギー!俺も男だ」の主人公(僕は完全にウディ・アレンに重ねて見ていた)が作るような映画ではなかった。

その後、ウディ・アレンは数多くの作品を作り、多くのハリウッド人がオマージュを捧げる大物監督になった。ダイアン・キートン、ミア・ファーロー、ミラ・ソルヴィーノ、ジュリア・ロバーツ、スカーレット・ヨハンソンといった女優たちを、次々に自らのミューズ(創造の女神)として主演させ、小品だが気の利いた作品を作り続けてきた。

ウディ・アレンのミューズだったミア・ファーローの自伝を読んだことがあるが、ウディ・アレンと恋に墜ち、同棲し、やがて泥沼の訴訟に発展するいきさつが後半を占めていた。その訴訟では、ウディ・アレンが養子にした少女とセックスしていたというスキャンダルも暴露され、ウディ・アレンのイメージは大きく傷ついた。しかし、ウディ・アレンの才能は枯れず、70代半ばの今も現役監督として活躍している。

30代半ばで「ボギー!俺も男だ」の脚本を書いたウディ・アレンは、それからの40年をどのように生きたのか。20代初めに「ボギー!俺も男だ」を見た僕は、それからの長い人生を経て「ベルイマン作品は難しくてわかりません」と言えるようにはなった。見栄を張らない、自然体で生きていくと悟ったのならいいが、そうではないようだ。要するに、男の生き方などにこだわらず、人からどう見られようと気にしなくなっただけではないか。鈍感になったということか?

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >
仕事の時以外は酒を飲んでいるか、本を読んでいるか、映画を見ている。原稿を書いているときは音楽を流しているが、以前よりじっくり聴く時間が減ってしまったし、コンサートもジャズクラブもしばらくいっていない。映画はひとりで見るくせに、ジャズクラブはひとりでいってもつまらない。それにブルーノート東京は高いしね。

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■歌う田舎者[24]
ルックイースト おおざかのおばちゃんに学べ

もみのこゆきと
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中小企業のマーケティングやPRに、効果を発揮するもののひとつがWEBである。SNSなどのデータベースに保存された、個人プロフィールや趣味嗜好に関する情報を元に、狙ったターゲットに絞って広告出稿できるため、マスコミを利用するほど資金が潤沢でない中小企業には特に向いている。また、WEB店舗では展示スペースなどを心配する必要もないため、マイナーな商品も取り扱うことが可能で、それらの売り上げを積み重ねることによるロングテール効果も期待できる。Facebookやtwitterがもたらす口コミ効果も侮れない。

......はて? これはいったい何を言っておるのであろうか。我が薩摩藩は、文明開化で時間が止まっておるため、マーケティングとかロングテールとか言われても、何のことやらさっぱりわからぬ。

情報伝達や宣伝の手段と言えば、神代の昔から、回覧板とチラシに決まっておろう。ドリフの大爆笑の元歌である昭和15年の歌「隣組」も、情報を知らせられたり知らせたりするのは回覧板であると明言している。

情報は人の手から人の手に渡されてこそ、そのぬくもりが伝わるというものだ。中村雅俊だって、なぐさめも涙もいらぬが、ぬくもりはほしいと申しておるではないか。それをWEBだのSNSだのとほざきおって、全く都会のものどもが考えることは嘆かわしい。

思い起こせば、拙者の学生時代、小銭を稼ぐためにやったアルバイトは数々あれど、チラシ配りは五指に数えられるほど数をこなしたアルバイトであった。

働き始めてからも、世田谷区でアンケートチラシを配るという研修を受けたことがあるくらいなのだ。いやがる通行人をねじふせるが早いか、やめてと叫ぶ客の口にポケットティッシュを突っ込み、喉元に八方手裏剣を突き付けて、「アンケートに答えたいよな」と慇懃にお願い申し上げるのである。

そして恐怖に打ち震える通行人が書き終わったアンケートを回収したとたん、撒き菱ばらまいてドロンするのだ。電光石火の通行人殺しと言やぁ、あんた、ここいらじゃ知らねぇ奴はいねぇ、拙者のことでさぁ。このまま技能を磨き精進し続ければ、定年後の黄綬褒章は間違ぇねぇってもんだ。

そんなチラシ配りプロフェッショナルの拙者が敗北したまち......それが浪花・おおざかのまちである。

とあるイベントで、おおざかを訪れたのは6月半ばのこと。日曜開催の物販イベントであるため、客層は買い物に来るおばちゃんや家族連れがメインである。しかしながら、与えられたミッションは、「専業主婦・子ども以外のビジネス客にチラシを配れ」なのだ。

「あぁのぉ〜、ちょっと来場者層とのギャップがありすぎてですね、無理があるんではないかと......しかもですね、ポケットティッシュとかシャンプーのサンプルとかのオマケもないってのは......」などと訴えても無駄である。サラリーマンとは、上司が行けといったら行かねばならぬ、死ねと言ったら死なねばならぬものなのだ。

上司が今どうしてほしいのか先読みし、咳をすればのど飴を差し出し、トイレに立てばトイレットペーパーを手渡さねばならぬ。その際、昨日の食物摂取情報からウンチの分量と軟度を推測し、適切な折りたたみ回数のトイレットペーパーを準備する心遣いも必要だ。ここまで配慮できてこそ、プロのサラリーマンと言えるのである。♪サラリーマンは〜気楽な稼業ときたもんだ〜♪と言ったのは、どこのどいつだ、プンスカ。

そう、ここでビジネスマンなどという無味乾燥で24時間戦える単語などを使ってはならない。ビジネスマンは世界中にいるが、サラリーマンは日本にしか生息していない種である。

上司の無理難題を揉み手しながら卑屈な笑顔でかわしつつ、たまったストレスは縄のれんで安酒相手に愚痴る。場末のカラオケスナックで、薹の立ったホステスのねぇちゃんと銀恋をデュエットし、チークダンスを踊りながら尻を撫でまわすことだけが、ささやかな週末の楽しみだ。家に帰れば嫁に給料が少ないと罵られ、鏡に映る自分の姿には頭髪が少ない。

哀感漂う日本の雇われ人を表すのに、サラリーマンほどふさわしい単語があろうか。サラリーマン川柳、サラリーマン金太郎、サラリーマンNEO......サラリーマンという単語がついたものはいくらもあるが、これがビジネスマン川柳、ビジネスマン金太郎、ビジネスマンNEOになると、とたんに雇われ人の哀しみという陰翳がなくなってしまうではないか。ましてや、ビジネスパーソンなどというグローバルかぶれな単語など、もってのほかである。

そんなわけで(どんなわけだ?)、上司の無理難題を背負ったサラリーマンの拙者は、いつものチラシ配り以上の悲壮感を漂わせつつ、イベント会場でオープン時間を待っていたのであった。

キンコーン、カンコーン......会場のドアが開き、黒山の人だかりが目当てのブース目指してなだれ込んできた。旅行用のキャリーバッグを引っ張って走り込んで来るお客までいる。
「ちょっと、醤油どこやの」
「は? 醤油?」

何やら会場の片隅で醤油をプレゼントしていたらしく、半数の客は血相変えてプレゼントエリアに猛然と駆け込んで行く。とても声をかけられる雰囲気ではない。

あまりの勢いに、田舎者の拙者はひるんだが、そうも言っておられぬので、おずおずと通行人のおばちゃんにチラシを差し出してみた。
「あ、す、すいません、あの、チラシをですね......」
「いらんわ」

......わーーーーーーっ!!! いきなり右アッパー炸裂。「いらんわ」って何ですか、「いらんわ」って。しかしこんなことで引き下がるわけにはいかぬ。上司の命令は絶対である。このままでは薩摩藩に生きて帰れぬではないか。故郷には年老いた父と母が拙者の帰りを待っているのだ。主は言われた。右の頬を打たれたら左の頬をも向けよと。祈るような気持ちで、新たな通行人を捕まえた。

「すいません、あのちょっとお話を......お時間取らせませんので」
「めんどくさいわ」

アイゴー!!ガラスのハートが音を立てて崩れていく。

いや、そうであろう。確かに「いらんわ」であろう。ポケットティッシュも付いていないチラシなど、ゴミ以外の何者でもないであろう。わかりますわかります。しかし、チラシの受け取りを拒絶する場合、薩摩藩や世田谷区では、黙って通り過ぎるか、「すいません」とか「急いでますんで」とか言いながら目を伏せつつ去って行くか、どちらかだったのである。

「いらんわ」

心を抉るこの残酷な4文字。ハチの一刺しである。ここで榎本三恵子の名前を思い浮かべた方は50歳以上であろうが、それはさておき、薩摩藩の田舎者には猛毒の一刺しである。脳内で光GENJIが囁いた。♪泣かないで 泣かないで 僕だって強かないよ♪ つまずきはいつだって僕等の仕事だと、「ガラスの十代」で彼らも言っている。そうよそうよね、こんなことで落ち込むなんて、あたしらしくないわ。あ、すいません、拙者、「ガラスの四十代」でした。だけど涙が出ちゃう。女の子だもん。

それでも上司の命令を遂行するために、脚を棒にして涙ぐましい努力を続ける拙者であった。
「あーのー、すみません......」
「いらん言うたやろ、しつこいな」
おーまいがーっ! さっき声かけたおばちゃんやないですか。ひーっ! すいませんすいません。再び泣き崩れる拙者である。

「涙など見せない強気なあなたを、そんなに悲しませた人は誰なの?」竹内まりやが優しく尋ねる。へぇ、そらもちろん、おおざかのおばちゃんですわ。もううちの心はボロボロです。どないしてくれはりますの。とりあえずは差し出されたチラシをカバンに突っ込んで、家のごみ箱に捨てるいう優しさをお願いしますよ、100人に1人くらい。♪少しは〜私に〜愛をくだ〜さい〜。

ちなみにプロフェッショナルチラシスト総研によれば、ハチの一刺しをぶちかますおばちゃんは、青みローズ系のバブリーな口紅を塗っている確率が高い(当社比)というリサーチ結果が出ている。

青みローズ系の口紅は、Christian DiorやCHANELあたりのバカでかい宣伝ポスター用の色であって、紅毛碧眼の南蛮人以外は使わない色だと思っていたのだが、会場に殺到していたハチの一刺し集団を分析すると、この色を使っているおばちゃんが高い確率で見つかった。今後、青みローズ系の口紅を塗ったおばちゃんには近寄らないことにしよう。

戦いすんで日が暮れて、右の頬も打たれ、左の頬も打たれて、ボコボコになった拙者は、ほうほうのていで薩摩藩まで逃げ帰ったのであった。

しかし、ハチの一刺しをする側は、どんなにか爽快であることだろう。心にうつりゆくよしなしごとを思い浮かぶままに言葉にできれば、縄のれんやカラオケスナックに通わずとも、奥方の尻を撫でまわすくらいでストレス解消できるのではあるまいか。「あらいやだ、あんたったらどうしたのよ。久しぶりじゃないの、うふん」家庭円満にもなり一挙両得である。

自殺者が毎年30,000人もでる国である。すべてのサラリーマンは、おおざかのおばちゃんに学び、上司の無理難題に屈せず、爽快なハチの一刺しをぶちかましてはいかがか。

「こら、もみのこ。チラシ撒いてこい」
「いやや」
「げほっごほっ。のど飴持ってこんかいっ」
「ないで」
「う、うむ......腹の具合が......ト、トイレ......」
「尻拭きや」
あぁ、書いてるだけでスッキリしてきたわ。

明日の日本を救うため、今後、日本人の子供の出産はおおざかでのみ許可し、3歳になるまでは、おおざかのおばちゃん(純血種に限る)が育てるよう、法律の改正を要求する。さすれば、メンタル不全になりにくい人格形成に資することになり、無用のストレスをため込むこともなく、自殺者の数も減少していくであろう。

※「隣組」
< >
※「ふれあい」中村雅俊
< >
※「ドント節」クレイジーキャッツ
< >
※「24時間戦えますか」リゲイン
< >
※「銀座の恋の物語」石原裕次郎
< >
※「ガラスの十代」光GENJI
< >
※「アタックNo.1」−だけど涙が出ちゃう。女の子だもん− 大杉久美子
< >
※「元気を出して」竹内まりや・松たか子
< http://www.dailymotion.com/video/xg4y77_yyyyy-yyyyyy-yyy_music >
※「少しは私に愛をください」小椋桂・来生たかお・井上陽水
< >

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。で、なんでルックイーストなんですか? おおざかだったらルックウエストでしょう......などと東京人的質問をしてはならない。「ルックイースト 日本に学べ」はマレーシアのマハティール元首相の言葉であるが、なるほど、マレーシアから見ると日本は東、ルックイーストである。おおざかだって、薩摩藩から見るとルックイーストなのだ。何か文句でも?

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■編集後記(7/15)

・岩井志麻子「現代百物語」を読む(角川ホラー文庫、2009)。実際に著者が体験、伝聞した実話をもとに、百物語形式で描く書き下ろし現代怪談99話。文章はうまいからホラー系は読みたいが、エロ系はご遠慮したい作家だ。このタイトルで実話ときたら、蒸し暑い夜に最適と思って読み始めたが、......全然こわくない。ハードな「新耳袋」を勝手に期待していたのだが、まったくのハズレ。オカルト的な怪異はない。これが怪談といえるのか。どこかで聞いた都市伝説みたいな退屈エッセイばかりではないか。すぐに投げ出した。しかし、見開き一話だからいつでも読めるので、その後も手当り次第に開いたページを読んでいたら、二日で読了していた。......けっこうおもしろかった。やっぱりうまかった。これ読んだわと思いつつ、二度、三度読んでしまう話もあった。元風俗嬢が恐怖する客、出会い系サイトの向こう側、整形しきれない箇所、特別な容姿を持つ女、出張ホストの印象に残る客、一人芝居、......いやな話だなあ、いやだなあ、こんな人に会いたくないなあ、ましてや身近にいたら心底いやだなあ。結局、お化けよりも人間のほうが間違いなくこわい。なかでも無能で制御不能な最高権力者が一番こわい。田原総一朗は「菅さんははたして人間と言えるのだろうか。僕の考えている人間の範疇には入らない」とつぶやいている。人間よりこわい、人間ではない存在。顔もみたくない。(柴田)
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・大阪のイメージが......。そんな人、まわりにいないぞ。青みローズはサンローランとシャネルのイメージ。確かに似合う人は少ない気がする。私もあのバブリー色は似合わないだろう。いやまて、大阪のおばちゃんはちゃんと化粧しているのか、そうか。見直したぜ(笑)。そして擁護させて欲しい。おらはDiorのものは大抵合うのだ。海外旅行でお土産用に買い込んで残ったDior、お土産にもらったDior、数年に一度しか行かない百貨店の化粧品売り場でのDior。いままではずれなし。免税店でのDiorなんて適当に詰め合わせてあるはずなのに。パーソナルカラーでいえば冬クリアで、黄色がかったものがダメ。ゴールドをまとうと、ゴージャスにならず、お笑いの人になるレベル。シルバーなら問題なし。秋の人だと茶系をシックに着こなせたり、春の人はパステルカラーでいつまでも若々しく、夏の人は濁りのない色で爽やか上品になったりする。クールビズなんだから、男性もパーソナルカラー確認しておいた方がいいかも。夏の爽やか上品なはずの人が、くすんだ冴えないイメージになったらもったいないもんね。/昨日書いた換算レート。$0.99が115円から85円に、でした。/スーパー開店前にコンビ二に行った話を書いた。今度はスーパー閉店後に、コンビ二(別店舗)に行った。くじをひいた。今度は缶コーヒーが当たった。空くじなしのような気がする。残業したご褒美か。/仕事。ノベルティ用のバッグサンプル画像が届いた。生地が帆布で印刷しにくいと思っていたが、思った以上に再現性が良い。版を作る時に印刷会社さんが苦労してくださったような気がする。武さんの線譜(線画)が素敵で、いいやん〜普段から使えるやん〜、と自己満足中。(hammer.mule)
< http://members3.jcom.home.ne.jp/respirie/pe_4season.htm >
パーソナルカラー
< http://www.geocities.jp/net_t3/color/personal.html >
色彩とイメージの情報サイト
< http://alfalfalfa.com/archives/3868598.html >
マウスはどのメーカーのものがいい?
< http://news4vip.livedoor.biz/archives/51809563.html >
放送してるよね? 菅下ろしにも裏があるって書いてあるところがあったり。
< http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51646759.html >
正直、絵画の良し悪しが分からない どっちがプロかわかるか?
< http://karapaia.livedoor.biz/archives/52025919.html >
臭い靴下が蚊を退治する強力な武器となる(タンザニア研究)
< http://mudainodqnment.ldblog.jp/archives/1616119.html >
幻想的!170年ぶりにブラジルで見つかっためっちゃ光るキノコ