歌う田舎者[24]ルックイースト おおざかのおばちゃんに学べ
── もみのこゆきと ──

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中小企業のマーケティングやPRに、効果を発揮するもののひとつがWEBである。SNSなどのデータベースに保存された、個人プロフィールや趣味嗜好に関する情報を元に、狙ったターゲットに絞って広告出稿できるため、マスコミを利用するほど資金が潤沢でない中小企業には特に向いている。また、WEB店舗では展示スペースなどを心配する必要もないため、マイナーな商品も取り扱うことが可能で、それらの売り上げを積み重ねることによるロングテール効果も期待できる。Facebookやtwitterがもたらす口コミ効果も侮れない。

......はて? これはいったい何を言っておるのであろうか。我が薩摩藩は、文明開化で時間が止まっておるため、マーケティングとかロングテールとか言われても、何のことやらさっぱりわからぬ。

情報伝達や宣伝の手段と言えば、神代の昔から、回覧板とチラシに決まっておろう。ドリフの大爆笑の元歌である昭和15年の歌「隣組」も、情報を知らせられたり知らせたりするのは回覧板であると明言している。

情報は人の手から人の手に渡されてこそ、そのぬくもりが伝わるというものだ。中村雅俊だって、なぐさめも涙もいらぬが、ぬくもりはほしいと申しておるではないか。それをWEBだのSNSだのとほざきおって、全く都会のものどもが考えることは嘆かわしい。

思い起こせば、拙者の学生時代、小銭を稼ぐためにやったアルバイトは数々あれど、チラシ配りは五指に数えられるほど数をこなしたアルバイトであった。

働き始めてからも、世田谷区でアンケートチラシを配るという研修を受けたことがあるくらいなのだ。いやがる通行人をねじふせるが早いか、やめてと叫ぶ客の口にポケットティッシュを突っ込み、喉元に八方手裏剣を突き付けて、「アンケートに答えたいよな」と慇懃にお願い申し上げるのである。

そして恐怖に打ち震える通行人が書き終わったアンケートを回収したとたん、撒き菱ばらまいてドロンするのだ。電光石火の通行人殺しと言やぁ、あんた、ここいらじゃ知らねぇ奴はいねぇ、拙者のことでさぁ。このまま技能を磨き精進し続ければ、定年後の黄綬褒章は間違ぇねぇってもんだ。

そんなチラシ配りプロフェッショナルの拙者が敗北したまち......それが浪花・おおざかのまちである。



とあるイベントで、おおざかを訪れたのは6月半ばのこと。日曜開催の物販イベントであるため、客層は買い物に来るおばちゃんや家族連れがメインである。しかしながら、与えられたミッションは、「専業主婦・子ども以外のビジネス客にチラシを配れ」なのだ。

「あぁのぉ〜、ちょっと来場者層とのギャップがありすぎてですね、無理があるんではないかと......しかもですね、ポケットティッシュとかシャンプーのサンプルとかのオマケもないってのは......」などと訴えても無駄である。サラリーマンとは、上司が行けといったら行かねばならぬ、死ねと言ったら死なねばならぬものなのだ。

上司が今どうしてほしいのか先読みし、咳をすればのど飴を差し出し、トイレに立てばトイレットペーパーを手渡さねばならぬ。その際、昨日の食物摂取情報からウンチの分量と軟度を推測し、適切な折りたたみ回数のトイレットペーパーを準備する心遣いも必要だ。ここまで配慮できてこそ、プロのサラリーマンと言えるのである。♪サラリーマンは〜気楽な稼業ときたもんだ〜♪と言ったのは、どこのどいつだ、プンスカ。

そう、ここでビジネスマンなどという無味乾燥で24時間戦える単語などを使ってはならない。ビジネスマンは世界中にいるが、サラリーマンは日本にしか生息していない種である。

上司の無理難題を揉み手しながら卑屈な笑顔でかわしつつ、たまったストレスは縄のれんで安酒相手に愚痴る。場末のカラオケスナックで、薹の立ったホステスのねぇちゃんと銀恋をデュエットし、チークダンスを踊りながら尻を撫でまわすことだけが、ささやかな週末の楽しみだ。家に帰れば嫁に給料が少ないと罵られ、鏡に映る自分の姿には頭髪が少ない。

哀感漂う日本の雇われ人を表すのに、サラリーマンほどふさわしい単語があろうか。サラリーマン川柳、サラリーマン金太郎、サラリーマンNEO......サラリーマンという単語がついたものはいくらもあるが、これがビジネスマン川柳、ビジネスマン金太郎、ビジネスマンNEOになると、とたんに雇われ人の哀しみという陰翳がなくなってしまうではないか。ましてや、ビジネスパーソンなどというグローバルかぶれな単語など、もってのほかである。

そんなわけで(どんなわけだ?)、上司の無理難題を背負ったサラリーマンの拙者は、いつものチラシ配り以上の悲壮感を漂わせつつ、イベント会場でオープン時間を待っていたのであった。

キンコーン、カンコーン......会場のドアが開き、黒山の人だかりが目当てのブース目指してなだれ込んできた。旅行用のキャリーバッグを引っ張って走り込んで来るお客までいる。
「ちょっと、醤油どこやの」
「は? 醤油?」

何やら会場の片隅で醤油をプレゼントしていたらしく、半数の客は血相変えてプレゼントエリアに猛然と駆け込んで行く。とても声をかけられる雰囲気ではない。

あまりの勢いに、田舎者の拙者はひるんだが、そうも言っておられぬので、おずおずと通行人のおばちゃんにチラシを差し出してみた。
「あ、す、すいません、あの、チラシをですね......」
「いらんわ」

......わーーーーーーっ!!! いきなり右アッパー炸裂。「いらんわ」って何ですか、「いらんわ」って。しかしこんなことで引き下がるわけにはいかぬ。上司の命令は絶対である。このままでは薩摩藩に生きて帰れぬではないか。故郷には年老いた父と母が拙者の帰りを待っているのだ。主は言われた。右の頬を打たれたら左の頬をも向けよと。祈るような気持ちで、新たな通行人を捕まえた。

「すいません、あのちょっとお話を......お時間取らせませんので」
「めんどくさいわ」

アイゴー!!ガラスのハートが音を立てて崩れていく。

いや、そうであろう。確かに「いらんわ」であろう。ポケットティッシュも付いていないチラシなど、ゴミ以外の何者でもないであろう。わかりますわかります。しかし、チラシの受け取りを拒絶する場合、薩摩藩や世田谷区では、黙って通り過ぎるか、「すいません」とか「急いでますんで」とか言いながら目を伏せつつ去って行くか、どちらかだったのである。

「いらんわ」

心を抉るこの残酷な4文字。ハチの一刺しである。ここで榎本三恵子の名前を思い浮かべた方は50歳以上であろうが、それはさておき、薩摩藩の田舎者には猛毒の一刺しである。脳内で光GENJIが囁いた。♪泣かないで 泣かないで 僕だって強かないよ♪ つまずきはいつだって僕等の仕事だと、「ガラスの十代」で彼らも言っている。そうよそうよね、こんなことで落ち込むなんて、あたしらしくないわ。あ、すいません、拙者、「ガラスの四十代」でした。だけど涙が出ちゃう。女の子だもん。

それでも上司の命令を遂行するために、脚を棒にして涙ぐましい努力を続ける拙者であった。
「あーのー、すみません......」
「いらん言うたやろ、しつこいな」
おーまいがーっ! さっき声かけたおばちゃんやないですか。ひーっ! すいませんすいません。再び泣き崩れる拙者である。

「涙など見せない強気なあなたを、そんなに悲しませた人は誰なの?」竹内まりやが優しく尋ねる。へぇ、そらもちろん、おおざかのおばちゃんですわ。もううちの心はボロボロです。どないしてくれはりますの。とりあえずは差し出されたチラシをカバンに突っ込んで、家のごみ箱に捨てるいう優しさをお願いしますよ、100人に1人くらい。♪少しは〜私に〜愛をくだ〜さい〜。

ちなみにプロフェッショナルチラシスト総研によれば、ハチの一刺しをぶちかますおばちゃんは、青みローズ系のバブリーな口紅を塗っている確率が高い(当社比)というリサーチ結果が出ている。

青みローズ系の口紅は、Christian DiorやCHANELあたりのバカでかい宣伝ポスター用の色であって、紅毛碧眼の南蛮人以外は使わない色だと思っていたのだが、会場に殺到していたハチの一刺し集団を分析すると、この色を使っているおばちゃんが高い確率で見つかった。今後、青みローズ系の口紅を塗ったおばちゃんには近寄らないことにしよう。

戦いすんで日が暮れて、右の頬も打たれ、左の頬も打たれて、ボコボコになった拙者は、ほうほうのていで薩摩藩まで逃げ帰ったのであった。

しかし、ハチの一刺しをする側は、どんなにか爽快であることだろう。心にうつりゆくよしなしごとを思い浮かぶままに言葉にできれば、縄のれんやカラオケスナックに通わずとも、奥方の尻を撫でまわすくらいでストレス解消できるのではあるまいか。「あらいやだ、あんたったらどうしたのよ。久しぶりじゃないの、うふん」家庭円満にもなり一挙両得である。

自殺者が毎年30,000人もでる国である。すべてのサラリーマンは、おおざかのおばちゃんに学び、上司の無理難題に屈せず、爽快なハチの一刺しをぶちかましてはいかがか。

「こら、もみのこ。チラシ撒いてこい」
「いやや」
「げほっごほっ。のど飴持ってこんかいっ」
「ないで」
「う、うむ......腹の具合が......ト、トイレ......」
「尻拭きや」
あぁ、書いてるだけでスッキリしてきたわ。

明日の日本を救うため、今後、日本人の子供の出産はおおざかでのみ許可し、3歳になるまでは、おおざかのおばちゃん(純血種に限る)が育てるよう、法律の改正を要求する。さすれば、メンタル不全になりにくい人格形成に資することになり、無用のストレスをため込むこともなく、自殺者の数も減少していくであろう。

※「隣組」
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※「ふれあい」中村雅俊
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※「ドント節」クレイジーキャッツ
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※「24時間戦えますか」リゲイン
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※「銀座の恋の物語」石原裕次郎
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※「ガラスの十代」光GENJI
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※「アタックNo.1」−だけど涙が出ちゃう。女の子だもん− 大杉久美子
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※「元気を出して」竹内まりや・松たか子
< http://www.dailymotion.com/video/xg4y77_yyyyy-yyyyyy-yyy_music
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※「少しは私に愛をください」小椋桂・来生たかお・井上陽水
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。で、なんでルックイーストなんですか? おおざかだったらルックウエストでしょう......などと東京人的質問をしてはならない。「ルックイースト 日本に学べ」はマレーシアのマハティール元首相の言葉であるが、なるほど、マレーシアから見ると日本は東、ルックイーストである。おおざかだって、薩摩藩から見るとルックイーストなのだ。何か文句でも?