ショート・ストーリーのKUNI[101]夏の思い出/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,100文字)


「ちょっと出かけてくる」
ナタリーが声をかけるとジャックが答えた。
「どこへ」
「ほら、最近すぐそこにバス停ができたでしょ」
「ああ」
「あそこからバスに乗って行くのよ。ドミニクと」
「ドミニクと? あのショーンの嫁の、性格の悪いがさつな女か」
「そんなんじゃないわ。ドミニクはやさしいわ」
「そうかねえ」

「あたし、気晴らししたいの。夏ももう終わりだし」
「夏が終わるのが何なんだ」
「夏って何かしら思い出がないとつまらないじゃない。でもあんたはどこにも連れてってくれないし」
「おれはどこにも出かけたくないよ。ここがいちばんさ」

「だからそうすればいいわよ。あたしは決めたのよ。あたしはバスに乗って出かけるから」
「バスはふつう人間が乗るもんだぜ」
「それで?」
「おれたちはアカイエカだぜ。蚊の乗るもんじゃない」
「いいのよ。人間にくっついていくから」
「まあおれはショーンやほかのやつらとマージャンでもしておくよ」
「どうぞ」

ぷ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん




そういうわけでナタリーはドミニクとバス停前のくさむらで待ち合わせた。
「ああ、ほんとに男ってつまんない。毎日のらくらして、あたしたちが必死で吸いたくもない人間の血を吸ってるあいだも優雅に草の汁なんて味わってるんだから」
「ははは」

「おれはあちこち行きたがるやつの気がしれないっていうの。頭の中で想像力を働かせれば地球のどこにいたって同じなんだって」
「へりくつだよ。言わせておくさ」

やがてバスが来ると二匹は何人か集まっていた人間がぞろぞろと乗り込むのに紛れて、乗った。バスが発車する。

坂道を上る。陸橋をわたる。工場が散在する郊外から住宅地へ、住宅地から店がたくさん建ち並ぶ地区へ、どんどん走る。

「わー、すごい! いろんな家が建ってる。きゃ、あの家、変! ドアが水玉で屋根がキノコ! いますれ違ったトラックは引っ越し? あ、犬が信号待ちしてる! あそこで集まってる人たちは何? わー、大きなピザの看板!本物かと思ったー」

ナタリーは見るもの見るものめずらしいみたいに大はしゃぎだ。
「あんたって、ふだんよっぽど満たされてないんだね」
ドミニクが笑う。

残されたジャックはショーンに声をかけ、それからヒューイとバズに声をかけたがどちらもいなかった。
仕方ないので二匹でぐだぐだとだべっていたがそれも退屈だ。

「なあジャック」
「なんだいショーン」
「女だけで遠くへ出かけてだいじょうぶと思うかい」
「だいじょうぶと思うけど...」

「バスが着くのは駅前のバスターミナルだ。ここみたいな田舎とちがって、どんなやつがいるかわからない」
「うん。夜だしなあ」
「いや、おれたちはだいたい夜行性だけど」

「なんとなく気になるよなあ」
「そうだなあ」
「どうせマージャンもできないし」
「ていうか、蚊がどうやってマージャンするんだい」
「おれが聞きたいよ」
とりあえず二匹はなんとなくバス停に向かった。

ぷ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん

ナタリーとドミニクはしばらく駅前をきょろきょろしていたが、だんだんあきてきた。
「ドミニク。これからどこ行く」
「そうだな。あの男についてくか」

ドミニクが長い脚の一本で指し示したのは、ちょうど駅の改札から出てきたポロシャツの男だった。
「どこにでもいるサラリーマン風の男ね。あんなのが好み?」
「じゃなくて。危険性なさそうだから」
「手に持ってるのはドーナツの袋? 子ぼんのう親父ね」
「そこのマンションに向かうみたい」
「ついてってみよう!」

ぷ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん

ナタリーとドミニクはかすかな羽音を立てながら男の後ろにつき、駅前の高層マンションのエントランスへと入っていった。男はエレベーターに乗ると行き先階のボタンを押した。最上階の20階。

「やった!」
「20階! やっほー。みんなに自慢できるわ!」

「あたしたちって、ひょっとしてあの町の蚊でいちばん高いとこまで行った蚊になるんじゃない?!」

エレベーターがひゅーんと上昇するにつれ、階数表示がどんどん進むのを、二匹はわくわくしながら見ていた。

20階に着いた。エレベーターを下り、男について廊下を通っていくと、窓の外にすばらしい光景が広がっていた。まだ真っ暗になるには早い、紫のグラデーションの中に無数の灯りがともり、はるか遠くには高速道路らしいライトのつながりも見える。

「わおー! すげー! ドミニク、見て見て!」
「ナタリー! 見とれてないで。この男のうちはここらしいから、ドアを閉められないうちにいっしょに中に入っちゃおうよ」

男がドアを開けると中から小さな男の子が出てきた。
「お帰りー!」
「ただいまー。ジュンイチ、賢うしてたか」
「うん!」
「そうかー。そらよかった。おとうちゃん、ドーナツ買うてきたったで、ほら」
「ほんまや! ぼくドーナツ大好きや! ポンデリング入ってる?」
「もちろん入ってるがな」

そのとき一瞬、男の子は変な顔をした。
「どないしたんや」
「なんか、いま、蚊ぁの音した」
どきっ。

「蚊ぁか。そうか。お父ちゃん、気ぃつけへんかったわ。蚊ぁの音でも高い音は若い人しか聞こえへんらしいからな」
「ふーん」
「それより夏休みの宿題、すすんだか」
「うん。自由研究、だいぶできたで」
「ああ、蚊を殺した記録か」
どきっ!

「うん。見したろか。ほら。『ぼくは、蚊を殺すのがとてもうまいです。だから、夏休みの間に蚊を殺したかずをきろくします。7月25日・4匹・・・8月1日・5匹、8月2日・11匹、8月3日・7匹......』全部でいままで78匹殺してん」

ナタリーとドミニクは、思いっきり青ざめた。男の背中で羽音も出せずに固まっていると、やたらとはっきり、彼女たちのものではない蚊の羽音が聞こえてきた。

ぶぶぶぶぶぶぶ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!

「あ、蚊ぁや! お父ちゃん、ドアちゃんと閉まってなかったから入ってきたやん!」
「あ、そそ、そうか! ごめんごめん、よし、今日はお父ちゃんがたたいたる! ほら! あ、失敗した! ほれ、今度はどや! ......また失敗した......ほれ!......ほれ!......あどっこい! こらどっこい!」
「お父ちゃん、へたやなー!」

男があまりにもぶざまに格闘している間に、4匹はそうっとドアの隙間を抜け出した。ん? 4匹?

「びっくりしたじゃない。どうしてジャックとショーンがあのマンションにいたわけ?!」
「いや、その、マージャンのメンツが集まらなくって......」
「それでたまたま散歩してたらたまたまバス停のほうに出て...」
「......で、たまたまそこへとろとろとやってきたバイクがあったのさ。それでくっついて行った。別におまえたちが心配だったからじゃないよ」
「ほんとは心配だったんでしょ?」
「まさか!」

「で、あたしたちのあとをつけてきて、あたしたちが危ないとみるや、わざと羽音を立てて注意を自分たちにひきつけたのね?」
「やっぱりジャック、ずっとあたしのことを思ってたのね! うれしい!」
「いや、別に、そんな」

4匹はわいわいがやがや言いながらまたマンションの住民に便乗してエレベーターで1階に下り、駅前バスターミナルに戻った。そしてまた町に戻るバスに乗り込んで帰ってきた。バスに乗るっておもしろいな、とナタリーは思った。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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8月、めでたくiPhoneユーザーになりました。私のことですから、まだ全然使いこなせてません。時々用もないのに取りだし、しげしげと眺めては「きれいー」「こんな小さいのによくできてるー」と、ごく基本的なところで感心しています(笑)。私でも使えて、楽しいアプリがあれば教えてくださいね!