境界線の歩き方[07]創発アート★サイケデリック風車
── 出渕亮一朗 ──

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「創発」という言葉をご存知だろうか。簡単にいうと私のイメージでは、「因果関係がつかめない感じで、何か複雑なものが─特に視覚や音において自発的に生まれてくる状態」だろうか。

例えば、シャボン玉の渦巻く虹模様や、実物は見たことはないけど神秘的なオーロラ、これもちゃんと実物は見たことないけど、複雑なダイヤモンドのきらめき、ポピュラーなものとして、次から次へと色と形状が変化する万華鏡......、人は根源的にこういった何らかの複雑性をもったものに魅了される性質を持っていると思う。

ウィキペディアによると、「創発とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成される」と難しく書いてある。

さて、創発現象が古来より人を魅了するものだったとすると、創発を用いたアートも当然あるはずだ。というより、それは「創発」というくくりで意識されなかっただけで確実にあった。



作家や作品には二通りあると思う。ひとつは自分の考えたイメージ通りのものを確実に作ろうとするアーティスト。もうひとつは何かが生まれる状況を作ることに労力をかけ、作品自体は自発にまかせようとするアーティスト。これはかなり深くて広いジャンルにまたがる話となりそうなので、今回は創発的だと思われるコンピュータ映像作品をいくつかとりあげてみます。

☆Lapis - James Whitney(1966)

ジョンとジェームスのホイットニー兄弟はコンピュータ・アニメーションを使ったアートの創始者だといわれている。Yantra / James Whitney(1957)、Catalog / John Whitney(1961)など重要な作品は多いが、一番有名なものは、このラピスという作品だろう。

小さな無数の粒子でできた、神秘的な円模様がインド音楽とともに舞う。アルゴリズミックアートという分野になり、原理はスピログラフと同じだと思うのだが、単純な数式から予想もつかないような模様が現れては消え、無限に変化して行く。

コンピュータ制御のモーションコントロールの台を使って点光源を回転や直進させ、それをカメラで多重露光撮影するという気の遠くなるような作業で作られたものだと聞いた。

CGは現代では、より写実的に、3Dで飛び出して、リアルタイムになって......とよりリアルになる方向に進んでいるのだが、その始まりはこういった対極のものだったということは興味深い。

☆Primordial Dance - Curl Sims(1991)

カールシムズのこの作品は、生物の進化をイメージの生成に応用したものだ。作品自体は抽象画のようだが。まず絵を生み出すプログラムを作る。このプログラムは生物の遺伝子にあたるものだ。生まれた絵の中から、鑑賞者は一番美しいとか面白いとか思うものを選ぶ。選ばれた絵の遺伝子(プログラム)同士を掛け合わせて次の世代の絵を生み出す......という風にすると、イメージが思わぬ方向へ進化していくというものだ。

☆Psychedelic Windmill HD - サイケデリック風車(2011)

実は最近、私がこの作品を作ったのでこのテキストを書くことを思いついたのだった。もともと2002〜3年に「ディジタル・イメージ」展に出品したインタラクティブアート作品なのだが、今回、プログラムから直接ムービーに書き出す機能を付けたので、それで制作したものだ。

原理は、図形をコピーし、その図形とそのコピーをコピーし、その図形と......を延々と繰り返すことである。単純なんだけど、いつまでも見飽きずに遊んでいられると思う。

創発は長年の私のテーマのひとつであり、何かシステムを作れば、後は勝手に作品が生まれてくるのを眺めていればいい、みたいなのができればいいなと。プログラム作成には割と時間をかけたのだが、映像制作はこの手の作品でのいつもの通り、ノリで一発取りみたいなもの。

☆FLUX / Candas Sisman(2010)

トルコの若いアーティストによるこの作品は、同じくトルコのアーティスト、ilhan Komanの作品に影響を受けたものだという。アルゴリズミックアートを構成や見せ方、最新の描画テクニックによるCG、音の使い方で繊細で斬新な作品に仕上げている。

☆Ljosid(previously known as Let Yourself Feel)/ Esteban Diacono(2009)

水の中に落とした絵の具が水に溶けていくコンピュータ・シミュレーションを使っているのだが、色がどんどん変化していくところや、リアルな形や動きが面白く、思わずいつまでも見入ってしまう。絵の具にはシュールリアリズムのころから、油絵の具をキャンパスに紙で押し付け、引き離してマテリアルを作るデカルコマニーという手法や、水に絵の具をたらして紙を押しあてる墨流しやマーブリングという創発系の技法がありますね。

創発アートと呼べる作品は過去から現在まで、世界中でいろんなものがあると思います。ちょっとリストを集めてみようかなーとか思ったりしているので、これはそうかな? とか思う作品があれば教えていただけると嬉しいですね。自薦OKです。うん、ただ私が好きなだけなんだけどね。

■参考:
Psychedelic Windmill HD / Real-time Algorithmic Art
< http://vimeo.com/27390056
>

サウンドはかなり昔に作ったものだが、たぶんイメージに合うだろうと思って、押入れをひっくり返してカセットテープを見つけた。原理は映像と同じだ。ある音にエコーをかけて録音する。次にそれにひとつ別の音源を重ねながらエコーをかけて録音しなおす。次に......これを7〜8回繰り返したらこうなった。たぶん誰がやってもできるはず。

Lapis - James Whitney(1966)
<
>

LapisはLapis Lazuly(瑠璃)から来ていると思う。60年代当時のドラッグカルチャーのにおいも感じる。

Primordial Dance - Curl Sims(1991)
< http://www.archive.org/details/sims_primordial_dance_1991
>

彼の同様のアイデアの作品、Galapagos(1997)は、以前、西新宿にあるICCに展示されてましたね。

FLUX / Candas Sisman
< http://vimeo.com/15395471
>

基本的にはアルゴリズミックアート。いろんな数式を組み合わせて線/面/立体を変化させたり動かしていると思う。

Ljosid(previously known as Let Yourself Feel)/ Esteban Diacono
< http://vimeo.com/6045312
>

Cinema 4Dで制作しているらしい。

創発アートと「人工生命」作品
< http://www.joshibi.net/prof/ryodebuchi/emergenceArt.pdf
>
筆者の小論文みたいなもの。

【出渕亮一朗】ryoichiro.debuchi(a)gmail.com
コンピューターグラフィックス、インタラクティブアート分野のアーティスト
グラフィックス分野のプログラマー
< http://www.debuchi.com
>