わが逃走[92]溶岩と火山と星空の巻/齋藤 浩

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先日訳あって、極親しい間柄の年上の女性Aさんと太平洋のとある火山島へ行って参りました。

隣の島までは日本からの直行便が出ており、そこから国内便に乗り換えてかの地へ降り立った印象は、見渡す限りの青い空と黒い地面が半々に続く、だだっ広い世界! であった。空港も非常にローカルで、いくつかの小屋があるのみ。

荷物を受け取り、現地スタッフが用意してくれた車でホテルへと向かう。もちろん右も左も漆黒の溶岩。彼方の地平線がゆるやかに傾斜していると思ったら、なんとそれは4000メートル級火山の稜線であった。

もう、想像していた規模をはるかに越える大きさ。おそるべし火山島。
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日本との時差は19時間。飛行機ではあまり眠れなかったのでホテルに着くや否や睡魔に襲われる。軽い食事をとり、ぐっすり眠る。

翌日は晴れ。東から吹く貿易風に乗った雲は島の中央にある火山にぶつかって雨を降らすので、ホテルのある西側は一年の90%が晴れだという。空気は乾燥しており日向は暑いが、日陰にはいれば過ごしやすい。

この日はまず近場の見学ということで、Aさんとともに、先住民族が岩に刻んだ『ペトログリフ』があるというMalama Trailへと向かう。

ペトログリフとは、簡単に言ってしまえば岩石等に刻まれた絵や文字のこと。古代の遺跡にあるアレといえばわかりやすいかもしれないが、この島のものは数百年前のものが多いらしい。

人類史的にいえばかなり新しい部類なので意外に感じたが、島の人たちは文字を持たなかったので、そもそもこれが絵なのか象形文字的なものなのかは未だ不明。研究もそんなに進んでないらしい。



溶岩の地面と低木からなる細道をゆく。
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乾いた地面の土埃はかなりなもので、わずか数分歩いただけで膝から下はきれいなカーキ色のグラデーションになる。額から滴り落ちる大量の汗も地面に落ちた瞬間に蒸発してしまう。周囲の木々は枯れているようでいて新芽が出てきているようにも見える不思議な景色だ。今は本当に9月なのだろうか。季節感覚が麻痺する。

20分も歩いた頃、急に開けた場所に出た。地平線まで続いているようにも見える岩盤には、人やウミガメとおぼしき線画がいたるところに描かれていた。
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風がまるで波の音のように聞こえていたのだが、それもいつのまにか慣れてしまい無音状態に感じる。おそろしいほど静か。

Aさんと二言三言、言葉を交わしたはずなのだが、その言葉すら消音装置に吸い込まれてしまうような静寂。光と影と岩だけの世界に象形文字とおぼしきものと対峙する。

もはや誰が何の為になどとという謎は脳内から一掃されてしまい、「こういうものなのだ」でひとり納得する。脳内で"降りて来たおじいちゃん"に「この絵はいつ頃からあるの?」と尋ねてみると「ずっと昔からあるんじゃ。それ以上のことはわしも知らん。ただ、これらを傷つけてはいけない。」と答えるのみ。

研究がそんなに進んでないのもわかるような気がしてきた。要するに、誰でもそんな気持ちになってしまう不思議な場所なのだ。

つぎの日も晴れ。この日は現地ツアーに参加、火山と溶岩にまつわるスポットを見学する。

ゆっくり、たっぷり朝食をとり、昼過ぎにホテルを出た。ちなみにホテルの朝食はすこぶる旨く、とくに「本日の芋料理」は最高である。この火山島には世界の気候帯のほとんどがみられるそうで、当然高原野菜も熱帯の果物も美味だ。おかげで体の調子もよい。

さて、ガイドのコージさんに案内され海沿いから徐々に標高の高い地へと車は走る。さっきまで岩だらけの荒野だった車窓からの景色は、"気候の境目"を越えると途端に豊かな緑の高原へと変わった。

周囲はなんと牧場で、たくさんの牛たちがのんびり草を食べている。この極端な変化は一体何?? まるで沖縄の隣町が北海道であるかのごとし!

そしてさらに走ること一時間、右側は巨大なシダ植物で構成されるジャングルとなり、左側は海。あまりの変化についてゆけず、脳が戸惑う。すると都合のいいことに昨日に引き続き"脳内おじいちゃん"がやってきた。

「ここはこういうところなのじゃ気にするでない。受け入れるのみ」なるほど、そういうもんなのね。少し安心したところで車が止まった。名瀑に到着である。落差128メートル。華厳の滝と似ているといえば似ているかもしれないが、周囲が熱帯の植物で覆われていると幽霊も出なさそうだ。
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車窓からの風景を見ていても感じたが、このあたりはすぐ手前までジャングルで、突然海になる地形だったりする。いかにも悪の秘密基地がありそうな雰囲気が素晴らしい。この島で初代仮面ライダーのリメイク版をロケしたら素晴らしいだろうな。

さらに一時間ほど車は走る。ちなみに東京での一時間では10キロも移動できないこともあるが、この火山島で一時間あればものすごい距離を走れる。気がつくとかなり標高が上がっており、密林地帯を抜けると地平線まで溶岩の大地が続く。
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そのスケールの大きさに驚く暇もなく、火口前で再度車は止まった。で、これだもの。
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一瞬、地球じゃないみたい! と思ったが違う。これが地球なのだ。まさに今もここから新しい大地が生まれている、新陳代謝の現場を間近で見ているってことなのか。で、さらに日が沈むとこうなる。
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なるほど、『はらわたが煮えくり返る』の語源はこれだったのか! 地球のはらわたの様子が間近に感じられる距離に立つなんて想像もできなかったが、実際目の当たりにした今ですら現実と認識できない。脳内おじいちゃんの言うとおり「そういうもの」と思い込む意外、正常な気持ちに戻れないオレがいる。

とにかく地球は生きていて、今も成長を続けている。そりゃあ地震だって津波だっておきるよね。それが生き物のあるべき姿なんだから。

空を見上げた。ものすごい星空である。
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巨大な生き物である地球ですら、無数にある光の点のうちのひとつでしかないのだ。そんな生き物の上に付着した埃のような人間はあまりに小さく、無力だ。

私は特定の宗教を信仰してはいないが、神様の存在は信じている。対象物を見失うと、当然のことながら目的地も見失う。システム(=地球や宇宙)を考えずとも日常生活は円滑に進む。しかし、すべての人間が地球や宇宙に畏怖の念を抱かなくなったとき、おそらく神は死ぬ。

以上、ハワイ島のリゾートホテルで過ごしたバケーションのレポートでした。ちなみに紹介したのはアカカ滝、ハレマウマウ火口、サドルロードなどなど。いやー、ワイキキ素通りして大正解。ホテルから眺める海はこんなです。
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てな訳で、マハロ〜。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。