[3128] 日陰者の自覚を持つアウトローたち

投稿:  著者:  読了時間:38分(本文:約18,600文字)


《女装癖にはつける薬がない》

■映画と夜と音楽と...[517]
 日陰者の自覚を持つアウトローたち
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■映画と夜と音楽と...[517]
日陰者の自覚を持つアウトローたち

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20111007140200.html >
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〈座頭市 THE LAST/無頼・黒匕首/座頭市物語/座頭市/ICHI〉

●アウトローは弱者が追い詰められた果ての裏切りは赦す

阪本順治監督の「座頭市 THE LAST」(2010年)を一時間ほど見たところで、「これは、『無頼・黒匕首』だな」と気付いた。1968年(何と43年も前だ)に公開された「無頼」シリーズ5作目である。5作も同じような話を作ってくると物語のパターンは完成され、情感にあふれたアウトロー映画として見事な典型となる。脚本は名手・池上金男だった。

典型だから、その型に当てはめればアウトロー映画はできる。意図的か、偶然かはわからないが、「座頭市 THE LAST」は「無頼・黒匕首」的物語をなぞることで、アウトロー映画に近付こうとしたのかもしれない。なぜ「THE LAST」なのかは、最後のシーンを見ればわかるが、「座頭市」ファンには不評かもしれない。

「無頼・黒匕首」は乱闘の終焉から始まる。人斬り五郎こと藤川五郎(渡哲也)は黒匕首を抱え、荒い息をついている。それを車の陰から見つめるのは、関東の組から助っ人にきた組長の息子(川地民夫)と代貸(青木義郎)である。「若、あいつをやりゃあ顔が売れますぜ」と代貸が唆す。若は匕首を抱え五郎を襲う。そこへ五郎を案じた恋人(松原智恵子)が現れ、五郎をかばったため若は女を刺してしまう。

「座頭市 THE LAST」も市とヤクザたちの乱闘シーンで始まる。市(香取慎吾)は恋女房(石原さとみ)に「これが最後だ」と言いおいて、ヤクザたちと闘っているのだ。恋女房との思い出が血まみれの乱闘シーンに挟まれる。ヤクザを斬りまくった市を、遠くから見ている二人がいる。市と争っている組にワラジを脱いでいた、天道一家の代貸・十蔵(ARATA)と二代目の虎治(高岡蒼甫)だ。

「市をやれば名が売れますぜ」と代貸が言い、虎治がドスを抜く。そこへ、市を案じた女房がやってきて傷だらけの市を抱く。虎治のドスが市の女房の背を貫く。虎治はうろたえ、「すまねえ」と言い置いて逃げる。女を殺した負い目が、虎治のトラウマになり、彼に憂愁の陰を与える。それは「無頼・黒匕首」の川地民夫も同じだ。川地は町で自分が殺した五郎の恋人にそっくりな女を見かけ、衝撃を受ける。

藤川五郎は、いつも堅気になりたがっていた。「無頼・黒匕首」では堅気のジャリ屋になっていた先輩(中谷一郎)を頼り、ジャリを採掘しトラックを運転する。町は非道な組(川地民夫のオヤジが組長)が弱小な組(葉山良二の組長、露口茂の代貸)を圧倒し、縄張りを広げようとしている。中谷一郎の会社も借金の証文が非道な組に渡り、青木義郎に脅しをかけられる。

ある日、中谷一郎が非道な組ともめた五郎を逃がそうと列車に乗せる。だが、その列車には青木義郎たちが乗っていた。「売ったな、先輩」と、五郎が言う。「すまねぇ、俺にはこうするしかなかったんだ。あのジャリ場を取り上げられたら、俺は...」と絶句する中谷一郎に、五郎は「こんなことする必要はなかったんだ、先輩。あんたのためだったら、いつだって俺は...」と優しく赦す。

「座頭市 THE LAST」では故郷近くの浜辺の村に戻った市は、昔なじみの柳司(反町隆史)の家に留まり、百姓になろうとする。その村は島地(岩城滉一)の縄張りだったのだが、非道な天道一家が出張ってきている。天道(仲代達也)の息子が市の女房を殺した虎治である。天道は役人とつるんで悪逆の限りを尽くし、百姓たちは追い詰められる。

進退窮まった柳司は、やむなく市を売る。それを知っていながら、市はだまされ続けるのだ。市と心を通わせた村の老医者(原田芳雄)は、百姓にだまされ白紙の嘆願書を胸に出ていく市の背中に「弱ぇモンを赦してやってくれ〜」と叫ぶ。もちろん、弱者の裏切りを市は赦している。それは、藤川五郎も同じだ。ヤクザたちを情容赦なく叩き斬っても、堅気の衆にはどこまでもやさしいのが正しいアウトローなのである。

●アウトローは最後に堪忍袋の緒を切らねばならない

「座頭市 THE LAST」を「無頼・黒匕首」だと思った理由は、工藤夕貴が演じた市の昔なじみの飲み屋の女将トヨのエピソードがあったからだ。トヨは若い頃に市に惚れた過去があり、「あの頃は迷惑をかけたわね」と言う。年を重ねた工藤夕貴がいい味を出している。今は島地の組の代貸の達治(寺島進)と所帯を持ち、飲み屋を営んでいるのだ。

ある夜、トヨに横恋慕している天道一家の代貸・十蔵が店でトヨを抱こうとする。その場に、客でいた島地は見て見ぬふりだ。「あたしは亭主持ちだよ」と、何とか逃れたトヨが調理場にいくと、亭主の達治が情けない顔をして立っている。天道一家が怖くて、トヨを救いに出られなかったのだ。「すまねぇ」と達治が詫びるのを、トヨは何とも形容できない目で見つめる。

数日後、帰ろうとする達治を親分の島地が「呑んでいかないか」と呼び止める。盃を交わしながら島地が「俺はあいつが怖い」と十蔵のことを言い出し、達治に「すまねぇ」と頭を下げる。その瞬間、達治は島地の意図を理解する。つまり、達治を家に帰らせないように、島地は十蔵と取引したのだ。しかし、それがわかっても達治は腰を上げない。

一方、トヨの店の奥座敷でトヨが十蔵に襲われている。「こんなことをして、うちの人が黙っちゃいないよ」とトヨは啖呵を切るが、「話はついてるんだよ」と十蔵はせせら笑う。トヨは、亭主に売られたことを知り、絶望的な顔になる。しかし、帰ってきた達治に両手をついて「すまねぇ」と言われ、「あやまんないでよ、あたしは平気」と答える。達治は「市が帰ってんだろ」と言う。トヨが市に惚れていることを、達治は知っている。切ない夫婦の会話だ。

同じ設定が「無頼・黒匕首」にある。先輩に連れていかれたスナックで、五郎は昔なじみのママ(北林早苗)に会う。「あの頃、あたしが一方的に惚れて迷惑かけたわね」というママの亭主が弱小の組の代貸(露口茂)だ。彼は自分の妻が非道な組の代貸にいたぶられているときも店の奥で隠れているし、組長に足止めされ「女なんていくらでもいる」と言われ、「あれはあっしのバシタですぜ」と泣きそうな顔をする。

女房を犯され覚悟を決めた達治は「トヨはおれの女房なんだよ」と十蔵に斬りかかるが、簡単に返り討ちに遭う。しかし、達治はトヨに「あんたぁ」と抱き上げられ、泣いてもらえる。一方「無頼・黒匕首」の露口茂は可哀想だ。組をつぶされ、女房の店を荒らされ、女房を犯され、覚悟を決めて匕首を出してはみたが簡単につかまり、鉄パイプに指を差し込まれ「勘弁してくれ」と泣きそうになるが、青木義郎は容赦なく「やれ」と命じ、露口の指は一本一本折られていく。

アウトロー映画に絶対に必要なのは、極悪非道な悪役である。「てめぇ、人間じゃねえ」と言いたくなるほど、悪逆な存在である。その極悪非道さをどれだけ徹底して描けるかで、主人公が最後に立ち上がることに観客が感情移入できるかどうかが決まるのだ。「無頼・黒匕首」を見ていると、悪役・青木義郎に対する「おまえは人間じゃねえ」という感情が映画の進行につれてフツフツと湧き起こってくる。

悪逆非道な彼らが無惨につぶすのは、「純」や「ひたむきさ」である。愛し合う夫婦、純愛を貫く恋人たち、額に汗して働く人たち、堅気になろうと懸命にひたむきに努力する人たちである。しかし残念ながら、アウトロー映画においては彼らは元からつぶされる運命にある。彼らが悲惨な目に遭わなければ、最後にアウトローが決起できないのだ。彼らが犠牲になることによってアウトローのヒーローは「赦せねえ」と堪忍袋の緒を切り、非道な奴らを斬って斬って斬りまくるのである。

そのカタルシスがあるから観客は歓喜し、スクリーンに向かって「やっちまえ」とアジテーションする。だから、アウトロー・ヒーローものは昔から連綿と作られ続けてきた。「忠治旅日記」(1927年)の国定忠治がいて、沓掛時次郎などの股旅ヒーローたちがいて、花田秀治郎(高倉健)や矢野竜子(藤純子)や藤川五郎(渡哲也)などヤクザ映画のヒーローたちがいる。そして、座頭市は最も長く愛され続けているアウトローである。

●アウトローとは日陰者の自覚を持ち自己否定するヒーローである

アウトローの代表のような座頭市が登場したのは、1962年のことだった。僕は、そのときの映画のポスターを覚えている。その頃は、町のそこかしこに映画のポスターが貼ってあった。東映、第二東映、東宝、松竹、日活、大映のプログラム・ピクチャーを上映する系列館があり、スカラ座、ライオン館、電気館、第二電気館などの洋画上映館があり、中劇などの二番館があった(その他にピンク映画館があったが、詳しくは知らない)。

「座頭市物語」(1962年)のポスターは、僕が通っていた松島小学校の隣にあった「ヤング理容室」の壁に作られた大映のポスター掲示板に貼られていた。公開が4月18日だったから、5年生の新学期が始まってすぐの頃だ。「ヤング理容室」は、同じクラスの敬三くんの家である。ポスターを貼らせてあげれば映画の券がもらえたから、敬三くんはよくいろんな映画を見ていた。

もっとも、その頃の僕は大映映画にあまり好意は持っていなかった。映画好きの父親もそうだったらしく、あまり大映の映画館にはいかなかった。僕が覚えている小さい頃に見た大映映画は、白塗りの長谷川一夫と山本富士子が出てくる時代劇で、何だかよくわからなかった。牢屋で石を抱かされた長谷川一夫が痛みに悶えていたのを記憶している。もしかしたら、近松門左衛門風の悲恋ものだったのだろうか。

同じ大映でも市川雷蔵にはなじみがあったが、勝新太郎の映画はほとんど見たことがなかったと思う。その勝新太郎が「座頭市物語」のポスターでは頭をくりくり坊主にし、仕込み杖を少し抜いて目を閉じていた。何だか時代劇ヒーローには見えなかった。僕は東映の中村錦之助や東千代之助になじんでいたのだ。ポスターの右下には浪人姿の天知茂(僕の母親はいつも「ほら、あの三白眼の人」と言った)がいて、真ん中に万里昌代が描かれている。

そう言っては申し訳ないのだが、僕は万里昌代のどこがいいのかわからなかった。後に三隅研次監督の「斬る」(1962年)を見て、弟を逃すために裸になって追っ手を食い止める武家娘役を見て、万里昌代が醸し出す悲壮な美しさを認めたが、それでも彼女が美人には見えなかった。だから「座頭市物語」のポスターを見た頃には、子供心に「どうしてこんな人が女優をやれるのだろう」と不思議に思っていた。

そのポスターは、数10年後に出たレーザーディスクのジャケットの裏面に印刷されており、僕は懐かしくなって購入した。改めて見ると、万里昌代という女優は割にエラが目立つ(それは僕と共通しているけれど)、独特な顔をした印象に残る人だった。ジャケットの裏面には公開当時のプレスシートも載っていて、貴重な資料だった(だから、先日、僕のレーザーディスクプレーヤーはとうとうお陀仏になってしまったけれど、レーザーディスク・コレクションは手放せないのだ)。

当時、「座頭市物語」はヒットし座頭市というキャラクターが評判になったのは覚えている。目が見えないのに居合いの達人で、あっと言う間に数人のヤクザたちを斬ってしまう。初めてそのシーンを見たとき、観客は驚いた。若き勝新太郎の動きが見事だった。殺陣がよくできていた。その後、勝新太郎は座頭市役を極めるのだが、一番初めのちょっと怖いヤクザな若い市が僕は好きだ。

市は飯岡の助五郎一家にワラジを脱いでいるのだが、ヤクザを信用していない。釣りをしていて知り合った寺住まいの浪人(天知茂)と仲良くなり互いに友情を交わすのだけれど、その浪人は笹川の繁造一家の用心棒である平手造酒だった。この映画では助五郎も繁造もあまりよく描かれていない。ヤクザなんてみんな同じ、ろくな存在じゃないのだ。中でも助五郎一家の三下ヤクザ(南道郎)は、妹を売るような卑劣漢として描かれる。

市はヤクザを嫌いながら、ヤクザとしてしか生きていけない己を自覚している。だから、座頭市がヒットして主題歌を吹き込むことになったとき、勝新太郎は「俺たちゃな、御法度の裏街道を歩く渡世なんだぞ。いわば天下の嫌われモンだ...」と言うセリフから始め、途中で「ああ、イヤな渡世だなあ」とため息をついた。それは何かと言えば「ヤクザなんて虫けらだ」と自嘲する藤川五郎とも共通する意識である。つまり、彼らは日陰者の自覚を持つ、自己否定するヒーローなのである。

●アウトローは理不尽なお上(権力者に)楯突かなければならない

大映の倒産後、「座頭市」シリーズは勝プロダクションによって何本かが製作された。併映は、若山富三郎の「子連れ狼」シリーズだった。強力な時代劇2本立てである。勝新太郎は大映時代の当たり役である「座頭市」「悪名」シリーズをリメイクしたり、劇画で人気だった「御用牙」を映画化して、とりあえず自分のプロダクションを成功させようとした。東宝系で1973年に開された「新座頭市物語・笠間の火祭り」は25作目になる。11年間でそれだけの数を製作したのだから、やはり人気があったのだ。

その後、16年経って勝新太郎が最後に市を演じた26作目の「座頭市」(1989年)が公開される。この作品は撮影中に歯びきをしていない本身の刀を使ったため、殺陣の最中に俳優がひとり死ぬという事件で制作が中断した。勝新太郎の息子が警察の取り調べに遭った。妻の中村玉緒が奔走したのか、勝新太郎の執念なのか、それでも何とか映画は完成し公開された。しかし、その16年の間に座頭市が存在しなかったわけではない。勝新太郎は、テレビで座頭市を演じ続けたのだ。

「座頭市物語」は1974年秋から翌年の春まで、フジテレビで放映された。さらに「新・座頭市」が同じフジテレビで、1976年から1979年まで断続的に放映されている。森一生、黒田義之、田中徳三、安田公之、三隅研次といった旧大映系監督はもちろん、東映出身の時代劇の名手・工藤栄一も手がけているし、黒木和雄や勅使河原宏といった芸術派監督(?)も演出した。そして、勝新太郎自身も監督をした。彼が監督した回が最も前衛的であり、映像的であり、物語はよくわからなかった。

座頭市がテレビ放映されていた頃、すでに「メ○ラ」という言葉は放送禁止用語だったので、座頭市を襲うヤクザたちは「このドメ...」と言ったところで斬られてしまう、というまことしやかな噂が流れたが、僕はそれを確認したことはない。テレビは半年ごとの4シーズンの放映だったので、それだけで100回を超える。だとすると、映画を含めて勝新太郎は130話以上も座頭市を演じたのだ。これは、ギネスブックものである。

「座頭市」は海外の映画にも影響を与えた。香港映画の武侠ものへの影響は昔から言われているし、「ブレードランナー」(1982年)のレプリカント役で有名になったルトガー・ハウアー主演「ブラインド・フューリー」(1989年)は、ハリウッドが「座頭市血煙り街道」(1967年)をリメイクしたものだ。「ブラインド・フューリー」は公開当時にテレビの新作映画紹介で数シーンを見ただけなので僕には何も言えないが、ルトガー・ハウアーは目を開けたまま演技をし、仕込み杖で人を斬る殺陣がサマになっていないと思ったことは覚えている。

そんな座頭市は、北野武監督によって甦る。ベネチア映画祭に正式出品された「座頭市」(2003年)は目が見えないにもかかわらずスーパーマン的剣の達人で、映画自体もエンターテインメントに徹した快作だった。村祭りでミュージカル風に全員が踊り出し、下駄のタップシーンには思わず拍手した。殺陣も映像的に見せることに徹し、物語の構造は似ているもののまったく別の座頭市だった。勝新太郎の座頭市が抱えていたヤクザであることの屈託はなかったが、それ故にすっきりした物語になっていた。ただ、アウトロー映画とは言えない。

天然ぼけキャラと言われる綾瀬はるかが目の見えない女座頭市を演じた「ICHI」(2008年)は、主人公が女性故の悲しさと哀切さが漂う映画で、僕は個人的にとても好きである。綾瀬はるかの誰とも視線を合わせない瞳が魅力的で、若く美しい女性だけに彼女が仕込み杖を構えることによって、不幸な宿命を背負った切なさが伝わってくる。刀を抜くことができなくなった浪人(大沢たかお)のキャラクターもうまく描かれていて、印象に残った。

しかし、なぜ今頃になって「ICHI」なのだろうか。女座頭市に先例がないわけではない。棚下照生が描いたマンガ「め×らのお市物語」を映画化した「め×らのお市」シリーズが松山容子(大塚のボンカレーの人ですね)の主演で、松竹で4本公開されている。その後、日本テレビで「め×らのお市」(1971年4月〜9月)のタイトルで放映された。当時はまだ、その言葉が放送禁止用語にはなっていなかったのだ。その後、松山容子は棚下照生と結婚したと記憶している。

昨年公開になった香取慎吾主演「座頭市 THE LAST」は「座頭市、最後の映画化」と謳っていた。主演はずいぶん若返ったが、それは最初の「座頭市物語」に近い設定だ。市の恋物語もある(一作目で市に惚れるのは万里昌代)。市はヤクザを嫌い、堅気なろうとしながらもかなわず、弱者の裏切りを赦し、最後には理不尽な権力者たち(ヤクザと役人)の横暴に反抗し斬って斬って斬りまくる。

理不尽なお上(権力)の横暴に反抗してくれるアウトローは、昔からヒーローだった。座頭市というヒーローは、目が見えないハンデを負いながら仕込み杖で超人的な技を見せる。目が見えないことで最初は侮られ、「このドメ○ラ」と笑い者にされるが、実は...という逆転がいつ見ても観客にカタルシスをもたらすのだ。そこに映画が制作され続ける理由があるのだろう。「最後の映画化」などと言わず、誰か、また映画化してくれないだろうか。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

子供の頃に可愛がってもらった叔母が亡くなった。「神内のおばちゃん」と呼んでいた。父の姉になる人だ。上京してからは、ほとんど年賀状のやりとりだけだったが、知らせを聞いたときはしばらく茫然とした。90を過ぎていたから仕方のないことなのだけど...

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■Otaku ワールドへようこそ![139]
セーラー服仙人大和路紀行

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女装癖にはつける薬がないようで、治癒例を聞かない。エスカレートする方向しかないのか。セーラー服を着て、新幹線に乗ってみた。9月24日(日)、日帰りで奈良へ。一人修学旅行。

まあ、一人のおっさんが女子高生に扮して大和路へ出かけたからといって、それが呼び水となって、全国各地で男どもが仮装して「ええじゃないか、ええじゃないか」と連呼して町を練り歩く政治的ムーブメントに発展し、日本終了の危機といった事態を招くことはなく、話題にするならせいぜい一人の変態男の内面のありように焦点をあてるべき、きわめて私小説的な些末な出来事に終わった。今日も日本は平和だ。

特急列車は、成田エクスプレスのような例外はあるが、たいがい座席が全部進行方向を向いており、手洗いに立つときなど、通路を前から後ろへ歩くと、みんなの注目を自分が一手に集めているように思えて自意識がムズムズすることってないだろうか。セーラー服でこれをやると、ムズムズの度合いが一気に高まる。驚愕の視線が集まってくるような気がするのは、自意識過剰による錯覚ではないかもしれない。

新大阪21:20発の東京行き最終ののぞみ66号は博多から来る列車で、1〜3号車が自由席だが、新大阪で空席がすべて埋まり、デッキや通路に人が立った。3列シートの通路側に座ろうとしている人が、真ん中のシートに一時的に荷物を置いているのを見つけ、なんとか最後の一席を確保することができた。

つまり、ほぼ満席状態の通路を歩いたわけで、このときはちょっとばかり空気抵抗を感じた。こういうのが快感になってくると、もういけない。もう一回、またもう一回とやってみたくなる。そのうち慣れっこになって、次の刺激が欲しくなる。まあ、そういう具合だ。

●ふくろうのいる淑女雑貨店 "Toe Cocotte"

奈良に行ったのは、ロウズさんのお店を見てくるためである。
Rose de Reficul et Guiggles のロウズさん。

Rose de Reficul et Guiggles は、ロウズさんとギグルスさんを中心とするパフォーマンスユニットで、ヴィクトリア貴族のエレガントさを基調として、サーカスやオペレッタのようなわくわくさせてくれるメルヘンチックなムードと、ホラーがかった自閉的で奇異なムードとを加えた前衛的な即興無言劇や歌と踊りが特徴である。
< http://victorian666.com/ >

映像作家・寺嶋真里さんの『アリスが落ちた穴の中』では、グループで出演し、ウサギの穴から階段をずんずんと「昇って」いったところに住む地底人の役を演じている。アリス役は小さな手品師ことマメ山田さん。小柄で純真なマメさんはアリスに適役だったが、ロウズさんの発案だそうである。

ロウズさんは2006年から、淑女雑貨のお店Toe Cocotte(トゥココット)をネット通販店として営んできたが、去年の9月から奈良に実店舗を構えたとのことで、寺嶋さんがぜひ見に行きたいとずっと言っていて、なら見に行くときは私も便乗させてもらえれば、という話をしていた。ところが寺嶋さんは、アリスの上映と次作の収録とで超多忙な日々を送っており、待ちきれなくなった私が今回一人で行ってきた、というわけである。

余談だが、ロウズさんは飲まれる方なので、手土産は日本酒にした。私が今までに飲んだ中で一番美味いと思ったのは真澄の「夢殿」で、特別な機会にはいつもこれにしている。以前にアメリカ出張でJALのファーストクラスに乗ったときに出された銘柄である。

ファーストクラスは飲み物のメニューと食事のメニューが別々の冊子になっていて、お酒はいくつもの銘柄が用意されていて、グラス一杯ごとに別なのを注文した私のために次から次へと未開封なのをスポンスポン開けてくれて、中には皇室御用達なんてのもあったけど、それよりも夢殿が特に印象に残った。おかげで現地に到着したときは酩酊状態で仕事どころではなかったのだけど、どうか内緒にしといてくらはい。

なかなか置いている店がなくて入手困難なのだけど、新宿の京王百貨店に行くと必ずあるので、ありがたい。前日の金曜が祭日だったので、買いに行ったのだが、そのときもセーラー服だった。代官山の「アートラッシュ」へ武盾一郎さんの絵を見に行った帰りに寄ったのだった。お土産を提げて歩く袋は京王百貨店のよりもディズニーのほうが修学旅行っぽくて気分が出るかな、と高島屋9階のディズニーショップにも立ち寄って入手してきた。

奈良へ向かう朝、最寄り駅への道は、通学する女子高生の列を逆行する形になり、めっちゃ笑われまくった。まあ、世の中を明るくしているといえば、まるでいいことをしてるみたいだね。バスで中野駅に出て、中央線で東京駅へ。駅弁を買って9:00発ののぞみ215号新大阪行に乗る。自由席はガラガラ。とりたてて変わったことは何もなく、検札に回ってきた車掌さんは女性だったが、きわめて事務的に処理してくれた。こういう乗客は意外とよくいて、見慣れているのかもしれない。

京都で降りたが、残念ながらリアル修学旅行の集団は見かけなかった。奈良方面の電車まで30分近くあったので、新幹線改札内にある喫茶店へ。後でツイッターをチェックすると「カツサンドサンプルをガン見してた」という書込みがあったが、そんなに観察されてるとは気がつかなかった。「中之島バーガー」というのが気になったのである。それを注文してみたのだが、特にどうというほどのもんでもなかった。

もし、「中之島バーガーならちゃんと中之島まで行って、このお店で食べなはれ。もの言うのはそれからにしなはれ」みたいな情報がありましたら、教えていただけると。試しにググってみれば12,200件で、「江ノ島丼」の24,900件にほぼダブルスコアで負けている。がんばれ、中之島!

京都から奈良、王寺、三郷(さんごう)へと電車を乗り継いだが、関西の人々の反応は、関東とそれほど違いはなかった。だた、すれ違いざまに飛びのくような大げさなリアクションでよける人がいて、反応のキレがいいあたり、「心の元気度」みたいなのが関西のほうが上なのかな、と思った。駅や電車では大差なかったけど、通天閣あたりを歩けばまた違った反応があるのかもしれない。そう言えば、ツイッターによれば、御堂筋線に時折、セーラー服のおっちゃんが乗ってるみたいですね。

三郷からロウズさんに電話して、お店に向かって歩いていると、Rose de Reficul et Guiggles(通称「ロウズファミリィ」)のメンバーである奇世見さんが徒歩で迎えに出てきてくれていて、途中で会った。お店は、ヨーロピアン貴族的なエレガントさの中にホラーがかったダークさも併せもつ、ロウズさんの感性そのものを具現化した空間、という感じで、うっとりとさせてくれる。非常に居心地がいい。ふくろうがいて、大きな人形がいて、小さな人形もいて、アクセサリーやシルバーウェアなどがいっぱいで、ほんっと素敵な空間でした。

ふくろうは「ホウ、ホウ」と鳴くもんかと思っていたら、おもちゃのモーターが回るような軽いシャーシャーした音を発し、もしかしたら威嚇してたのかも。飼い主に対するのとは明らかに違う反応。けど、帰るころにはけっこうなついてくれた。

持ってった夢殿は、いるうちに空いてしまい、私が半分飲んでしまった。ギグルスさんと、ロウズファミリィの新メンバーであるYuwanちゃん(5歳)も一緒に午後を過ごしてくださった。Yuwanちゃんは、「将来何になりたい?」の質問にうーんとうーんとうーーーーーんと考えて、「ケーキ屋さん」と答えてくれた。

8月に京都の「夜想」で催されたイベントでステージに立ったそうで、人に見られるという役回りをちゃんと意識している。カメラを構えると、かわいいポーズをとってくれる。天使のような少女。私の格好はセーラームーンだと思ってくれていた。仲良しになりました。

ふと気づくと8時になっていて、帰れるかどうかヤバい。奇世見さんが列車の乗り継ぎ時間を調べてくれたけど、実にきわどい。車で王寺駅まで送ってくれて、あいさつもそこそこにJR乗り場へダッシュ。発車ベルが鳴ってるタイミングで乗ることができ、天王寺での乗り換えもクリアー、新大阪での御堂筋線から新幹線への乗り換えは11分で、発車まで間があっても券売機が締め切られることがあり、ヒヤヒヤだったが、それもクリアー。お弁当も買えて、座席も確保できた。

セーラー服で新幹線も、別にどうってことはなかった。遠征に際してのひとつの心配事として、途中でふと我に返ったよう急激に羞恥心が芽生え、恥ずかしくてたまらなくなったらどうしよう、という恐怖があった。ずいぶん前からときおり女装して電車に乗る夢をみており、それは悪夢の部類に属する。いつも決まって西武新宿線の上り電車で、ドアの右脇の手すりにつかまって立っており、ふと下を見ると、自分、スカートはいてる。

やあしまった、ウチで女装してて、着替えるのを忘れてそのまま出てきちゃったよ。他の乗客は、気づいているのに、いないふりを装っている。ならばこっちも開き直って、わざとのふりして平静を装うか。それにしても、いったん降りて反対方向の電車に乗って、また別の乗客に見られるの、恥ずかしいなぁ、というあたりで目が覚めて、汗まみれ。

あまりに細部まで鮮明なので、正夢かとも思ったが、意識の側が、全力で否定。それはぜーーーったいにありえん。ところが何の運命のいたずらか、実際にセーラー服を着て電車に乗るようになってからは、その夢は見なくなった。意識の届かない心の深いところで重石が取れて、楽になれたのかもしれない。

●マムシに注意

以前にこの欄で鉄人社の「バカ画像500連発」をけなしたことがある。私が被写体の写真を本人に無断で掲載してくれるし。載ってるぞと人から教えてもらって、近所のコンビニへチェックしに行ってみれば、5冊も並んでるし。その写真は、アレだ、コミケでカメコってるとこを誰かにこっそり撮られてネットにアップされたものだ。これ↓
< http://bit.ly/pKw9ih >

写真素材をネットからタダで拾ってきた上に、撮影場面を見たわけでもないのにテキトーなキャプションつけて、それで本にして売っちゃうという商売のやり方って、どうなのよ? こういう姿勢の出版社の存在意義が社会から高く評価されるとも思えないので、いつ潰れるか楽しみだ、と、同じ鉄人社が出してる「裏モノJAPAN」などを時折チェックするのだが、これがけっこう面白くて困っている。

前回、現代の日本社会の特徴は「システム化社会」にあると思う、と述べた。システムの円滑な運用を至上課題とし、商取引などあらゆる活動が細部に至るまで徹底的にルール化、マニュアル化されていく。それで社会は比較的トラブルが少なく、回っている。表面的には平和が保たれているけれど、それは人々が互いに深く理解しあって結束を固めているからではなく、むしろ逆で、無用のコミュニケーションを避けることで、考え方の違いによるぶつかり合いを起きにくくしているだけ。「共感なき平穏」。

関連して、第二の特徴は「情報の流れのセグメンテーション化」である。極端なたとえだが、政治的に右寄りの思想の人たちと左寄りの人たちがいるとして、同じ考えの者どうしだけがコミュニケーションをとりあい、考えの異なる者には何も言わず、何も聞かないことにすれば、少なくとも喧嘩にはならない。そうすると、情報の流通は2つのグループそれぞれの内部でしか起きず、グループ間にまたがっては起きない。

政治思想に限らず、生き方に関する姿勢から趣味に至るまで、ありとあらゆる方面で、情報の流通がセグメント(区画)を形成して閉じていっているように感じられる。これは、基本的には、いいことである。多種多様な価値観・世界観・人生観をもった人々が互いに近接して暮らしているという現実がありながら、特に衝突するでもなく平和に共存できているというのは、まことにすばらしいことである。

ただ、多少の副作用がないわけではなく。考え方の近い者としかコミュニケーションをとっていないというのが現実であるにもかかわらず、自分の考え方が社会全体に敷衍可能だと錯覚し、自分の側が常識の側で、自分と異なる側が非常識側だと信じ込んじゃってる頑固者が増えてきているような気が......。これじゃ婚活とか、きっとうまくいかないでしょう。これは婚活業者の商売のやり方の問題ではなく、こういう社会の必然的帰結のように思える。また、殺人犯に犯行動機を聞いてみたら、錯覚や思い込みの類だった、なんてのにも、困るなぁ、と思う。

もうひとつの副作用として、社会全体の不透明感がある。つまり、自分の属する情報流通セグメンテーションの外側には、考え方の異なる人々が大勢いるということに漠然と感づいてはいるが、誰が何を考えているのかという情報には決して到達できないという不全感。自分と接点をもたない人々の考え方は、どこまで行っても謎のまま。広い世の中にはどんな考えの人がいるか分からないという漠然とした恐怖。

たとえば、街を歩いていて、セーラー服を着たおっさんを見かけたとして、たぶん人畜無害であろうから、放置したところで、システムの円滑な運用にはなんら支障を来たすまい。その意味では心配ないとしても、結局「あのおっさんいったい何考えてまんねん」という疑問には、答えが得られず終い。そんなに気になるなら、直接聞いてみればいいのだけれど、その勇気はないわけで。やっぱ変な人と関わり合いになって、自分の人生をおかしくしてしまいたくはないわけで。

「裏モノJAPAN」は、その辺の隙間をよく衝いている。気にはなっていても、ちょっと怖くて自分では真相を確認しに行けない、と多くの人が思っていそうな事例を目ざとく見つけて、体当たり取材。おお、いいぞいいぞ、よくやった!と思ってる時点で、私は価値を認めちゃってる。おいおい、とセルフつっこみ。

駅のホームでむやみやたらにわけのわからんことをわめき散らしているオッサンをつかまえて「何があったのですか?」と聞いてみる。拒否されても「ぜひ聞かせてください!」と食い下がる。やるなぁ。5歳のときに親戚を頼って韓国から帰化してからの苦難の人生を語る語る語る。なんだ、まともに話、できんじゃん。

電柱の怪しい出会い系の張り紙、訪ねていって入会するとどうなるか、とか。200円の生ビールがやけに薄いと感じるは気のせいか、濃度計で計ってみる、とか。その数値に意味あるのか、という根拠もなんか薄い気がするのは置いておいて。コミュニケーション不全社会の本質を見抜いた上で、社会の薄暗い方面へ体当たりでアプローチをかける取材と編集の方針、うーん、あんまり認めたくはないが、面白くないこともないぞ。

さて、この項の表題は「マムシに注意」とあるのに、なかなかマムシが登場してきませんね。

今までデザフェスには、人形の写真を展示する形で参加してきたが、今度の11月のは趣向を変えてみようと思う。セーラー服を着た自分を被写体とする写真を展示して、アートだと言い張ってみようかと。ついでに販売したら、買ってくれる人がいたりはしないかな、なんて。

デザフェスは美大の学園祭を大規模にしたような、お祭り的イベントなので、まあ、基本、なんでもアリ。この種の勘違い系の展示も許される空気。悪ノリは、やったもん勝ちの法則。「関東アンダーグラウンド集会」というグループの一員として出ます。

で、10/1(土)にはロケ地の下見。広い河原へ。仲間2人と。下見だけど、ついでに撮れたら撮っちゃえ、というわけで、セーラー服着て、カメラ持って。この河原はホームレスのおじさんたちの生活空間でもある。橋の下に集団で住んでいる。張ったロープに洗濯物が干してあったり、犬を飼っていたり、文庫本を読んでる人がいたり。なんだか健康で文化的な最低限度よりもだいぶん上な感じの生活を営んでいらっしゃる模様。しかも、長期的に安定維持されているようである。

この人たち、どうやって生活の糧を得ているのだろう。それ、気になりますね。よくありがちなサラリーマンのようにあくせくと働きづめに働いて、ある程度の安定収入があり将来に不安があまりないのはいいけれど、心にまったくゆとりがなくなっちゃって、なにか大切なものを見失ってやしませんか、って悲壮感漂うライフスタイルとはずいぶん趣きを異にし、なんだか気楽にさえみえる。もしかして、ここに暮らすおじさんたちのほうが精神面は豊かだったり、なんてことはなかろうかね?

そろそろ出てきそうですね、マムシ。そう、ここはマムシの生息空間でもある。「マムシに注意」の掲示があちこちにある。

背の高い草の生い茂る中に隠れるようについている小径をずんずん行くと、草陰に打ち捨てられた車の中に一人で住んでいるおじさんがいる。去年9/18(土)に人形作家の吉村眸さんの作品を撮るのに、そこを通った。生まれて間もないとみえる子猫がいたので、構おうとすると、車の中からじーっと見ているおじさんがいる。あ、飼い主でしたか。

「こんにちは」と声をかけると「こんにちは」と返事を返してくれた。あ、なんだかいい人っぽい。あれから一年以上経つけど、いるかな? いた。「猫、大きくなりましたか?」。「おお。今いないけど」。帰りにまた通りがかると、猫がおじさんにじゃれついている。我々が近づくと、逃げて行った。いつも来る人なら少しは近寄るけど、見知らぬ人だと、決して近づかせないそうで。

実は近くに何匹も隠れてて、全部で6匹いるという。最初は捨てられてたのを拾ってきたんだけど、ここで増えちゃったとか。えーっと、集団から孤立して暮らしているから人間嫌いなのかと思いきや、意外にも気さくで話し好きの快活なおじさん。聞いてみよう。「お仕事してるんですか?」。たまに草刈りするぐらいだそうで。なんか、役所の人だかが車で回ってきて、ホームレスの人を集めて、草刈りの仕事を提供するのだとか。食糧は買ってくるし、米があって、ご飯が炊ける。夜は、月が出てないと真っ暗闇になるけど。

別の人は、マムシを獲って売っているんだとか。ビンに浅く水を張り、その中に放り込んでおく。腹の中をきれいにするため、なんもエサをやらずに放置。半年ほど生きてるらしい。それから焼酎に漬け込んで、さらに数ヶ月。山にいる赤マムシだったら5万円で売れるけど、その辺にいる普通のマムシでも15,000円になるそうで。ほほう。収入源になるので、見逃さないように注意、だったのか?!

たまにセーラー服着てくるおっさんがいるらしい。え? 我々以外にも? 半年にいっぺんぐらい、車で来るそうで。セーラー服のときもあれば、チェックのスカートの制服のときもあるらしい。その人は見せびらかして喜びたいという嗜好らしい。どうだ、見ろ、見ろ、みたいな感じ?「見ろったってねぇ、ハハハ...」だって。

想像だけど。まじめな人なのかもしれない。職場では地味な存在で、こつこつと堅実に仕事をこなす。これといって趣味もなく、あまり面白みのない人だとまわりからは思われているが、実は密かな楽しみがあって、それが女装。本当は街へ出て、人から見られたいんだけど、万が一にも知り合いに見つかればうわさが広まり、会社をクビになり、友達は離れていき、人生が終わってしまう。

ここならば、いるのはホームレスの人ばかりなので、知り合いにまで情報が伝達される心配はない。それでこの場所に来るのではあるまいか。なんという小心者。新幹線に乗っちゃう、図太いどっかのだれかとは大違いですね。ホームレスの人たちも、意外なとこで人様の役に立ってるわけだ。

ほんっと、いろんな人がいますね。世の中、どんどん分からなくなっていきます。あの雑誌が体当たり取材すべきネタ、まだまだまだまだありそうです。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

セーラー服仙人カメコ。ありゃりゃ、書こうと思ってたことにたどり着かないうちに紙幅が尽きちゃいました。ライブで歌います。もちろんセーラー服着て。通っているヴォイストレーニングの教室が主催するイベントです。GrowHairのテーマソングができました。世の中広しといえども、カメコがテーマの歌って、そうそうないんじゃないかと。
10月22日(土)11:00開場、11:30開演。渋谷TAKE OFF 7
2,000円、ドリンク別。
< http://kox-radio.jp/to7-top.html >

濱村さんが聞いたっていう「セーラー服おじさん」、たぶん安穂野香さんだと思います。石の上にも三年、っていうけど、名古屋のテレビ塔の下で25年、全国区で有名になりつつあるようです。ようやく時代が彼に追いついてきた、というか。

河原へ行った帰り、カメラとレフ板を持って池袋西口を歩いたら、ツイッターで「シンバルとバスドラのペダルらしき物もってるおっさん」と描写してる人がいた。ミュージシャンであった。何回か返信しあっていると、以前Novaで英会話仲間だったI老さんが、名古屋でその方のライブを見ていたことが判明。

なんと狭い世間! セーラー服を着て歩くといろいろ面白いことに遭遇しますね。面白くないことにも。知らないニイチャンにスカートまくられた。この酔っ払い?! それと、女装して歩いてるおっさんを見かけた。土曜の夜の池袋西口、カオス。

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■編集後記(10/07)

・政府は法的根拠のない「国家戦略会議」とやらを発足させ、まずTPP交渉参加の是非に関する議論から入る予定だ。どうやらアメリカのご機嫌をとるために、日本を売り渡すTPP参加を決意したらしい。TPPはGDP総額の9割以上を日米が占める、事実上の日米FTA(自由貿易協定)である。TPPの正体は「アメリカの輸出拡大」戦略である。オバマが一般教書演説で「アメリカ人の雇用を引き上げるために貿易協定締結を進める」「私が署名する協定は、アメリカ人の雇用を拡大するものだけだ」と堂々と言っている。アメリカだけの利益追求である。他国の雇用など知ったこっちゃない。ところが、新聞はそろってTPP推進である。10月になってからも、社説で「TPP参加─丁寧な説明で再起動を」(朝日)「TPP 参加が日本の成長に不可欠だ」(読売)ときた。そういうなら、TPP反対派のいう疑念の払拭と、参加のメリットをわかりやすく説明するのが新聞(および政府)の役割だろう。それもせずにただただ「乗り遅れるな」の合唱だ。日本は今、震災復興、原発事故の収束という最優先課題がある。TPPどころではないと主張してもいいはずだ。あ、憲政史上の一大汚点だと、誰かが吠えた問題もあったわな(笑)(柴田)

・当たりです! 安穂野香さんでした。まさかあらびき団に出ていたなんて。名古屋での活動は大変だったのでは、と書きかけて、そういえば大阪にも女装者がいたことを思い出した。私は一度も遭遇していないのだが、まわりは結構知っていた。しかしGrowHairさんやセーラー服おじさんは、顔をつくりこまないところが単なる女装とは違う。なぜ髭を剃ったりかつらかぶったり、お化粧をしないんだろう。変身願望とは違い、自分自身はそのままで好きなかっこをしているってことか。にしても、東京都心は許容範囲広いなぁ。(若い男性のファッションとしての)スカート姿は、地方じゃなかなか受け入れてもらえないだろう。/事務所近くにあるという潜水艦バー「深化」に、前々から行きたいと言っていたメンバーで行く。内装を劇団維新派の美術さんが手がけられたのだそう。が、真っ暗。南京錠がかかっている。まさか休みじゃないよねぇ、と言っていたら車が到着。バー関係者かと思ったら、「お休みですか?」と。この人も初潜水艦バーだった。隠れ家らしく、公式サイトはないし、検索しても住所や電話番号は出てこないため、事前に開店しているかどうか問い合わせできないのだ。私に教えてくれた人は、トイレには行けと言っていた。何やら仕掛けがあるらしい。次はいつ行けるんだろうなぁ。/大阪情報コンピュータ専門学校のサイトにあった「ルイストリックコマンセ」というバーにも一度行ってみたいな。(hammer.mule)
< http://www.ningendaigaku.com/sailor.html >  安穂野香さん公式
< http://www.dailymotion.com/video/x7ljvx_yyyyy-y-yyy_fun >
あらびき団
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E7%A9%82%E9%87%8E%E9%A6%99 >
Wikipedia。活動は31歳から
< http://www.recipe-blog.jp/viewer/item/10451365 >  潜水艦バー
< http://www.oic.ac.jp/life/local/details.php?i=716&u=%2Flife%2Flocal%2Findex.html >
ルイストリックコマンセ