Otaku ワールドへようこそ![139]セーラー服仙人大和路紀行
── GrowHair ──

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女装癖にはつける薬がないようで、治癒例を聞かない。エスカレートする方向しかないのか。セーラー服を着て、新幹線に乗ってみた。9月24日(日)、日帰りで奈良へ。一人修学旅行。

まあ、一人のおっさんが女子高生に扮して大和路へ出かけたからといって、それが呼び水となって、全国各地で男どもが仮装して「ええじゃないか、ええじゃないか」と連呼して町を練り歩く政治的ムーブメントに発展し、日本終了の危機といった事態を招くことはなく、話題にするならせいぜい一人の変態男の内面のありように焦点をあてるべき、きわめて私小説的な些末な出来事に終わった。今日も日本は平和だ。

特急列車は、成田エクスプレスのような例外はあるが、たいがい座席が全部進行方向を向いており、手洗いに立つときなど、通路を前から後ろへ歩くと、みんなの注目を自分が一手に集めているように思えて自意識がムズムズすることってないだろうか。セーラー服でこれをやると、ムズムズの度合いが一気に高まる。驚愕の視線が集まってくるような気がするのは、自意識過剰による錯覚ではないかもしれない。

新大阪21:20発の東京行き最終ののぞみ66号は博多から来る列車で、1〜3号車が自由席だが、新大阪で空席がすべて埋まり、デッキや通路に人が立った。3列シートの通路側に座ろうとしている人が、真ん中のシートに一時的に荷物を置いているのを見つけ、なんとか最後の一席を確保することができた。

つまり、ほぼ満席状態の通路を歩いたわけで、このときはちょっとばかり空気抵抗を感じた。こういうのが快感になってくると、もういけない。もう一回、またもう一回とやってみたくなる。そのうち慣れっこになって、次の刺激が欲しくなる。まあ、そういう具合だ。



●ふくろうのいる淑女雑貨店 "Toe Cocotte"

奈良に行ったのは、ロウズさんのお店を見てくるためである。
Rose de Reficul et Guiggles のロウズさん。

Rose de Reficul et Guiggles は、ロウズさんとギグルスさんを中心とするパフォーマンスユニットで、ヴィクトリア貴族のエレガントさを基調として、サーカスやオペレッタのようなわくわくさせてくれるメルヘンチックなムードと、ホラーがかった自閉的で奇異なムードとを加えた前衛的な即興無言劇や歌と踊りが特徴である。
< http://victorian666.com/
>

映像作家・寺嶋真里さんの『アリスが落ちた穴の中』では、グループで出演し、ウサギの穴から階段をずんずんと「昇って」いったところに住む地底人の役を演じている。アリス役は小さな手品師ことマメ山田さん。小柄で純真なマメさんはアリスに適役だったが、ロウズさんの発案だそうである。

ロウズさんは2006年から、淑女雑貨のお店Toe Cocotte(トゥココット)をネット通販店として営んできたが、去年の9月から奈良に実店舗を構えたとのことで、寺嶋さんがぜひ見に行きたいとずっと言っていて、なら見に行くときは私も便乗させてもらえれば、という話をしていた。ところが寺嶋さんは、アリスの上映と次作の収録とで超多忙な日々を送っており、待ちきれなくなった私が今回一人で行ってきた、というわけである。

余談だが、ロウズさんは飲まれる方なので、手土産は日本酒にした。私が今までに飲んだ中で一番美味いと思ったのは真澄の「夢殿」で、特別な機会にはいつもこれにしている。以前にアメリカ出張でJALのファーストクラスに乗ったときに出された銘柄である。

ファーストクラスは飲み物のメニューと食事のメニューが別々の冊子になっていて、お酒はいくつもの銘柄が用意されていて、グラス一杯ごとに別なのを注文した私のために次から次へと未開封なのをスポンスポン開けてくれて、中には皇室御用達なんてのもあったけど、それよりも夢殿が特に印象に残った。おかげで現地に到着したときは酩酊状態で仕事どころではなかったのだけど、どうか内緒にしといてくらはい。

なかなか置いている店がなくて入手困難なのだけど、新宿の京王百貨店に行くと必ずあるので、ありがたい。前日の金曜が祭日だったので、買いに行ったのだが、そのときもセーラー服だった。代官山の「アートラッシュ」へ武盾一郎さんの絵を見に行った帰りに寄ったのだった。お土産を提げて歩く袋は京王百貨店のよりもディズニーのほうが修学旅行っぽくて気分が出るかな、と高島屋9階のディズニーショップにも立ち寄って入手してきた。

奈良へ向かう朝、最寄り駅への道は、通学する女子高生の列を逆行する形になり、めっちゃ笑われまくった。まあ、世の中を明るくしているといえば、まるでいいことをしてるみたいだね。バスで中野駅に出て、中央線で東京駅へ。駅弁を買って9:00発ののぞみ215号新大阪行に乗る。自由席はガラガラ。とりたてて変わったことは何もなく、検札に回ってきた車掌さんは女性だったが、きわめて事務的に処理してくれた。こういう乗客は意外とよくいて、見慣れているのかもしれない。

京都で降りたが、残念ながらリアル修学旅行の集団は見かけなかった。奈良方面の電車まで30分近くあったので、新幹線改札内にある喫茶店へ。後でツイッターをチェックすると「カツサンドサンプルをガン見してた」という書込みがあったが、そんなに観察されてるとは気がつかなかった。「中之島バーガー」というのが気になったのである。それを注文してみたのだが、特にどうというほどのもんでもなかった。

もし、「中之島バーガーならちゃんと中之島まで行って、このお店で食べなはれ。もの言うのはそれからにしなはれ」みたいな情報がありましたら、教えていただけると。試しにググってみれば12,200件で、「江ノ島丼」の24,900件にほぼダブルスコアで負けている。がんばれ、中之島!

京都から奈良、王寺、三郷(さんごう)へと電車を乗り継いだが、関西の人々の反応は、関東とそれほど違いはなかった。だた、すれ違いざまに飛びのくような大げさなリアクションでよける人がいて、反応のキレがいいあたり、「心の元気度」みたいなのが関西のほうが上なのかな、と思った。駅や電車では大差なかったけど、通天閣あたりを歩けばまた違った反応があるのかもしれない。そう言えば、ツイッターによれば、御堂筋線に時折、セーラー服のおっちゃんが乗ってるみたいですね。

三郷からロウズさんに電話して、お店に向かって歩いていると、Rose de Reficul et Guiggles(通称「ロウズファミリィ」)のメンバーである奇世見さんが徒歩で迎えに出てきてくれていて、途中で会った。お店は、ヨーロピアン貴族的なエレガントさの中にホラーがかったダークさも併せもつ、ロウズさんの感性そのものを具現化した空間、という感じで、うっとりとさせてくれる。非常に居心地がいい。ふくろうがいて、大きな人形がいて、小さな人形もいて、アクセサリーやシルバーウェアなどがいっぱいで、ほんっと素敵な空間でした。

ふくろうは「ホウ、ホウ」と鳴くもんかと思っていたら、おもちゃのモーターが回るような軽いシャーシャーした音を発し、もしかしたら威嚇してたのかも。飼い主に対するのとは明らかに違う反応。けど、帰るころにはけっこうなついてくれた。

持ってった夢殿は、いるうちに空いてしまい、私が半分飲んでしまった。ギグルスさんと、ロウズファミリィの新メンバーであるYuwanちゃん(5歳)も一緒に午後を過ごしてくださった。Yuwanちゃんは、「将来何になりたい?」の質問にうーんとうーんとうーーーーーんと考えて、「ケーキ屋さん」と答えてくれた。

8月に京都の「夜想」で催されたイベントでステージに立ったそうで、人に見られるという役回りをちゃんと意識している。カメラを構えると、かわいいポーズをとってくれる。天使のような少女。私の格好はセーラームーンだと思ってくれていた。仲良しになりました。

ふと気づくと8時になっていて、帰れるかどうかヤバい。奇世見さんが列車の乗り継ぎ時間を調べてくれたけど、実にきわどい。車で王寺駅まで送ってくれて、あいさつもそこそこにJR乗り場へダッシュ。発車ベルが鳴ってるタイミングで乗ることができ、天王寺での乗り換えもクリアー、新大阪での御堂筋線から新幹線への乗り換えは11分で、発車まで間があっても券売機が締め切られることがあり、ヒヤヒヤだったが、それもクリアー。お弁当も買えて、座席も確保できた。

セーラー服で新幹線も、別にどうってことはなかった。遠征に際してのひとつの心配事として、途中でふと我に返ったよう急激に羞恥心が芽生え、恥ずかしくてたまらなくなったらどうしよう、という恐怖があった。ずいぶん前からときおり女装して電車に乗る夢をみており、それは悪夢の部類に属する。いつも決まって西武新宿線の上り電車で、ドアの右脇の手すりにつかまって立っており、ふと下を見ると、自分、スカートはいてる。

やあしまった、ウチで女装してて、着替えるのを忘れてそのまま出てきちゃったよ。他の乗客は、気づいているのに、いないふりを装っている。ならばこっちも開き直って、わざとのふりして平静を装うか。それにしても、いったん降りて反対方向の電車に乗って、また別の乗客に見られるの、恥ずかしいなぁ、というあたりで目が覚めて、汗まみれ。

あまりに細部まで鮮明なので、正夢かとも思ったが、意識の側が、全力で否定。それはぜーーーったいにありえん。ところが何の運命のいたずらか、実際にセーラー服を着て電車に乗るようになってからは、その夢は見なくなった。意識の届かない心の深いところで重石が取れて、楽になれたのかもしれない。

●マムシに注意

以前にこの欄で鉄人社の「バカ画像500連発」をけなしたことがある。私が被写体の写真を本人に無断で掲載してくれるし。載ってるぞと人から教えてもらって、近所のコンビニへチェックしに行ってみれば、5冊も並んでるし。その写真は、アレだ、コミケでカメコってるとこを誰かにこっそり撮られてネットにアップされたものだ。これ↓
< http://bit.ly/pKw9ih
>

写真素材をネットからタダで拾ってきた上に、撮影場面を見たわけでもないのにテキトーなキャプションつけて、それで本にして売っちゃうという商売のやり方って、どうなのよ? こういう姿勢の出版社の存在意義が社会から高く評価されるとも思えないので、いつ潰れるか楽しみだ、と、同じ鉄人社が出してる「裏モノJAPAN」などを時折チェックするのだが、これがけっこう面白くて困っている。

前回、現代の日本社会の特徴は「システム化社会」にあると思う、と述べた。システムの円滑な運用を至上課題とし、商取引などあらゆる活動が細部に至るまで徹底的にルール化、マニュアル化されていく。それで社会は比較的トラブルが少なく、回っている。表面的には平和が保たれているけれど、それは人々が互いに深く理解しあって結束を固めているからではなく、むしろ逆で、無用のコミュニケーションを避けることで、考え方の違いによるぶつかり合いを起きにくくしているだけ。「共感なき平穏」。

関連して、第二の特徴は「情報の流れのセグメンテーション化」である。極端なたとえだが、政治的に右寄りの思想の人たちと左寄りの人たちがいるとして、同じ考えの者どうしだけがコミュニケーションをとりあい、考えの異なる者には何も言わず、何も聞かないことにすれば、少なくとも喧嘩にはならない。そうすると、情報の流通は2つのグループそれぞれの内部でしか起きず、グループ間にまたがっては起きない。

政治思想に限らず、生き方に関する姿勢から趣味に至るまで、ありとあらゆる方面で、情報の流通がセグメント(区画)を形成して閉じていっているように感じられる。これは、基本的には、いいことである。多種多様な価値観・世界観・人生観をもった人々が互いに近接して暮らしているという現実がありながら、特に衝突するでもなく平和に共存できているというのは、まことにすばらしいことである。

ただ、多少の副作用がないわけではなく。考え方の近い者としかコミュニケーションをとっていないというのが現実であるにもかかわらず、自分の考え方が社会全体に敷衍可能だと錯覚し、自分の側が常識の側で、自分と異なる側が非常識側だと信じ込んじゃってる頑固者が増えてきているような気が......。これじゃ婚活とか、きっとうまくいかないでしょう。これは婚活業者の商売のやり方の問題ではなく、こういう社会の必然的帰結のように思える。また、殺人犯に犯行動機を聞いてみたら、錯覚や思い込みの類だった、なんてのにも、困るなぁ、と思う。

もうひとつの副作用として、社会全体の不透明感がある。つまり、自分の属する情報流通セグメンテーションの外側には、考え方の異なる人々が大勢いるということに漠然と感づいてはいるが、誰が何を考えているのかという情報には決して到達できないという不全感。自分と接点をもたない人々の考え方は、どこまで行っても謎のまま。広い世の中にはどんな考えの人がいるか分からないという漠然とした恐怖。

たとえば、街を歩いていて、セーラー服を着たおっさんを見かけたとして、たぶん人畜無害であろうから、放置したところで、システムの円滑な運用にはなんら支障を来たすまい。その意味では心配ないとしても、結局「あのおっさんいったい何考えてまんねん」という疑問には、答えが得られず終い。そんなに気になるなら、直接聞いてみればいいのだけれど、その勇気はないわけで。やっぱ変な人と関わり合いになって、自分の人生をおかしくしてしまいたくはないわけで。

「裏モノJAPAN」は、その辺の隙間をよく衝いている。気にはなっていても、ちょっと怖くて自分では真相を確認しに行けない、と多くの人が思っていそうな事例を目ざとく見つけて、体当たり取材。おお、いいぞいいぞ、よくやった!と思ってる時点で、私は価値を認めちゃってる。おいおい、とセルフつっこみ。

駅のホームでむやみやたらにわけのわからんことをわめき散らしているオッサンをつかまえて「何があったのですか?」と聞いてみる。拒否されても「ぜひ聞かせてください!」と食い下がる。やるなぁ。5歳のときに親戚を頼って韓国から帰化してからの苦難の人生を語る語る語る。なんだ、まともに話、できんじゃん。

電柱の怪しい出会い系の張り紙、訪ねていって入会するとどうなるか、とか。200円の生ビールがやけに薄いと感じるは気のせいか、濃度計で計ってみる、とか。その数値に意味あるのか、という根拠もなんか薄い気がするのは置いておいて。コミュニケーション不全社会の本質を見抜いた上で、社会の薄暗い方面へ体当たりでアプローチをかける取材と編集の方針、うーん、あんまり認めたくはないが、面白くないこともないぞ。

さて、この項の表題は「マムシに注意」とあるのに、なかなかマムシが登場してきませんね。

今までデザフェスには、人形の写真を展示する形で参加してきたが、今度の11月のは趣向を変えてみようと思う。セーラー服を着た自分を被写体とする写真を展示して、アートだと言い張ってみようかと。ついでに販売したら、買ってくれる人がいたりはしないかな、なんて。

デザフェスは美大の学園祭を大規模にしたような、お祭り的イベントなので、まあ、基本、なんでもアリ。この種の勘違い系の展示も許される空気。悪ノリは、やったもん勝ちの法則。「関東アンダーグラウンド集会」というグループの一員として出ます。

で、10/1(土)にはロケ地の下見。広い河原へ。仲間2人と。下見だけど、ついでに撮れたら撮っちゃえ、というわけで、セーラー服着て、カメラ持って。この河原はホームレスのおじさんたちの生活空間でもある。橋の下に集団で住んでいる。張ったロープに洗濯物が干してあったり、犬を飼っていたり、文庫本を読んでる人がいたり。なんだか健康で文化的な最低限度よりもだいぶん上な感じの生活を営んでいらっしゃる模様。しかも、長期的に安定維持されているようである。

この人たち、どうやって生活の糧を得ているのだろう。それ、気になりますね。よくありがちなサラリーマンのようにあくせくと働きづめに働いて、ある程度の安定収入があり将来に不安があまりないのはいいけれど、心にまったくゆとりがなくなっちゃって、なにか大切なものを見失ってやしませんか、って悲壮感漂うライフスタイルとはずいぶん趣きを異にし、なんだか気楽にさえみえる。もしかして、ここに暮らすおじさんたちのほうが精神面は豊かだったり、なんてことはなかろうかね?

そろそろ出てきそうですね、マムシ。そう、ここはマムシの生息空間でもある。「マムシに注意」の掲示があちこちにある。

背の高い草の生い茂る中に隠れるようについている小径をずんずん行くと、草陰に打ち捨てられた車の中に一人で住んでいるおじさんがいる。去年9/18(土)に人形作家の吉村眸さんの作品を撮るのに、そこを通った。生まれて間もないとみえる子猫がいたので、構おうとすると、車の中からじーっと見ているおじさんがいる。あ、飼い主でしたか。

「こんにちは」と声をかけると「こんにちは」と返事を返してくれた。あ、なんだかいい人っぽい。あれから一年以上経つけど、いるかな? いた。「猫、大きくなりましたか?」。「おお。今いないけど」。帰りにまた通りがかると、猫がおじさんにじゃれついている。我々が近づくと、逃げて行った。いつも来る人なら少しは近寄るけど、見知らぬ人だと、決して近づかせないそうで。

実は近くに何匹も隠れてて、全部で6匹いるという。最初は捨てられてたのを拾ってきたんだけど、ここで増えちゃったとか。えーっと、集団から孤立して暮らしているから人間嫌いなのかと思いきや、意外にも気さくで話し好きの快活なおじさん。聞いてみよう。「お仕事してるんですか?」。たまに草刈りするぐらいだそうで。なんか、役所の人だかが車で回ってきて、ホームレスの人を集めて、草刈りの仕事を提供するのだとか。食糧は買ってくるし、米があって、ご飯が炊ける。夜は、月が出てないと真っ暗闇になるけど。

別の人は、マムシを獲って売っているんだとか。ビンに浅く水を張り、その中に放り込んでおく。腹の中をきれいにするため、なんもエサをやらずに放置。半年ほど生きてるらしい。それから焼酎に漬け込んで、さらに数ヶ月。山にいる赤マムシだったら5万円で売れるけど、その辺にいる普通のマムシでも15,000円になるそうで。ほほう。収入源になるので、見逃さないように注意、だったのか?!

たまにセーラー服着てくるおっさんがいるらしい。え? 我々以外にも? 半年にいっぺんぐらい、車で来るそうで。セーラー服のときもあれば、チェックのスカートの制服のときもあるらしい。その人は見せびらかして喜びたいという嗜好らしい。どうだ、見ろ、見ろ、みたいな感じ?「見ろったってねぇ、ハハハ...」だって。

想像だけど。まじめな人なのかもしれない。職場では地味な存在で、こつこつと堅実に仕事をこなす。これといって趣味もなく、あまり面白みのない人だとまわりからは思われているが、実は密かな楽しみがあって、それが女装。本当は街へ出て、人から見られたいんだけど、万が一にも知り合いに見つかればうわさが広まり、会社をクビになり、友達は離れていき、人生が終わってしまう。

ここならば、いるのはホームレスの人ばかりなので、知り合いにまで情報が伝達される心配はない。それでこの場所に来るのではあるまいか。なんという小心者。新幹線に乗っちゃう、図太いどっかのだれかとは大違いですね。ホームレスの人たちも、意外なとこで人様の役に立ってるわけだ。

ほんっと、いろんな人がいますね。世の中、どんどん分からなくなっていきます。あの雑誌が体当たり取材すべきネタ、まだまだまだまだありそうです。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

セーラー服仙人カメコ。ありゃりゃ、書こうと思ってたことにたどり着かないうちに紙幅が尽きちゃいました。ライブで歌います。もちろんセーラー服着て。通っているヴォイストレーニングの教室が主催するイベントです。GrowHairのテーマソングができました。世の中広しといえども、カメコがテーマの歌って、そうそうないんじゃないかと。
10月22日(土)11:00開場、11:30開演。渋谷TAKE OFF 7
2,000円、ドリンク別。
< http://kox-radio.jp/to7-top.html
>

濱村さんが聞いたっていう「セーラー服おじさん」、たぶん安穂野香さんだと思います。石の上にも三年、っていうけど、名古屋のテレビ塔の下で25年、全国区で有名になりつつあるようです。ようやく時代が彼に追いついてきた、というか。

河原へ行った帰り、カメラとレフ板を持って池袋西口を歩いたら、ツイッターで「シンバルとバスドラのペダルらしき物もってるおっさん」と描写してる人がいた。ミュージシャンであった。何回か返信しあっていると、以前Novaで英会話仲間だったI老さんが、名古屋でその方のライブを見ていたことが判明。

なんと狭い世間! セーラー服を着て歩くといろいろ面白いことに遭遇しますね。面白くないことにも。知らないニイチャンにスカートまくられた。この酔っ払い?! それと、女装して歩いてるおっさんを見かけた。土曜の夜の池袋西口、カオス。