映画と夜と音楽と...[517]日陰者の自覚を持つアウトローたち/十河 進

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〈座頭市 THE LAST/無頼・黒匕首/座頭市物語/座頭市/ICHI〉

●アウトローは弱者が追い詰められた果ての裏切りは赦す

阪本順治監督の「座頭市 THE LAST」(2010年)を一時間ほど見たところで、「これは、『無頼・黒匕首』だな」と気付いた。1968年(何と43年も前だ)に公開された「無頼」シリーズ5作目である。5作も同じような話を作ってくると物語のパターンは完成され、情感にあふれたアウトロー映画として見事な典型となる。脚本は名手・池上金男だった。

典型だから、その型に当てはめればアウトロー映画はできる。意図的か、偶然かはわからないが、「座頭市 THE LAST」は「無頼・黒匕首」的物語をなぞることで、アウトロー映画に近付こうとしたのかもしれない。なぜ「THE LAST」なのかは、最後のシーンを見ればわかるが、「座頭市」ファンには不評かもしれない。

「無頼・黒匕首」は乱闘の終焉から始まる。人斬り五郎こと藤川五郎(渡哲也)は黒匕首を抱え、荒い息をついている。それを車の陰から見つめるのは、関東の組から助っ人にきた組長の息子(川地民夫)と代貸(青木義郎)である。「若、あいつをやりゃあ顔が売れますぜ」と代貸が唆す。若は匕首を抱え五郎を襲う。そこへ五郎を案じた恋人(松原智恵子)が現れ、五郎をかばったため若は女を刺してしまう。

「座頭市 THE LAST」も市とヤクザたちの乱闘シーンで始まる。市(香取慎吾)は恋女房(石原さとみ)に「これが最後だ」と言いおいて、ヤクザたちと闘っているのだ。恋女房との思い出が血まみれの乱闘シーンに挟まれる。ヤクザを斬りまくった市を、遠くから見ている二人がいる。市と争っている組にワラジを脱いでいた、天道一家の代貸・十蔵(ARATA)と二代目の虎治(高岡蒼甫)だ。

「市をやれば名が売れますぜ」と代貸が言い、虎治がドスを抜く。そこへ、市を案じた女房がやってきて傷だらけの市を抱く。虎治のドスが市の女房の背を貫く。虎治はうろたえ、「すまねえ」と言い置いて逃げる。女を殺した負い目が、虎治のトラウマになり、彼に憂愁の陰を与える。それは「無頼・黒匕首」の川地民夫も同じだ。川地は町で自分が殺した五郎の恋人にそっくりな女を見かけ、衝撃を受ける。



藤川五郎は、いつも堅気になりたがっていた。「無頼・黒匕首」では堅気のジャリ屋になっていた先輩(中谷一郎)を頼り、ジャリを採掘しトラックを運転する。町は非道な組(川地民夫のオヤジが組長)が弱小な組(葉山良二の組長、露口茂の代貸)を圧倒し、縄張りを広げようとしている。中谷一郎の会社も借金の証文が非道な組に渡り、青木義郎に脅しをかけられる。

ある日、中谷一郎が非道な組ともめた五郎を逃がそうと列車に乗せる。だが、その列車には青木義郎たちが乗っていた。「売ったな、先輩」と、五郎が言う。「すまねぇ、俺にはこうするしかなかったんだ。あのジャリ場を取り上げられたら、俺は...」と絶句する中谷一郎に、五郎は「こんなことする必要はなかったんだ、先輩。あんたのためだったら、いつだって俺は...」と優しく赦す。

「座頭市 THE LAST」では故郷近くの浜辺の村に戻った市は、昔なじみの柳司(反町隆史)の家に留まり、百姓になろうとする。その村は島地(岩城滉一)の縄張りだったのだが、非道な天道一家が出張ってきている。天道(仲代達也)の息子が市の女房を殺した虎治である。天道は役人とつるんで悪逆の限りを尽くし、百姓たちは追い詰められる。

進退窮まった柳司は、やむなく市を売る。それを知っていながら、市はだまされ続けるのだ。市と心を通わせた村の老医者(原田芳雄)は、百姓にだまされ白紙の嘆願書を胸に出ていく市の背中に「弱ぇモンを赦してやってくれ〜」と叫ぶ。もちろん、弱者の裏切りを市は赦している。それは、藤川五郎も同じだ。ヤクザたちを情容赦なく叩き斬っても、堅気の衆にはどこまでもやさしいのが正しいアウトローなのである。

●アウトローは最後に堪忍袋の緒を切らねばならない

「座頭市 THE LAST」を「無頼・黒匕首」だと思った理由は、工藤夕貴が演じた市の昔なじみの飲み屋の女将トヨのエピソードがあったからだ。トヨは若い頃に市に惚れた過去があり、「あの頃は迷惑をかけたわね」と言う。年を重ねた工藤夕貴がいい味を出している。今は島地の組の代貸の達治(寺島進)と所帯を持ち、飲み屋を営んでいるのだ。

ある夜、トヨに横恋慕している天道一家の代貸・十蔵が店でトヨを抱こうとする。その場に、客でいた島地は見て見ぬふりだ。「あたしは亭主持ちだよ」と、何とか逃れたトヨが調理場にいくと、亭主の達治が情けない顔をして立っている。天道一家が怖くて、トヨを救いに出られなかったのだ。「すまねぇ」と達治が詫びるのを、トヨは何とも形容できない目で見つめる。

数日後、帰ろうとする達治を親分の島地が「呑んでいかないか」と呼び止める。盃を交わしながら島地が「俺はあいつが怖い」と十蔵のことを言い出し、達治に「すまねぇ」と頭を下げる。その瞬間、達治は島地の意図を理解する。つまり、達治を家に帰らせないように、島地は十蔵と取引したのだ。しかし、それがわかっても達治は腰を上げない。

一方、トヨの店の奥座敷でトヨが十蔵に襲われている。「こんなことをして、うちの人が黙っちゃいないよ」とトヨは啖呵を切るが、「話はついてるんだよ」と十蔵はせせら笑う。トヨは、亭主に売られたことを知り、絶望的な顔になる。しかし、帰ってきた達治に両手をついて「すまねぇ」と言われ、「あやまんないでよ、あたしは平気」と答える。達治は「市が帰ってんだろ」と言う。トヨが市に惚れていることを、達治は知っている。切ない夫婦の会話だ。

同じ設定が「無頼・黒匕首」にある。先輩に連れていかれたスナックで、五郎は昔なじみのママ(北林早苗)に会う。「あの頃、あたしが一方的に惚れて迷惑かけたわね」というママの亭主が弱小の組の代貸(露口茂)だ。彼は自分の妻が非道な組の代貸にいたぶられているときも店の奥で隠れているし、組長に足止めされ「女なんていくらでもいる」と言われ、「あれはあっしのバシタですぜ」と泣きそうな顔をする。

女房を犯され覚悟を決めた達治は「トヨはおれの女房なんだよ」と十蔵に斬りかかるが、簡単に返り討ちに遭う。しかし、達治はトヨに「あんたぁ」と抱き上げられ、泣いてもらえる。一方「無頼・黒匕首」の露口茂は可哀想だ。組をつぶされ、女房の店を荒らされ、女房を犯され、覚悟を決めて匕首を出してはみたが簡単につかまり、鉄パイプに指を差し込まれ「勘弁してくれ」と泣きそうになるが、青木義郎は容赦なく「やれ」と命じ、露口の指は一本一本折られていく。

アウトロー映画に絶対に必要なのは、極悪非道な悪役である。「てめぇ、人間じゃねえ」と言いたくなるほど、悪逆な存在である。その極悪非道さをどれだけ徹底して描けるかで、主人公が最後に立ち上がることに観客が感情移入できるかどうかが決まるのだ。「無頼・黒匕首」を見ていると、悪役・青木義郎に対する「おまえは人間じゃねえ」という感情が映画の進行につれてフツフツと湧き起こってくる。

悪逆非道な彼らが無惨につぶすのは、「純」や「ひたむきさ」である。愛し合う夫婦、純愛を貫く恋人たち、額に汗して働く人たち、堅気になろうと懸命にひたむきに努力する人たちである。しかし残念ながら、アウトロー映画においては彼らは元からつぶされる運命にある。彼らが悲惨な目に遭わなければ、最後にアウトローが決起できないのだ。彼らが犠牲になることによってアウトローのヒーローは「赦せねえ」と堪忍袋の緒を切り、非道な奴らを斬って斬って斬りまくるのである。

そのカタルシスがあるから観客は歓喜し、スクリーンに向かって「やっちまえ」とアジテーションする。だから、アウトロー・ヒーローものは昔から連綿と作られ続けてきた。「忠治旅日記」(1927年)の国定忠治がいて、沓掛時次郎などの股旅ヒーローたちがいて、花田秀治郎(高倉健)や矢野竜子(藤純子)や藤川五郎(渡哲也)などヤクザ映画のヒーローたちがいる。そして、座頭市は最も長く愛され続けているアウトローである。

●アウトローとは日陰者の自覚を持ち自己否定するヒーローである

アウトローの代表のような座頭市が登場したのは、1962年のことだった。僕は、そのときの映画のポスターを覚えている。その頃は、町のそこかしこに映画のポスターが貼ってあった。東映、第二東映、東宝、松竹、日活、大映のプログラム・ピクチャーを上映する系列館があり、スカラ座、ライオン館、電気館、第二電気館などの洋画上映館があり、中劇などの二番館があった(その他にピンク映画館があったが、詳しくは知らない)。

「座頭市物語」(1962年)のポスターは、僕が通っていた松島小学校の隣にあった「ヤング理容室」の壁に作られた大映のポスター掲示板に貼られていた。公開が4月18日だったから、5年生の新学期が始まってすぐの頃だ。「ヤング理容室」は、同じクラスの敬三くんの家である。ポスターを貼らせてあげれば映画の券がもらえたから、敬三くんはよくいろんな映画を見ていた。

もっとも、その頃の僕は大映映画にあまり好意は持っていなかった。映画好きの父親もそうだったらしく、あまり大映の映画館にはいかなかった。僕が覚えている小さい頃に見た大映映画は、白塗りの長谷川一夫と山本富士子が出てくる時代劇で、何だかよくわからなかった。牢屋で石を抱かされた長谷川一夫が痛みに悶えていたのを記憶している。もしかしたら、近松門左衛門風の悲恋ものだったのだろうか。

同じ大映でも市川雷蔵にはなじみがあったが、勝新太郎の映画はほとんど見たことがなかったと思う。その勝新太郎が「座頭市物語」のポスターでは頭をくりくり坊主にし、仕込み杖を少し抜いて目を閉じていた。何だか時代劇ヒーローには見えなかった。僕は東映の中村錦之助や東千代之助になじんでいたのだ。ポスターの右下には浪人姿の天知茂(僕の母親はいつも「ほら、あの三白眼の人」と言った)がいて、真ん中に万里昌代が描かれている。

そう言っては申し訳ないのだが、僕は万里昌代のどこがいいのかわからなかった。後に三隅研次監督の「斬る」(1962年)を見て、弟を逃すために裸になって追っ手を食い止める武家娘役を見て、万里昌代が醸し出す悲壮な美しさを認めたが、それでも彼女が美人には見えなかった。だから「座頭市物語」のポスターを見た頃には、子供心に「どうしてこんな人が女優をやれるのだろう」と不思議に思っていた。

そのポスターは、数10年後に出たレーザーディスクのジャケットの裏面に印刷されており、僕は懐かしくなって購入した。改めて見ると、万里昌代という女優は割にエラが目立つ(それは僕と共通しているけれど)、独特な顔をした印象に残る人だった。ジャケットの裏面には公開当時のプレスシートも載っていて、貴重な資料だった(だから、先日、僕のレーザーディスクプレーヤーはとうとうお陀仏になってしまったけれど、レーザーディスク・コレクションは手放せないのだ)。

当時、「座頭市物語」はヒットし座頭市というキャラクターが評判になったのは覚えている。目が見えないのに居合いの達人で、あっと言う間に数人のヤクザたちを斬ってしまう。初めてそのシーンを見たとき、観客は驚いた。若き勝新太郎の動きが見事だった。殺陣がよくできていた。その後、勝新太郎は座頭市役を極めるのだが、一番初めのちょっと怖いヤクザな若い市が僕は好きだ。

市は飯岡の助五郎一家にワラジを脱いでいるのだが、ヤクザを信用していない。釣りをしていて知り合った寺住まいの浪人(天知茂)と仲良くなり互いに友情を交わすのだけれど、その浪人は笹川の繁造一家の用心棒である平手造酒だった。この映画では助五郎も繁造もあまりよく描かれていない。ヤクザなんてみんな同じ、ろくな存在じゃないのだ。中でも助五郎一家の三下ヤクザ(南道郎)は、妹を売るような卑劣漢として描かれる。

市はヤクザを嫌いながら、ヤクザとしてしか生きていけない己を自覚している。だから、座頭市がヒットして主題歌を吹き込むことになったとき、勝新太郎は「俺たちゃな、御法度の裏街道を歩く渡世なんだぞ。いわば天下の嫌われモンだ...」と言うセリフから始め、途中で「ああ、イヤな渡世だなあ」とため息をついた。それは何かと言えば「ヤクザなんて虫けらだ」と自嘲する藤川五郎とも共通する意識である。つまり、彼らは日陰者の自覚を持つ、自己否定するヒーローなのである。

●アウトローは理不尽なお上(権力者に)楯突かなければならない

大映の倒産後、「座頭市」シリーズは勝プロダクションによって何本かが製作された。併映は、若山富三郎の「子連れ狼」シリーズだった。強力な時代劇2本立てである。勝新太郎は大映時代の当たり役である「座頭市」「悪名」シリーズをリメイクしたり、劇画で人気だった「御用牙」を映画化して、とりあえず自分のプロダクションを成功させようとした。東宝系で1973年に開された「新座頭市物語・笠間の火祭り」は25作目になる。11年間でそれだけの数を製作したのだから、やはり人気があったのだ。

その後、16年経って勝新太郎が最後に市を演じた26作目の「座頭市」(1989年)が公開される。この作品は撮影中に歯びきをしていない本身の刀を使ったため、殺陣の最中に俳優がひとり死ぬという事件で制作が中断した。勝新太郎の息子が警察の取り調べに遭った。妻の中村玉緒が奔走したのか、勝新太郎の執念なのか、それでも何とか映画は完成し公開された。しかし、その16年の間に座頭市が存在しなかったわけではない。勝新太郎は、テレビで座頭市を演じ続けたのだ。

「座頭市物語」は1974年秋から翌年の春まで、フジテレビで放映された。さらに「新・座頭市」が同じフジテレビで、1976年から1979年まで断続的に放映されている。森一生、黒田義之、田中徳三、安田公之、三隅研次といった旧大映系監督はもちろん、東映出身の時代劇の名手・工藤栄一も手がけているし、黒木和雄や勅使河原宏といった芸術派監督(?)も演出した。そして、勝新太郎自身も監督をした。彼が監督した回が最も前衛的であり、映像的であり、物語はよくわからなかった。

座頭市がテレビ放映されていた頃、すでに「メ○ラ」という言葉は放送禁止用語だったので、座頭市を襲うヤクザたちは「このドメ...」と言ったところで斬られてしまう、というまことしやかな噂が流れたが、僕はそれを確認したことはない。テレビは半年ごとの4シーズンの放映だったので、それだけで100回を超える。だとすると、映画を含めて勝新太郎は130話以上も座頭市を演じたのだ。これは、ギネスブックものである。

「座頭市」は海外の映画にも影響を与えた。香港映画の武侠ものへの影響は昔から言われているし、「ブレードランナー」(1982年)のレプリカント役で有名になったルトガー・ハウアー主演「ブラインド・フューリー」(1989年)は、ハリウッドが「座頭市血煙り街道」(1967年)をリメイクしたものだ。「ブラインド・フューリー」は公開当時にテレビの新作映画紹介で数シーンを見ただけなので僕には何も言えないが、ルトガー・ハウアーは目を開けたまま演技をし、仕込み杖で人を斬る殺陣がサマになっていないと思ったことは覚えている。

そんな座頭市は、北野武監督によって甦る。ベネチア映画祭に正式出品された「座頭市」(2003年)は目が見えないにもかかわらずスーパーマン的剣の達人で、映画自体もエンターテインメントに徹した快作だった。村祭りでミュージカル風に全員が踊り出し、下駄のタップシーンには思わず拍手した。殺陣も映像的に見せることに徹し、物語の構造は似ているもののまったく別の座頭市だった。勝新太郎の座頭市が抱えていたヤクザであることの屈託はなかったが、それ故にすっきりした物語になっていた。ただ、アウトロー映画とは言えない。

天然ぼけキャラと言われる綾瀬はるかが目の見えない女座頭市を演じた「ICHI」(2008年)は、主人公が女性故の悲しさと哀切さが漂う映画で、僕は個人的にとても好きである。綾瀬はるかの誰とも視線を合わせない瞳が魅力的で、若く美しい女性だけに彼女が仕込み杖を構えることによって、不幸な宿命を背負った切なさが伝わってくる。刀を抜くことができなくなった浪人(大沢たかお)のキャラクターもうまく描かれていて、印象に残った。

しかし、なぜ今頃になって「ICHI」なのだろうか。女座頭市に先例がないわけではない。棚下照生が描いたマンガ「め×らのお市物語」を映画化した「め×らのお市」シリーズが松山容子(大塚のボンカレーの人ですね)の主演で、松竹で4本公開されている。その後、日本テレビで「め×らのお市」(1971年4月〜9月)のタイトルで放映された。当時はまだ、その言葉が放送禁止用語にはなっていなかったのだ。その後、松山容子は棚下照生と結婚したと記憶している。

昨年公開になった香取慎吾主演「座頭市 THE LAST」は「座頭市、最後の映画化」と謳っていた。主演はずいぶん若返ったが、それは最初の「座頭市物語」に近い設定だ。市の恋物語もある(一作目で市に惚れるのは万里昌代)。市はヤクザを嫌い、堅気なろうとしながらもかなわず、弱者の裏切りを赦し、最後には理不尽な権力者たち(ヤクザと役人)の横暴に反抗し斬って斬って斬りまくる。

理不尽なお上(権力)の横暴に反抗してくれるアウトローは、昔からヒーローだった。座頭市というヒーローは、目が見えないハンデを負いながら仕込み杖で超人的な技を見せる。目が見えないことで最初は侮られ、「このドメ○ラ」と笑い者にされるが、実は...という逆転がいつ見ても観客にカタルシスをもたらすのだ。そこに映画が制作され続ける理由があるのだろう。「最後の映画化」などと言わず、誰か、また映画化してくれないだろうか。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

子供の頃に可愛がってもらった叔母が亡くなった。「神内のおばちゃん」と呼んでいた。父の姉になる人だ。上京してからは、ほとんど年賀状のやりとりだけだったが、知らせを聞いたときはしばらく茫然とした。90を過ぎていたから仕方のないことなのだけど...

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