ユーレカの日々[05]「Stay hungry, Stay foolish」の謎/まつむらまきお

投稿:  著者:  読了時間:13分(本文:約6,100文字)


ジョブズが死んだ。

たくさんの報道がなされ、アップルストアの前には供花の山ができ、たくさんのコメントやツイートが世界中を駆けまわった。

ぼく自身も、もう20年もApple製品を使い続けているし、Appleという会社は数少ない信頼できるヤツだと思っている。絵を仕事にできたのもAppleという会社のおかげだ。

今回のジョブズの報道で、多く紹介されたのが「Stay hungry, Stay foolish.」という言葉だ。この言葉はデジクリの読者であればご存知だと思うが、05年のスタンフォード大学卒業式スピーチの結びの言葉だ。
< http://video.google.com/videoplay?docid=9132783120748987670 >

6年前のスピーチで当時も話題になったが、ジョブズの思想を紹介する意味で、多くの追悼記事でこの言葉が引用された。

この演説では、「関係ないと思っている体験でも、いつか他のものと結びつき新しい結果を生み出す」「敗北は人を鍛え、成長させ、愛は人を救う」「毎日、人生の最後の日だと思って悔いなく生きる」の三点について述べられ、最後に「Stay hungry, Stay foolish.」を三度繰り返し、スピーチを結んでいる。

とても素晴らしいスピーチだが、あらためてこのスピーチを見ると、最後の「Stay hungry, Stay foolish.」はかなり唐突で、先の三つの話とどう結びついているのか、この演説からだけではわからない。

大学をやめたことや、会社を追い出されたことが「愚かなこと」なのか? それをしろと言ってるのか? ジョブズは「Stay hungry, Stay foolish.」そのように生きたいと言う。まるで謎掛けのように、この言葉が投げかけられる。

日本でもCM展開されたAppleの「Think different」キャンペーン。「クレイジーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。」というあのCMと、この言葉はたしかに似ている。ニュアンスはたしかに同じ気がするが、どうも違和感があるのだ。




あらためてビデオを見なおしてみると、「Stay hungry, Stay foolish.」はジョブズ自身の言葉ではなく、ジョブズが影響を受けたという雑誌「Whole Earth Catalog」最終号に載ったメッセージを引用し、そのように生きたい、ということを言っている。報道でよく見かけた「ハングリーであれ、愚かであれ」という翻訳だと、ジョブズが我々にそう言っているように思えるが、全然違うじゃないか。

そこでまずはその紹介されている雑誌「Whole Earth Catalog」について調べてみた。60年代後半から年一冊というスタイルで発行されていた、ヒッピーカルチャーの雑誌だ。ヒッピー思想に基づき、そのライフスタイルに必要な情報、放浪や精神世界、農業、建築(フラードームなど)、コミュニティの作り方、またメディアやコンピュータなどの情報をまとめた、まさにヒッピーのガイドブックのような本だったという。

こちらのサイトで本の内容も閲覧できる。
< http://www.wholeearth.com/index.php >

日本には「地球の歩き方」という、若者向けの旅行ガイドシリーズがあるが、雰囲気としては、あれをもっと骨太でオールジャンルにしたような感じだったんじゃないだろうか。もしくは、昔大阪で発行されていた「ぷがじゃ」とか。実用情報中心でありつつ、ヒッピーカルチャーとはなにか? というマニュアルにもなっていたように思える。

ヒッピーカルチャーはベトナム戦争への反戦運動が発端であり、基本は「反体制」「自然」「平和」「自由」だ。体制に反旗を翻し、大学を捨て、仕事を捨て、本を捨て、街を出て、自然と共に自由に生きるという思想だ。大人たちは顔をしかめ、苦々しく思う。そういう存在だ。

ということは、「Stay hungry, Stay foolish.」はヒッピーカルチャーのことを言ってるのは確かだ。ジョブズは若いころヒッピーカルチャーに傾倒していたのは有名な話だ。しかし、じゃあなぜ、なぜ「Be hungry...」ではなく、「Stay」なんだろう?

同じ命令形で使う動詞でも、Stayはその状態を保つ、という意味合いであり、日本語に訳すと「ハングリーで居続けろ、愚かで在り続けよ」ということになる。ジョブズがヒッピーの精神のように生きたいというのであれば、StayじゃなくてBeじゃないのか?

この言葉はこの本のサブタイトルとかではなく「最終号の裏表紙(最後のページ)」に載っていた言葉だという。調べてみると最終号が出たのは1974年。ぼくが中学一年の時で、日本ではフォークブームまっさかりだが、アメリカではヒッピーカルチャーがすっかり下火になってきた時期だという。10年間続いたベトナム戦争が終わる1年前だ。

ここまで調べて、ようやくわかった。

つまり、この時期、「もうこんなバカな生活はやめて、大人になるよ」といって多くのヒッピーが会社や学校や組織に戻っていったのだ。もしくは発行人もなんらかの事情で続けることができなくなったのだ。その最終号に記されているということは、つまり、自分たちも含め去りゆくヒッピーたちに「これで終わるけど、ヒッピーであったことを忘れるな」というメッセージ、雑誌の遺言なのだ。

ジョブズもまた、その去っていった一人だった。ヒッピーから足を洗って、ビジネスという現実の世界へ足を踏み出そうとしていた時期だ。大学を中退しアルバイトでしのいでいたジョブズがATARI社に採用された年だ。

ジョブズのやってきたことは、まさに反体制だ。ヒッピーの魂だ。IBMに戦いを挑み、マイクロソフトを馬鹿にし、日本製パソコンをクソだと言い、常に本流を否定して「そうじゃないもの」を提示してきた人だ。スーツでなく、ジーンズで新製品の発表をした。ビジネスリーダーではなく、キャンプ村のリーダーのように話した。

だが、ジョブズは成功した。数多くの挫折の果てに、この10年間華々しい成功を収めてきた。スピーチがされた05年はiPhone登場以前、iPodが空前の大ヒットとなり、Macもまた安定した評価を得た時代だ。もう反抗児ではなくなったジョブズなのだ。

そんな自分自身に、ヒッピーであることを忘れるな、と言い続けているのがこのスピーチの背景だ。「うぬぼれるな、初心忘れるべからず」というような単純な意味もあるだろうが、ヒッピーの考え方とジョブズの人生から、よりジョブズのメッセージを理解できるような気がする。

先に釈明しておくが、ここからはさらに僕の勝手な解釈であり、ジョブズは違うというかもしれない。僕個人がヒッピー発ジョブズ経由の「Stay hungry, Stay foolish.」をどう考えるか、という話だ。

ジョブズはまず、常識や、あたりまえや、しがらみや、体制といったものを否定する。スタートが現状の否定だ。ヒッピーもここからスタートだ。

現状の否定と書くと、現実に絶望しているネガティブシンキングに聞こえるが、そうではない。ヒッピーの現状否定はあくまでも反体制。「本来はこの世界はもっと素晴らしいはずだ、もっとよくなるはずだ」(自分にとってなのか、世界にとってなのかはいざしらず)ということが基本にある。

ネット上にはあの製品はつまらない、あの会社はオワタ、あの政治家はクソだ、なんて言葉が溢れているが、多くは無責任な愚痴であり、ヒッピーが衰退していったのも、多くのヒッピーがこのレベルだったからだろう。

また否定のレベルは全否定でなくてはならない。日本の工場の現場などでは「改善提案運動」という問題点を洗い出し、効率化に役立てる運動があるが、もっと根本から否定するのがヒッピーだ。

現状を否定した以上、その理由を論理的に証明しなくてはならない。なぜそれがダメなのか、なぜそれがつまらないのか。

簡単なようで、これがなかなか難しい。なぜなら、世の中の常識、当たり前、システムというのは、人を考えさせないために存在しているからだ。たとえば、自動車は日本では左を走る、と決まっている。常識であり、ルールだ。おかげで道に出たときにまわりを判断しながら右を走ればいいのか左を走ればいいのか、いちいち考えなくてすむ。

大学に入ったらそのコースを卒業する。大人になったら就職する。日本は原発でやっていく。ナチスは世界を征服する。決めたらもうあとは考えない。いちいち考えていたら大変だから。盲目的に従うのはとても楽だ。支配する側もされる側もとても楽。ディスクドライブにはイジェクトボタンが必要。コンピュータ操作にはマニュアルが必要。決めてあれば、考えなくて済む。気にする必要はない。それぞれ、それに従う努力をするだけいい。

だから、それを否定する理由を説明するには、その常識やシステムやルールがなぜ、存在しているのかという根源から考え、知る必要がある。なぜ、いつからそれが常識になった? だれがそのルールを、何のために作った? 世の中の当たり前の理由を考えるのだ。

皆がずっとそうしている、常識やルールというのは、淘汰されて自然と残っている、とりあえずはうまくいっているシステムだ。たとえばハリウッド映画がワンパターンなのは、それが見ている人に快感を与えるからだ。淘汰されてきたワンパターンのレベルは実はものすごく高い。相当手強い。自分が否定しようとしているものの理由を知ること。バックボーンを知ること。これがなければ次の過程である解決策、代案を出すことができない。

さて、次の段階は、その理由が現在も通用するのかを検証し、その上で解決策を提示することだ。今もその常識は意味があるのか? 先に述べたように、ルールや常識は便利な反面、思考停止のリスクを伴っている。多くのルールが形骸化しているのに、そのまま放置されている。他にもっといい手はないのか?見落としているものはないのか? あらゆるパターンにあたり、組み合わせを試し、検証しまくるのだ。

なんとかその解決策を見つけたとしよう。もしくはその正当性に納得したとしよう。それを喜んでそのまま実行するのはまだまだ凡人だ。本物のヒッピーであるジョブズは、そんなところで止まらない。

その自分がひねりだした解決策や納得した理由を容赦なく否定する。否定し、その理由をまた必死で考え、代案を必死でひねり出すのだ。なぜなら否定することがヒッピーの信条だから。

これを最低三回繰り返す。三回というのはまつむら基準で、ジョブズはひょっとしたら20回だったのかもしれない。

自分の考えであっても、一度で納得、鵜呑みすることでは、常識を無条件に受け入れるのと同じことになる。近視的なビジョンにすぎない。三回以上繰り返すことで、よりよい解決策、よりよい長期のビジョン、より本質的な真理に近づける。

これを実行するときにもうひとつ重要なのは、「自分の心の直感」だ。これは言い換えれば「普通の感覚」「子どものような素直な感覚」ということだ。

「これ、使いにくいなぁ。」「なんでこんなところに柵があるんだ?」というのが普通の感覚。それに「しょうがないなぁ」とか「ああ、間違えちゃった。俺ってダメポ」といいながらほとんどの人は自分を合わせてしまう。その方が考えなくていいから。みんながやってることに従うのが楽だから。普通の感覚、自分の心の直感の方に蓋をしてしまうのだ。

最初違和感を憶えても、皆すぐに忘れてしまう。慣れてしまえばとりあえず問題はない。これでは思考停止だ。常に自分の「これ、なんか気にくわない」「これ、なんか好き」という直感を忘れてはいけない。これはヒッピーの自然主義や、感覚主義とも共通する。

たとえば、同じ結果を得られる二つの方法があったとする。技術者、経営者的には、より安く安定した方法を重視するが、ジョブズはその過程の質、操作や行動、体験を重視する。なぜなら、人が機械やルールやシステムにあわせるのは間違いであり、操作・行動する人の感覚を信じているからだ。

さらにある程度成功を収めると、人は保守的になる。だが、ジョブズはそれもよしとしない。ビジネスで成功する前からよしとしなかった。iMacのデザインにしろ、OSにしろ、ハードやインターフェイスにしろ、自分が世に出した製品を常に否定し、疑い、次の案を提示し続けた。人気のあるデザインや互換性を切り捨て、非難を受けても次に進んだ。

こういったジョブズのやり方はほんと、めんどくさい。周りから見れば、バカで迷惑なことだ。決まったとおりにやってくれれば、うまくいくのに。今うまく行ってるのに。またあいつ、みんなと違うことやってる。困ったやつだ。だが、このやり方こそが、世の中を本当に良くしてゆく唯一の方法だと信じ、ひとつひとつ実践し、そしてそれが真実だと確信したのがジョブズの生き方であり、このスピーチの結びの言葉の意味なのだ。

ジョブズは天才と言われるが、本当は「直感的にひらめく」天才ではなかったのではないか。最初から人とは違う理想のビジョンなど持っていなかったのではないか。ヒッピーカルチャーに触発され、とにかく疑い、子どものような普通の感覚を信じ、徹底的に考えた人ではなかったのか。

目の前にある、だれかが作ってくれた当たり前の安全で楽な道を否定し、わざわざ藪の中へ入っていくこと。そちらにこそ、世界をよくする新しいアイデアがあると信じること。人に期待するな。疑ってかかれ。ねだるな。工夫しろ。頭を使え。自分の手と足で生きろ。

Macと出会い、人生が変わったという人は多い。僕自身、Macと出会わなければ、違う人生、違う仕事をしていたと思う。しかし、それは表面的なこと、結果にすぎない。

ジョブズが、MacやiPhoneという素敵なガジェットに込めてぼくらに渡したバトンは、ヒッピーの魂だ。ぼくらがすべきことは、サンタクロースが死んだと残念がることでも、救世主が死んだと途方に暮れることでもないはずだ。ジョブズがヒッピーから学んだことを、またぼくらなりにジョブズから学ぶことだ。

ジョブズは死んだ。ジョブズの死を悲しんだり失望している暇はない。
ジョブズがしたように、ぼくらもこの偉大なる先達から学ぼう。

「Stay hungry, Stay foolish.」

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
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< http://www.makion.net/makionlog/item_411.html >