映画と夜と音楽と...[518]真夏にユキが降った頃.../十河 進

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〈ワイルド7/追撃のバラード〉

●「ワイルド7」が年末に公開されると知った夜

先日、オフィシャルサイトで「ワイルド7」の予告編を見た。飛葉ちゃんは瑛太、草波が中井貴一である。世界が椎名桔平、オヤブンは宇梶剛士、みそっかすのユキを深田恭子がやっている。その他のメンバーにはなじみがない。公開が今年の暮れで、正月映画らしい。「海猿」の監督が担当しているというから、フジテレビあたりが出資しているのだろうか。

僕は子供の頃から望月三起也さんのマンガの愛読者で、「ワイルド7」には少なからぬ思い入れがある。小学生の頃には「ムサシ」に熱中していた。精密に描かれた拳銃の絵が好きだった。望月さんは少年画報社の専属マンガ家という印象があり、週刊「少年キング」創刊から連載を持ち、「秘密探偵JA」「ワイルド7」と作品は続いた。僕は「少年キング」は創刊のときから読んでいた。

60年代末の学生運動の盛り上がりは、社会的に大きな影響を与えた。誰もが何らかの問題意識を持ち、政治的立場を鮮明にせざるを得なくなった。少年マンガ誌も読者である若者たちのニーズに従って、政治的な作品を載せ始めた。その頃のマンガで先鋭的だと学生たちに評判になったのが、山上たつひこの「光る風」だった。1970年に少年マガジンに連載された作品である。

もちろん、僕も「光る風」は気にしていたし、毎週の連載には目を通していた。それでも1970年4月28日(沖縄反戦デー)の日比谷公園で、黒いヘルメットに「光る風」と描いた学生を見かけたときは少し驚いた。その「光る風」と同じ頃、やはり「政治的なマンガだなあ」と思ったのが、望月三起也さんの「ジャパッシュ」(1971年)だった。



「ジャパッシュ」の主人公は美貌の青年で、ひどく冷酷な性格に設定されていたと思う。アジテーションや演説の才能があり、人々を魅了するカリスマ性を持っている。彼はカリスマ性を最大限に発揮して日本国民の支持を得、独裁者への道を歩み出す。作者は、おそらくナチスとヒットラーが台頭したイメージに物語を重ねていたのだと思う。根底には、ファシズム批判があった。

小泉純一郎が絶大な人気を得、街頭演説のときの駅前を埋め尽くす群衆を見て、僕は「ジャパッシュ」を思い出した。その後も小泉人気は衰えず、郵政法案に賛成か反対かの色分けだけで選挙を強行し、圧倒的な勝利をおさめたときも僕は「ジャパッシュ」を思い出し、人々がファシズムを受け入れる素地はいつの時代でもあるのだと認識した。

「ジャパッシュ」は、「ワイルド7」と併行して「少年ジャンプ」に連載された。「ワイルド7」はすでに連載が2年も続いており、「少年キング」の人気を牽引していた。その頃、僕は「ジャパッシュ」は毎週読んでいたが、「ワイルド7」は大学の近くの喫茶店に置いてあった「少年キング」でたまに読む程度だったから、話が2、3回飛ぶこともよくあった。

あるとき、映画好きの友人Tが「今週の『ワイルド7』読んだか。飛葉ちゃんが十字架を背負わされる拷問が出てくるのだが、あれは『追撃のバラード』からきてんじゃないかな」と僕に言った。「追撃のバラード」(1970年)は、1971年の暮れに日本公開になったバート・ランカスター主演の西部劇だ。映画史の中では消えてしまった小品だが、僕には忘れられない作品だった。

●十字架を背負わされて西部の荒野に放逐される主人公

「追撃のバラード」の原題は「VALDEZ IS COMING」というもので、僕とTはその語感が気に入り、よく「バルデス・イズ・カミング」と意味もなく口にした。「追撃のバラード」の無口な主人公(バート・ランカスターが演じたのは、保安官助手だったと思う)は、ほとんど「100ドルくれ」と「バルデス・イズ・カミング」以外のセリフを口にしない。

不思議な映画だった。殺人犯に間違われた黒人が白人たちにリンチに遭いそうになっているところに行き合わせた主人公バルデスは、誤解した黒人に発砲され、やむなく黒人を射殺する。しかし、やはり黒人は殺人犯ではなかったのだ。それに、アパッチ族出身の妻が残され、バルデスは黒人を追い込んだ町のボスに補償金として100ドル払ってほしいと交渉する。

ボスはその申し出を拒否。部下に命じてバルデスをリンチするが、バルデスは諦めない。何度も何度もやってくる。追い払われても追い払われても「バルデス・イズ・カミング」と言いながらボスの前に現れる。「100ドル支払ってくれ」と迫る。見ていると、そのしつこさが途中から可笑しくなってくる。バート・ランカスターの表情を変えない演技が妙なユーモアさえ漂わせるが、マカロニ・ウェスタンの影響を受け、残虐シーンも多い作品である。

バルデスの執拗さに手を焼いたボスは、とうとうバルデスに十字架を背負わせて荒野へ追いやる。半死半生で荒野を彷徨うバート・ランカスターの姿は今も鮮明だ。目を閉じれば甦る。バート・ランカスターが映画出演50本を記念して制作した作品だという。「ヴェラクルス」(1954年)の印象が強いので、西部劇スターのイメージがあるバート・ランカスターだが、作品歴を見ると西部劇は意外に少ない。

映画が公開された当時、原作者のエルモア・レナードは日本ではほとんど知られていなかったが、80年代になってクライム・ノヴェルが翻訳されてから日本でも作品が読まれるようになった。ウェスタン小説も多く書いていて、「決断の3時10分」(1957年)やポール・ニューマン主演の「太陽の中の対決」(1965年)などが有名だ。

エルモア・レナードにとっては、ジョン・トラボルタ主演の「ゲット・ショーティ」(1995年)、クエンティン・タランティーノ監督の「ジャッキー・ブラウン」(1997年)が、立て続けに公開された頃が日本での絶頂期かもしれない。両作品ともレナードのクライム・ノヴェルの映画化だ。僕は「3時10分、決断のとき」(2007年)の原作がレナードだと知り、西部劇も書くのだと初めて知った。

異色西部劇「追撃のバラード」を見ると、エルモア・レナードの原作が読みたくなる。それは、映画を見ているとバルデスの内面を知りたいという欲求が募ってくるからだ。無表情で、殴られても拷問されても、自分の目的を貫くために執拗にボスに迫る、バルデスの気持ちを知りたくなるのである。もっとも、レナードの小説は登場人物の行動描写が中心で、内面を語ることはあまりない。

「追撃のバラード」で印象的な、十字架を背中にくくりつけられ荒野へ追いやられるシーンは、レナードの原作にあるのだろうか。シチュエーションが実にレナード的だから、原作にもあるような気がする。十字架を背負う主人公の姿を見ると、キリスト教圏の人たちはゴルゴダの丘を登るキリストを連想するだろう。そこに何か、抽象的な隠喩が隠されているのかもしれない。

●「ワイルド7」実写版のテレビ放映があった頃

「ワイルド7」の主人公である飛葉大陸は、様々な形で痛い目ばかりに遭っているが、重い十字架を背負わされる拷問は中でも特に辛そうだった。今は手元に「ワイルド7」の単行本がなくなってしまったので確認できないのだけど、その拷問は「緑の墓」の中に出てきたと記憶している。連載されていたのは、おそらく1972年だ。テレビ版「ワイルド7」の放映が始まった頃である。

実写版「ワイルド7」を僕はよく見ていた。日活がロマンポルノ路線になり、仕事の中心をテレビに移した長谷部安春監督が演出を担当していたからだ。その後、長谷部監督は「探偵物語」「あぶない刑事」など多くのテレビシリーズを手がける。僕は、当時、アクションものを撮ったら日本で最も切れ味のよい監督だと思っていた。一度だけ見たご本人も濃いレイバンを掛けた強面で、ハードボイルドな雰囲気の人だった。

夕方7時から始まる子供向けの30分番組だったが、「ワイルド7」はよくできていた。主題歌も好きで、今でも酒席で口ずさむと、ひとまわりほど若い後輩に「ソゴーさん、よく憶えてますね。僕らが子供のときの番組ですよ。大学生であれを見てたんですか」と呆れられる。そう、僕は21歳、大学生だった。今のカミサンとほとんど一緒に暮らしていた。僕と彼女は一緒に「ワイルド7」を見ていたのだ。

高校の同級生だった彼女は僕が東京に出た後、一年間は故郷の洋裁の専門学校へ通い、翌年上京して西新宿の文化服装学院デザイン科に入った。その一年間は学校近くの寮に入っていたが、翌年卒業してアパートに移った。そのアパート探しに僕も同行したが、ちょうど連合赤軍事件で世間が大騒ぎになっていた時期である。若者に部屋を貸すのを警戒する雰囲気があった。

板橋区で見付けた部屋は二階に二部屋だけしかないアパートで、壁が薄くごみごみした場所に建っていた。卒業後、親の反対を押し切って東京に留まり、洋裁店に勤めることになっていた彼女には仕送りがなくなり、部屋代に充てる金額には限度があったし、敷金や礼金は僕がアルバイトをして貯めた金で支払うつもりだったので、安い部屋しか借りられなかったのだ。

僕も方南町に部屋を借りていたから二人分の部屋代をあわせて一部屋借りれば、もっといい部屋を借りることができたのだが、僕は一緒に暮らすことに抵抗があり、彼女は彼女の部屋を借りるようにしたのだ。当時は上村一夫の「同棲時代」が人気があったし、「神田川」がヒットしており、大学の友人たちも何人かが同棲していたけれど、僕には何となく抵抗感があった。

1972年、3月末のある日、引っ越しを終え部屋の中がいくらか片付き、手伝ってくれた友人たちと鍋を囲んだ夕食が終わり、友人たちが「さあ、帰るか」と腰を上げたときに「じゃあ、俺も...」と一緒に立ち上がった僕に、「バカヤロ、......ちゃんが可哀想だろ。初めてのひとり暮らしなんだぞ。今日は一緒にいてやれよ」とTが言った。その日から僕は、自分の部屋と彼女の部屋をいったりきたりすることになった。

その年のいつの頃だったか、彼女は紹介してくれる人があって、数寄屋橋阪急の洋服売り場に販売員として勤め始めた。しかし、その年が暮れ翌年が明けた頃、元々、躯が弱かった彼女が寝付くようになり、勤めを辞めざるを得なくなった。どこが悪いということではなく、貧血気味で躯がしんどかったのだと思う。寝たり起きたりという生活になった。

僕は彼女の部屋にずっといて、食事を作ったりする生活になった。闘争の余韻が残る大学はロックアウトになり、後期試験もレポート提出ですんだ。学校にいく必要もなく、彼女の生活費を稼がなければならない僕は、友人が持ってきたアルバイト話に乗った。彼女の部屋から歩いていける自動車工場で、そこでは保冷車を作っていた。きつい仕事だったけれど、時給がよく徹夜仕事も多いので、いい稼ぎになった。僕は毎日、弁当を持って工場に通った。

週に一度の休みの日には、彼女の気分がよいと一緒に散歩に出かけ、夕方、銭湯にいって買い物をして帰った。ある日、僕が食事を作っていると、「ワイルド7」の主題歌が流れてきた。彼女も「ワイルド7」が気に入っていたのだ。そのとき、毎日、退屈そうにしている彼女のために「ワイルド7」の単行本を買おうと思った。とびとびに読んでいた物語をまとめて読みたくなったのだ。

●ほんの数分のアクション場面が2週にわたって描かれる

僕が工場帰りに買って帰った「ワイルド7」の1巻と2巻「野生の七人」を、彼女はすくに読み終え「次も読みたい」と言う。僕も読みたかったから、1エピソードずつ買いそろえていった。「バイク騎士事件」「誘拐のおきて」「コンクリート・ゲリラ」「千金のロード」「爆破105」「黄金の新幹線」...、おそらくその辺までは、当時、単行本で揃えたはずだ。

「少年キング」では、まだ「緑の墓」が連載されていた。それまで長くて単行本2巻、短いと1巻でまとまっていたが、「緑の墓」は延々と続いていた。望月三起也さんの筆はどんどん緻密になり、バイクや車や銃器が本物のように描かれていたし、ほんの数分のアクション場面が2週にわたって描かれたりする。どんどん細かくなっている。「これでは、いつ単行本になるのか」と僕は思った。

「緑の墓」は結局3巻でまとまったが、その本が出た頃には彼女の健康も回復していた。僕は新学期が始まってもアルバイトを続け、貯金通帳の残高は増え続けた。その金を元にして、僕の部屋から近いところにもっとよい部屋を借り、彼女は引っ越した。僕は自分の部屋から歩いて彼女の部屋へいけるようになったのだが、その年の晩秋、突然「私、帰る」と宣言し、彼女は理由も告げずに帰郷した。オイルショックで、文字通り暗い夜が続いていた。

結局、2年後の秋、結婚して再び一緒に暮らし始めるまで、僕と彼女は離ればなれに生きていた。僕らは阿佐ヶ谷のキッチンとトイレの付いたアパートで新婚生活を始め、「ワイルド7」の単行本が揃った本棚を僕は運び込んだ。彼女は、再びそれを読み始めた。その後、新刊が出ると僕は買って帰り、いつの間にか「魔像の十字路」までの48巻が揃った。そして、部屋が手狭になり、僕は「ワイルド7」をまとめて実家に送った。

実家に送った「ワイルド7」は、正月などに帰郷した兄の一家が読んでいたと母に聞いた。そして、僕にも息子ができ娘ができ、年に一度は子供たちを連れて帰郷した。あれは、いつのことだろう。長男が10歳になった頃だろうか、僕は自分の子が「ワイルド7」を読んでいる姿を見た。父が夢中になったマンガを、20年たって息子が読んでいる。不思議な気分だった。息子は「ワイルド7」に夢中になり、48巻を読み尽くし、翌年も帰郷すると再び1巻から読み始めた。

先日、ネットで「ワイルド7」の予告編を見た後、カミサンに「『ワイルド7』映画化だって...」と言うと、「八百はだれがやるの?」と訊く。サングラスをかけた二枚目で大人の男の魅力がある「八百」は、やはり女性に受けるのだろう。「映画版には、八百は出ないみたいだよ」と言うと、「じゃあ、見にいかない」と笑う。案外、本気なのだろうなあ、と僕は思った。

息子にも同じことを言うと、「どうして、今頃、映画化するの?」と訊かれたが、そんなことは僕にも答えられない。息子は、最初の連載が終わった後に描かれた続編も読んでいるらしいが、僕にとっては「ワイルド7」は48巻で完結した物語だ。連載は、1969年から1979年までの10年間だった。それは、僕の18歳から28歳までに重なる。

その間、僕は上京し、大学に通い、就職し、結婚した。10年間には、様々なことがあった。若い時期に起こったことは、今の僕を形作る基になった。喜び、悲しみ、恥、屈辱、悔しさ、悔恨、恨み、感謝...様々なことが混沌としており、今も整理はつかない。ときに、生々しく立ち上がってくることもある。そんな時代に僕は「ワイルド7」を読んでいたのだ。「ワイルド7」が僕の個人的な思い出を甦らせる。

最終話「魔像の十字路」には、早くに殉職した世界の兄がチラリと姿を見せたり、「夏に雪が降るとき、飛葉が死ぬ」という不吉な予言が全編を貫いていて、大団円の雰囲気がある。最後には、ユキがヘリから身を投げる。「飛葉ちゃん」とつぶやきながら...。落ちていくユキのコマに、「夏にユキが降った...」と書かれていたのを憶えている。最終話を読んでいた頃、僕は自分の人生をひどく呪っていた。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

還暦まで残り一ヶ月を切ってしまった。「アラ還」ではなく、正真正銘の還暦になってしまう。12年前にこのコラムを始めたとき、60の自分は想像できなかったけれど、放っておいても人は年を取る。髪は相変わらず黒々としているものの、天辺が薄くなった。最近は目もかすむ。老人力がつき始めた。

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