わが逃走[94]オレはおふとんがすきだの巻/齋藤 浩

投稿:  著者:  読了時間:6分(本文:約2,600文字)


おふとん。いい響きだぜ。
オレはガキの頃からやわらかくてあったかいものが大好きなのさ。
どてらとかまくらとか、ぬいぐるみとかな。
そして忘れてはならねえのが、おふとんだぜ。

とくに、しきぶとんさんは寡黙ながらも、孤独なオレを勇気づけてくれる兄貴のような存在なのさ。

会社を辞めてフリーになるときなんざ、さんざん悩みも聞いてもらったしな。
おっと、おふとんに悩みを打ち明けてるオレの姿を本気で想像しちゃあ、いけねえよ。ただ、それくらい安心できる存在だってことを、言いたかっただけさ。

背中が痛い。
このところ朝起きると背中が痛いのだ。
いやむしろ、背中の痛みで目が覚めると言った方が正しい。
最大の原因は、板のように硬くなった敷き布団にある。そうにちがいない。



考えてみればこの布団、いつから使っているのか覚えていない。
20年近く使い続けているような気もしてきた。そりゃ硬くもなるね。
今年の夏なんか、ホントに寝苦しかった。
ただでさえ暑いのに、床の硬さがダイレクトに背中に伝わるもんだから
毎晩悪夢を見て、寝汗をかいて、冷たくて目が覚める。これの繰り返しだった。

それをひたすら耐えて耐えて耐え抜いてきたのだが、
明らかに寿命をすり減らしているという自覚を持ったため、
一念発起して買い替えることを決意したのだった。

とはいえ、冒頭にも書いたがおふとんとは長い付き合いなので、
情がうつってしまったのもまた事実。
この表現に違和感を覚える方も多いかと思うが、
長年付き合っていたせいか、おふとんにタマシイがこもってるような気がしてならないのだ。

なので、いらなくなったから捨てちまうってのも後味が悪い。
とはいえ、人形のように供養してもらうのも少し違うしなあ。

突然だが、昨年6月の小惑星探査機はやぶさの帰還は誰もが感動したことと思う。さまざまな危機を乗り越えてゆく"はやぶさくん"を応援しているうちにいつのまにか機械に人格を感じてしまった人も少なくないはずだ。
もちろんオレもそのうちのひとりだ。

で、いちばん困ったのは全てのミッションを完了して地球へカプセルを送った後、機体が大気圏に突入して燃えてしまうってところだ。
日本人の多くは自己犠牲精神みたいなものが好きだからか
「みんな、ぼくのこと忘れないでねー」とか言って燃え尽きてゆくはやぶさくんを想像して涙した訳だが、オレはそんなかわいそうな設定はイヤだ。

なので、はやぶさくんは自らのタマシイをカプセルに移し、無事オーストラリアの大地に着地したと考えることにした。
なので、はやぶさは死んでいない。そう考えると悲しくないぞ!

今回は同じ設定をおふとんにも適用し、
古いおふとんから新しいおふとんへ、タマシイに移動してもらうこととした。おお、そう考えれば後味悪くない!

さて、おふとんを買うなら布団屋に限る。スーパーの寝具売り場は風情がないし、ネットで買うなんざ論外。中でもオレは昭和な佇まいの布団屋さんが大好きなので、数年前にまくらを購入したことのある豪徳寺駅近くの布団店へ向かった。

いわゆる昔ながらの布団屋さんで、店先には季節もの(どてらなど)が下がり、カラフルな『アンパンマン』や『きかんしゃトーマス』のまくらが並んでいる。おばあちゃんと孫が買いにくる姿を想像するだけで微笑ましい。

ガラスの引き戸の脇には座布団やお買い得布団セットが積まれ、よりどりみどりである。布団屋さんという店は、雑貨屋のように買う気もないのにふらっと入って眺めて帰る、なんてことはなかなかできない。

なので、こういう機会に思い切り布団に囲まれる幸せを味わっておこう。ちなみにこの店、『越後屋商店』というのが正式な名称だった。これもまたイイ響きだ。

「ごめんください」と店に入る。「敷布団が煎餅になってしまいまして...」
「はいはい、敷布団ね」
対応してくれたのは、昭和な雰囲気のおばちゃんだ。独立した頃の齋藤事務所の大家さんに似ている。

「こちらが掛布団と敷布団のセット。いちばんお買い得ですね。で、こっちが羽毛で、こっちが西川のムアツ布団です。この羽毛なんて、これからの季節あったかくていいわよ〜」
おお、プロによる商品紹介&解説! これぞ専門店の醍醐味である。

ちなみにオレは羽布団が苦手である。お子様体質なのか、寝るとすぐ体がほかほかしてくるのだ。なので、羽毛布団を使うとものすごく暑くなってしまい、剥いでしまうか布団の外まで転がっていき、風邪をひく。

また絢爛豪華な特上折り詰め寿司パッケージのような柄は、家康あたりならいいかもしれんがオレは落ち着かん。
オレ的には地味な綿の布団が好みなのだが...。

すると、あった! なんともやわらかく、安心感のある重さ。手触りもイイ。
柄も"子供の頃、"おじいちゃんちに遊びに行ったときに寝たおふとん"的印象でとても好感が持てる。
かなり人目惚れな勢いで興奮しながら触感を確かめるオレ。
「これはね、うちの職人の手作りで...」
やはりな。作り手の誠実な姿勢を感じる。
「これください、これにします!」瞬時に決断す。

それにしても、ああなんて安心感のある肌触りなのだろう!
これからこのおふとんで寝られるかと思うとまさに夢心地である。
金壱万九千八百六十円也。

会計の後、「おうちに届けてください!」とお願いすると、担当のおじいちゃんはもう寝ちゃったので翌朝の配達ということになった。
ああ、明日からあのおふとんで寝られるのか...想像しただけで口元がゆるむ。
その晩は遠足の前日効果と背中の痛みでなかなか寝つけなかった。

翌日の10時半、おふとんが届く。「こんにちは、越後屋布団店です」。
ドアを開けると西村晃の黄門様を若くした感じのおじいちゃんがでっかい風呂敷を担いで立っていた。

おじいちゃんがおふとんを風呂敷に包んで届けてくれる!
なんて素敵な!!

きっとサンタはこれを真似たに違いない。
一足早いクリスマスプレゼントを受け取る子供のごとく、届けられたおふとんを抱えてひとり喜びの舞を舞うオレ。
早速寝室へ向かい、今まで使っていた敷布団に重ねてみる。
タマシイはちゃんと移動してくれたかな。

少し開いた障子の隙間からさす光が、おふとんに落ちる。
おお、今夜はぐっすり眠れそうだ。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。