[3156] インクで書かれた文字の美しさ

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■映画と夜と音楽と...[523]
 インクで書かれた文字の美しさ
 十河 進

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■映画と夜と音楽と...[523]
インクで書かれた文字の美しさ

十河 進
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〈ALWAYS 三丁目の夕日/ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ/カポーティー/ティファニーで朝食を/キリマンジャロの雪/悲愁/スタンド・バイ・ミー/ドクトル・ジバゴ〉

●中学の入学祝いでもらったセーラー・ミニという万年筆

37年使ってきた万年筆の調子が悪い。インクが漏れるし、キャップが割れている。どこかで落としたのだろうか。先日、使ったら指がインクで汚れてしまった。それでも書き味はなめらかで、スラスラと書ける。筆圧をまったく感じない。いくら書いても書痙にはならないだろう。文筆業の人が万年筆を使う理由がよくわかる。もっとも、今はパソコンを使いキーボードを打つ方が一般的である。

初めて万年筆を買ってもらったのは、中学に入学したときだった。高校に入ったときは腕時計である。当時の入学祝いの定番だった。中学の入学祝いでもらった万年筆はセーラーのものだった。流行していたミニタイプ(セーラー・ミニ)だ。通常の万年筆より軸が短くキャップが長い。書くときは通常の長さになるが、キャップをすると普通の万年筆の三分の二くらいの長さになる。

万年筆を制服の胸のポケットに刺すと、大人になった気分だった。もう鉛筆を使う歳ではない(実際には、まだまだ鉛筆が中心だった)。小学生の頃、「見える見えるのビックです」というテレビCMがあった。透明の軸でインクの減り具合が見えるというのである。ビック・ボールペンはあれで有名になったが、ボールペンはまだ一般的ではなかった。

37年使ってきた万年筆はペリカンのやや太めの軸のもので、中字のペン先である。ずっとジャケットの内ポケットに刺してきたが、キャップのひび割れで固定部分が緩くなり、気付かないうちに落としそうになったので、先日、小振りなペンケースを買った。モスグリーンの革製で三本しか入らない。ボールペンと赤ペンと万年筆を入れて持ち歩いている。

37年前に就職したとき、隣の編集部にいたH女史がいつも万年筆で原稿を書いていた。達筆だったし、明るいブルーのインクを使っていて、文字で埋まった原稿用紙が美しく見えた。それがペリカンの4001番ロイヤルブルーだった。僕はずっとモンブランの太軸が欲しかったのだが、それを見てペリカンにしようと思った。もちろんインク壷から吸入するタイプだ。

ある日、会社の帰りに神田神保町まで歩いて金ペン堂に寄った。間口一軒ほどの万年筆専門店である。万年筆を買うのなら金ペン堂だと決めていた。学生時代の4年間を神保町で過ごしたから、金ペン堂はよく知っていたけれど、何万円もする万年筆を買える余裕はなかった。店先のガラスケースに収められた高級万年筆を眺めて、ため息をついていただけである。

そのとき、僕は3万円までなら出してもいいと決めていたが、迷っていたのも事実だ。初任給は8万円、春闘で賃上げがあり9万6千円になった。当時の大卒初任給としてはよい方だったけれど、家賃が1万2千円のときの3万円である。そんなに高い万年筆を買う必要があるのか、と自問する気持ちもあった。

金ペン堂のご主人は親切だった。何かというと「ひさしさんは...」と口にした。見上げると、店の壁に井上ひさし自筆の原稿(色紙だったかも)が飾られていた。井上ひさしさんが「吉里吉里人」を連載していた頃だ。売れっ子作家だった。その他にも有名な作家の原稿(だったか色紙だったか)があったけれど、誰のものかは忘れてしまった。

結局、僕は勧められた手頃なペリカンを買った。1万5千円だった。37年前である。それなりに高価な万年筆だった。インク壺からインクを吸い上げるとき、心が躍った。書いてみると、スラスラと書けた。少し文字が太い気がしたが、原稿用紙だとちょうどよい感じだった。錯覚だとわかっていたが、それで小説を書くと傑作が書ける気がした。

●昭和の貧乏文士は立派な万年筆と原稿用紙で小説を書いた

小説家は、万年筆で原稿を書いている。多くの人は、そうした固定観念を持っているのだろうか。そういうステレオタイプのイメージをことさら強調し、笑いを誘う意図も感じられた「ALWAYS 三丁目の夕日」(2005年)「ALWAYS 続・三丁目の夕日」(2007年)だが、その中に登場する三文文士(吉岡秀隆)も原稿用紙を前にして万年筆を握りしめる。彼の名前は、茶川龍之介。

昭和の典型的な貧乏文士のイメージを体現し、パロディ的な名前を付けられた茶川龍之介氏の言動はどことなくギャグっぽい。彼の描き方が純文学を皮肉っているフシもある。もっとも、目くじら立てることではなく、スズキ・オートの鈴木さん(堤真一)が怒ると超人的になるというマンガ的設定もあり、そういう映画だと思って見ればいいのだ。原作マンガのテイストを狙っているのかもしれない。

劇中に登場する子供たちは僕の世代に重なるから、僕自身はあの時代をよく知っている。そのため、ノスタルジィで観客を酔わせようとする「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズには少し違和感があるのだが、過ぎ去った過去の甘美さを強調したのが受けたのか、あの時代を知らない人たちさえ妙な郷愁を感じているらしい。東京タワー建設で始まり、東京オリンピックまでの希望に満ちた時代...、そんな風に見えるのかもしれない。

「ALWAYS 三丁目の夕日」で最も心に残ったのは、三浦友和が演じた町医者のエピソードだった。彼は酔って野原で眠り、夢を見る。彼が自宅に帰ると、妻とまだ少女と呼ばれる年頃の娘が出迎えてくれる夢だ。目覚めると狐狸に化かされたのかと思うが、その夢をもう一度見たくて油揚げ(違ったかな)を持って再び野原にやってくる。

昭和33年、戦争が終わって13年しか経っていない。昭和20年3月には、下町を焼き尽くす空襲があった。その後、何度も空襲があり、多くの非戦闘員が死んだ。三浦友和の妻と娘も空襲で死んだのだろう。その耐えられない悲しみを抱えて、彼は13年間を生きてきた。孤独を噛みしめながら...。そんな男の深い悲しみをユーモアを込めて描き出した。どんなに郷愁に充ちた世界であっても、辛い現実はあるのだ。

「ALWAYS 三丁目の夕日」には、世代を超えて多くの人を惹きつける魅力があるのだろう。CGとはいえ、懐かしい街並みを創り出しヒット作となった。来年早々には、三作目の「ALWAYS 三丁目の夕日'64」が公開されるという。昭和33年、34年と続けて描き出し、とうとう1964年、つまり昭和39年を舞台することにしたらしい。

1964年は、東京オリンピックが開催された年である。4月からNHKで「ひょっこりひょうたん島」の放送が始まり、10月10日には東京オリンピックが開催され、その直前に東海道新幹線が開通。吉永小百合と浜田光男が共演した「愛と死を見つめて」が大ヒットした。その年、僕は中学生になり、前述のように万年筆を入学祝いとしてもらった。

「ALWAYS 三丁目の夕日」の頃は、万年筆がステータスだった時代である。僕らは太軸のモンブランの万年筆に憧れ、いつかあんな万年筆を持ちたいと願った。十八金のペン先が輝いていた。長い年月が過ぎ、様々な筆記具が登場し、万年筆という時代遅れの筆記具はあまり使われなくなった。といって何かに代わったのかというと、ボールペンなど景品でもらっても喜ばれないものに成り下がっている。

●小説家たちが登場した日本映画やハリウッド映画

小説家が登場する映画はけっこう多いが、小説を書いているシーンは画になりにくいのか、あまり出てこない気がする。最近の日本映画では「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」(2009年)の主人公(もちろん太宰治自身だ)が思い浮かぶけれど、原稿用紙に向かっている場面が思い出せない。酒を飲んでいるか、女と心中騒ぎを起こしているかだった。

ハリウッド映画も作家を主人公にするのが好きで、すぐに何本かが思い浮かぶ。シナリオライターを主人公にした作品も含めると、思いつくまま10本は挙げられる。実在の小説家を描いた作品では「カポーティー」(2005年)がある。「ティファニーで朝食を」の原作者として有名なトルーマン・カポーティーだが、「冷血」で描いた一家惨殺事件との関わりが中心だから、執筆シーンはほとんどなかった。

映画化された「ティファニーで朝食を」(1961年)は、原作者のカポーティーを激怒させたという。主人公の作家を目指す青年(ジョージ・ペパード)が若いツバメとなり、有閑マダム(パトリシア・ニール)から金をもらって暮らしている設定だったからだ。原作にはそんなパトロンは登場しないし、小説の語り手はホリー・ゴライトリーとは結ばれない。元来が甘い恋愛小説ではないのだ。

それでも「ティファニーで朝食を」のジョージ・ペパードは、作家を目指している青年らしく、タイプライターを叩く執筆シーンがある。そう、ハリウッド映画の作家たちは万年筆を使わず、多くがタイプライターを叩いた。その方が作家らしく見えるのも事実である。ちなみに有閑マダムを演じたパトリシア・ニールは、その当時、小説家ロアルド・ダールの奥さんだった。

アーネスト・ヘミングウェイとスコット・フィッツジェラルドの両作家を演じたのは、グレゴリー・ペックだった。知的な風貌がインテリに見えるのか(実際にインテリだったけど)、ペックは作家やジャーナリストを演じることが多かった。「紳士協定」(1947年)では気鋭のジャーナリストを演じ、ちょっと違うが「ローマの休日」(1953年)では新聞記者を演じた。

ヘミングウェイを演じたのは「キリマンジャロの雪」(1952年)だった。ヘミングウェイの代表的な短編を膨らませた映画化作品だが、主人公の作家は怪我をしてキリマンジャロの麓で横たわったまま女性遍歴を回想するばかりで、ほとんど執筆しない。行動派のヘミングウェイだから、機関銃のような音を立てて精力的にタイプを打っているイメージが湧くのだが...。

「悲愁」(1959年)は流行作家だった若き日のフィッツジェラルドではなく、忘れ去られた作家になった晩年を描いた。フィッツジェラルドは糊口をしのぐためにハリウッドでシナリオを書き、酒に溺れる。愛人シーラ・グレアム(デボラ・カー)の回想記が原作なので、シーラの視点で語られるフィッツジェラルド像であり、何となく情けない。この映画でも執筆シーンはほとんどなかった。

小説家を主人公にするのは、スティーブン・キングの十八番である。売れない小説を書いている男が妻子を連れ、雪に閉じ込められた無人のホテルの管理人になる「シャイニング」(1980年)、小説のヒロインに異常な執着を示す女性読者に小説家が監禁される「ミザリー」(1990年)、ペンネームで創り出した小説家の分身が人々を殺し始める「ダーク・ハーフ」(1993年)など、自身の体験(妄想?)が生かされている。

キング原作では「スタンド・バイ・ミー」(1986年)の語り手である小説家が印象に残る。小説家を演じたのは、リチャード・ドレイファス。冒頭、道端に駐めている四駆車がある。運転席で男が茫然としている。座席に置かれた新聞記事には、弁護士のクリスが喧嘩を止めようとして刺され死んだと出ている。そこに「初めて死体を見たのは、1959年のことだった」とナレーションがかぶさる。

彼は、少年時代を回想する。森の奥に事故死した少年の死体があると知り、探しに出かける4人の少年たち。途中、主人公は自分が構想した物語を語って聞かせる。その死体探しの冒険は少年たちを成長させる。悲惨な家庭に育った親友クリスは努力し弁護士になった、しかし...。ラストに再び登場するドレイファスは、愛用のワードプロセッサーの画面に次のようなフレーズを打ち出す。

──I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve. Jesus, does anyone?

残念ながら彼も手書き派ではなかった。もっとも、今では日本の作家もキーボードを叩いて執筆する。村上春樹さんはデビューした当時は手書きだったが、早くからMacを導入した。僕は村上さんのデビュー以来、小説もエッセイも同時代で読んできたから、その経緯はよくわかる。僕の世代だと30歳を過ぎた頃にワープロが普及し始め、早い人がコンピュータを購入した。1980年代のことである。

●万年筆からパソコンのキーボードへの移行は時代の流れか

僕も金ペン堂で買ったペリカンで小説を書いた。大学時代に下手な小説を同人誌に載せたりしていたが、それが就職して初めて書いた小説だった。何年もかかって書いた。400字で80枚ほどの短編で、何度も推敲し書き直した。ペリカンで書くという行為がモチベーションを高めたのは間違いない。ペリカンを買ったから書けたのである。書き直したり加筆したり、原稿用紙がブルー一色になった。

その短編を文藝春秋社から出ている文芸誌「文学界」の新人賞に応募した。しばらくして一次選考通過作品として、「文学界」にタイトルと名前が掲載された。その時点で二次選考に落ちたことはわかっているのだが、それでも初めて応募した小説が一次選考を通ったことに有頂天になった。高校時代や大学時代の友人たちに電話して報告(自慢)した。

その一年後に別の作品を応募し、また一次選考通過作品としてタイトルと作者名が掲載されたが、今度はひどく落胆した。「前の作品が一次選考を通ったのなら、今度はもっといくだろう」と期待していたし、それなりの自負もあったのだ。しかし、それは己を知らない過信だったと思い知らされた。評価は他人がするもの、自己評価は何の意味もない。そんなことが身に沁みた。

ペリカン万年筆は、その効力を失った。元々、神通力などはなかったが、人の心は何がきっかけで高揚するかわからない。ある時期、僕にとってペリカンは「幸運を呼ぶ筆記具」ではあった。それを握って原稿用紙に向かえば、何かが湧き起こり、文章を連ねることができた。僕は原稿用紙を埋めることに熱中し、少しずつ増えていく紙の束に自分の夢を託した。

だが、夢は叶わない。ときは過ぎ、人は馬齢を重ねる。現実の生活がのしかかる。子供が生まれ、仕事に追われる。そのうち仕事が面白くなる。労働組合の委員長を引き受けることになり、そのまま上部団体である出版労働組合連合会の役員まで引き受けた。仕事と組合で時間を取られ、いつの間にか30代が過ぎた。気が付くと、40が目の前に迫っていた。

その間、ペリカンは何をやっていたのか。いつも僕の胸ポケットに刺されてはいたが、仕事の原稿は水性ペンで書いた。筆圧をかけず、なぞるように書けたからだ。仕事の原稿は時間との勝負だ。どれだけ早く書けるか、どれだけわかりやすく正確に書けるか、それが重要だった。毎朝、上司に提出する業務レポート、経費伝票、たまに出す出張申請書などでしか、ペリカンが活躍することはなかった。

30を過ぎた頃、初期のシャープ「書院」を買った。タイプライタータイプのワープロは、液晶画面に26文字しか表示されない。僕はタイプライター方式に切り替え、文字を打つと同時に感熱紙に印字されるようにして使った。打ち終えて校正し、データを修正して再度プリントする。労働組合の委員長だった頃、そのワープロで初めて組合の情宣ビラを作成したら、「手書き文字の迫力がない」と評判が悪かった。

その後、9インチ液晶の箱形ワープロ、続いてA4ノートタイプの「書院」を購入し、さらにB5の小型ワープロを買った。1994年、デジタル写真誌を手がけることになり、Macのパフォーマを購入した。以来、何台のMacやウィンドウズ・パソコンを購入したことか。投入金額は200万。150万だという金ペン堂にある最高級万年筆を購入してもお釣りがくる。しかし、万年筆にパソコンの仕事はできないし、パソコンに万年筆の役はできない。

そこで、先日、万年筆の修理を依頼しようと思って、ネットで金ペン堂を検索した。37年前、親身になって相談に乗ってくれたご主人は引退し、今は息子さんが店に出ているという。ところが、ネットでいろいろな万年筆を見ているうち、僕は新しいものがほしくなった。今までのものはもちろん使い続けるが、インク漏れは直せてもキャップが割れている。そろそろ新しい万年筆を買っても、バチは当たるまい。そう言い聞かせながら物色中なのだけれど、なかなか決められない(ケチなんですね、きっと)。

さて、僕の脳裏に刻み込まれたインクで書かれた美しい文字は、「ドクトル・ジバゴ」(1965年)に登場する。雪に閉じ込められた田舎の家に着いたジバゴとラーラ。ジバゴは書斎に入り机に向かうと紙とペンを取り出し、「ラーラ」と筆記体でタイトルを書く。愛する人の名を冠した詩集を書き始めるのだ。ただし、万年筆は似合わない。羽根ペンをインク壷に浸して書き始めた...と記憶している。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

還暦祝いを親兄弟からもらった。会社の同僚と退職した先輩が祝宴を開いてくれた。友人も酒席を設けてくれ、兄弟分は「カントとカモノハシ」上下巻を贈ってくれた。特に赤いちゃんちゃんこは着なかったけれど...

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デザフェスってこんなに混雑するイベントだったっけ? と思っていたら、デザフェスの中の人からツイッターで「過去最高の来場者数を記録しました!」というツイートがあった。今回初めて見に来人が多かったようで、若干おとなしめの印象があったが、全体的には、絵画や造形などの真面目なアート作品の発表から、音楽演奏やダンスやパフォーマンスから、前衛的で真面目なんだかふざけてるんだかよく分からないインスタレーションまで、膨大なエネルギーに圧倒されるカオスな空間が展開された。11月12日(土)、13日(日)の2日間、いつものように東京ビッグサイトで開催されたアートの祭典。

私にとっては、セーラー服を着てうろついても場の空気を壊していない、貴重な機会である。けど、今回は、人が多い割には、全体的におとなしく、お行儀がよく、遠慮がちな印象があった。いつもだと、私の姿を見かけるなり「写真撮らせてくださーい」と声をかけてくる人がひっきりなしで、なかなか前に進めなかったのだが、今回は撮りたそうにしながらも声をかけるのをためらい、誰かが声をかけたら便乗して撮ろうと様子をうかがっているふうの人が多かった。人がごった返しているせいで、すれ違う人など至近距離まで来て初めて私の姿に気がついて、びくっとなってる人がよくいた。

●アイドルは一挙手一投足が見られている

私が出展者側として初めて参加したのは'09年の秋。以来、春秋春ときて、今回のが5回目の出展参加になる。初めてのときは、アートを専攻したわけでもない私なんぞが参加してすみません、な気分で、小さく身を縮めておっかなびっくりという感じだったが、2回目にはすでに大胆にはっちゃけていた。

2日目にキャンディ・ミルキィさんが来ることを事前に知り、それならこちらも敬意を表してそれなりの格好で迎撃しようと思ったのが、人がいっぱいいる公の場にセーラー服姿で出た始まり。初めてのときはドキドキ→見た人の反応がポジティブでノリノリ→名物のように言われ始めて引っ込みがつかないことに(←いま、このへん)。

前回までは、セーラー服持参で行って、会場のトイレで着替えていた。初めてウチから着て出掛けたのは6月11日(土)のことで、神奈川県の鶴見にあるラーメン屋が「30歳以上でセーラー服で来店するとラーメン1杯タダ」という企画を掲げているのに乗っかって、タダでゴチになって来たのであった。なので、ウチから着て出てデザフェスに参加するのは今回が初めて。

初日、往きのりんかい線で、ドアの右脇に立っていると、左後ろの右端のシートに座っている若い女性2人が明らかにこっちを気にしている。雰囲気からしてデザフェスに向かっているようだ。国際展示場駅で降りて、エスカレータで地上階に上がると、改札口を出る手前で声をかけられ、その場で写真撮影。やはり目的地はデザフェスだそうで。それが最初のショット。

2日目の帰り、真夜中近くなってウチの最寄り駅の改札口を出ると、楽器を抱えた若い男性が2人、多分、仲間が来るのを待っているのであろう、立っている。その前をさも普通のことのように歩いたら、すぐに追いかけてきて「写真撮らせてください」と。ライブで演奏してきた帰りだという。それが最後のショット。

アイドルはウチを出てからウチに帰り着くまでがアイドル。ひっきりなしに人から見られているので、気が抜けない。気が抜けないと言いながら、メシを食った後などちょっとうとうとしてると、すぐに誰かに写真を撮られてツイッターにうpられる。

そうでなくても「セーラー服着たおじいちゃんがケバブめっちゃ食べてる」とか「紺のハイソックス(にはちと足りないが)に黒のローファー」とか。あ゛ー、それ、単にハイソックスがずり下がってただけです。普通の行為やちょっとした身だしなみの隙などが常に細かくチェックされてる。ひえ〜アイドルってたいへん。

●縛られてカメラの放列が

今回は、「関東アンダーグラウンド集会」というグループに混ぜてもらい、和風でホラーな展示をした。私の写真は、いつもだと被写体が人形なのだが、今回は人物。出展者仲間と自分。暗いエリアの角地。同じ列の3つぐらい隣のブースは、SMチックな縛りを実演していた。ブース名は「東京棲んでるガールズ」。縄師はハララビハビコさんという女性で、SMにおける女王様という感じのいでたち。来場者から希望者を募り、赤い太めの縄で縛ってくれる。

映像監督の寺嶋真里さんと一緒に見て回っていたときで、「ねえねえ、縛られてみようよー」と誘われる。寺嶋さんが先で、次に私。いや、寺嶋さんもノリノリで、見物する人たちへのサービスで、アヘアヘ顔。昭和のAV女優みたいだと言った人がいた。私の番になったら、人だかりがさらにすごいことに。「撮影OKでーす」と言ったら、ものすごい数のカメラが向けられた。レンズレンズレンズ......。レンズ畑。

どんな縛り方をするかは事前に希望を聞いてくれる。寺嶋さんは上半身を縛られ、胸が強調されていた。私のときは、あれでいいですか? と何だったかのぬいぐるみを指され、見ると亀甲縛りにされている。はい、じゃ、それで。首にかけられた縄に上から下へと次々にコブコブが作られていき、股を通って背中へ。亀甲にしていくと、締め付けられる。ああっ。って、たぶん緩めに縛ってくれているようで、それほどの拘束感ではない。けど、こっちが体を動かすと、股を通っているのが食い込んできて、ああっ。こんな状態をめっちゃ大勢に凝視されているという羞恥感覚がたまらない。

●写真を手渡ししてくれた可愛いコの謎

2日目の夕方、展示を見て回っていると、若くてめっちゃわかいいコが近づいてきた。私をずっと探していたそうである。前回5月に撮った2ショ写真を渡そうと持って歩いていた、と。ややや、ありがとうございますっ。おおお、かわえ〜。あ、自分がじゃなくて、自分もだけど、そのコが。まるで作りもののようなかわいさで、清純で、メルヘンチックで、ファンタジーの世界に生きてる感じ。

あつかましくも、デジタルデータでももらえないかと聞いてみたところ「そういうのはよく分からないんで」という。そうそう、そうだよね、デジタルとかよく分かんないよね。私もデジカメなんて使い始めたのはそうとう遅かったし、ケータイなんていまだに所有したことないし。

自慢したいので、写真の写真撮ってネットに上げてもいいかと聞くと「恥ずかしいので、それはちょっと」という。はいはい、しませんからご安心を。写真はOP袋に入れられ、ショートケーキのイラストの小さなシールで封をしてある。裏側に、ミッキーマウスの小さなメモ用紙が入っていて、ピンクのペンでmixiの8桁のID番号が書かれ「よかったらマイミクに追加してやってください」とある。

やあ、うれしいなぁ。ネットで検索かけて見つけ出し、メールでコンタクト、みたいな便利なことは考えもせず、プリントした写真にメッセージを添えて持ち歩いて探し出してくれた、というアナログ感覚がとてもよい。と、ここまでならいい話、で終わっちゃうんだけど、話の続きは謎めいてくる。

帰って、さっそくmixiで見つけ出す。あれぇ? ID番号、打ち間違えたか? 顔が分からないよう、口から胸にかけてだけのアップの写真。会ったときの印象とはうって変わって、お色気ムンムン。真っ赤な口紅。プロフィールに「かわいいものが大好き♪なごく普通の女の子」とあるのはいいとして、「しかし、その実態はただの変態ロリコン野郎である」と続く。

え? もしかして、いま流行りの男の娘? 「こんな可愛い子が男の子のはずがない」のフレーズが頭の中をぐるぐる。ね、ね、そうだよね、女の子だよね?けど、過去には、面と向かって話をしてさえ、男の子とは思えなかった完璧な女装子さんを何人も見たことがあるし。うーん、うーん。どっちなんだろう。

mixiだと、ナンパ目的のメッセージやらマイミク申請がどさどさ寄せられるのが鬱陶しいってことで、ナンパよけに男の子のふりをする子がよくいるし。ね、ね、そっちだよね? ま、性別なんて細かいこと気にしなきゃいいんだけど。でもやっぱり気になる。

といって、人に性別聞くのも失礼だよなぁ。さてどうしたもんか。もしかしたらID番号の写し間違え、ってこともあるかもしれないから、マイミク申請する前にメッセージを送ってみよう。「プロフィール欄をみてちょっと混乱しまして......」と言い訳を述べつつ、聞いてみる。

ほどなく返信が来て「女性ですよ〜」と。ああよかった。ような、普通すぎてちょっとがっかり、なような。女子ばかりの美術大学(って、そこしかないのかな?)の4年生だそうで。卒業制作にいそしむ日々を過ごしているそうで。なら、卒制展、見に行きます、なんてやりとりをしている。

これって、おっさんがセーラー服着て歩いたらマジにモテてるってことだよね?モテないとお嘆きの貴兄におかれましても、ぜひひとつ試してみてはいかがでしょうか。

●アートはどこに?

全体的な印象として、来場者が増えたのはいいこととして、なんとなくおとなしくまとまってきた感じ。いや、展示のレベル自体は上がっていて、真面目な姿勢で全力を尽くしてアートに向かっていく情熱を感じさせる力作が多いのは確か。けど、デザフェスって、なんでもありの、学園祭ノリのカオスなお祭りムードなところもまたよくて。

奇抜さ、異様さ、不気味さで勝負、みたいな。ここまで病んじまった変な俺を見てくれー! と絶叫しているような勘違い系アートとか。いや、私のもそのカテゴリーなんだけど。もう写真集とか出しそうな勢いの自分被写体ナルシシズム全開写真。

カオスよりも秩序が際立ったのは、服飾やアクセサリーのコーナーが特に。ファッションタウン。若い女性でにぎわっている。デザフェスの出展条件は、自分で作ったものを展示すること、ほぼそれだけ。プロアマを問わない。なので、実店舗を構えているお店が、デザフェスでも出店というケースがけっこう多いように見える。

ブースの借り賃がけっこう高い上に、そういうプロフェッショナルなところは、ちゃんとした作りの店を構えるので、設営にかかる費用はそうとうだろう。デザフェスの2日間で採算とるのは難しそうだけど、宣伝の場と割り切れば、この機会に知ってもらって、実店舗へ誘導して常連さんゲットという流れにもって行く狙いで、ペイするのでしょう、きっと。

見る側にとっても、実際のストリートで100軒以上の店舗を回ろうとしたら、足を棒にして歩かないとならないけど、デザフェスだとひとつのブースは間口が1.8mで、展示物がコンパクトにまとまっているので、たくさんの店舗を見るのに都合がよい。双方にとってメリットがあり、このエリアはアートというよりも商業区域といった感じ。いや、もちろん歩いていて楽しいのは間違いないんだけどね。

ただ、全体的に、脱力系、おバカノリだったり、病んでる系、カオス系の展示がやや勢いが衰えたか、という感じがするあたり、若干さびしい気が。デザフェス名物のオレパンダーさん、私はお会いしそびれてしまったが、今回もいらっしゃったそうで。もっと目立つように歩き回っちゃってもよろしかったんではないかなー、なんて。

naoさんという、アングラ系・サブカル系のイベントを中心に人物写真を撮っている方がいて、デザフェスではあらかじめリストアップしておいたソレ系アレ系のブースを回り、奇抜ないでたちの人々を連れ出し、ぞろぞろと引き連れて練り歩く。私ももうすっかり狙いをつけられている。今回はゾンビがテーマだったそうだけど、ゾンビでない人も、ある水準の異様さを呈していればOKってことで、引っ張り込まれる。

一人でもそうとうな強烈な人が、かき集められるとたいへん強力な集団となる。集合写真など撮り始めると、すごい数の人だかりが形成される。踊る阿呆に見る阿呆っていうけど、見られる側の快感を知ってしまうと、ちょっと手放せそうにない。

さて、結局、これぞアートだな、としみじみ思えたのはいつかというと......。2日目の午後7時にイベントは終了する。それから9時までの2時間で、撤収しなくてはならない。9時近くなり、あらかたのブースが片付き、西ホールの大きな空間が広々と見渡せるようになってくると、ライブペイントで描かれた絵が取り残されているのが際立つ。ばかでかい白い壁に二日がかりで描かれた力作の数々。見る人はもういない。あとは片付けられる、つまりは捨てられるのを待つばかり。見る人はいないけど、そこに存在しているだけの実体。作品とゴミの中間。純粋なエネルギーの結晶。

いつも思うけど、りんかい線の国際展示場駅に向かって、やけに暗く、だだっ広い空間を歩くとき、さっきまでのあの喧騒が嘘のように静寂なムードになり、深い感動が一気に押し寄せてきて、ああこれでよかったんだ、となんだかしみじみと自分の人生を肯定できる瞬間が訪れる。今回はセーラー服姿でそれを思う、48歳の初冬であった。

●おまけ:人々の反応

ツイッターで、「セーラー服」に「デザフェス」「おじさん」「おっさん」「髭」などを組み合わせて検索かけると、ざっと50件ばかりのツイートが収穫できました。

◎あー、びっくりしたなぁ、もう系。

・足キレーってひそひそ言われてる人がいたのでどんな美脚が! と振り返ったら、セーラー服姿の白髪なおじさまが...
・やけに足の綺麗な爺さんがミニスカセーラー服のコスプレしてたwww あれはアートじゃなくてテロだろwww
・デザフェスで一番衝撃的だったのはセーラー服を着た白髪のおじいさん
・おっさんがセーラー服きて威風堂々と歩いとる...っ、デザフェスあなや恐ろしい...
・剥げた髭もじゃのおじいさんがセーラー服着てた、、あれは妖精?
・ピンクのファー付の学生鞄持ってニーソで革靴でも変じゃないと言えるのか?ww RT でもセーラー服ってもともと水兵さんの服だからおじいちゃんが着ててもおかしくない
・今サンクスで頭はげてて白髪のメガネでセーラー服きたおじいさんと遭遇した。かたまってしまった

◎ぜんぜんびっくりしない系。

・セーラー服着たおじさんがいても何ら違和感のない空間
・今、セーラー服着たおじさん、というよりおじいちゃんがブースの前を通ったw That's デザフェス

◎否定はしないけど系。

・セーラー服をさりげなく着こなして颯爽と歩くオジサンが。あ、セーラー服...え?! 振り返って二度見! 違和感あるんだけどない! 似合ってたなー。って、その人有名人だったらしい
・ミニのセーラー服着たおじぃちゃんがいる。。サンタクロース並みの髭は、おさげの三つ編み。。まぁ、表現の自由だがさ。
・新宿なう。白髪のじーちゃんがスカート丈膝上のセーラー服着て歩いてるよ。いろんな意味で勇者だ...

◎肯定的な方も。

・セーラー服おじいさんなんぞwwwwwwwwwwwwwwwwかわええなおいwwwwwwwwwww
・セーラー服きたおじいさんいました。髭のピンクリボンが不思議と可憐
・セーラー服がかわいい白髪髭のおじいちゃ、、、ん?
・そういや今回のデザフェスもセーラー服じいちゃん見た、あの人見るのが楽しみでデザフェス行ってる節もある
・デザフェスで見たセーラー服着たおじいちゃんのスネが眩しすぎて、自分まだまだだと思った
・そういえば、デザフェスで眼鏡かけたおじさんがセーラー服着てて気持ち悪かったです(※褒め言葉)
・偶然の相席、なんとも紳士な方でした!
・この間某所でセーラー服を着たおっさんをはじめて生でみたんだが、その堂々した姿に思わず「生きろ、そなたは美しい」とその場でつぶやいてしまった。どんな服であれ見事に着こなされると違和感がない。ほんとに

◎誰似?

・宮崎駿みたいなおっさんがセーラー服着て亀甲縛りされてた。流石にちょっと面白かった。
・冥王レイリー風のおじいさんがセーラー服を着て歩いている((((^o^))))
・鈴木清順監督似のおじいちゃんがセーラー服着てた
・仙人みたいな長いヒゲを生やしたオッさんがセーラー服着てたでござる
・埼京線なうです。セーラー服着たおじいちゃんが乗ってきた。セーラー服に白い髭ってミスマッチね。あ、もしかして新手のサンタさん?Σ(`・ω・´;)

◎特定されとるやん。

・グロウヘアーさん縛られとるwww
・アングラ界では海外においても有名なGrowhairさんと少しお話していた。いい方
・growhairさんっていう美術家さんで、ベネチアをセーラー服で歩いてる人なんですよー
・首都のセーラー服おじいさん‥ことGrowHairさん! 見つけた瞬間に写真いいですか! と声おかけしたんですが、それをきっかけにGrowHairさん撮影大会が・・w すごくかわいい
・入場して真っ先に暗いブースみにいって、いきなりグロウヘアさん発見して、しかも公開緊縛されていたww今回はルーズソックスじゃないらしい。古いってゆわれたから今時JKみたく紺ソックスにしてみたんだって。探そうとしなくても存在感放ちすぎてすぐ見つかるww

< http://www.designfesta.com/ > デザフェスのサイト

< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/DesignFesta1111 >
ツイッターに上がっていた写真。アルバムにいただき

< http://qhoto.org > nao さんのサイト。写真多数。若干グロ注意。
今回のもまもなくアップされるでしょう

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
デザドル(←デザフェスのアイドル)。

祖国の体制に何の不満あってか、密航を企てた不届き者がおり。11月6日(日)は下北沢のスタジオにて英語の授業の第2回。生徒は真剣にアイドルを目指すリアル女子中学生・高校生9人。みんなめっちゃかわいい。講師は私。セーラー服姿なのは、単なる趣味で。始めますと言ってスクールバッグから資料を取り出そうとすると──。ぴょんと飛び出してきた茶色いやつ。ゴキやん。ささっと走ってピアノの後ろに逃げ込む。女子中学生・高校生の群れの前にゴキを放つとどんな騒ぎになるかを思い知らされる。いつ出てくるかとみんな気が気ではなく、スプレーで仕留めるまでの15分間はほぼ授業にならず。反省。成果は12月25日(日)のライブで発表されます。詳細決まったら告知します。

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■編集後記(11/18)

・森村誠一の「悪道」を読む(2010/講談社)。時は元禄、綱吉が柳沢吉保邸の能舞台で突然死、怪僧隆光と吉保は替え玉(影)の将軍を立て、関係者一同の鏖殺をはかる。伊賀者と医師の娘が逃れて奥の細道を辿り、吉保配下の忍者軍団・猿蓑衆が追う。繰り人形のはずの影が意外な政治手腕を発揮して、戸惑う吉保......。なかなか面白い伝奇時代小説だ。作者は「エンターテインメントのエッセンスであるスリル、サスペンス、スピード、多彩なキャラが競り合う人間群像、躍動する時代環境、二転三転予断を許さぬ結末、そして全編を貫く熱気など、45年の作家生活で体得したすべてを注ぎ込んだのが、この作品です」と自信満々に語る。自分で言うか、ふつう、ちょっと気恥ずかしい。「将軍綱吉の異状に端を発する権力と欲望の連鎖、そしてこれに絡むのは忠臣蔵と芭蕉の足跡──本書は森村時代小説の総決算であり、新たな出発点だ」と書評家の縄田一男も大絶賛だ。「歴史を覆す大胆な発想で、究極の悪と、人間の本性を描く」と帯にある。確かに奇抜な構想だ。吉保が悪役ではあるが、究極の悪というほどではない。人間の本性を描くなんていう堅苦しい話ではなく、ややご都合主義的な展開が続くお気楽エンターテインメント。大衆小説が対象の吉川英治文学賞第45回受賞作品である。本当の「悪道」といったら野田佳彦かもしれない。最近そう思えてならぬ。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062164868/dgcrcom-22/ >
→アマゾンで見る(レビュー3件)
< http://www.bookclub.kodansha.co.jp/100/past/morimura_index.html >
講談社創業100周年記念出版 書き下ろし100冊

・Siri続き。「24」ごっこは惨敗。たとえば「What's going on?」と、なりきって聞いてみたら、あっさりカレンダーが表示された。そりゃそうか。「We have no choice.」だと「Is that so?」とあっさりスルー。「Are you okey?」なら「We have talking about you, not me.」、「We need to talk.」は「You're certainly entitled to that opinion, Kazue.」とつれない。びっくりしたのが、「"("」と表示された時。読み方が知りたいので、Siriの音声リピートボタンが欲しいよ。Siriのカスタマイズもしたいなぁ。「24パック」「SATCパック」「ガンダムパック」「マリオパック」「ターミネーターパック」など、なんでもいいんだけど出してみたら面白いのに。あ、「I'll be back.」では「Who knew?」だってさ......。冷たいわ、Siri。優しそうな「メイド(執事)パック」が欲しくなったよ。「いってらっしゃいませ、ご主人様」でよろしく。/早く日本の情報を反映してくれないかな。交通情報、お店情報、地図(地名)などは全滅。仕方がないのでニューヨークの交通情報やレストランを聞いてみたりする。レストランだと「Sushi Yasuda」「Otafuku」などが出てきたよ。/レストラン情報元のyelp。Wi-Fi情報が載ってる!/「いって〜」をGoogle翻訳したら「Rasshaimase go, as her husband」......。「ませ」を削ると「Have a nice time」やら「bon Voyage」やら言ってくれる。(hammer.mule)
< http://www1.odn.ne.jp/haru/data-list/mark.html >
parenthesisか
< http://news.mynavi.jp/news/2007/11/10/001/index.html >
つい口に出してしまう映画の名セリフTop10
< http://www.sushiyasuda.com/ >  Sushi Yasuda。折り紙が
< http://www.yelp.com/biz/otafuku-new-york >
Otafukuはたこ焼きとお好み焼きのお店だったのか