[3167] 読者に受け入れられる(支持される)電子出版物の三条件

投稿:  著者:  読了時間:28分(本文:約13,700文字)


《お前のひきこもりを何とかしろって話》

■アナログステージ[67]
 メーカの責任と自己責任の境界線──後編
 べちおサマンサ

■電子書籍に前向きになろうと考える出版社[17]
 読者に受け入れられる(支持される)電子出版物の三条件
 沢辺 均

■デジタルちゃいろ[05]
 付帯情報としての「インド語」
 browneyes



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■アナログステージ[67]
メーカの責任と自己責任の境界線──後編

べちおサマンサ
< http://bn.dgcr.com/archives/20111206140300.html >
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こんにちは。「♪もーいーくつーねーるとーおしょーおーがーつー♪」というような感じで、あと26回寝るとお正月になってしまうという現実が、目の前にきました。あーやだやだ。今年を振り返るにはまだ早いですが、2011年の正月からまだ一ヶ月しか経っていない気がします。夏が暑かったのかさえ疑問に感じてしまったり。

そんなこんなで前回の続きです。続きというよりも、実は前回配信した数日後には、レッドゾーンを越えていた立腹指数がケロっと下がってしまい、なんであそこまで怒っていたのかさえ謎になってしまったり。もともと「怒る」という感情が薄いせいもあるけれど......。

・メーカの責任と自己責任の境界線──前編
< http://bn.dgcr.com/archives/20111122140300.html >


●数日後には膨らんだ風船が萎む

話し合いの結果、「製品評価を伴うコストダウンに繋がるのなら、イニシャル(初期費用)は掛かってしまうのは仕方ない」という、いたって当たり前の判定を某役員が出してきたので、「それならば話は変わってくるので、下請けさんに協力して貰えるように頑張る」と、パンパンに膨らんだ風船の口から、空気が一気に漏れ出して萎んだ状態になったのです。

イニシャルコストを親会社が出す、出さないで、下請けさんの動きは当然変わりますし、下請けさんにしたら、「なんでアンタんとこの仕事なのにウチが自腹で投資しなきゃいけないのよ」となるのは当然。作業工具や、ほかの仕事でも必要になる設備などは、自社(下請けさん)で賄うが、ウチの仕事にしか使わない、ほかには使えない、というものは、親会社が面倒をみるのは当然。

そこを何か勘違いして、「仕事をあげてるんだから、そのくらい自分のところで頑張りなさいよ」というのは、まったくもって筋違いの一言なのです。仕様変更に伴う出費が数万円程度なら、「継続して受注貰えるなら、まぁ、そのくらいは仕方ないかなぁ」と妥協してしまう下請けさんも、中にはいるかもしれないが、数十万単位での出費になると、さすがに「まぁ、いっか」レベルにはならないはず。いまのご時世で、そんな太っ腹な会社は、まずないでしょう。

ここで、ウチ(会社)が「一円たりとも出しません、企業努力でなんとかしてくださいね」なんて突っ張ったとしたら、下請けさんが取る行動は、出して貰えないイニシャルコストを、半年や一年で回収できるように、製品単価に上乗せするか、仕事を断るかのどちらかになる。下請けさんサイドからしたら、逃げ道はこのふたつしかないということを、某役員は全然分かっていない。

いや、分かっているからこそ、イニシャル分割上乗せをさせないために、「ついでだから、コストも下がる変更をしてね」という発言をしたのか......。うーん、姑息だ。なんだか原稿書いているうちに、怒りがまた込み上げてきた。変にムカムカするのも嫌なので、この辺の話は終わり。

●『予想を上回るかた』が世界にはいっぱい

やっとタイトルの本題? になりますが、前回の最後のほうで、メーカの安全責任とユーザの自己責任について触れましたが、ここ数年、この境界線の幅がとても狭くなってきているように感じます。製品不具合が発生した場合、これは当然メーカ責任になりますが、そうではなく、メーカが予想もしていない使いかたをユーザが行い、そこから発生した事故は、どちらの責任になるのか?というような話は、読者さんも、よく耳にしていると思います。

結局は、ニュースになって企業イメージを悪くなることを避けて、メーカ責任というよりは、『内密に和解』となるケースが殆どですが、メーカも「まさかそんな使いかたをするとは...」と納得できないところもあったりするはずです。日本国内だけでなく、世界中に出荷しているメーカさんなら、なおさら、「予想を上回る人種」がいることを痛感していると思います。うちみたいに、使用する人が限られた特殊な装置なのに、予想を上回る人がかなりいらっしゃるので、汎用だと、本当に大変だと...。

責任回避(裁判になっても負けない)のためにできることは、前回も書いたとおり、メーカサイドが、現状で可能な限りの安全を組み込むのと、マニュアル(取扱い説明書みたいな冊子)の完成度を高める、この2点がポイントとなる。しかし、先ほど書いたように、予想を上回るユーザはたくさんいる。その人たちから回避するとなると、マニュアルは辞典並みの厚さになってしまい、製品よりもコストが掛かり、本当の意味できりがなくなってしまう。

【このCD-Rで次のような取扱いは大変危険ですのでお止めください】
1:ブーメランとして遊ないでください(投げても戻ってきません)
2:お皿の代わりにしてCD-Rの上に食べ物をのせないでください
3:カラス避けに紐でぶら下げないでください。日光が反射し、危険です
4:街で笑われる可能性が高いため、CD-Rを繋げてメガネとして使用しないでください
5:CD-Rを積み重ねてベッドとして使用しないでください。崩れ落ちる可能性があります

など、本当に書き出したら大変なことになってしまう。しかし、予想を上回るかたは、ブーメランのような機能を期待して、CD-Rを公園や河原で投げてみるも、戻ってこないCD-Rに怒りを覚え、帰宅早々にサポートセンターに苦情の電話を入れたりするのだ。

「ありがとうございます、○○○お客様サポートセンターでございます」
「もしもし? 先日購入したCD-Rなんですけど、ブーメランのように投げても自分のところに戻ってこないんですけど、どうなってるんですかね?」
「お客様、大変申し訳ございません、ご購入いただきましたCD-Rでございますが、こちらは、データ記録メディアとなっておりまして、ブーメランのようにお使いいただくことはできない製品となっております」

「そうならば、なぜ取説に書いてないんですか? 期待して投げてみたのにガッカリですよ! 時間のムダですよ! なんなんスか! ハァハァ」
「申し訳ございません、今後の製品改善のため、お申し出の内容を、弊社の技術センターに報告いたしますので、お客様のご連絡先を教えていただけますでしょうか」
「もういいですよ、おたくの製品はもう二度と買いません! ガチャ」

というような、サポセンに電話するまえに119番に電話しなさいよ的な、ケースが、実はウチの会社にあったことがある。あまり詳しくは書けないのですが、完全に使用目的から外れた使いかたを試みようとしたが、動かないことに「こんな(金額が)高い装置なのに、なんでできないんだ!」みたいなクレームが技術サポートにあった。

それ以来、仕様書というか、オペレートマニュアルに、「このような使いかたはできませんのでご了承ください」という記述が数点加わったのですが、その内容といえば、「車で空を飛行することはできません」というような、なんとも気の毒なテキストをのせる羽目になった。

ハード的なことばかりではなく、ソフトウェアにも、いろいろと予想を上回るユーザさんがいるのはご周知の通りで、これも大変な思いをされているメーカさんがいらっしゃると予想いたします。

例えば、メールを書いて送るのは、利用しているユーザさんで、そのソフトを開発した会社ではない。送信先を間違えて送ってしまったり、画像や資料を間違って添付して送ってしまうのも、ユーザさんであり、ソフトを開発した会社ではない。指定したアドレスと違う宛先に、勝手に送ったりするようなバグがあるならその会社の責任になるが、自分で間違えたものを「確認アナウンスを出さないのが悪い」や、「添付を忘れたのは(間違ったのは)、メーラーのシステムとして欠落している」など、メーカの責にするのはいかがなものだろう。

ユーザが本来の製品をもとに、個々に応用した使いかたは、とても使い勝手に優れ、便利になったりする。メーカも気付いていなかった製品の裏の顔を、ユーザさんによって教えていただくことも多々ある。それを元に、次回のバージョンアップで標準仕様に加えたり、そこから発生していくアイデアもたくさんある。

『なにをとっても完璧なメーカ』というのは、今後も存在しないだろうし、ありえない。ユーザと共に育っていき、時代にあった仕様をリリースしていくのはメーカの責任でもある。なので、ネコを洗濯機で洗ったり、石油ストーブを背負って通勤するなど、都市伝説になるような使いかたは、ぜひとも避けていただきたいものです。

【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp
某ナノテク業界の技術開発屋。NDA拘束員。
< http://start.io/bachio > ←まとめ

○茶目(browneyes)さんの真似っこして、start.ioで纏めてみました ニッ/ちょっと前の後記で、「FEEDさせすぎて複雑に絡まって何がなんだか分からなくなっている状態」って書いたのですが、その後、一旦整理してみようと紐解きを始めるも、面倒になってリタイア/紐解きでひとつ気になったのが、メインのPosterousを更新すると、BUZZにFEEDかかるのだが、設定したつもりもないし、どこでBUZZが拾っているのか、ぜーんぜん分からんのです/はじめはBUZZとは気がつかず、ぐ+(Google+)にFEEDされているのと勘違いしていたり/ぐ+からはPICASAのほうに画像がFEEDされていることは分かったんだけど、PICASAにもなんでFEEDされるのか謎。設定してないんだよなぁ。調べればいいんだろうけど、これまた面倒なので放置していたり。

○記憶に残っている2週間の出来事→11月23日に、日産スタジアム(新横浜)で開催された、『ウタジアムVel.0』を観賞してきました。今回は、初回ということもあり、120名くらいの合唱参加者さんたちで盛り上げてくれましたが、数年後には、スタジアムを埋め尽くすような人数(合唱参加者)になることを楽しみにしております→野毛大道芸へ初めて足を運んでみました。大道芸よりも、商店街に無数にあるモツ焼き屋さんのほうに気をとられるのは仕方ない。軽くひと回りしたところで、そそくさとモツ焼きフィーバー。いまの生活サイクルだと、貴重な癒しの時間。

・日産スタジアムで第九を歌おう!
< http://www.nissan-stadium.jp/utadium/index.html >

・横浜の下町「野毛」公式ホームページ
< http://www.noge-net.com/ >

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■電子書籍に前向きになろうと考える出版社[17]
読者に受け入れられる(支持される)電子出版物の三条件

沢辺 均
< http://bn.dgcr.com/archives/20111206140200.html >
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出版デジタル機構(仮称)への賛同出版社が108社になった(12月5日現在)。どんな出版社が賛同しているのか? はこちらに一覧がある。
< http://www.shuppan-d.info/enterprise >

だけど、まあ、ボクはメルマでリンクを押すのがめんどうなので、一覧を貼付けると、インプレスホールディングス/勁草書房/講談社/光文社/集英社/小学館/新潮社/筑摩書房/東京大学出版会/東京電機大学出版局/版元ドットコム/ポット出版/語研/スタイルノート/青弓社/第三書館/太郎次郎社エディタス/トランスビュー/文藝春秋/平凡社/有斐閣/暮しの手帖社/東洋経済新報社/毎日新聞社出版局/日経BP/秋田書店/仮説社/大学書林/信山社出版/実務教育出版/池田書店/アールズ出版/すいれん舎/工作舎/化学同人/教育出版/径書房/双葉社/廣済堂出版/税務経理協会/白水社/翔泳社/東京シューレ出版/東京書籍/国土社/株式会社アスク/朝日出版社/みすず書房/水曜社/ベレ出版/幻冬舎コミックス/晶文社/あすなろ書房/絵本塾出版/マガジンハウス/阪急コミュニケーションズ/日外アソシエーツ/東京創元社/エイ出版社/大修館書店/エムエーピー/世界文化社/光村推古書院/PHP研究所/G.B./ブライト出版/ぎょうせい/西東社/主婦と生活社/復刊ドットコム/サンライズ出版/創元社/大隅書店/ソフトバンク クリエイティブ/学研ホールディングス/大阪大学出版会/世界思想社教学社/中央公論新社/歩行開発研究所/説話社/日本カメラ社/NHK出版/くもん出版/臨川書店/春陽堂書店/飛鳥新社/ぶんか社/白泉社/ビジネス教育出版社/長崎出版/リイド社/弘文堂/三和書籍/フォレスト出版/弘文社/白桃書房/いきいき/第三文明社/学芸出版社/東洋館出版社/TAC/家の光協会/三修社/すばる舎/みくに出版/海青社/フレーベル館/オーム社/徳間書店

じっくりみると、それなりにこの一覧は面白いと思う、よ。

で、101社の賛同申込があった時点で計算してみると、年間発行点数で25%(年間の全新刊発行点数が約8万点で、101社合計で約2万)になる。出版業界の年間売上額が約1兆8000億円で、101社の売上額の合計はその50%弱を占める。よくもこれだけの出版社が賛同してくれたものだ。ありがたい。

まだまだヤマのような課題があるわけで、全然気を抜けないのだけど、これまでのところこの出版デジタル機構(仮称)はとりあえず「成功」と言っていいと思う。

「成功」だと思うのは、出版デジタル機構(仮称)の最大の目的が「すべての出版物のデジタル化を」なわけで、そのためには、出版社がデジタル化の取組みをすることが欠かせないのだ。

もちろん、著作者にデジタル化の了解を得なければならないのだけども、それを働きかけるのは出版社以外にありえないからだ。賛同してくれる出版社が増えるこということは、著作者にデジタル化の了解を得る条件がそろいつつあるということなのだ。

さて、読者である。肝心カナメの読者に、出版界がつくった電子出版物が受け入れられなければ、いくらデジタル化できても、この取組みは頓挫する。なら、どのような電子出版の基盤をつくることが、読者に受け入れてくれることになるのだろうか?

ここでボク自身の今の考えを、中間報告しておこうと思う。Twitterでお互いフォローしてる川添歩さんとのやり取りで教えをうけたことなのだが、
1)さまざまな電子書店で買った出版物を
2)読者が自由に選んだビュワーで
3)いつでも読める
という3点が読者に受け入れられる(支持される)電子出版物の条件だと考えている。

今、アマゾンで買った本もジュンク堂で買った本も、近所の小さな本屋(J STYLE BOOKという本屋が行きつけの近所の本屋さん)で買った本も、区別なくボクの本棚に並んでいる。そして、本棚を眺めて、ちょっとパラパラとみたいときには、なんの準備も必要なくパラパラすることができる。

この状態を電子出版物で作り出すと、読者にとって、紙だ電子だの区別なく利用してもらえるようになるのではないか? とおもっているのだ。

今の電子書籍だとそうはいかない。たとえば、ポット出版がイチバン最初に電子書籍の販売をお願いしたボイジャーの本屋で買った電子書籍は、ドットブックビュワーというアプリをiPadなどの装置で立ち上げると、その中に入っている。ほかの電子書店で買うと、その書店の推奨ビュワーの「中」に入っている。

つまり、ひとつひとつのタイトルは、書店とひもづけられたトビラ付きの本棚に入っているようなもので、そのトビラを開くためにはIDやパスワードが必要、というわけだ。買った電子書店を超えて自由に並べたり、整理したりすることはできない。さらには、その本棚から本を取り出しても、こんどは装置とビュワーがなければ読めないのだ。

出版社や書店という作り手側からみれば、そのビュワーはOSがアップデートするたびに(基本的に)対応をしなければならないハズだ。OSはWindowsやMacOS、装置で言えばiOSやAndroidやWindowsなどがあり、それぞれいくつものバージョンが、様々人によって使われている。

このかけ算の答えの数だけのバージョンのビュワーを用意しなければならないワケで、APPで売っているアプリ式の電子出版物にいたっては、これにタイトル数のかけ算が加わるのだ。

こんな状態で、電子出版靴を買ったり利用したりする気になるだろうか? というのが今のボクの疑問なのだ。

ならどうする。今すぐに出版デジタル機構(仮称)がそれを解決する能力はないと思う。また、まったく違った発想の解決策が現れるかもしれない。

ボイジャーは、データを「誌面」のカタチに生成する機能をサーバー側にもって、ウェブブラウザからのリクエストのたびにそれをただ表示する、ということで、OSの違いを乗り越え、ビュワーの開発をウエブブラウザに押し付けるって方法を選んだ(ブックス・イン・ブラウザというようだ。でこれはボクの理解で足りないところがあるかもしれないけど)。

ボク自身は、これでもまだ足りないと思う。ネットワーク接続がなければ電子出版物は読めないという弱点があると思っている。これは、公衆無線LANが張りめぐられることで解決するかもしれないし、今の環境を前提にして考えれば、その解決をボイジャーのみに求めるのは酷だと思う。

このひとつのことをもっても、「すべての出版物のデジタル化」=ほんとうに読者に気持ちよく利用している環境をつくるためにはヤマのような課題があるのだと思う。

出版デジタル機構(仮称)の100社越えというのは、まだまだほんのささやかな一歩にすぎない。ふぅーーー(ため息)。

【沢辺 均/ポット出版代表】twitterは @sawabekin
< http://www.pot.co.jp/ >(問合せフォームあります)

ポット出版(出版業)とスタジオ・ポット(デザイン/編集制作請負)をやってます。版元ドットコム(書籍データ発信の出版社団体)の一員。NPOげんきな図書館(公共図書館運営受託)に参加。おやじバンドでギター(年とってから始めた)。日本語書籍の全文検索一部表示のジャパニーズ・ブックダムが当面の目標。

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■デジタルちゃいろ[05]
付帯情報としての「インド語」

browneyes
< http://bn.dgcr.com/archives/20111206140100.html >
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まるで興味のない層にとっては、現在どの程度の認知度なのか知りませんが、南亜細亜好きにとっては、特にここ数年「犬も歩けば棒にあたる」的な勢いで、イベントに行くと結構な確率で出くわしていた、インド人演歌歌手のチャダさん。活躍の舞台を日本ではなく、母国である印度に移して演歌の普及活動を始めたらしい、というニュースをTwitter経由で知りました。

□CHADHA : チャダ、インドで初の演歌コンサート / BARKS ニュース
└< http://www.barks.jp/news/?id=1000075182 >

□「演歌は日本の神髄」 インド人歌手のチャダさん、母国で普及活動 / MSN産経ニュース
└< http://sankei.jp.msn.com/world/news/111129/asi11112901210000-n1.htm >

何で話題に上がってたかというと、上記参考記事ひとつめの中にあった、現地のコンサートで演奏した曲紹介。「酒よ(インド語、日本語mix, ver)」これは多少なりとも印度に興味を持ってる人は確かに「はぁ?」となる。

□インド語で「ありがとう」ってどう言うの? From 日本人がインド人にする(?)100の質問
└< http://paraiso100.blog.shinobi.jp/Entry/1/ >
まさにこういうこと。

ワタシもここでコラム書き始めて以来何度か、「どこかの国の音楽」でも印度映画の説明で軽く触れてる通りで、印度では映画産業が言語別に分化される程複数の言語圏に分れてます。印度の憲法上、ヒンディ語は一応「公用語」とされていますが、実際は非ヒンディ語圏の印度人とネットでおしゃべりの折りに、うっかりヒンディ語圏の映画や音楽の話をすると「おれ、○○語圏だし、よくシラネ」と言われるコトも多々あります。

彼らも全くヒンディを解さない訳ではなさそうですが、極端に言うと、日本に明るくない異人さんが日本人にいきなりニンジャだゲイシャだ、などと、自分とは特に接点のない一昔前の概念的な日本ばかり論われ続けた時の感覚に近い消極的な拒絶なんじゃないかな、なんて邪推したり。

邪推はよいとして、要するに、憲法上はさておき、実際に印度全域で唯一公用語の役割を果たしているのはむしろ英語...みたいな不思議な国。不思議っていうか、歴史を振り返っちゃうと皮肉な現実なんですけどね。

そんな中、チャダは「インド語」なる造語で母語を説明してるんですね。母語...、母語...? 彼はターバンしている、つまりスィク教徒(ターバンなスィク教徒は印度の象徴...ではなく、実は少数民族)なので、彼自身の実際の母語はパンジャビ語である可能性も高いけど、さすがにパンジャビ語をイコールインド語とは言わないだろうし、イベント会場のニューデリーはヒンディ語圏だしなぁ、恐らく彼の言う印度語はヒンディ語...? なんて、インド語とか言われるとそれくらい曖昧。

このチャダの「インド語」はワタシにとっては今回の新聞記事がはじめてではなく、去年か一昨年、何かのイベントでたまたまチャダのライブに出くわした時にも、曲紹介の際に「では次の曲、1番は日本語で、2番はインド語で歌います」と言ってて、「えっ、えっ、今、インド語って聞こえたけど、ヒンドゥ語...? いやいや、ヒンドゥだったら人の意味だし、確かにインド語って言った!でも、そこはかとなく「h」が頭についてた気がする!」ってオレオレ脳内会議開くほどびっくりしました。

それくらい「ある程度精通している層」にとっては共通の「はぁ?」ではあるのですが、これは日本語の堪能なチャダさん、ボキャ貧な訳もなく、むしろ長年かけて練られた上での「インド語」なんだろうと思い至ってからはなんだかすごいわ、と、実は関心してるのです。

だって、チャダさんが相手にしなければいけないのは「印度に別段興味がない」「(ジャンルが演歌なので)比較的年配層」。とはいえ、真っ先に着目される点は「印度人(または外国人)であるということ」。

そんな中、僅かにだけ興味を持っている相手には、まずは有効に自分の伝えたいコトを受け止めてもらうのが先決。付帯情報は乱暴なくらい削ぎ落としてでも、余計なひっかかりのないレベルで。聞き手に、日本語と母語で歌うのだな、だけ理解してもらって、聴いてさえもらえれば、「インド語とは」なんていう情報はその時点ではどうでもいいし、知ってる層の「はぁ?」は、敢えてスルーするくらいの勇気は必要。

演歌歌手活動を封印してた間に、日本向けビジネスで実業家として大成功収めてるというチャダさん、その辺ビジネスセンスの片鱗なんですかね。この思い切りのよい取捨選択能力、多分どんなビジネスでも大事なんじゃないか。交渉術とかどんななんだろう。

ワタシだったら確実に、「我が国印度には公用語とされる言語がいくつあって云々〜」から始まって、それに対する国としての問題やら課題やらにまで熱く言及して横道逸れまくったりしそう。でもそれじゃ真の目的ブレブレですよね。歌始まる前にみんな立ち去っちゃうわ。

そんなチャダさん、ワタシの南亜細亜熱再燃して暫くしてから妙に目に触れるようになってて、一体なんなのかしら、世間の印度熱も高まってきてるの?とか都合よく思ってたけど、どうやらジェロの登場に触発されての復帰だったのですね。なーるほど。

恐らくチャダさんが最初の外国人演歌歌手デビューを果たした70年代は、今よりよっぽどハードル高かったかもしれませんね。反面、上手くすれば物珍しさだけでイケちゃったかもしれない。むしろ今は、(最初の扱いはどうあれ)最終的に溶け込んで行けたもの勝ちなフェーズなのかな、動向を追っかけてたわけじゃないけど、案外ジェロは溶け込みつつある気がする。

日本語で頑張る異人さんを思うに、ふと、じゃあ逆はどうよ? みたいな所に頭が行き始めたけど、その辺はここに付け足すのには長くなりそうなので、改めて次回にでも!

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■今月のどこかの国の音楽

□Nancy Ajram - Akhsmak Ah /
└< >

今回は本文が既に印度臭満載なので、ちょっとアラブに飛んでおきましょうw彼女自身結婚、出産があったこともあってか(とはいえ引き続き活動中)、最近彼女より若いアイドル登場してるらしいですが、そっちはワタシ自身がまだあまりマークしてないので、ちょい前まで独壇場だったというアラブポップス系アイドルとも言えるレバノンのNancyタンです。

知ってるPVの中でも上のAkhsmak Ahは群を抜くフェロモン、すごいです。はなぢです。Wikipediaによると彼の地でも物議をかもしたとか。はなぢなんだけどあくまで設定はカフェの女主人なんだとか、これ。欧米だったら確実に盛り場の女主人なんだけど。

□Nancy Ajram - Ya Salam /
└< >

で、上のAkhsmak Ahをステージで歌った後設定な、表舞台の華やかさと舞台裏の落差ストーリーがいい感じなPV。

いずれもこの曲と同名の、2003年リリースのYa Salamというアルバムから。アラブポップスのPVって、映画みたいにエンドロールが必ずある気がする。ピンキリだけど確かに作り込まれてるのが多いからかしら。

歌も歌声も結構好きですが、とにかくなんとも、ブスかわいいというかエロかわいいというか、単純にかわいいワケじゃないのがポイント高いですね、いい意味で。

【browneyes】 dc@browneyes.in
日常スナップ撮り続けてます。
アパレル屋→本屋→キャスティング屋→ウェブ屋(←いまここ)しつつなんでも屋。
立ち寄り先一覧 < http://start.io/browneyes >

やっと冬っぽくなってきましたね。あまりにひきこもり率の高い日々のせいか、体感温度も暖かめな日が続いたこともあって、頭では理解してても感覚的にはずっと秋を引きずり続けていました。

先日久しぶりに街っぽい所に出てみて「えっ! もうクリスマスツリー!!!」みたいな浦島現象。寒いのは決して好きではないものの、季節感や気温から色々な認識って生まれてるもんなんだと思うと同時に、だったらさっさと冬らしくなってもらわないと困るじゃない、なんて勝手に思ってみたり。いや、暖冬だろうが世間ではきちんとツリーがそびえ立ってるし、そこここで師は走ってるんだから、お前のひきこもりを何とかしろって話ですね。

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■編集後記(12/06)

・岡田秀文「太閤暗殺」を読む(2002、光文社のちに文庫化)。なにかを検索しているときに偶々ひっかかってきた、10年前の第5回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品だ。「ようやく授かった我が子・お拾にすべてを譲り渡したい......太閤秀吉は、実の甥である関白秀次を疎ましく思い始めていた。危機感を抱いた秀次の側近・木村常陸介は、大盗賊・石川五右衛門に太閤の暗殺を依頼した! 迎え撃つ石田三成と前田玄以の秘策とは?」という設定には期待がふくらむ。じっさい、非常に面白かった。本格時代劇にして本格ミステリーという謳い文句だから、脱出不可能なはずの牢から五右衛門がどう逃げ出せたのかというエピソードがミステリーなのか。それにしてはスケールが小さいと思っていたら、じつはこの太閤暗殺プロジェクトには仕掛人がいた、というのがミステリーであった。主人公の一人・前田玄以はいわば生真面目な探偵役だが、常陸介や五右衛門と相対し裏をかかれっぱなしである。だが最後にようやくプロジェクトの真相をつかむ。五右衛門の伏見城攻撃の顛末は、ミッション・インポシブル的でおもしろい。結末を明かすわけにはいかないが、史実からいえばこれしかない。読者と登場人物の殆どすべては、最後までみごとにあの男に騙されたのであった。太閤暗殺テーマでは、司馬遼太郎の「梟の城」があったがすっかり内容を忘れている。全集を開いてみると2段組で280ページもある。正月休みに読むか。/今日の読売新聞が1ページ全面を使い「巨人軍・本社の主張」なるものを掲載している。これは「広告」かと思ったら「特別面」だと。増税やTPPなどで一方的な煽り記事を書くうえに、巨人軍・読売の一方的な主張かい。どうでもいいよ、そんなこと。購読をやめたくなった。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334736521/dgcrcom-22/ >
→アマゾンで見る(レビュー2件)

・先週末にメガネの中央、鼻の上の部分がつっと折れた。ポキッでもパキッでもない。シャーペンの芯より軽く折れて、まっぷたつ。100均で瞬間接着剤(日本製)を買ってしのごうとしたが、やはり100均であった。接着部分が小さくぐらつき、安定しないので接続できず。古い眼鏡を出してきたが、微妙に今の視力に合っておらず、色で遠近が出る。ベタ塗りなのに、奥行きがあったりする。こりゃまずい。使い捨てコンタクトを持っているが、コンタクトを長時間つけての細かな作業はつらい。当日はもちろん、翌日も目や頭が痛くなる。今週末には買いに行く予定だが、よくよく考えてみると、ド近眼故にレンズは取り寄せになるはず。二週間ぐらいかかるかも。自分へのクリスマスプレゼントっつーわけですかな。アロンアルファも買ってこよう......。超薄型レンズにしても分厚くなってしまい、選べるフレームは限定される(フレームからレンズがはみ出す)。見つかったフレームが似合っていても、レンズを入れると、眼鏡の部分だけ顔の輪郭が小さくなり、目も小粒になって、全然合わなくなったりする。ケント・デリカットさんの逆バージョンさ。/目が大きくなる眼鏡の開発ってどう? メーカーさん。度は入っていないのに、微妙に目が大きく見える眼鏡。ディファイン効果(黒目が10%up)や、目が大きくうつるプリクラみたいなやつ。/眼鏡依存色収差錯視を試してみた。もう最初から色によって奥行きがある。「顔を向けた方向に蜘蛛の巣が動いて見える。遠視なら反対方向。」とあるが、逆に動くから、古い眼鏡は遠視矯正が強いってこと? 「色変化ふにゃふにゃカーペット」なんかだと、正面から見たってジャバラに見えるよ。色の変化は書かれてあるのと同じ。(hammer.mule)
< http://goo.gl/GhRzA >
Google画像検索「ケント・デリカット 眼鏡」
< http://ja.wikipedia.org/wiki/ケント・デリカット >
今のいままで「見当違い」とは知らなんだ
< http://www.sankeipro.co.jp/KentDerricott.html >
どっかの映画監督みたい
< http://acuvue.jnj.co.jp/product/define/promo/eye_proportion/ >
ワンデー アキュビュー ディファイン
< http://markezine.jp/article/detail/4789 >  120%デカ目革命
< http://picup.omocoro.jp/?eid=831 >
プリクラの「目を大きくする機能」の有効性について
< http://www.kinsi.net/kaihuku/contact.html >
そう、視野も狭くなる。眼鏡も重い
< http://www.psy.ritsumei.ac.jp/%7Eakitaoka/cabberation.html >
眼鏡依存色収差錯視