[3170] ハードボイルドだど!!

投稿:  著者:  読了時間:36分(本文:約17,500文字)


《もしも死んでしまったら一番気がかりなものはパソコンである》

■映画と夜と音楽と...[526]
 ハードボイルドだど!!
 十河 進

■ところのほんとのところ[68]
 写真表現と「日本の問題」と「東京画」と
 所幸則 Tokoro Yukinori

■歌う田舎者[28]
 愛と死を見つめて
 もみのこゆきと




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■映画と夜と音楽と...[526]
ハードボイルドだど!!

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20111209140300.html >
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〈麻雀放浪記/下落合焼きとりムービー/ケンタッキー・フライド・ムービー/アニマル・ハウス/ブルース・ブラザース〉

●「MIDNIGHT PLUS ONE」というコンピレーションアルバム

秋が深くなった頃、不思議なCDが発売になった。ジャケット写真は若き内藤陳さんである。黒々とした髪をきっちりと横分けにして、タバコをくわえ、鋭い目で何かを見つめている。ダークスーツに三角ゾーンのコントラストを強調する薄い色のシャツ、幅広のネクタイのデザインはアート作品のようだ。写真全体はセピア調である。その写真は、新宿ゴールデン街にある日本冒険小説協会公認酒場「深夜+1」の壁に何10年も掲げられていたものだった。

ジャケットの裏も同じトーンの写真だが、そこに写っているのは夜の灯りがともった新宿ゴールデン街の路地を撮影した俯瞰ショットだ。二つ折りのジャケットを開くと、さらに引いた俯瞰ショットが見開きで印刷されている。ゴールデン街の酒場群の小さな屋根が連なり、狭い路地が何本も走っている。ぼんやりした灯りが路地を照らし出し、真夜中(MIDNIGHT)というより夜明けが近いのか、青い光が写真全体を覆っている。

CDのタイトルは「MIDNIGHT PLUS ONE」である。新宿という街と「深夜+1」へのオマージュにあふれ、陳さんを励ますCDだ。それをプレイヤーにかけると、リズミカルなイントロを背景に「ハードボイルドだど!!」と叫ぶ陳さんの声が聞こえる。続いて「そこには華やかなネオンも、きらめくガラス窓も、体をすっぽりとうめられるソファもない」と早口で語る柄本明の声が流れる。それは大沢在昌さんが作詞した「深夜+1」という曲だった。

どういういきさつで大沢さんがその詞を書いたのかは知らないが、「永久初版作家」と自ら口にする売れなかった頃の大沢在昌さんを支持し続けた、日本冒険小説協会会長の陳さんへの感謝の気持ちかなと僕は思った。数年前、光文社の鮫番(「新宿鮫」を書かせた)と言われる編集者のWさんが、「なぜだか会長は、昔から大沢さんにはずっとやさしいんですよ」とつぶやいたことがある。

同じ頃、「深夜+1」で陳さんは僕に「大沢は筆が荒れない。あれだけ売れると書きとばした作品を出す作家もいるが、大沢はレベルを保っている」と言い、大沢さんから献本された「影絵の騎士」を掲げた。「それ、まだ読んでないんです」と僕は答えた。次に「深夜+1」にいったとき、カウンターの祐介くんから「これ、会長から」と「影絵の騎士」を渡された。だから、僕は大沢さんから陳さんに送られた「影絵の騎士」を今も持っている。

今年の9月17日、日本冒険小説協会30周年と内藤陳会長の誕生日を祝うパーティーで、大沢在昌さんと北方謙三さんは元々痩せていたのにさらに痩せてしまった陳さんの両脇を固め、ずっと気遣っていた。陳さんは70過ぎ、北方さんとは10歳も違わないかもしれない。大沢さんとは15、6歳の違いだろうか。それでもその二人は、まるで父親をいたわる息子たちのようだった。その様子を見ながら、大沢さんと北方さんが陳さんへ寄せる想いを僕は想像したものだ。

内藤陳さんが「読まずに死ねるか!」というコラムを月刊プレイボーイに連載し、ハードボイルドや冒険小説を紹介し始めたのは、もう30年以上前のことだ。「コメディアンが本を読むのか!!」と驚かれながら、陳さんはギャビン・ライアル、デズモンド・バグリィ、ジャック・ヒギンズらの冒険小説を紹介し続けた。「最も危険なゲーム」「深夜プラスワン」「高い砦」「鷲は舞い降りた」...、それは冒険小説の黄金時代だった。

「読まずに死ねるか!」を連載している頃、陳さんは読者に向けて「日本冒険小説協会」旗揚げの檄を飛ばした。それに呼応する全国の冒険小説ファンたちによって協会は創設され、陳さんは永世会長になった。大沢さんのデビューは1978年。しばらくは売れない新人作家だったが、大沢さんに最初に賞を与えたのは日本冒険小説協会である。北方さんも「眠りなき夜」で第一回大賞を受賞した。以来、30年の月日が流れた。

●「トリオ・ザ・パンチ」をテレビで初めて見た頃

「トリオ・ザ・パンチ」のコントをテレビで初めて見たのは、いつだったろう。40数年前だろうか。僕は小学生だったかもしれない。顎がしゃくれた細長い顔のヒョロヒョロに痩せた男が、銃身の長いリボルバーをクルクルとまわし、腰につけたホルスターにかっこよく銃を収めるはずが、外して銃が舞台に落ちる。観客から笑いが起きる。見事なガンプレイを見せた後、最後にずっこけるのである。その後、その男はキッと観客を睨み、こう言った。

──ハードボイルドだど!!

当時、僕はアメリカン・ハードボイルドの洗礼を浴びたばかりだった。「エラリィ・クィーンズ・ミステリマガジン」(通称EQMM)を読み、そこに連載されていたミステリ・エッセイに出てきた小説のタイトルをすべて記録した。ニューヨーク・タイムズの書評家アンソニー・バウチャーが言ったという「ハメット・チャンドラー・マクドナルド・スクール」とは何か、と興味を抱いた。

僕は読書ノートを作った。頁ごとに作家の名前を書き、読むべき小説のタイトルをメモした。ダシール・ハメットの「血の収穫」「ガラスの鍵」「デイン家の呪い」、レイモンド・チャンドラーの「大いなる眠り」「湖中の女」「さらば愛しき女よ」「かわいい女」「長いお別れ」「プレイバック」、ロス・マクドナルドの「人の死にゆく道」「ギャルトン事件」「ウィチャリー家の女」「縞模様の霊柩車」といった作品だった。

英語を習い始めたばかりの中学生の身で、「ハードボイルド」という言葉の意味を調べた。「固ゆで卵」と辞書には出ていたが、その出典は明かではなかった。しかし、セックスとヴァイオレンスに彩られた探偵マイク・ハマーを創り出した、ミッキー・スピレインの亜流のような大藪春彦が日本の代表的ハードボイルド作家と言われていることに納得がいかなかった。日本を代表するハードボイルド作家は結城昌治なのだ、と固く信じていた。

そんな頃、テレビで「トリオ・ザ・パンチ」という三人のコメディアンがガンベルトを付け、ときには西部劇のようなスタイルで登場し、ガンさばきも鮮やかに繰り広げるコントを見て笑った。リーダーの内藤陳という奇妙な名前を持つコメディアンは見た目のインパクトがあり、曲芸のようにクルクルと拳銃をまわした。最後には、「ハードボイルドだど!!」と決めゼリフを言った。それがギャグになる不思議なコントだった。

僕が初めて陳さんと会ったのは、それから数10年後のこと。映像作家かわなかのぶひろさんに連れていってもらった「深夜+1」のカウンターだった。かわなかさんは、陳さんが浅草で榎本健一(エノケン)の弟子として修行していた頃からの知り合いであり、日本冒険小説協会の会員だった。僕は子供の頃に見たコメディアンの陳さんに会ったというより、「読まずに死ねるか!」の筆者に会った感激に浸った。「今、オススメ本は何ですか?」と、僕は緊張して訊ねた。

●「麻雀放浪記」に出演した内藤陳さんは印象的な役だった

陳さんが出演した映画作品で最も印象的なのは、和田誠監督の「麻雀放浪記」(1984年)である。阿佐田哲也(「朝だ、徹夜」の意味ですね)原作の「麻雀放浪記」は面白いギャンブル小説だが、その主人公「坊や哲」を若き真田広之が演じた。時代は戦後すぐ。無頼な賭博師たちの世界が展開され、そんな男に惚れる女の悲劇も描かれた。一種のビルドゥングス・ロマンで、「坊や」と呼ばれる主人公が非情な大人の世界を学んでいく物語だった。

その映画の冒頭近く、上野あたりに巣くう男娼として陳さんは登場する。役名は「おりん」と言った。女ものの着物をだらしなく着て、男にしなだれかかるようにしながら、甘えたオカマ言葉でセリフを言う。しゃくれた顎、痩せてキュウリのような長い顔...、男娼としては客がつかないのではないかと思うのだが、和田誠さんの意表をついたキャスティングが当たった。登場シーンは少ないが、陳さんは場をさらう。ご本人も気に入っている役らしい。

「麻雀放浪記」で印象に残るのは、鹿賀丈史が演じた「ドサ健」である。彼が主役とも言えるだろう。根っからの賭博師であり、非情な精神を持っている。ある事件で「坊や哲」は「ドサ健」に裏切られた思いを抱くが、「ドサ健」は裏切ったなんて思っちゃいない。簡単に人を信じる間抜けな「坊や哲」が甘いのだ。ドサ健は賭けの途中で死んだ老賭博師(高品格)の身ぐるみを剥ぐし、自分に惚れている女(大竹しのぶ)を博打の元手のために売り飛ばす。

「ドサ健」は、ハードボイルドな精神を身に付けた男なのである。その非情に徹した生き方が気持ちよかった。同情心や憐れみなど、かけらもない。身ひとつで生きていく覚悟ができている。誰にも頼らないし、誰の世話もしない。僕が座右の銘にしている「甘ったれるな、手前の牙は手前で磨け」を実践し、手前の牙だけで生きている男だった。もしかしたら、彼は人肉を喰らうような地獄の戦場から帰ってきたのかもしれない、と僕は推察した。

陳さんの映画出演はそれほど多くはないのだが、個性的な作品ばかりに出ているなあ、という印象がある。数年前、陳さんと話していて思い出したのは、「下落合焼きとりムービー」(1979年)である。企画と脚本は赤塚不二夫と高平哲郎、監督は山本晋也だ。所ジョージ、タモリ、たこ八郎などと一緒に陳さんが出演し、若手演劇人だった佐藤B作や柄本明も出た。内容は、ハチャメチャなギャグ映画である。それ以外に形容のしようがない映画だった。

前年、「ケンタッキー・フライド・ムービー」(1977年)なるギャグ映画が公開され、一部ファンに大受けに受けた。その映画に注目し、ジョン・ランディスという若手監督に期待した人は多かった。彼は「アニマル・ハウス」(1978年)「ブルース・ブラザース」(1980年)と立て続けにヒットさせるが、日本で「下落合焼きとりムービー」を作らせてしまうほど、そのギャグセンスは素晴らしかったのである。

ちなみに僕はジョン・ランディスの初期三本はどれも大好きだが、「アニマル・ハウス」は特別に好きで、当時はまだ高かったレーザーディスクを購入し、笑いたくなるとくりかえし見た。同じところで笑うし、新しい発見をして笑う。ほとんど喋らない怪優ジョン・ベルーシの表情と動き、ほんの小さな仕草だけで爆笑する。文字通り、腹を抱えて笑う。ジョン・ベルーシは麻薬で早死にしてしまったが、惜しいコメディアンだった。

●自分の本を「読まずに死ねるか!」と言われた感激が...

僕のコラムが「映画がなければ生きていけない」という二巻本にまとまったのは、2006年の暮れのことだった。解説をお願いしたかわなかさんに「陳さんにも献本したら」と言われ、僕は版元の水曜社の担当のKさんに送ってもらうように依頼した。陳さんとは、かわなかさんの紹介で一度会っただけである。それから10数年が過ぎていた。僕を憶えているはずはなかったが、解説をかわなかさんが書いているので本が送られてきた理由はわかるだろうと思った。

2007年の年明け、「深夜+1」が店を開いた週の金曜日だった。僕はかわなかさんと水曜社のKさんとデザイナーのSさんの四人で打上げを行い、かわなかさんに連れられて「深夜+1」にいった。10数年ぶりの再訪である。先に入ったかわなかさんが僕を呼んだ。客でいっぱいの狭い店に入ると、「あの本の筆者ですか」と陳さんに言われ、それから後は何を話したか記憶にない。ひどく盛り上がっていた、と後でKさんに言われた。

ゴールデン街の酒場は、ひとりでは入りにくい。常連客が一緒でないと、扉さえ開けられない。陳さんと盛り上がったといっても、ひとりでいくのは勇気がいった。Kさんが陳さんに僕の本の推薦文を依頼し、陳さんから「本書を読まずに死ねるか!」というキャッチコピーをもらったというメールが入り、僕はお礼を口実に「深夜+1」にいこうと思った。そこで、30年保存していたギャビン・ライアルが出たダーバンの新聞広告を土産に「深夜+1」の扉を開いた。

まだ時間が早く、カウンターの中に青年がいるだけだった。「ボトルは?」と聞かれ、「○に十の字を描いているんだけど...」と言うとマークの由来を問われた。「名前に十が入ってるから」と答えると、「名前に十が入ってるって、十兵衛しか思い浮かばないですね」と青年は言い、あっという顔になって「もしかして、十河さん?」と問いかけられた。それが祐介くんだった。

その夜、陳さんは店にはこなかった。祐介くんによると、陳さんは僕の分厚い二巻本を一気読みしたのだという。以来、「深夜+1」の客に毎夜のように薦めてくれているらしい。その後、何度か「深夜+1」にいくと、陳さんにいろんな人を紹介され、「この本凄いから」と陳さんは僕の本を薦めてくれた。そして、3月のある日、水曜社に「日本冒険小説協会特別賞『最優秀映画コラム賞』受賞」の連絡が入った。賞に値するのか自信はなかったが、そのとき陳さんの顔が浮かんだ。

日本冒険小説協会の全国大会は毎年、春に熱海の旅館を借りて開催され、そこで日本軍大賞と外国軍大賞が発表される。特別賞受賞者ということで初めての大会参加だったし、知った人もおらず、おまけに大沢在昌さんや今野敏さんといったベストセラー作家の顔が見え、僕は緊張して宴会場の片隅で小さくなっていた。開会挨拶で陳さんが壇上に立った。片手をジーンズのポケットにかけ、片手でマイクを持ち、陳さんは口を開いた。その言葉に、僕は息を呑んだ。

──ガンに生きて、ガンでおまんま喰ってきた人間が、癌になっちまった。

●「MIDNIGHT PLUS ONE」のジャケット見開きを棚に飾った

陳さんが最初の癌の手術をしてから、もう5年近くになる。その間、陳さんは大腸癌の手術のせいで一時的に人工肛門のまま浅草東洋館で「トリオ・ザ・パンチ2008」の公演もこなした。「ガンベルトが当たって痛かったぜ」と陳さんは人ごとのように言った。歌手の渚ようこさんが取り壊しが決まった新宿コマ劇場を借り切って開催した歌謡ショーにも、若手を率いて「トリオ・ザ・パンチ」として出演した。そのガンプレイに衰えはなかった。

渚ようこさんは、ゴールデン街で「汀」という酒場を開いている。若松孝二監督や写真家の森山大道さんなどが常連らしい。壁に「俺が死ぬときはカラスだけが鳴く」という惹句が書かれた、大きな「仁義の墓場」のポスターが貼ってある。かわなかさんも「汀」の常連で、僕が本を出したときに連れていってもらった。「店に置いといて」とかわなかさんは僕の本をカウンターに置いたが、渚さんも少しずつ読んでくれたそうだ。

CD「MIDNIGHT PLUS ONE」のトリは、渚ようこさんの「実録・スケバン小唄」だった。渚さんが阿久悠作品ばかりを歌ったCDなどもよいが、「実録・スケバン小唄」を聴いていると、「あの時代」が甦りひどく懐かしくなった。渚さんの声には透明感があるし、物語のある歌だと持ち味が発揮され、映画を見ているような気分になる。池玲子、杉本美樹といった名前が浮かぶ。「あの時代」の映画のシーンが甦る。

渚ようこさんとも、9月の日本冒険小説協会30周年+内藤陳会長聖誕祭で久しぶりにお会いした。幅広の帽子をかぶった美女に「お久しぶりですね」と声をかけられ、「お店にほとんど顔を出さないで、すいません」と謝った。渚さんは陳さんのために「ハッピー・バースディ・ツゥー・ユー」を歌った。それは、マリリン・モンローがケネディのために歌った「ハッピー・バースディ・ツゥー・ユー」より、僕にはずっと価値あるものになった。

僕の部屋の本棚には「MIDNIGHT PLUS ONE」のCDジャケットを、中頁の見開きが見える形で立ててある。僕は、そこに書かれた文章を励みにしているのだ。それを見れば、もっといいものを書きたい、昔はもっと素直に書けたんじゃないか、と己を叱咤し振り返ることができる。陳さんは、僕にとっても恩人だ。下手なものを書くと、目の前で本を破られそうな怖さがある今、僕の目の前のCDジャケットには、黄金色の文字でこう書かれている。

──友 十河進へ
たのむ 会長が生きているうちに"次作"を たのむ!

会長は僕の顔を見るたびに「次作はいつ出る?」と訊く。三巻目の「映画がなければ生きていけない2007-2009」が出たのは3年後だった。次作が出るとしたら、早くても2013年明けだ。僕も出版社に勤めているからわかるが、現在出ている三巻の売れ行きが芳しくなければ、次作が出るかどうか心許ない。だから、会長、まだまだ生きていてもらわなければ困ります。癌なんかに負けるはずはありません。ハードボイルドなんですから...。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >
「映画がなければ生きていけない」電子書籍版がhontoのサイトにアップされました。年内には、小説三本がAppストアのグリフォン書店にアップされる予定です。畏れ多いことですが、志茂田景樹さんや胡桃沢耕史さんの小説と並ぶことになりそうです。先日、グリフォン書店で胡桃沢耕史さんの直木賞作品「黒パン俘虜記」をダウンロードして読みました。名作です。

●第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」受賞!! 
既刊三巻発売中
「映画がなければ生きていけない1999-2002」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2003-2006」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2007-2009」2,000円+税(水曜社)

●朝日新聞書評欄で紹介されました。
< http://book.asahi.com/book/search.html?format=all&in_search_mode=title&Keywords=%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%91%E3%82%8C%E3%81%B0%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84&x=20&y=18 >

●「映画がなければ生きていけない」電子書籍版を発売開始
honto < http://hon-to.jp/ > で検索してください。
1999年版 100円+税/2000年版 350円+税

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■ところのほんとのところ[68]
写真表現と「日本の問題」と「東京画」と

所幸則 Tokoro Yukinori
< http://bn.dgcr.com/archives/20111209140200.html >
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最近(といっても一年単位の話なのかも?)、[ところ]のブログのなかで[ところ]がヌードの作品を撮りたいと書いたらしい(Twitterで呟いたことがあったかもしれないが、ブログで書いた記憶はない)。それを読んで非常に気分を害した人がいた、という話を聞いた。

[ところ]はそれを聞いてビックリした。記憶にはないけれど、そう書いたとしても、どこに問題があるのかわからないからだ。写真家・所幸則としてのブログに、撮りたいものを撮りたいと書いて、読んだ人が気分を害する、そんなことがあるのだろうか。

ヌードという表現はギリシヤ時代まで遡る。もっともその時代は、神々という言い訳があったりするわけだけれども。人間復興、いわゆるルネッサンスという時代からは、リアルに人間そのものの美を認める動きが出て、ミケランジェロやボッテチェルリ、それ以降のあらゆる作家が人間の肉体美というものを争うように表現してきた。

なかには相当過激な作家もいるが、[ところ]の表現はそこまで過激とは思えないし、専門家達(例えばキュレーターとか)にもそう言われたこともない。しかし、世の中には、まったく違った思考をする人がいるということは認めなければならない。

例えば、イスラムの世界ではヌードは絶対に禁止だと、グーグル+で外国の人が書きこんでいたのを読んだ。宗教も絡んでくると何がいいことなのか、悪いことなのか、場合によっては正反対になるし、例えば情報統制などが普通に行われている国もある。個人個人が[ところ]の作品にしろ文章にしろ、みんな同じように判断するはずもないよね。

この件があって、しばらく写真表現についてまじめに考えてみようと思った[ところ]です。それはヌードに限らず。

ちょうど、8つの劇団が一つのお題『日本の問題』というテーマで取り組んだ演劇を見に行くタイミングだった。みんな別々のアプローチで舞台を作り上げていた。[ところ]は今まで小劇場の演劇は見たことがなかったが、この演劇を見て、今までもったいないことをしていたなと思った。
< http://nipponnomondai.net/ >

そして、8つの公演の中には[ところ]が思っていた通りの演劇というものもあれば、想像を超えたものもあった。表現の幅というのは随分広いものなんだということを実感した。好き嫌いは別として、[ところ]はもっといろいろな物をみるべきだなと思っている。

そういえば日本古来のものでは、『能』なども見たことがない。サーカス系も最近ではずいぶんテレビでも宣伝されているが見たことがないので、シルク・ドゥ・ソレイユなども見てみたい。ちゃんと調べてみようと思う。

その前に『日本の問題』の学生版もあるということなので、[ところ]はその通し稽古(?)に行ってみることにします。30代40代の脚本家、演出家たちとはまた違った、10代後半から20代前半の脚本、演出はどんなものなのか楽しみにしています。みなさんもぜひ本公演を見てみてください。
< http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=21999 >
< http://nipponnomondai.net/students/index.html >

さて、[ところ]も参加している「東京画」という、写真プロジェクトの展示が始まっています。土曜日と日曜日だけという変則開催ですので、気をつけていらっしゃってください。

12月17日の土曜日、午後2時から4時には、[ところ]も会場にいますので、気軽に話しかけてください。このプロジェクトを始めた本人、東京画キュレーターの太田菜穂子さんもいるし、[ところ]の出展作品以外の作品も見ることもできます。

◎東京画企画展 第二章「東京の住人たち、そのリズムとハーモニー」
< http://www.gallery21-tokyo.com/jp/exhibitions/2011/tokyoga_chapter2/index.html >
出展作家:大西みつぐ/尾仲浩二/オノツトム/ヴァンサン・スリエ/エドワード・レビンソン/サトウタケヒト/鋤田正義/達川清/所幸則/中野正貴/布施有輝/マイケルフェザー/ミッシェル・フラピエ
開廊日:2011年12月3, 4, 10, 11, 17, 18, 23〜31日 2012年1月1〜3, 7, 8, 9, 14, 15, 21, 22, 28, 29日 OPEN 11:00 / CLOSE 17:00
会場:GALLERY21(東京都港区台場2-6-1 ホテルグランパシフィック LE DAIBA 3F)

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >

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■歌う田舎者[28]
愛と死を見つめて

もみのこゆきと
< http://bn.dgcr.com/archives/20111209140100.html >
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♪まこ〜 げんきになれずに ごめんネ〜♪
元気になれない病気なのである。なぜなら子宮内膜症は、閉経するまで、生理のたびに悪化していく病気なのだから。

つい先日、世界自然遺産の島・屋久島に出張した。南の島といえば、やはり宝塚風クサい南洋のラブロマンスではなかろうかと、予定稿を書きかけていた。

「この島で、ぼくはずっと君を待っていたのかもしれない」
「わたしたちが巡り合ったのは、森の妖精の魔法なのかしら......」
「あの屋久杉には、縄文の昔から神様が宿っているんだ。君の願いごとはなに? 神様にお願いしたら、叶うかもしれないよ」
「願いごと? ......いやよ、恥ずかしいわ」
「いいじゃないか。聞き耳を立てているのは、もののけ姫かヤクザル大王くらいさ」
「あぁ、陽が差しているのに、雨が降って来たわ」
「この島は雨の島なんだ。ほら、虹が橋を架けた......」
「きれいね。手をかざしたら、指の隙間を通り抜ける雨が指輪みたい」
「ハニー、それはぼくからのプレゼントだよ。ごらん、木々の枝にとまる雨の粒が、ダイヤモンドのようにきらきら輝いている。あれがぼくたちのクリスマスツリーさ」

ちっ。甲斐性のない男だねぇ。雨粒の指輪なんかでだまくらかしてるんじゃないよ。そんなもん、宝石・金買い取り専門店に持ってっても、一銭にもなりゃしねぇ。ったく冗談じゃあないよ。そんなことを思ったそこの貴女、心が汚れています。反省しなさい。え、それ、わたしですか? すいません。

余談ではあるが、屋久島の電力はほぼ水力発電である。電気事業法では九州電力に電気の独占供給権が与えられている地域だが、この島だけは法の例外となっており、島内の半導体材料等製造メーカーが電力供給を行っている。ただし電力料金は九州電力より割高である。反原発の方も推進派の方も、この島の状況から何らかのヒントを読みとれるかもしれないので、勝手に研究したまえ。うふん、「歌う田舎者」って勉強になりますこと。皆さま、これでまたひとつ賢くなりましたわね。

さて、出張一日目の仕事を終えて、予約していた民宿にたどり着いた。部屋の引き戸を開けて荷物を下ろすと、隣の部屋との仕切りが壁ではなく襖である。ほほぅ、襖ですか。風流ですなぁ。襖と言えば、もちろん下張りに春本が隠されていないかチェックするのが文化人の勤めであるので、ためつすがめつ確認を行ったが、残念ながらそのようなものは発見されなかった。

......っつーか、襖ってなに! 襖って鍵もなく開いちゃうんだぜ! 隣に宿泊してる人のマヌケな寝顔を覗けるんだぜ! 隣の宿泊者が美女の匂いを嗅ぎつけて、わたしの部屋に侵入したらどーすんだ! 美女は神秘的でなければならんのだ。よだれを垂らした寝顔など、絶対見られてはならんのだ!

しかし、襖も蹴破らんばかりに暴れまわり、隣の宿泊者まで起こすという乱暴狼藉を働いたのはわたしの方であった。夜明け前から子宮内膜症の激痛がはじまり、うんうん唸りながら部屋中を転げまわることになってしまったのだ。

さて、僭越ながら、ここで君たち可愛いベイベーに、女体の神秘について、愛の性教育を授けようと思う。デジクリ読者諸兄におかれましては「えっ、子供の作り方? そんなのわかんなーい! コウノトリが運んでくるんじゃないの?」などといううつけ者はおられないと思われるが、一応耳を傾けていただきたい。

子宮というものは「精子クンは、今日お渡りになられるかしら」と、いつも準備を整えて待っている器官である。その準備とはすなわち、お渡りになった精子クンが、ふかふかのベッドでお休みになられるように、子宮内部に内膜という布団を整えておくことである。ところが、いつまでもお渡りがないと布団が古くなってしまうので、一カ月経ったら、古い布団を捨てて新しい布団に入れ替えるのであるが、これが生理である。

このような営みを毎月繰り返すなか、目出度く精子クンがお渡りになられたら、♪こんにちは〜 あっかちゃん〜♪ となるわけなのだが、精子クンをお迎えする内膜が、子宮内部ではなく、子宮筋層の中や卵巣、卵管、直腸、ダグラス窩、果ては盲腸、膀胱、肺などの間違った場所にはびこることがある。これが子宮内膜症である。

間違った場所にできた内膜も、生理のたびに剥離出血を起こすので、悪化すると出血箇所で内臓の癒着を起こし始める。子宮内膜症の症状として一番多いのが、ひどい生理痛である。

まぁ、これがとにかく痛いのだ。病気ドラマの双璧といえば、吉永小百合の「愛と死を見つめて」か、山口百恵の「赤い疑惑」ではないかと思うのだが、あんな美しい病気であれば、そりゃ浜田光夫も三浦友和も手を差し伸べるであろう。しかし、わたしの場合、狂った野獣が涙と鼻水垂らしながらのたうちまわるの図になるので、百年の恋も冷めはて、男は皆去って行くの巻なのである。

最近では生理期間以外でも激痛が起こるようになり、今回の屋久島のアクシデントで、わたしはもう半分くらい覚悟した。もうええわ! 子宮取ったる。こんなんがいつ起こるかわからんのじゃ、人生何の計画も立てられんわ!♪さらば〜子宮よ〜旅立〜つ船は〜♪

宇宙戦艦ヤマトなど歌ってる場合ではないのだが、薬で抑えることができなくなれば、最終手段は子宮全摘しかない。そりゃ子宮全摘すれば子供はできないわけだが、わたしが今さら子供など作ったら、ギネス公認・高齢出産薩摩藩一などと認定されるかもしれないではないか。そのような屈辱には到底耐えられない。

もとい、カミカゼ・ハラキリは日本人の文化であるからして、ここで一発、ハラキリくらい体験しておけば、より一層ヤマトナデシコの美しさに磨きがかかるやもしれぬ。ここは凛々しく、手術台でまな板の上の鯉になり「煮ようが焼こうが勝手にするがいい!」と、医者に啖呵を切ろうではないか。

しかしながら、肩で風切り誇大妄想ばかりほざいていると言われるわたしも、実際は気が小さくて怖がりのかわいこちゃんであることは誰にも知られていないし、わたしも知らない。本当にハラキリとなると、麻酔の注射を見ただけで、ショック死してしまうかもしれない。

もしも死んでしまったら、一番気がかりなものは、パソコンである。なぜなら、パソコンの中には趣味嗜好などの恥ずかしい個人情報がぎっしり記録されているからだ。あ、いえいえ、あたくしのパソコンにはそんなものカケラもございませんけどね、えぇ。あたくしの気がかりなのは、AMAZONで買い物するためのIDパスワードとか、twitterのアカウント情報とか、そんなレベルですわよ。

あえて、あ・え・て、恥ずかしい情報をあげるとすれば......そうでございますわねぇ、たとえば今回のデジクリを書くにあたって「四畳半襖の下張」をググりまくったので、それがブラウザのキャッシュに残されていることかしら。あとで情報を再確認するために、関連サイトをお気に入りなどに入れてもおりますわ。

もっと詳しくリサーチが必要ではないかと、あちこちネットを彷徨ったので、クッキーにも怪しげなものが記録されているかもしれません。でも、これはすべてデジクリのために調べたわけであって、あたくしの趣味嗜好なんかじゃないんですのよ。わかってますわよね、もちろん。

それなのに、あたくしの死後、パソコンを覗いた人間に「こいつ、四畳半襖の下張とか見てやんの、くくく」などと言われては、清廉潔白純情可憐なあたくし、死んでも死にきれませんわ!!

え? なんですって? お気に入りに「チャタレイ夫人の恋人」や「O嬢の物語」「エマニエル夫人」も入ってる? おーほほほほほ。古今東西の官能の名作を知らずして、文化人とは言えませんでしょう? つまらない質問ね。これだから下々のものたちには困りますわ。

え? 起動したら勝手にどこかのサイトに接続して、山のようなポップアップ画面でパソコンがフリーズした? 怪しいアダルトサイトを見たんじゃないか......ですって? んまぁ、失礼ですことよ。それは山のようなポップアップを立ち上げるためのJAVASCRIPTの書き方を、ソース表示で学んだだけですわよ。美女は美しいだけでなく、スキルアップにも励んでいるという証拠ですわ、ほほほ。

そんなわけで、死後のパソコンの始末について何かいい方法はないものか、ネットを彷徨っていたところ、このようなものを見つけた。

【自分の死後、アカウントの面倒みてくれるwebサービスについて調べた】
< http://matome.naver.jp/odai/2130301787282357401 >
【自分が死んだときパスワード等を近親者に配布してくれるサービスPassMyWill】
< http://ameblo.jp/it-help/entry-11038316538.html >
【窓の杜「僕が死んだら」】
< http://www.forest.impress.co.jp/article/2007/12/19/okiniiri.html >
【死んだ時 HDD どうするの?おまえら】
< http://logsoku.com/thread/hato.2ch.net/news/1288272434/ >

ほっほー、なるほど。facebookなどは、登録者が死んだら追悼アカウントという扱いになるとのこと。「このユーザーは○年○月○日に逝去されました。享年○○歳。合掌」とニュースフィードに現れたら、「いいね!」ボタンを押せばいいんだな......いいのか? もしかすると追悼アカウント用に「焼香」ボタンとか「読経」ボタンなどという隠しコマンドがあったら、マーク・ザッカーバーグを褒めてつかわそう。

しかし、死んでまでアカウントを残しておくのも美女の哲学に反する。立つ鳥跡を濁さず、この世の残骸は、すべて三途の川に捨てていくのが潔い死に方ではないのか。各種アカウントをすべて削除したあと、絲山秋子の「沖で待つ」的に、物理的にHDDを破壊するのが一番ではないかと思うのだが、他人に依頼して破壊してもらうというのがどうも安心できない。

ちなみに、絲山秋子の芥川賞受賞作「沖で待つ」では、主人公が、同期男子と「どちらかが先に死んだら、生きてる方が死んだ奴のパソコンのHDDを破壊しよう」と協定を結んでいたが、不慮の事故で同期男子が亡くなり、主人公が彼の家に忍び込んで、HDDを破壊するお話である。

やはり脳に埋め込んだ生命反応送信チップから信号が送られなくなったら、すべてのアカウントを削除する処理を自動で走らせたあと、パソコンと、ついでにスマホも自爆するという仕組みが一番よさそうなので、誰か作ってはくれまいか。

死後のパソコンの始末についても方向性が定まったところで、「さぁ、切れ、切ってくれ」とばかりに、雄々しく悲壮な覚悟で、別の病院にセカンドオピニオンを聞きに行ったところ、長い長い待ち時間の末に「うーん、別に切ることはないんじゃないですかねぇ。切っても治らないかもしれないし」という箸にも棒にもかからない回答が。これだから大病院の先生はイヤである。この付き合いきれない子宮をどうすりゃいいというのだ。

2011年の暮れ、ますます混迷深まるわたしの腹の中である。

※「愛と死を見つめて」青山和子
< >
※「もののけ姫」宮崎駿
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005Q4I3/dgcrcom-22/ >
※「ヤクザル大王」椋鳩十
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4861241170/dgcrcom-22/ >
※「四畳半襖の下張」大鶴義丹・村上あつ子
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000AMZ2EM/dgcrcom-22/ >
※「こんにちは赤ちゃん」梓みちよ
< >
※「赤い疑惑」山口百恵・三浦友和
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00031YCQY/dgcrcom-22/ >
※「沖で待つ」絲山秋子
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167714027/dgcrcom-22/ >

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp
働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。病気の正しい知識はお医者さんに訊ねましょう。

通勤バスに揺られながら、ハラキリするかしないか物思いにふけっていたところ、目の前に「K-POPワールド展」のポスターが。「12/3 JUNO来鹿決定!」と書いてあるが、K-POPに興味がないので誰なのかさっぱりわからない。そこでK-POP好きの妹にメールした。

「JUNOって誰だよ、有名か?」
「東方神起のジュンスの双子の兄ちゃん。鍛え上げられた肉体が売り」
「ほー。400名招待だとよ」
「そりゃ、全員と握手orハグorハイタッチありだね。行くべし。若い男に触るべし。更年期の薬飲むよりK-POP」

というメールが来た。妹よ、わたしは更年期ではないのだよ。ぷんすか。いや、しかしひょっとするとヘタな薬飲むより、若い男に触ったほうが、ホルモンバランスも整うような気がしてきたぞ。その鍛え上げられた肉体に触ったら、御利益があるかもしれん。ありがたやありがたや。......すっかり行く気になったのだが、その日は出勤日であった。うぅ、口惜しや。

くそぅ、こうなったら見境なく若い男に触りまくってやるぞ。いきなりわたしに抱きつかれた若い男の諸君。怒らないでほしい。これは治療であるからして、セクハラではないのだ。わかったな。

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■編集後記(12/09)

・ボイジャーが、Books in Browsers方式による新しい読書システム「BinB(ビーインビー)」を公開した。BinBはHTML5に対応したWebブラウザを搭載する端末であれば、パソコンでも、スマートフォンでも、タブレットでも本が読める。特定のフォーマットの読書端末を買わなくてもいいし、専用のビューアをダウンロードする必要もない。普段インターネットに接続するのと同じ環境で、すぐに読書を楽しめる優れものだ。ただしこれは「書店システム」であって、自炊データやよそで買った電子書籍をとりこむことはできないようだ。公開日は12月8日、70年前、日米開戦となった真珠湾攻撃のその日だ。そして、記念すべき最初の本が、いままで未公開だった、黒澤明・小國英雄・菊島隆三著「虎 虎 虎」準備稿と、浜野保樹著「解説『虎 虎 虎』──根本的には悲劇であることが土台だ』というみごとな企画で、これがなんと無料で読める。シナリオは膨大なもので、いまSafariで読書中だ。さて、映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六─太平洋戦争70年目の真実─」が完成し大々的な宣伝を展開中だ。太平洋戦争? その用語を冠にした映画ではすでに史観が怪しい。「それは平和への最後の戦いだった」って? どういう意味だ。「昭和史の真実が今、描かれる」だって? 監修・原案がよりによって半藤一利だって? うわー、たぶんとんでもない思想の映画になっていると思うな。(柴田)
< http://www.voyager.co.jp/hodo/111201_press_release.html >
ボイジャー新読書システムBinB 報道資料
< http://isoroku.jp/ >
「聯合艦隊司令長官 山本五十六」公式サイト

・一人暮らしやDINKSを素晴らしいと言っていたメディアは、ここ数年で一気に様変わり。少子化だもんね。でも、いろんな生き方をする人がいてもいいよね。/だいぶ前の話になったが、宝塚歌劇星組の「オーシャンズ11」と、月組全国ツアーの「我が愛は山の彼方に」「ダンス・ロマネスク」をはしご。オーシャンズ11は、派手でかっこよくて楽しかったが、もともとストーリーが単純なため、メンバー紹介と金庫破りで終わった印象。歌が頭に残らないのが残念。印象的な歌があると、帰宅時、ふとした時に頭の中で再生される。20年前の初演しか観てなくても「ル・ポアゾン」と聞いて、すぐさまサビが歌える宝塚ファンは多いと思う。個性的な星組が好き。トップの柚希礼音さんのキザり加減、ダイナミックな踊りが好き〜。舞台化粧的美人さんの少ない(ごめん)現代的な雰囲気の組。初見の人を連れていくには迷う組。団体客には良さそうとか、楽しいしこれで好きになって他の組を観たら地味に思うかも、とか、他の組が好きそうな人にこの組を観てもらっても、とか。先日発表された大量組替で、この面白い星組が縮小されそうで悲しい。って全然感想書いてないや......。映像で観るのと生で観るのとでは、光量や音量が全然違っていて別物なので、ぜひ生を怖い物観たさでどうぞ。娘役は古き良き日本女性(控えめ、寄り添う)って感じの話が多いから、男の人は好きだと思うけどな〜。(hammer.mule)
< http://kageki.hankyu.co.jp/oceans11/ >  ムービーがあるよ
< >
ル・ポアゾン。2分40秒あたりからのがメイン曲。このピエロな衣装、いまだ
に使われてるわ。いまの宝塚は多少踊りのレベルあがってるんだな......。