[3173] 不自由さの中から生まれる進化

投稿:  著者:  読了時間:21分(本文:約10,400文字)


《制限というのは本当に表現を萎縮させるのか?》

■ユーレカの日々[07]
 不自由さの中から生まれる進化
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[283]
 液晶タブレット、復活!
 吉井 宏

■ところのほんとのところ[69]
 「学生版 日本の問題」と「東京画」12月17日
 所幸則 Tokoro Yukinori



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ユーレカの日々[07]
不自由さの中から生まれる進化

まつむらまきお
< http://bn.dgcr.com/archives/20111214140300.html >
───────────────────────────────────
メビウスというフランスのマンガ家がいる。日本の大友克洋や寺田克也に影響を与えた作家であり、エイリアンやTRONといった80年代SF映画のコンセプトデザインを手がけ、今日のSFファンタジーのビジュアルの基礎を築いた人である。

フランスのマンガは大人向きで、大判フルカラー。キャラクターの感情表現に重きを置く日本のマンガと違い、絵と物語をゆっくりと楽しむスタイル。僕が大学で教えているのはイラストレーションを学ぶ学生だが、日本のマンガスタイル以外のものにも興味を持ってもらうために、毎年、メビウスはじめ、いくつかのフランスマンガを紹介している。

この人の代表作に「アルザック」という作品がある。
< http://www.google.co.jp/search?q=arzak+moebius&tbm=isch&biw=1263&bih=1230 >

1975年に発表された、8ページ×4編からなるマンガだが、この作品は宮崎駿の「風の谷のナウシカ」(マンガの開始は1982年)に影響を与えたことでも知られている。そこで授業では、まずアルザックのマンガを見せ、それからナウシカの冒頭、王蟲をナウシカが止めるシーンを上映する。

アルザックというオッサンが翼竜にのり、砂漠を飛ぶというビジュアルは、メーヴェを駆るナウシカそのものだ。コスチュームもそっくりであれば、腰を上げて立ち乗りし、低空飛行する様子、そこから飛び降りるアクション、巨大な怪物を易々と煙に巻く様子など、あのナウシカの印象的なビジュアルは、ナウシカよりも7年前に発表されたこのフランスのマンガに描かれている。

これを授業で学生に紹介すると、学生たちはびっくりし、おもしろがりながらも、戸惑いをみせる。「なぜ、これがOKなのか?」という疑問らしい。「これはパクリではないのか?」というわけだ。

実はナウシカに影響を与えたのは、アルザックだけではない。蟲と交流するナウシカは、堤中納言物語の「虫愛ずる姫」から来ているし、巨大な虫との共生関係、小国の王子(姫)が国を出て救世主になるといえば、フランク・ハーバートの「デューン/砂の惑星」まんまである。

学生たちは真似をする、パクるのがキライなわけではない。二次創作と呼ばれる、既存のマンガやアニメのキャラクターを使ったマンガをコミケで買ったり売ったり、コスプレすることには抵抗はない。しかし、どうもそういうモノは趣味やアンダーグラウンドで、宮崎アニメのような大メジャーではあってはならない、と思っていたようだ。

もともと、真似ることは文化の本質だ。ミームという言葉で説明されることもあるが、生物の進化同様、真似ることで、より優れた物を生み出す。これは自然の摂理の一つだ。

また、「学ぶ」という言葉の語源は「真似る」という説がある。昔から弟子は師匠を真似て、仕事を覚えていく。その意味は後回しで、まずは真似ることからスタートする。影響を受けることはもちろん、真似をする、似ていることは避けることはできない。

しかし、この「真似る」という、文化や文明の原理をややこしくしているのが、著作権という概念だ。

その昔、複製技術が発達する以前は、モノとアイデア、表現は不可分だった。画家は人に真似できないようなテクニックを磨き、その技法を門外不出とした。現代では料理のレシピがそれに当たるだろう。

ところが、印刷技術を皮切りに、複製技術がどんどん発達し、ここ20年のデジタルの時代になると、オリジナルと同じ物がだれでも簡単に複製、再利用できるようになってきた。映画や本をコピーすれば、オリジナルと同等の物が簡単に複製できる。紙やフィルムという物理的な制限がデジタルとなり、複製にかかるコストは限りなくゼロに近づいてきた。そうなると登場するのが海賊版だ。

商売として販売されているものの複製を販売するのは、もちろん違法だ。そんなことをされたら、商売が成り立たなくなる。僕自身、本を出したりする立場だから、それはよくわかる。

コピーが簡単になった時代、権利者がコピーされることに敏感になるのは理解できる。しかし、それと、創作物が他の作品の影響を受けるというのはまったく別の話のはずだ。

たとえば、アニメやマンガに登場するテレビや映画で、「元のキャラクターとは微妙に違う」物で表現する場合がある。クレヨンしんちゃんの劇中に登場する、アクション仮面がそうだ。仮面ライダーではなく、アクション仮面、ガンダムではなくカンタムロボ。僕が子どもの頃は、世の中はおおらかだった。ああいった「ちょっともじったキャラ」を見るたび、なんとも無駄でやるせない気持ちになる。

なぜそんなことをしなくてはいけないのか? 仮面ライダーでいいじゃないか。だれも損なんかしないじゃないか。しかし、実際には「権利関係」というやつをクリアしようとすると、とてつもなく大変な労力を強いられるらしい。

僕も以前、ペイントソフトの記事の作例として、ガンダムに登場する「ザク」を描いたものを載せていいか、と聞いてみたことがあるが、即座に「NG」と言われてしまった。

クレヨンしんちゃんが劇中で仮面ライダーを見てようが、ペイントソフトの作例がザクだろうが、一体だれが損をするのだろう? 身の回りにあるものを、そのまま描くことさえ出来ない、というのはどう考えてもおかしい。イラストやマンガの中で主人公がミッキーやリラックマのぬいぐるみを持っている、という表現ができないのは、とても不自然だ。

実際、そいういった行為は法律で禁止されているわけではないが、かといって、許可されているわけではない。十分引用の範疇で許可されてもいいと思うのだが、実際にはクレームがつく場合もあり、出版社や創作者も慎重にならざるをえないというのが実情だろう。

権利者側の考えもわかる。もし、僕自身が権利者で、だれかから許可を求められた場合、多少の引用であっても簡単に「いいですよ」と許可できるかというと、なかなかそうはいかない。

まず、そのキャラクターのイメージを損なわれるのではないかという心配。ポルノや暴力的な場面に自分の著作物を使われるのは勘弁してほしい。自分のキャラクターの知名度を利用して、売名行為を行うのも勘弁だ。

その案件では大丈夫そうであっても、ひとつ許可を出すと次々とそういう判断をしなくてはならなくなる。だから「遠慮いただこう」ということになってしまう。結果、日常で見かける、ごく普通の光景を描いて発表することすらままならない、というめんどくさいことになる。

しかし、なんでもかんでも禁止していてはせっかくの広報チャンスを逃す、ということで、最近は「二次創作ガイドライン」というのを設けるコンテンツが現れた。

初音ミクを皮切りに、アニメやゲーム系作品では、二次創作のルールを予め提示し、ファン活動に限って、どんどん露出していただこう、という考え方だ。海外では「スター・ウォーズ」がファン活動に対して寛容であることが知られている。マイクロソフトも広報キャンペーンとして行なっている。
< http://msdn.microsoft.com/ja-jp/hh298798 >

たしかにこれは、表現の自由度が増して、いいことのように思える。しかし、本当にそうなのか? ちょっと見方を変えてみよう。

アクション仮面というキャラクターは、もともとは仮面ライダーのパチもんだったのが、今ではすっかり有名になった。先に紹介したナウシカも、発想の発端はメビウスや他の作品からの拝借だが、すっかりオリジナルのキャラクター、コンテンツになっている。

そうなのだ。どちらも、著作権に抵触しないように工夫した結果、新しいコンテンツとなっているのだ。

二次創作ガイドラインのように、真似が自由になると、ファンとしてはとても楽しい。後ろめたい気分になることもなく、堂々と真似することができる。表層的にはとても活発な文化活動のように見える。しかし、その中から、ナウシカのような新しいコンテンツは生まれない。

たとえば、ガンダムという作品を見てみよう。最初のガンダムから30年。数々の続編が作られてきた。いわば、純正の二次創作だ。版権者だから、自由に引用ができる。

しかし、後から作られたガンダムよりも、ガンダムがやりたいのにやれなかった、必死で工夫して出来上がったエヴァンゲリオンやマクロスの方がずっと面白い。

同じSFアニメというジャンルを押し広げていったのは、正統なる続編よりも、他者が必死で工夫したものの方に思える。生物の進化で言えば、自然と闘い、自らを変化させ、新しい血をためらわず取り込み、適応したものだけが勝ち取ることができる繁栄。

引用、真似に対して厳しい世界は、表現において窮屈な気がする。しかし、それがゆるくなったところで、続編とリメイクと二次創作しかない世界になるだけじゃないのか。それは勘弁して欲しい。

制限というのは本当に表現を萎縮させるのか? もちろん、ナチスのように独裁者が反対意見を潰すような行為は許されない。しかし、それと著作権や社会道徳的な制限とは、根本的に違う問題。制限の中で真似をし、コピーにならないように工夫をすること。だから新しいものが生まれる。

表現の自由やら、真似やら、違法コピーやら。著作権というのはややこしい。めんどくさい。しかし、そのめんどくささは、文化にとって荒地ではなく、実は肥沃な大地なのだ。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター、成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

今年は怒涛の一年でした。表面的な事件だけでなく、あらゆることが転換しつつある、時代の大変革点にいるのだと実感。変わることへの不安より、新しい世界を体験できることにワクワクしていたい。来年もよろしくお願いします。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■グラフィック薄氷大魔王[283]
液晶タブレット、復活!

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20111214140200.html >
───────────────────────────────────
数か月前、12インチCintiqを手放したばかりなのです。液晶タブレットはビニールなどで調整しても摩擦の感触が気に入らなかったり、普通のタブレットが異様に描きにくく感じたり、そもそも12インチは小さすぎ。だんだん使わなくなってきてたんです。

ところが、液タブの代用として活用しようと思ってたiPadも、本格的に使ってみると狭い上に大ざっぱな殴り書きスケッチくらいにしか使えない。板タブ描きも相当慣れたとはいえ、液晶タブレットの早描きも捨てがたい。ラフ描きの仕事が多くなってきた先週、ついに「ポチッとな!」してしまいました。

液晶タブレット復活! WACOM DTI-520UB。アマゾンですごく安かったのに、迷ってるうちにずいぶん値上がりしちゃった。それでも激安の液タブ15インチ。
< http://twitpic.com/7rm0jc >

VGA接続なので、MacBook Proにはアダプタが必要。届いた夜に「Apple mini displayport to DVIアダプタ」+手持ちのDVI-VGA変換アダプタでやってみたら、合わなくてダメでした。翌朝「Apple mini displayport to VGA」アダプタを買ってきました。

液晶の色は「タッハッハー orz」って感じで視野角もコントラストも浅くていかにも安い液晶。本体やシステム環境設定の「ディスプレイ」で調整しても、少々コントラストを上げられる程度。色が重要な仕事はちょっと無理でしょうけど、僕的にはスケッチやラフ専用だから問題なし。

ドライバはBambooと共通。新しいドライバでは、以前の対角線上の2点から四隅の4点合わせ方式に変更されている。12インチでは位置合わせに苦労して、結局デフォルトで使うのがいちばん合ってる体たらくだったけど、DTI-520で4点合わせすると、魔法のようにほぼ全画面でカーソルとペン先がピッタリ合う。「なんだこりゃー!」って叫ぶくらいピッタリ。

今まで位置合わせにどれだけ苦労してきたことか! 従来はカーソルとペン先がずれまくって、実際のところ画面の中央部でしか描けなかったんです。完全にあってるから、ほぼ全面を使ってドローイングできる! この点だけでも今まで使ってみた液タブでいちばん快適!

デジタル出力をアナログ変換してるからかもしれないけど、画面がウニウニ細かく揺れる。まあ、耐えられないほどじゃないですが。BootCampのWindows7でもやってみたけどほぼ同様。アナログVGA端子のあるPCだったら多少マシなのかも(何か電化製品と干渉するらしい。揺れないことも多い)。

使い心地。Cintiq12インチが狭くてしかたなかったので、15インチは広く感じる。手先でちゃっちゃか描くには最適のサイズ。スタンドを90度の角度で取り付け直せば縦位置で使える。ただ、ケーブルの取り回しがウザいし、横位置でも十分快適なので、横位置に戻しましたけど。

15インチのサイズは大げさになりすぎないのでイイです。21インチや24インチのCintiqは大きすぎて専用の机を用意したり仕事場環境全体を整えなきゃいけないから。
< http://twitpic.com/7rm4e3 >

ケーブルはUSBとVGAケーブルが束ねてある。僕も以前ひもで束ねてたことあります。電源ケーブルは別で電源トランスもあります。12インチCintiqは電源トランスの他に「コントロールボックス」があって非常に邪魔だったのですが、それよりはマシ。しかし、やはりケーブルはウザい。15インチか17インチでパソコン組み込みの液晶タブレットがあったら飛びつくのになあ、と10年以上も言ってるけど。

ワコムのサイトを見ると、このDTI-520UBはすでに販売終了製品。大型Cintiqが品薄で市場にほとんどない状態が続いていて、しかたなく法人向け機種の在庫を出していたと思われる(たぶん)。大型Cintiqが普通に出回るようになってきたので役目終了かな? 後継機種や法人向け液晶タブレットはCintiqの他にもいろいろ出てます。

< http://solution.wacom.jp/products/old/dti520b.html >
< http://solution.wacom.jp/products/index.html >

ところで、DTI-520UBの画面の上下にボタンがいっぱいありますが、Macでは使えません〜〜。Windowsではスクロールや修飾キーやファンクションキーとして使えます。あと、ペンにサイドボタンがない〜〜! まあ、安いしね。

例によって、摩擦調整のためにビニールを貼ってフェルト芯で描いてます。スケッチ・ラフ用に限ってですが、超快適。休憩中に液タブで遊んでたら、なぜか仕事のラフを一個上げてしまった。こりゃいいや。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

アナログでは、「おりゃーっ!」ってラクガキするときのコピックの紙と擦れる感触が最高。アルコール性だから、水性サインペンみたいに乾いてる部分と湿ってる部分で摩擦が変化せず安定して描けるところが好き。いいニオイだし。しばらくコピックで描いてると、アルコールの揮発で酔ってくる。油性ペンやシンナーにくらべりゃ、アルコール臭は無害っぽいいいニオイですけどね。大量に描いて酔っ払って、トリップしながら描くとぶっ飛んだモノが描けるかも。

・iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」ver.2.0がリリースされました。
「長押しロール」のオン・オフ切り替えスイッチを追加しました。
「オフ」ではレスポンスが速くなるので、素早い演奏が可能になりました。
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV >
・「ヤンス!ガンス!」DVD発売中
amazonのDVD詳細 < http://amzn.to/bsTAcb >

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ところのほんとのところ[69]
「学生版 日本の問題」と「東京画」12月17日

所幸則 Tokoro Yukinori
< http://bn.dgcr.com/archives/20111214140100.html >
───────────────────────────────────
最近、ある大学のクラブの部室というところに入ってみた。ある大学というのはお茶の水にある明治大学のことだ。実はお茶の水という場所は[ところ]と縁が深い大好きなカレー屋さんがあるのだ。その名はエチオピア。実はもう一つ好きなカレー屋さんもあって、そこは神保町の方が近いがボンディという。まったく違う系統のカレーなので、非常に意見が分かれるところである。

話を戻します。じっさい大学というところには卒業後15年程経ってから、関西の大学にずいぶん講演やら、特別講義で呼ばれたことはある。なんと言っても、入試問題に[ところ]は使われたことがあるぐらいだ。大阪芸大卒業生では唯一なのだそうだ。

ただ、いつもは教務室だとか学科長の部屋、そして講義をするホールに行くだけだ。クラブの部室というのは、考えてみると大学の2回生に自分達でビッグアップルというクラブを作ったときぐらいかもしれない。

[ところ]にとって、それはもうタイムスリップのようなものかもしれない。部室に向かうあたりから既に、お茶の水にそびえ立つ明治大学の立派なビルとは関係ないような裏側に案内された。いかにも30年程前に戻ったかのような、[ところ]の記憶にある大学の部室の回りのようなごみごみとした、よくいえば味のある空間がそこには広がっていた。

[ところ]はコレコレ! と思いながら、演劇部のある路地に向かって行った。路地やその周辺からして、もう懐かしい感じ。ドアを開けると、懐かしいどころではない騒ぎようである。おおいにエネルギーを感じる[ところ]だった。その感覚は、確かに自分の身に覚えがあるのが何やら不思議だ。

たぶんエネルギーの種類が[ところ]の学生時代に味わったことのある感覚と同じだったのだろう。なんでもいい、自分がやりたいことを見つけて必死になってやる、お金を儲けるためとか、将来の安定だとか、そんなものは今考える必要などない、そんな学生時代だったと思う。10代、20代の間ぐらい、夢を追いかけよう。[ところ]はいまだに夢を追いかけてる馬鹿だから、よけいにそう思う。

今の社会は、お金でお金を儲ける、お金で有名になってお金を儲ける、そんなのばっかりで話にならない。写真家でも◎◎さんに代表されるような、お金をつかんだ人を立派な芸術家と思い込んでる人がいる。いや、そう思う人がほとんどだろう。だが、そういう写真家が日本の写真史において重要でも、世界の写真史においては重要じゃないというのが現実だ。

さて、この演劇部。パワーを見せつけてくれた学生達は、表現したいからやっている。とても純粋な若者達に見えた。彼らの中には変わって行く人もいるだろうけれど、出来る限りの多くの学生が今の気持ちを持ち続けていて欲しいとおもった[ところ]でした。

彼らのエネルギーが、「学生版 日本の問題」という演劇を素晴らしいものにしてくれることを信じて応援します。
◇慶應義塾大学・ミームの心臓
◇早稲田大学・荒川チョモランマ
◇青山学院大学・劇団けったマシーン
◇桜美林大学・思出横丁
◇日本大学藝術学部・四次元ボックス
◇明治大学・声を出すと気持ちいいの会

たまには外に出てエネルギーを吸収しましょう。本公演を是非見てください。
< http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=21999 >
< http://nipponnomondai.net/students/index.html >

●東京画 第二章「東京の住人たち、そのリズムとハーモニー」展
< http://www.tokyo-ga.org/about/ >

作家・所幸則の在廊日時は12月17日(土)14時から17時です。「東京画」を立ち上げた太田菜穂子さんも、その時間に【ところ】の別の作品24点を持って来て下さっています。そちらも実物を見られる機会は滅多になく、なおかつ、作家である所幸則本人と、太田菜穂子さんの解説も聞けるという特典付きです。

場所は、ゆりかもめ「お台場」の駅に直結しているホテル グランパシフィック LE DAIBA 3FのGALLERY 21という、都内では最高の写真を見られる空間です。ぜひ見に来て下さい。所幸則、太田菜穂子ともどもお待ちしております。
< http://www.tokyo-ga.org/topics/2011/12/08.html >

所塾で僕が指導している布施有輝くんも今回参加が決まり、展示されています。
< http://ichikojin.sakura.ne.jp/tokorojyuku/ >

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集後記(12/14)

・エッセイの書き出しに迷ったら「『広辞苑』によると」とやればいいといわれている。読んだ記憶はないが、そんなエッセイにあたったら読む方が恥ずかしい。テレビのバラエティ「ネプリーグ」でも「『広辞苑』に載っている......」という問題も定番だ。永江朗「広辞苑の中の掘り出し日本語」を読む(バジリコ、2011)。筆者は辞書を「引」かずに「読」んだ。記述を丹念に読んだ。知らなかった言葉や誤解していた言葉、グッときた言葉を選び、知らなかった言葉の中から「こころ」と「からだ」に関係のあるものを集めて、思いついたことを書くというスタイルで1ページに1篇、計158のコラムで構成している。けっこう安易な企画だが、実行には途方もない忍耐力が必要だろう。分業しないと不可能だ。ココア色の地に銀色のタイトルという装幀、1ページにケイを4本使う設計、寄藤文平の不快なイラストなどB級なデザインは好ましくないが、コラムは同感するところもあり、拾い読みしていたら全部読んでしまった。おもしろかった、とは言わないけど。一番気に入った言葉は脱力感満点の「へへやか」=のんびりと時日を過ごすさま。物事ののんびりしたさま。筆者も座右の銘にしたいという。これは知っている言葉だが、「似非・似而非(えせ)」=似てはいるが、実は本物ではないこと。まやかし。にせもの/劣っていること/悪質。一筋縄ではいかないこと。したたか。......まさにノダ総理なノダ。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4862381774/dgcrcom-22/ >
→アマゾンで見る(レビュー5件)

・「バルス」がTwitterでの秒間ツイート数記録を塗り替えたそうな。Twitterだけでなく、掲示板やFacebookなど、他のシステムも利用されただろうから、集結させればもっといったはず。ラピュタを知らない人、放送のない国の人は何ごとかと思っただろうな〜。/「へへやか」って初めてきいた。/同世代の友人らと会話する時、これは死語だよね、年ばれるな〜、などと話すことがある。「ガックリ」「ガーン」「ピンポーン」など。頼む、誰か再度流行らせてくれ。つい使ってしまうんだ。使わないようにするよりは、子供らが使ってくれた方が楽だ。出よ、死語芸人!(hammer.mule)
< http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20111214_498426.html >
「バルス」の瞬間のツイート数は秒間2万5088件
< http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20111207_496296.html
>
2011年秒間ツイート数ランキング