ショート・ストーリーのKUNI[108]知り合いかも/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,200文字)


─昼下がり、米山敏男が寝ころんでテレビを見ていると妻が玄関からばたばたとやって来た。
「あなた。お客様ですわ」
「客? だれだ」

─と言う間もなく、もうその客は前にいた。男がふたり。ひとりは頭に青いリボンをつけている。その男があいさつする。
「突然おじゃまして恐縮です。いえ、ひょっとしてこちらの方、町田洋介さんはお知り合いかもと思いまして」

─男の横にはちょっとてれくさそうに、いかにも好青年という感じの男がいる。
町田洋介。町田洋介。敏男は首をひねった。

「いや...記憶がないんですが」
「それはしかたありません。初対面ということもありますので」
「なんだ、そうなのか。ははは」

「申し遅れましたが、私は青いリボン社からまいりました。当社はひと言で言えば、お友達つくりを手助けしている会社でございます」
「青いリボン社なんて知らないが」
「知ってても知らなくても、今はみんな会員になってるそうよ。別に会員登録料もいらないみたいだし。だれかが勝手に手続きしてくれたんじゃないの」
─妻が説明した。

「ふうん」
「で、あなたと町田洋介さんは初対面でも、共通のお友達がいるんですって。ということは知り合いかも? ということになるそうよ」
「ああ、そうなのか。なるほど、友達の友達はみな友達だと、水前寺清子も歌ってたな」
「友達よ泣くんじゃないと森田健作も言ってますわ」

─町田洋介もほっとしたように笑った。青いリボンの男はにこやかに書類を取りだした。
「おふたりには共通の友人が三人おられます。亀山五郎さん、向山真一さん、吉田晴彦さんです」
「まあ、三人も共通の友人が。すごいじゃない。ねえ、あなた」



「亀山五郎。亀山五郎。亀山五郎。うーん。三回言っても思い出せないが、もう一回言ってみようか。亀山五郎。かめごろ。やっぱり思い出せない。だれだろう」
「私どものデータによりますと、亀山さんと米山さんは同じ職場におられたことがあります。今から13年前の5月から6月にかけて」

「あー、ということはモフモフ商事にいたころか。たった13年前に、一か月も同じ職場にいたのに、なんと忘れっぽいんだ。どうも失礼しました。では町田さんもモフモフ商事にお勤めですか。モフモフ商事も変わったでしょうな」
「いえ、私は亀山五郎さんのその次の次の職場であるカオス印刷会社で知り合っているそうです。隣の部署にいたそうですが、正直あまり記憶が...」
「そうですか。いや、気にすることはありません。記憶になくてもきっと友人に違いありませんよ、ねえ」

─青いリボンの男がうなずき
「まったくそうでございます。こまかいことを気にしていたらお友達はできません」
「で、次の......向山真一さんですか。その人と私はどういう友達になるんでしょう」
「あなた、覚えてらっしゃらないの」
「覚えてないんだよなあ」

「向山さんは米山さんと同じ小学校の同級生でした。ひばり小学校の1年3組。そして、その向山さんは、なんとこちらの町田さんが6年前まで住んでいたマンションの一階にあるコンビニの」
「店長ですか! 知ってます、あの人かあ」
「いえ、客の一人でした」
「知ってるわけないじゃないですか、そんなの」
「いや、そんなことはないでしょう。時々顔を合わせていたはずですから。ねえ」

─青いリボンの男はうなずき
「さようでございます。世の中、何が縁となるかわかりません。真のお友達はどこにいるかわからないのです」
「そうよ、町田さん。遠慮しなくていいのよ」
「はあ」

「じゃあ吉田晴彦さんは。申し訳ないが、この人も記憶がない」
「吉田さんは米山さんが去年、そこの駅前のショッピングセンターでボーイスカウトが赤い羽根共同募金をしていたときに100円を出して羽根をもらった、あの」
「ああ、あのときの箱を持っていた男の子! 吉田さんは子どもだったのか。いやしかし、覚えていない。どんな子だったかなあ」

「いえ、吉田さんはその元締め、もとい、ボーイスカウトの団長でしたが、その場にはいませんでした」
「道理で覚えていないはずだ! わっははは」
「何だか感動してしまいましたわ」
「でも、ぼくは...ぼくはそのショッピングセンターには行ったこともないし、赤い羽根も買ってません。ぼくにはアリバイが」
「町田さん、うちの夫と友達になるのがいやなんですか」
「いえ、まままさか」

「吉田晴彦さんはその募金の日、隣町の歯医者に行って親知らずを抜いてきました。そのとき、歯医者の前を通りかかったのが、なんと町田さんでした」
「無関係じゃないですか!」
「いやいや、これもりっぱなご縁でございます」
「世の中不思議な縁に満ちているものですわねえ」
「まるで神秘だ。そんなときに前を通りかかるなんて偶然とは思えない」
「偶然です!」

「私どもはこういった不思議な縁をお友達つくりに役立てていただくべく、全世界から情報を集め、日夜活動しております。昨今、お友達の数もやはり少ないよりは多いほうが社会的信用も増すというものでございます。米山さまは現在、お友達登録が23人ですが、ご年齢に比してやや少ないかと思われます」

「え、普通はどれくらいなんですか」
「ご職業にもよりますが、数百人〜数千人。万単位の方も珍しくありません」
「えっ」
「あなた、もっとお友達をつくらなくっちゃ」
「いや、これ以上増えると名前を覚えられないし」
「いいじゃないの、覚えなくても」
「歩いててもそこらじゅう友達だらけということになるじゃないか」

「いいじゃないの。友達だらけでも。友達の頭を踏んでいけば、向こう岸に着くわ」
「意味がわからないよ」
─そのとき、青いリボンの男の携帯が鳴った。

「もしもし...はい、私です。ただいま米山邸ですが...ええ? ...ええ? ...そうですか...はあ...」
─携帯をポケットにしまうと男は言った。
「申し訳ありませんが、今日のことはなかったことにしてください」
「ええっ?!」

─青いリボンの男はゴホンと咳払いをひとつして
「当社の運営する会では、実名登録が基本でございます。ハンドルは認めておりません。ですので、たまにそうでない方がおられるとデータがむちゃくちゃになります。たいへん困ります」
「はあ」

「失礼ながら、米山敏男というのはハンドルですね」
「ぎくっ」
「本当の名前はチャーリー・トッドマン」
「な、なぜそれを!」
「チャーリーですって?! まじ!」

「青いリボンの会をみくびらないでください。先ほどからのお話はあなたが米山敏男さんという前提でしておりましたが、こうなっては意味がありません」
「全然似合ってないわ。そんな名前」
「ぼぼぼくの立場はどうなるんです」
─妻はぼうぜん、町田洋介はうろたえた。

「私が知るわけないじゃないですか。とりあえず本部に戻りまして、米山敏男に関するデータは抹消させていただきます。失礼っ」
─男は憮然として出て行った。町田洋介はそそくさと身の回りをかたづけ
「あの、ぼくもこれで失礼します。結局何のつながりもなかったようですし。これは、あの、手みやげとして持ってきましたので、よかったら」

「これは私の好物のかまぼこセット『かまぼこちゃんセット』だ。なんで知っている」
「米山さん、じゃなかったチャーリーさんの買い物履歴はだれでも見ることができますから」

─町田洋介は安物そうなかまぼこのセットを置いて帰っていき、あとには夫婦だけが残った。部屋の中は何と言えばいいのか何とも言いようのない空気が充満していた。

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多くの人が感じているように、今年は濃い一年だった。あれも今年だったのか、これも今年だったのかと信じられない気がする。(何かに)ふりまわされそうな中で必死でもがいていたような。ツイッターは情報収集の手段としてはすぐれていると実感できた。