ネタを訪ねて三万歩[83]卒業制作の自費出版レーベル/海津ヨシノリ

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11月中旬の朝方、東京工芸大学へ講義に向かう途中の小田急線で人身事故に遭遇しました。正確には、私の乗車していた準急の前を走っていた急行への飛び込み事故だったのですが、きっかり一時間車内に閉じ込められました。もっとも、これは冷気が車内に入らないようにという乗務員の配慮です。

しかし、問題はそんなことよりも、多くのサラリーマンたちが携帯電話を使い始めて、蜂の巣を突いたようなすごい騒ぎに。都心であれば振替で目的地まで向かうことが出来ますが、それが出来ない状況ではどうしようもありません。基本的に、私はなるようにしかならないと思っているので、静かに本を読んで時間を潰しました。

もちろん大学には30分の遅刻となってしまいました。計算が合わないのは、その後の乗り換えなどのタイミングがズレたりすることも影響していますが、私の癖で何事もなければ一時間前に到着するように家を出るからです。

特に都心から離れるような場合、いつも最低一時間は余裕を持って出かけるようにしています。何事もなく早く着いてしまったら、近隣を散歩しながら写真を撮ったりするので、特に困ることはありません。

もちろん、雨の日はどうしようもありません。少々不謹慎かも知れませんが、このように予定が狂うことによる新しい発見が生まれることを楽しんでいたりします。これは予定ではなく想定と言い換えることも、当然出来るわけです。

いい意味で想定が狂う例として、引き合いに出してしまうのが失礼な話なのですが、昨年から関わっている多摩美術大学造形表現学部デザイン学科デジタルコミュニーションコースの、今年の卒業制作がまさにそれでした。

私が今年担当したのは3名。そのうちの1人である宮崎希沙さんが、面白い卒業制作をやらかしてくれましたので紹介させて下さい。実はあとの2人もユニークかつ意欲的なアニメーション作品でしたが、これは作品が公式公開された時にでも紹介したいと思います。



自費出版レーベルMESS
< http://www.mess-pressed.com/ >

宮崎希沙さんの卒業制作は、自費出版レーベルMESS。実際に良質な作品を産み出している作家たちと、綿密なコミュニケーションを重ねることにより、作家自身が納得できる本(カタチ)を作り出し、それらを実際にオンライン上で出版・販売しています。

作家が提示した限られた予算の中で、デザインや装丁、発行部数を相談のうえ決定し、必要であれば作家のアシスタントまで行い、部分的には完全な手作りに徹するなど、従来の出版のイメージを根底から覆した意気込みがとても素敵です。

今回、宮崎さんは卒業制作という縛りの中で出版社側(宮崎さん自身)の利益はゼロとして作業を進めていました。ですから、今後の課題は利益をどう乗せていくかということ。薄利多売となってしまうわけですが、そのためには様々な企画が沢山舞い込むことが前提です。

「ご予算に応じてどんなカタチでも頑張りますよ」という出版社を想像すると、なんだかとってもワクワクしてきませんか? 小回りのきく町の印刷屋さん的なこの小さな出版レーベルMESSを是非応援して下さい。2月に行われる卒業制作学内展でも販売が行われるそうです。その際は改めて告知させて頂きます。

とにかく、印刷世界はかなり危機的な状況に入っています。これはマスで処理されていた、従来の印刷物からの脱却が遅れてしまったことにも起因しているように感じています。誇大妄想のEPUBだけが要因ではないのです。

私もそうですが「本のぬくもりが素敵」などと言っているのは空気の読めない大人達だけ。若い人達の価値観は常に早いスピードで変化しています。大切なのは、世の中が少数派のための世界に変化したことを、多くの人がまだ理解出来ていないことです。

例えば「50部だけ発売したい」という要望を、ビジネスとして消化できれば良いだけなのです。その対応策の一つがオンデマンド印刷。ところがPRがどう考えても不足気味と痛感しています。

「どこで頼んだらよいのか?」という入り口捜しで終わってしまう案件が多いと感じています。まずどこで対応してくれるのかがはっきりと分からなければ、誰も依頼などするはずもありません。何かを気長に捜し、対処出来るような時代ではなくなっているのです。

時間はますます重要なポイントとなっているわけですから、無駄な時間は絶対に作りたくありません。だからこそ、年々時間を稼ぐという言葉が重くのしかかってきます。時間を稼ぐという意味では、Amazonでの買い物はとてつもなく私の行動に貢献しています。ほとんど依存症と言われるぐらい活用していますので、それ以前に利用していた店には本当に申し訳ないと痛感しています。

でも、慣れてしまったらこの便利さを捨てることは出来ません。もちろん、実際に手に取ってみないと分からない本というものは存在しています。しかし、それは本当にとてつもなく大きな専門店にでも出掛けないと、絶対に探し出すことは不可能です。だとすれば、ネットでもOKかな? という気がしています。

例えば、今や買い物はスーパーマーケットかコンビニで、食品類も含めて日常必要な物はすべて事足りてしまいます。しかし、かつては東京ですら、野菜などはトラックでの移動販売が普通という時代がありました。その移動販売的な小回りが、これからは印刷関係にも求められているのではないでしょうか。

そう考えると、宮崎さんの自費出版レーベルMESSは一つの方向性を出してくれているような気がします。もちろん、まだまだ改善すべき点はあるのかもしれません。でも、とにかく法外な料金を取ることで社会問題となっていたかつての自費出版も、この方向であればリーズナブルかつ著者の納得のいく形での出版が可能です。これからは「100部出版だとこれだけ割高になりますよ」ではなく、「100部で予算がこれだと、このような形が可能です」の世界ではないでしょうか。

ちなみに、昨年担当の学生も実にユニークな作品を作り上げてくれたのですが、ここで紹介するのを忘れてしまいました。ということで、懲りずに今後も面白い作品を創り出した学生が現れたら、積極的に紹介していきたいと思います。

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■今月のお気に入りミュージックと映画

[Que sera sera]by Doris Day in 1956(U.S.A)

日本生命が綾瀬はるかさんを起用して放映している、CMシリーズの中で使われていますね。オリジナルのドリス・デイ版が使われているのがナイスです。もちろん、オリジナルは1956年のヒッチコック作品『知りすぎていた男』の劇中歌ですが、ラストで重要な意味を持っています。

とにかくパワフルな歌唱力に圧倒されますが、私はこの曲を聴く前に日本人のカバーを先に聞いていたので、大嫌いな曲の一つでした。思い起こせばテネシーワルツもそうでした。とにかく違和感が先行して大嫌いになってしまったわけです。

しかし、物心ついたときにオリジナルを聞いて、ショックを受けたことを今でも覚えています。それほど日本人のカバーは雰囲気が台無しだったわけです。もちろん、それは私の感覚なので、実際に歌っていた歌手を否定しているわけではありません。とにかく「ケ・セラ・セラ」が永遠の名曲なのは確かですね。

[Fantastic Mr. Fox]by Wesley Anderson in 2009(U.S.A&UK)

邦題「ファンタスティックMr.FOX」。ロアルド・ダールの児童文学『父さんギツネバンザイ』を原作とし、ウェス・アンダーソンが初めて監督したアニメ作品。しかも、CG時代にあえて挑んだこだわりのストップモーション・ピクチャーというのが新鮮。撮影期間2年、総カット数125,280。

土の中で生活するすべての仲間(動物)たちは、野性の本能と誇りをかけて偏屈な人間達に戦いを挑む話が新鮮。なによりストップモーション・ピクチャーならではの味わいは必見です。

CG作品も嫌いではありませんが、チープにまとめられてしまっている作品が多いのも、否定出来ない現実。そんな中にあって、この作品は燦然と輝いています。声優陣もジョージ・クルーニー、メリル・ストリープ、ジェイソン・シュワルツマンと半端ではないです。更に野外録音という手法で得た、ナチュラルな音源を活用するなど、かなり意欲的な試みが随所で行われています。

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■アップルストア銀座のハンズオンセッション

2012年1月16日(月)18:30〜20:00 Apple Store Ginza 
ハンズオンセッション第8回 Hands on a Macとしての画像処理セッション
『海津ヨシノリの画像処理テクニック講座Vol. 62』
Adobe Photoshop CS5の可能性、及びイラストレーション手法としてPhotoshop
のブラシ機能のインタククティブ性について整理してみます。なお、ハンズオンセッションは予約制で申し込みに関してはAppleに一任しています。


【海津ヨシノリ】グラフィックデザイナー/イラストレーター/写真家/怪しいお菓子研究家

学生がかなり頻繁にBlogをチェックしているらしく、「最近お菓子作っていないのですか?」などと突っ込みが入ることが多くなってきて、少し焦っていたりします。そういえば、今年は何故か担当コース外の4年生からの卒業制作の相談などが多く、これまた不思議な感触を得ています。

もっとも、コース外の先生に相談するなんてことは私の時にも行っていましたので、むしろ最近の学生さんは律儀なのか温和しいのかよく分かりませんが、妙なことを気にし過ぎる傾向がありますね。ちなみに、今年の卒業制作審査も既に終了しました。審査後の飲み会はまた格別ですね。

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