私症説[34]サンドヰッチマン/永吉克之

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私は来月56歳になる。大の字に寝転んでいやだいやだと駄駄をこねても56歳になるものはなる。日本人の平均寿命が男性56歳、女性487歳だから、順当に行けば私は来年の3月までには死ぬだろう。

「死」については道理を悟っているつもりだったが、その茫洋たる影が地平線の彼方に姿を現す距離になると、気もそぞろになる。しかしそれは恐ろしいからではなく、自分のこれまでの人生にまったく満足していないからだ。東京ディズニーランド(※)でほとんど何のアトラクションも楽しまないまま閉園時間が近づいてきたような気分だ。
(※ユニバーサル・スタジオ・ジャパンもしくは枚方パークでも可)。

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200社以上の求人に応募したが1社にもひっかからなかったという、思わず眼をそむけたくなるほどムゴたらしい実話がある。その人が履歴書を買うのに投じた大金が、メモ用紙にしかならない紙に変わってしまったことを考えると胸が痛む。履歴書破産という言葉が流行語大賞を受賞する日は近い。

企業なんてものはみんな、個人のエゴが拡張されることによって出現した伏魔殿なのである。その企業にとって何の利益ももたらさないことには眉毛一本動かさない。そんなものに振り回されて一度しかない人生をスポイルしてはならない。

企業に雇用されてする仕事だけが仕事だという考えを棄てないと、現下の経済状況では遠からず死ぬると思ったので、個人事業主、つまり自営業者として生活の糧を得る道を暗中模索しながら五里霧中を彷徨った。それを存命中に実現することができれば、まあ終わりよければすべてよしと、不敵で素敵な薄笑いを浮かべながら頓死できるかもしれない。

そこで私は自営のサンドヰッチマンを生業にしようと考えた。「おいらは賛同一致マン」という、イムパクトがあり、かつ示唆に富んだキャッチも既にできている。といっても、街中でよく見かけるサンドヰッチマンは念頭にない。彼らは店なり企業なりに雇われているわけで、自営業者ではないからだ。




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自営業としてのサンドヰッチマンというのは、作詞作曲、歌、伴奏、ステージ設営、チケット販売、ダフ屋を全部ひとりでやるミュージシャンのようなものだ。つまり、広告主を探して注文をもらったらプラカードをデザイン、製作して首から提げて歩く。それらをすべてひとりで行う。それがこの大不況時代のサンドヰッチマンのあるべき姿なのだ。

売り上げが伸びれば、広告主からの注文も増えて、自分の稼ぎも増える。だから、雇われサンドヰッチマンのように、プラカードをぶら下げてはいるが、イヤフォンでラジオの競馬中継を聴いているというわけにはいかない。知恵を絞って通行人の視線を集めようとするだろう。

だから芸のある人は有利だ。ギターの弾き語り、ジャグリング、アクロバット、角兵衛獅子、ろくろ首、眠り男、タコと人間の混血女、燃え盛る建物からの脱出など、人目を引く大道芸を持っていれば宣伝効果は倍増する。

広告も従来のようにローカルな遊興施設や店舗ばかりではなく、一流企業の広告も担当できるようにならなければサンドヰッチマンの地位は向上しない。私の当面の目標はソフトバンクだが、いずれは、JRやトヨタ、国土開発、王子製紙、NATO、シーシェパード、パンダチーズ(※)などにも営業をかけようと考えている。
(※)< >

サンドヰッチ「マン」というくらいだから動かなければならない。憂愁の面持ちでその場にじっと佇んでいるサンドヰッチマンをよく見かけるが、立っているだけなら茶柱でもできる。多くの通行人に広告を見てもらいたいのなら、できる限り広範に歩き回らなければならない。それに、繁華街ばかりを歩いていてはダメだ。人は都会だけではなく、山奥にも離島にも住んでいるのだ。

私の夢は、鉄板に一流企業の広告を彫り込んだプラカードを提げて鳥取砂丘を歩くことだ。ずっしりとした鉄の重みで足をくるぶしまで砂に埋めながら歩く。サンドヰッチマンとしてこれ以上の喜びがあるだろうか。何とか寿命の尽きる前に実現させたいものだ。

この計画をここで発表したために、雨後の筍のように模倣者が次々と現れてくるだろう。私にもう少し余命があれば隠密裏に計画を進めてパイオニアを目指していたはずだが、もし志なかばで倒れたら誰かに引き継いでほしいとの願いから、敢えて明かした。

近い将来、世界中の街や村で、農耕地や干拓地で、ジャングルや地底でサンドヰッチマン、いやサンドヰッチメンの姿を見ることができる世の中が来ることを願ってやまない。

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サンドヰッチマンの将来像を描いてみたが、私にはひとつだけ守りたい、過去からの遺産がある。それは《サンドヰッチマン》という呼称の由来となった、その様式だ。

プラカードはあくまで、体の前と後ろに提げる。最近では手に持ったり、オリンピックで選手団を先導するネーちゃんたちのようなスタイルでプラカードを掲げるサンドヰッチマンが多いが、そのせいで「サンドヰッチ」のイメージが薄れて「プラ持ち」という身も蓋もない呼称が生まれてしまった。

そして、山高帽に燕尾服。現在ではこの伝統を守っているサンドヰッチマンにお目にかかることはない。だいたい服装に気をつけているサンドヰッチマンがいなくなった。サンドヰッチの中身が穴の空いたジーパンと踵のすり減ったスニーカーでは、そんなもの誰が食べようと思うだろう。

無闇に過去を拒絶しても新しいものは生まれない。いくら新しいものを創造するといっても、目玉を四つにしたり、乳房を膝につけたりはできない。天から授かったものを使ってやり繰りするしかない。

というわけで読者諸賢には、サンドヰッチマンが山高帽に燕尾服という様式を踏襲するしかないという、抗い難い理(ことわり)をご理解いただけたと思う。

【ながよしのかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
ここでのテキストは、ブログにも、ほぼ同時掲載しています。
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