ショート・ストーリーのKUNI[111]キチュキチュ/ヤマシタクニコ

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2011年もあとわずかというころ、やっと丹波くんは地デジ対応のテレビを買った。もちろん、液晶の薄型だ。もちろん紅白歌合戦を見るためだ。

電気屋が新しいテレビを運び込み、かわりに古い29型ブラウン管テレビを処分するために持って帰った。テレビ台はとりあえず古いのをそのまま置いといたので、その上で液晶テレビはすかすかと涼しげに存在している。冬なのでもともと涼しいけど。

丹波くんはじっとその様子を見ていたが、はっと気づいた。
「そうか。そういうことだったんだ」
丹波くんは部屋のコーナーにでんと位置するテレビ台の前に立ち、ぴかぴかのテレビを見下ろして言った。

「テレビをブラウン管方式のごついテレビから薄型に変えたら、こんなに空きスペースができた。見ろ。テレビの後ろには広大な三角形の空間が。測ってみよう...幅75センチ、奥行きはだいたい60センチ...三角形の面積は底辺×高さ÷2だから、75センチ×60センチ÷2...推定面積約0.225平方メートル!」

丹波くんはやおら振り向いた。まるでだれかそこにいるみたいに言う。
「たったの0.225平方メートルか?ってか? 確かに、0.225平方メートルくらいどうしたと言われるかもしれないが、日本全国でこのような現象が起きているのだ。日本全国の世帯数およそ5000万。そのほとんどにテレビがある。




一家に一台とは限らないが、反対にテレビを持ってないところも中にはあるだろう。地デジ政策に腹が立つからこれを機にテレビとおさらばしたという家もあるだろう。もちろんおれもそうしたかった。まったくひどい。なんでお上にテレビを買い換えろなどと指図されなきゃならないんだ。

それに従うおれはあほだまぬけだ根性なしだ。うどんで首くくって死ねと言われてもしかたない。テレビを買い換えなきゃブラックジャック全巻揃いも買えたのに。いや、話がそれた。おれが言おうとしてたのは何だっけ。

あ、そうだ。テレビを買い換えた世帯はおよそ、とても控えめに見積もっても半数の2500万世帯はあるんじゃないか。つまり、おれの家と同じ現象が2500万世帯に起きている。てことはつまり、0.225平方メートルの2500万倍の空きスペースがこの国に生まれたはずなのだ!」

丹波くんは次第にエキサイトしてきた。冷や汗がしたたる。
「こ、これはもしや政府の陰謀では」

これを宇宙のはるか彼方から見ていたのがキチュウ星大統領補佐官だ。補佐官はモニタ画面から視線をはずすとにんまりと笑って言った。
「閣下、チャンスでございます」
「何のチャンスだ。補佐官」

「以前からわが星では生息可能な土地が狭すぎて移住できる場所を探していたではありませんか」
「おおそうじゃ。キチュウ星は小さくてキチュキチュだからな。しかしなかなか見つからないのでもうめんどくさくなってあきらめておった。やっぱり冬もぬくぬくしててまわりに何でもそろってる便利なところとなると、そうそうないようだ」
「それが、あるようです。地球に...」

丹波くんは大学の先輩の山城さんとカップラーメンを食べながら話している。
「というわけで、やばいと思いませんか、先輩!」
「たしかにやばい」
「政府はとっくのむかしにエイリアンと手を組んでいたんです。彼らのためにスペースを提供する約束をしていたんですよ」

「そういうことだな。おれも地デジはおかしいと思ってた。エコポイントも不自然すぎる。やっぱりこの政策には」
「裏があったんです!」
「まさしく。これで何もかも納得できる」

「すでに政権中枢部はエイリアンに占められているのかもしれません」
「当然だ」
「だいたい考えてみてください。テレビ買い換えでできるスペースが日本全国でいったいどれくらいになるか。0.225×2500万というと5625000平方メートル、これは...甲子園140.625個分なんです!」

「広っ!」
「大阪市阿倍野区が5.99平方キロメートル、西区が5.2平方キロメートルですからその間くらいです」
「それだけのスペースがそっくりエイリアンのものになるのか。ううむ。おれたち国民が何も知らないと思ってそんなプロジェクトが進められていたとは」
「これは阻止しなければ大変なことになります!」

キチュウ星ではさっそく地球に向けて先遣隊を送り込んだ。小型スペースシップに何人も、キチュキチュに詰め込んで。

「隊長、ほんとに、地球には空きスペースがいっぱいあるんでしょうね」
「補佐官が言うんだから確かだろう」
「うれしいなあ。広々した新天地でのんびり暮らせるんだ」
「もうきょうだいが多いからって引け目を感じなくていいんだ」
「もう5段ベッドでキチュキチュに寝なくてもいいんだ」

「地球ばんざい!」
「♪ちきゅうよいとこ一度はおいで わ、わ、わ、わ〜〜」
「でもさ。うわさなんだけど、地球を定点観測してるカメラ」
「うん?」
「たった一個所にしかつけてないらしいよ。それも、なんでそんなとこに設置したのか意味不明な場所だとか」
「えっ」

カップラーメンを半分くらい食べた山城先輩は言った。
「ひとつ気になることがあるんだ」
「なんですか」
「ブラウン管テレビをどけたあとのスペースなんだが」
「ええ」
「みんなそのままにしてるのかなあ」

「してるんじゃないですか?」
「そうかなあ」
「現にうちはそのままですし。先輩とこは?」
「うちもそのままだよ。ぽかっと空いてる」
「じゃあそれでいいじゃないですか」
「そうだなあ」

ふたり、ふとお互いを見つめた。
──沈黙。
「だれかほかの人に聞いてみますか」
「うん」
「鴨川先輩あたり...」
「おお」

「もしもし...おひさしぶりです。ごぶさたしてます。丹波です。はい、はい、その節はどうも、あ、はい、いや、あの、それはぼくじゃないです。ぼくは割り箸に仏像の彫刻するなんて、そんな...で、あの、今日お電話したのはですね」
──電話が終わった。

「鴨川先輩はとっくの昔に50型の液晶テレビに買い換えてまして」
「うん」
「それを機にリビングを超おしゃれに模様替えして壁面は最大限活用、テレビは壁に並行に配置してるそうで、別にテレビの後ろに空きスペースはないと」
「やっぱり」
──沈黙。
「京極先輩にも聞いてみましょうか」
「おお」

「もしもし...京極さんのお宅でしょうか。わたくし、丹波と申します。大学時代にお世話になった、あ、はい、ご主人はお出かけ...はい、あ、いえいえけっこうです、その、大した用件ではないのでまたかけ直します...え、私のことをご存じで...あ、違います違います、私はネパールには一度も、ええ、ええ、いえ、スリランカも...わはははは、金魚をおかずにしたりしませんよ...で、その、先輩にお聞きしたかったのはですね、あ、はい、いや、もちろん、ぜひそのうちお伺い...あの、えっと、地デジで、いえ、地デジです、地デジ」

──なんとか電話が終わった。
「京極家ではとっくの昔にテレビはなくし、必要なときはパソコンで見ているそうです。とても快適よ、とすすめられました」
「そうか」
──沈黙。

「ひょっとしておれたちだけなんですかね、テレビのうしろをぽかんと空けてるとこって」
「ひょっとして、そうなのかなあ」
「よく考えると、部屋の大幅な模様替えってしたことないし...」
「おれも」

そのころ、既にキチュウ星の探査船は地球に到着。乗組員は地球の各地で移住可能なスペースを確認していた。各地といっても丹波くんの近所だけなのだが。

「おかしいなあ。地球のあちこちに空きスペースができてて、地球人はそれをもてあましてるって話じゃなかったですか、隊長」
「そう聞いたけどなあ」
「全部でコーシエン100個分くらいとか。コーシエンって何か知りませんが」

「定点観測モニタを通したレポートではではそうなってるらしい」
「でも、どこの家もびっしりと家具を置いてます。余裕もなにもありません」
「みんな、ちょっとでもすき間があるとすき間家具とやらを置いてます」
「すき間じゃないところにもすき間家具を置いてます」

「とんだガセでしたね」
「結局空きスペースがあったのは、このあたりでは二軒だけでした」
「じゃあ仕方ない。あとでゆっくり探すとして、今日はとりあえずそこに行ってみるか」

調査隊はそういうわけで、丹波くんのアパートと山城先輩のアパートとに分かれて向かった。
「おお、確かにスペースがある! 広い!」
「ここに住んでいいのか!」
「夢のようだ」

「前方に大きな黒い壁があるが」
「これが地球人の使っているテレビらしい」
「われわれを守る格好の擁壁になりそうだ!」

みんな興奮気味だ。無理もない。キチュウ人は身長わずか1.5センチ前後。29型ブラウン管テレビの跡地は甲子園ほどではないにしろ、ちょっとしたグラウンド並だ。キチュウ人たちがわいわいキチュキチュ言ってる部屋の隣で丹波くんは山城先輩と電話で話していた。

「いやあ、今日はひとりで舞い上がって、ぺらぺらしゃべってしまってすいませんでした。いや...そんなことないですよ...それはおたがい...いやいや、おかまいなく...あのカップラーメンは特売品なんで...79円だったし...そもそもエイリアンが地球にやってくるなんてありえないですよね。われながらばかばかしいというか何というか...ええ? 先輩とこで何か? テレビの後ろで虫みたいな声が聞こえる?ような? キチュキチュ? はははは。気のせいじゃないですか?」

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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古いG4をやっと処分。AppleのPCリサイクル窓口で申し込んだが、けっこうめんどくさかった。移動させるのも重くてたいへんだったし。でも、いま使ってるMac Proはもっと重い(うへー)。これがダメになったら、絶対、次はコンパクトなやつにするつもりだ。