歌う田舎者[31]スマイルしなけりゃ意味ないね/もみのこゆきと

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頭が痛い。いや、正確には頭が悪い。顔は悪くない。気立てはいい。嫁さんにするには最高だ。20年前ならな。何か文句あっか。

戯言はどうでもいい。このところ、吾輩は重大な悩み事を抱えておる。それは、ものが覚えられないということである。いや、このところではなく、うら若き乙女の頃からずっともの覚えが悪い。その上、最近もの忘れも激しい。しかしながら、そうも言っていられない事態が発生し、どのように対処すべきか、頭が痛いのだ。

なんとなれば、吾輩、「歌う田舎者」を名乗っているが、伊達や酔狂で名乗っているわけではない。ジャズボーカルを習っているので、本当に"歌う"田舎者なのである。そして頭が痛いのは、発表会を前にして、歌詞が全然覚えられないということなのだ。

どのくらいもの覚えが悪いかというと、先日、手術したばかりで病み上がりのオカンに買い物を頼まれたのだが、その注文を覚えられず、メモ紙に書いてスーパーに出かけた。メモ紙に書いた内容は「牛乳、果物、糸こんにゃく」である。たった三つの単語も覚えられない。

もの忘れもひどい。Dr.コトーの島と言えば、原作は薩摩川内市にある甑島が舞台である。その甑島に出張するために乗った高速船シーホーク、壁に貼ってある海上保安庁の「海の『もしも』は118番」のポスターでイメージモデルになっている、もんのすごく有名な俳優の名前が思い出せない。




「あ〜〜〜、そなたはどこのどなた様でござったかの。大層名の知れたお方であらせられるのは存じておるのじゃが、どうにも思い出せぬ......」
高速船シーホークは、甑島の港を島伝いに停まって行く。
♪せとは〜ひぐれて〜ゆうな〜みこ〜な〜み〜♪ 
だから、瀬戸じゃなくて甑島だっつーの。

もとい、始発の串木野港から、最初の寄港地、手打港に辿りつくまで1時間15分、いくら考えても思い出すことができぬ。石原軍団だったろうか。いや、なんか違う気がする。しかしジャニーズにしては年寄りだ。

仕方がないので、iPhoneでポスターの写真を撮り、「どなた様か教えてたもれ。このお方はどなたであったかの?」とツイートしたところ、フォロワーさんが教えてくれた。「杉良太郎ですよ」

あぁぁ、なんということだ。元祖流し目王子の名前すら思い出せないとは! 吾輩もヤキが回ったものよのぅ(ちなみにDr.コトーの島は、テレビドラマ版では沖縄県八重山列島にある設定になっている)。

「海の『もしも』は118番」↓。
< http://www.kaiho.mlit.go.jp/05kanku/contents/news/archives/cat10/cat13/2011/2011-12-27-1054-post-517.html >

ひょっとすると吾輩の脳みそは、短期記憶が揮発性なのではなかろうか。あるいは短期記憶から長期記憶に繋がるルートが切断されているのではないか。そして今や長期記憶さえ蒸発の危機に瀕しているのでは......。もしや若年性アルツハイマー?......湧きあがる疑念。そう、こんなに覚えられないなんて、努力が足りないんじゃなくて病気よ、病気に違いないわ。

残業で一人居残っていた事務所で、コピーを取りながら、あれこれ考えを巡らせていたら、具合が悪くなってきた。「......あ、いけないわ。このまま儚くなってしまいそう......やっぱりどこか脳に異常があるのよ。そうよ、きっとそうだわ。でなきゃ、こんなにもの覚えが悪いなんておかしいもの。美人薄命ってよくいったものね......よよよよよ」

よろよろとコピー機をつかみながら床にへたり込み、意識が遠のいた。すわ!これは一大事と、翌日、薩摩藩一の脳神経外科でMRIを撮ってもらったのだが、なーんにも悪いところはないとのことであった。

ふっ、そうですかい、先生よ。ただ吾輩の頭が悪いだけだと言いたいわけですね。努力が足りないと、こうおっしゃるわけですね。ふふん。いいさそれでも、生きてさえいれば、いつかしあわせにめぐりあえると、元祖流し目王子も歌っておるわ。

とまれ、歌詞が長い歌だけは避けなければならぬ。いや、いっそ歌詞がほとんどない歌を選んではどうか。「スイングしなけりゃ意味ないね」なんて、
♪It don't mean a thing if it ain't got that swing♪
だけ覚えとけば、あとはアドリブスキャットでなんとかなる歌じゃないのか!......と偉そうに言ってみたものの、アドリブスキャットなどやる才覚はなかったことを思い出した。

やはり日本人のくせに、毛唐の言葉で歌うというのがいけないのではないか。お箸の国の人だもの。ニッポン人は日本語よ。......と考えて、Sing Like Talkingの「Sprit Of Love」を練習したことがあるのだが、日本語の歌詞でも覚えられないということが発覚。

では、いっそ間違ってもバレにくいスペイン語やポルトガル語の歌はどうだ?ヒンズー語やスワヒリ語の歌だったりすると、もう誰にもわからないぞ。歌う吾輩はもっとわからんがな。

苦渋の決断で選んだ、歌詞が比較的少なめのスタンダードナンバーは、この歌である。
「SMILE」India
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選考ポイントは、ラテンパーカッションである。脳みそも煮える情熱の女である吾輩に、ラテンパーカッションなしの音楽はありえないのだ。

そういうわけで、もう2か月ほどSMILEばかり歌っているのだが、未だに歌詞を覚えることができぬ。その上、歌の師匠は、笑顔でご無体なことを仰せになられる。

「もみのこさーん、アレンジがラテン系だから、なんか振り付けとかあるといいよね。確かジャズダンス習ってるんじゃなかったっけ?」
「ひーーーっ、何を仰せられますかっ、師匠っ! 無理っ、絶対ムリムリ。振り付けのことを考えただけで、歌詞を忘れますっ!」

あみん的に ♪わたし待〜つ〜わ〜♪ な振り付けすらできない自信がある。つーか、あれは振り付けじゃねーだろ。できれば鶴田浩二のように、左耳押さえて自分の音程を確認しながら歌うか、東海林太郎のように直立不動、微動だにせず歌いたいくらいである。

「もみのこさんねー、ちょっと表情が硬いから、タイトルもスマイルだし、もうちょっとね、こう笑顔で、ほっぺた上げて歌ってみたほうがいいと思うのよ」
「しっ、師匠〜、そんな殺生な。笑ったら歌詞忘れますっっっ!!!」

どんな顔で歌っているかというと、歌詞以外のことは一瞬たりとも考えまいと、目を吊り上げ、「寄るなさわるな近づくな!」と周囲にガンを飛ばし、今にも耳や鼻から蒸気を噴いて倒れそうな恐ろしい顔で歌っているのだ。メモリ容量の少ない吾輩が、スマイルしながらSMILEを歌ったら、間違いなく回線がショートする。吾輩の辞書には、マルチタスクという文字はない。

そのうえ、吾輩、大変な完璧主義者なのだ。なんといってもTOEIC390点という輝かしい金字塔を打ち立てた実力者なので、わかる英単語は中学1年生レベルなのだが、歌詞の意味がわからないと一歩も先に進めないのである。

「SMILE」歌詞
< http://jp.lyricbus.com/uta/kashi/smile/146278.aspx >
(秀逸な和訳も注目ポイントである)

まず最初にひっかかるのは、2行目にある
♪Smile even though it's breaking♪ 
ここである。"even though"って何だべか? そしてググる。ほほう。
"たとえ......だとしても"という意味ですかそうですか。

ググっているうちに、"even though"と"even if"は用法が違うなどという小賢しい説明文などに行きあたる。"even though"は、実際にそういう事象がある場合に使用し、"even if"は実際にはそういう事象が起きていない場合の仮定に使用するのだそうであるが、吾輩の脳みそは、既にメモリリーク寸前である。そして、下手に情報を入手すると、今度はホンモノの歌詞が"even though"だったのか"even if"だったのかわからなくなる。

4行目の♪You'll get by♪ だって十分意味不明だ。"get by"がなにゆえ"乗り越える"という訳になるのだ。
そもそも、吾輩、"get"という単語が昔から大嫌いなのである。うしろに付く単語で、意味が全然違ってくるという主体性のなさが許せない。"get out""get off""get back""get up"......全部意味が違うではないか。

"get"よ。おまえの人生、それでいいのか? おまえのアイデンティはいったいどこにあるんだ。目を覚ませよ、"get"。他人に影響されてばかりいるなんて、そんなのおまえの人生じゃないだろ。諦めんな、おまえのカラーを出せよ!(←松岡修造風)。

そのうえ、SMILEの歌詞の中には"though""although""through"という単語が何か所か出てくるのだが、こんな字面の似た単語を地雷のように埋め込んだ歌詞など、嫌がらせとしか思えない。どこがどっちで、どれがあれだったのか、まったくわからんではないか。

韻を踏んだ歌詞というのも考えものである。
♪That's the time you must keep on trying
♪Smile, what's the use of crying
はいはい、そうですか。"trying"と"crying"で韻を踏んでるわけですね。
バカヤロー! どっちが先だったか思い出せねーよ!!

SMILEの歌詞について思いをいたすとき、吾輩のような人生の哲学者は、一行毎に深い思索の森に迷い込む。そして、したり顔で「人間は考える葦である」と唱えている間に、ワンコーラス目は終わっているという罠に落ちるのである。

さて、かように詳細な分析を行った結果、SMILEは、吾輩が歌詞カードを見ずに歌うには、非常に困難な問題点を多数包含していることが明らかになった。これらの問題点を解決するには、ものづくり大国ニッポンの総力を結集し、歌詞が浮かび上がるプロンプター眼鏡などを開発することが急務と思われる。ニッポンの中小企業の皆さん、吾輩のために、一週間以内でプロンプター眼鏡を開発・納品していただきたい。

それでも失敗したら、どのように対処したらよいのか。答えはSMILEの歌詞に書いてある。
♪Smile though your heart is aching♪
♪Smile even though it's breaking♪

すなわち、「何があっても笑っとけ」ということである。ヤジられても、生卵が飛んできても、"非暴力"の文字を胸に、にっこりと微笑み続けるのだ。ニッポンのマハトマ・ガンジーと呼ばれる日も近い。

※「瀬戸の花嫁」小柳ルミ子
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※「すきま風」杉良太郎
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※「It don't mean a thing」Phyllis Hyman and tap dancers
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※「Spirit Of Love」Sing Like Talking〜武豊・佐野量子結婚披露宴〜
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※「待つわ」あみん
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※「傷だらけの人生」鶴田浩二
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※「麦と兵隊」東海林太郎
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。
おい、バレてねぇだろうな。今回のコラムは、もの覚えが悪いというテーマで書いているふりをしつつ、SMILEの歌詞を一緒に覚えるという、一粒で二度おいしいグリコ的極秘ミッションが隠されておるのだ。それはさておき、客席で歌詞を紙芝居プロンプターしていただけるボランティアを真剣に募集中。