映画と夜と音楽と...[536]三十八年前の「愛すべき卑劣漢」
── 十河 進 ──

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〈斬る/ダイナマイトどんどん/ロンゲスト・ヤード〉


●「『京都買います』は名作だ!」と後輩の男が騒いでいる

ツイッターで岸田森botをフォローしている。岸田森のセリフを定期的につぶやいてくれるのだが、そのセリフの出典がけっこうわからない。岸田森の出演作はかなり見ているはずなのに...と、ちょっと悔しい思い(?)をしている。岸田森が死んで、今年の暮れで30年になるらしい。今でも人気のある役者さんである。僕も好きな俳優だった。

「怪奇大作戦」や「傷だらけの天使」などのテレビシリーズを見て、岸田森のファンになった人は多い。円谷プロ制作「怪奇大作戦」は、明朗で影のない役の勝呂誉と松山省二、それに対して思索的で虚無的な岸田森という取り合わせで、見終わると岸田森が印象に残る。未だに「『京都買います』は名作だ!」と僕の会社の10年ほど後輩の男が騒いでいる。

40年前には、大学の友人が「岸田森は、日本で唯ひとり吸血鬼がやれる俳優だ!」と大騒ぎしていた。彼は、「呪いの館 血を吸う眼」(1971年)「血を吸う薔薇」(1974年)という山本迪夫監督の吸血鬼映画を絶賛した。「血を吸う眼」「血を吸う薔薇」はカルトムービーとして、マニアの間で評判になった。牙をむき出した岸田森の顔は、本当に怖かった。怪優という言葉は、彼のためにあった。

余談だが、新宿ゴールデン街「深夜+1」の以前の店の名前が「血を吸う薔薇」だった。1970年代後半だったと思う。その頃、大学の同級生や先輩が次々にゴールデン街で呑み屋を始めたので、ときどき顔を出していた。当時は阿佐ヶ谷に住んでいて、新宿も近かった。そんな頃、「血を吸う薔薇」という看板を見て「凄いなあ」と思ったが、簡単に入れる店名ではなかった。

僕が初めて岸田森という俳優を記憶に留めたのは、島倉千代子主演のメロドラマ「この世の花」(1965年放映)である。「この世の花」は島倉千代子のヒット曲で、それをベースにした悲恋ものだ。ヒロインの相手役が若き岸田森だった。なぜよく憶えているかと言うと、母親がドラマを見ながら「この人、悠木千帆のダンナさんやって...」と言ったからだった。

岸田森は個性的な風貌だが、後に吸血鬼役をやるくらいだから、いわゆる二枚目ではない。めそめそしたメロドラマで、ヒロインの相手役をやるようなタイプではなかった。ただテレビに出始めた頃、岸田森は二枚目風の役が多かった。内藤洋子の人気が高まった「氷点」(1966年放映)でも、ヒロインをかばう血のつながらない兄の役で知的でかっこよく見えた。




そのかっこいい青年俳優が悠木千帆と結婚していることが、中学生の僕には驚きだったのだ。悠木千帆は、その後、改名し樹木希林になった。その頃は、「七人の孫」(1964年放映)という森繁久爾主演のホームドラマで、お手伝いさんを演じて有名になっていた。中学生の僕の記憶にも残ったのだから、きっと演技がうまかったのだろう。

数年前、津野海太郎さんの「おかしな時代〜『ワンダーランド』と黒テントへの日々」という本を読んでいたら、当時の岸田森と悠木千帆の話が出てきた。津野さんはずっと晶文社の編集者だったと思っていたのだが、若い頃は演劇を志し、その世界で様々な人脈を持っていたようだ。津野さんと岸田森と悠木千帆は、劇団仲間である。その頃の写真も掲載されていた。

もっとも、岸田森と悠木千帆の結婚生活は長く続かない。1964年から1968年まで、四年ほどで終焉を迎える。1968年には、岸田森は「怪奇大作戦」のレギュラーだった。同じ年、東宝映画「斬る」と「弾痕」に出演している。「斬る」は同タイトルで三隅研次監督・市川雷蔵主演の名作があるが、岡本喜八監督版もよくできた時代劇だ。「斬る」の岸田森を見て、僕は熱烈なファンになった。

●「斬る」の岸田森は最も印象に残る悲劇的な役だった

「斬る」は、黒澤明の「椿三十郎」とよく似た話だ。原作も同じ山本周五郎である。藩政の不正を糾弾し、家老に天誅を下した七人の若侍が砦山に籠もる。同時に江戸の主君に密使が走る。主演は仲代達矢と、売り出し中だった新劇俳優の高橋悦史である。出番は少なかったが、若侍のリーダー役の中村敦夫が注目された。あとの顔ぶれは、久保浩、中丸忠雄、橋本功、地井武男といったところだ。

「斬る」の岸田森は、十数番目にクレジットされる脇役である。しかし、最も印象に残る悲劇的な役だった。あの独特の目が悲しみをたたえ、愛する女を身請けするために命をかける。岸田森は剣道の有段者だそうだが、「斬る」では悲愴で壮絶な殺陣を見せてくれる。人を斬るときに腰が入っている。時代劇の出演も多い人だけれど、これだけ本格的な剣豪役は他になかったと思う。

仲代達矢が演じるのは、武士を捨てた腕の立つやくざ者。武士の世界を嫌って、気楽な旅人をしている。高橋悦史の役は元百姓だが、武士になりたくて浪人姿で旅をしている男だ。食い詰めて、城下にたどり着く。このふたりが知り合い、「武士なんかつまらん」と言う仲代に、「百姓の生活はひどいモンだ。俺は武士になるんだ」と高橋悦史が答える。ふたりの掛け合いは、笑える。

武士の世界の汚さを知る仲代は、若侍たちと知り合い彼らの味方になり、藩の権力者たちの中で誰が黒幕か突き止めようと探り始める。高橋悦史は手柄を立てれば武士に取り立てるという次席家老の甘言に乗って、砦山に立て籠もる若侍たちの討伐隊に応募する。次席家老は藩士ではなく、浪人たちをかり集めて若侍たちを討伐しようとしている。

その討伐隊の長を引き受けるのが、剣豪の風格を見せるストイックな岸田森だ。ただ、彼は報償として金が欲しいと言う。妻(許嫁だったかも)が女郎に身を落としているのだ。演じるのは田村奈巳。すらりとした美人の女優さんである。どういう事情があるのかはわからないが、岸田森と田村奈巳のシーンには深い情感があふれる。男は、愛する女のために命をかける。

若侍には仲代達矢が味方しているが、高橋悦史が加わる浪人たちの討伐隊が砦山をめざして登っていく。敵と味方にわかれているわけだ。仲代達矢にも、高橋悦史にも、そして岸田森にも感情移入している観客たちは、一体どういう展開になるのか予想がつかない。だが、その頃には藩政を牛耳っていた黒幕の正体も割れている。その黒幕は、浪人たちも使い捨てにしようと企んでいた...。

この後、敵味方、入り乱れての大乱闘になる。その乱闘の中で、岸田森の最大の見せ場があるのだ。そのときまで、岸田森は厳しい表情を変えない。剣一筋に生きてきた、ストイックな男の凛々しさと哀愁が彼を包んでいる。彼は自ら最も危険な任務を引き受け、死地に赴く。「斬る」を見ると、そんな岸田森が深く深く脳裏に刻み込まれる。

●岸田森が印象的な岡本喜八監督作品「ダイナマイトどんどん」

岡本喜八監督は、同じ俳優をよく使う。岡本組の役者としては、仲代達矢、岸田森、天本英世などが有名だ。監督自身の体験をベースにした「肉弾」(1968年)では、若い頃の自分に似ていることから寺田農を主人公に抜擢したが、その後、彼も岡本作品には多く起用された。岸田森、天本英世、寺田農などには共通するものを感じる。そんな役者たちが岡本監督は好きだったのだろう。

岸田森が印象的なもう一本の岡本喜八監督作品は、「ダイナマイトどんどん」(1978年)である。僕は公開を待ちかね、新宿の封切館でカミサンと見た。まだ、ゴールデン街に「血を吸う薔薇」というバーがあった頃のことだ。僕は就職して3年、子供は生まれておらず、それでも学生時代はとうに過ぎ、あまり裕福ではなく、風呂もない狭いアパートで暮らしていた。

「ダイナマイトどんどん」は、今でもはっきりと憶えている。そのとき一度見ただけなのに、ストーリーはもちろん様々なシーンが甦ってくる。しかし、もう30年以上も昔の映画なのだ。出演者たちは老けたし、岸田森は「ダイナマイトどんどん」の4年後に亡くなった。それでも、僕の中では「ダイナマイトどんどん」は、昨日見た映画のように鮮明なのだ。野球のボールを持ってニヤリと笑う、男たちのラストシーンが浮かんでくる。

「ダイナマイトどんどん」で、岸田森は気障で卑劣な戦後ヤクザを演じた。卑劣と言っても笑えるキャラクターである。長い髪にカンカン帽をかぶり、派手なジャケットを着てコメディタッチのちょこまかとした動きを見せる。その動きが印象に残る。トラックに尺取り虫のような格好で取りすがっているシーンが、30数年間、ときどき僕の中で不意に甦る。

「ダイナマイトどんどん」は、「花と龍」で有名な火野葦平の小説「新遊侠伝」を原作にしている。しかし、子母澤寛のエッセイから「座頭市物語」(1962年)が生まれたように、シナリオを担当した井出雅人によれば、原作にヤクザたちが野球の試合に目の色を変えるという箇所があり、その部分だけを膨らませて映画化したものだという。

火野葦平だから、舞台は北九州である。戦後まもなくの頃、ヤクザの抗争が盛んで、映画はそんなシーンの連続で始まる。コメディタッチで喧嘩騒ぎや発砲騒ぎが描かれ、やがて手打ち式になる。昔ながらの博徒である岡源(嵐寛寿郎)と近代ヤクザの橋傳(金子信雄)が対立し、警察署長(藤岡琢也)と進駐軍の提案で野球の試合で決着をつけることになる。

九州の様々なヤクザの組が、野球のトーナメントに参加することになる。そこで始まるのが、スカウト合戦である。野球のうまいヤクザを集めてくるのだ。ヤクザの組内でも価値観が変わり、度胸がよく喧嘩が強い奴より、下っ端でも野球のうまい奴が取り立てられる。面白くないのは、昔ながらの博徒を気取る遠賀川の加助(菅原文太)である。

このエピソードのとき、女郎屋の部屋の障子をいきなり開けて、寝ていた男(背中にクリカラモンモン?)に札束を突きつける岸田森のシーンがあったと思う。白いサマースーツに白いパナマ帽、レイバンのサングラスをした典型的なアプレゲールのヤクザだ。進駐軍とも、うまく取引をしているのだろう。彼は、金の力で野球のうまいヤクザをスカウトする。

そんな騒動の中、元野球選手で指を二本詰めたために魔球が投げられるようになった、神戸のヤクザ銀次(北大路欣也)が橋傳組の助っ人として呼ばれる。彼は加助が惚れている小料理屋の女将(宮下順子)の昔の男である。「ヤクザが野球でシロクロつけるなんてぇのは邪道だ」と言っていた加助は、恋のライバル出現で俄然やる気になる。

●「愛すべき」と形容詞がつく卑劣なキャラクターを創り上げた

「ロンゲスト・ヤード」(1974年)という映画がある。刑務所に入れられた元アメリカン・フットボールのプロ選手(バート・レイノルズ)を中心にした囚人チームが、ノンプロの強豪である看守チームとアメフトの試合をする映画である。囚人チームを組むために、バート・レイノルズが連続殺人犯などをスカウトしていくエピソードが笑わせた。日本では1975年初夏の公開だ。

「ダイナマイトどんどん」は、おそらく「ロンゲスト・ヤード」にインスパイアされたのだろう。僕は「ロンゲスト・ヤード」も「ダイナマイトどんどん」も大好きだが、どちらの映画も「七人の侍」(1954年)のように、メンバー選びが見せ場なのだとわかっている。それぞれのキャラクターがはっきりしているほど、試合のシーンが面白くなる。

しかし、加助がいくらがんばっても、スカウトした外人部隊に頼らない岡源組のチームは弱小である。そんなとき、オヤブンが徳右衛門(フランキー堺)という監督を連れてくる。傷痍軍人なのか、復員兵姿で松葉杖を離せない。彼が厳しく岡源ナインを鍛えていく。彼らのユニフォームはダボシャツにステテコ、頭にハチマキである。背番号は花札の絵柄だ。

いよいよ試合が始まる。九州中のヤクザたちが、目の色を変えて野球の試合に参加する。パットは細身の刃を入れた仕込み杖、試合の前夜に金属のスパイクにヤスリをかける。滑り込んで蹴り上げれば、相手の野手は怪我で退場だ。文字通り命がけの試合である。ヤクザの出入りと変わりはない。

そんな中、卑劣な役をひとりで担っているのが、岸田森が演じた戦後ヤクザの幹部・花巻修だ。保釈金を積んで野球のうまいヤクザを請け出したり、札束で頬を叩いて八百長をやらせようとしたり、卑劣漢として神出鬼没(?)である。おしゃれなインテリヤクザっぽい風貌で登場し、いきなりずっこけて笑いを取る。「傷だらけの天使」の辰巳役で磨き上げたキャラクターである。

そう、「傷だらけの天使」(1974-1975年放映)の辰巳は、卑劣なキャラクターだった。しかし、「愛すべき」と形容詞がついた。主人公の修と亨には高圧的に対応し、ふたりを「中卒」とバカにする。彼らへの報酬をピンハネしたり、探偵事務所の所長である綾部(岸田今日子)に彼らのチンケな悪事をちくったりする。だが、彼は本当に愛すべき卑劣漢だった。

工藤栄一が監督した伝説の最終回「祭りのあとにさすらいの日々を」では、逮捕状が出た綾部が外国へ高跳びするのを助けて辰巳は逮捕される。綾部は辰巳が自分を愛しているのを知っているが、高跳びに辰巳を同行するつもりはない。綾部は辰巳を見捨てるのに、辰巳は愛する人のために無償の自己犠牲を行うのだ。ちなみに岸田今日子は岸田森の従姉妹であり、「暖流」を書いた岸田圀士は叔父に当たる。

先日のアカデミー賞でクリストファー・プラマーが82歳で助演男優賞を受賞した。クリストファー・プラマーは「サウンド・オブ・ミュージック」(1964年)のトラップ大佐が有名で、最近「終着駅 トルストイ最後の旅」(2009年)で復活した印象があるが、俳優のキャリアは半世紀以上続いていた。岸田森は43歳で死んだ。生きていればまだ73歳、名優と呼ばれる存在であったに違いない。

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