ところのほんとのところ[76]人のことが以前よりいとおしくなった
── 所幸則 Tokoro Yukinori ──

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渋谷の新作が続々と撮れている。[ところ]の渋谷の作品は、最近ずいぶん有機的になってきたように思えるという意見が多い。そういわれて[ところ]は最近の作品をあらためて見返してみた。

例えば「CAPA」4月号の連載ページ【スローフォト】の作品は、渋谷センター街を撮った新作だ。確かに躍動感が溢れている。だからこそ、この3月に載せたかったのである。ぜひ印刷物で見て欲しい。

そうか、たしかに変わっている。徐々にシフトして行ったから、本人は意識していなかったんだなと納得、やはり震災のことが頭にずっと残ってるんだなと思う。

[ところ]こと写真家所幸則は人を撮る時は人、街を撮る時は街が主役と、完全に分けて撮ろうと決めているところがあった。街を撮るとき人は空気であり、街の装いであるといった意識が強かった。

しかし[ところ]も人であり、人のこと、人の命の尊さ儚さを今まで以上に感じ取って、渋谷の町を撮っているときでも、目の前を通り過ぎる人を以前よりずっと強く気にしていることを自覚できた。それは人に対する意識、愛情と言ってもよいかもしれない。

ヌードシリーズの個展はもう告知してもいいだろう。今回のテーマというか、リリース文はこうです。




曖昧な人の記憶、現実とは実は曖昧なもの。確かにあったと思っている記憶も現実も「本当にあったように思えてしまう事」なのかもしれない。僕が現実に見て残したいと思って撮った美しいもの展示します。
所幸則写真展【One second 本当にあったように思えてしまう事】
Niiyama's Gallery 赤坂見附の駅から5〜7分

一か月程行います。多分、5月のゴールデンウィーク明けです。次回にはきちんとお知らせできると思います。実はお知らせはあと二つありますが、それも次回ということで。

さて、前回で書いたポートレートシリーズ、これが実に面白い写真になっています。個性的な人揃いだからなのか? なぜ撮るのかという意味がしっかりしているからなのか? 多分両方なんだと思います。

加えて、「街、風景、時間」というテーマで撮っていたから、人を撮ることに飢えていたのかも? などとも思いを巡らせるのです。それはつまり、人のことが以前よりいとおしくなったからだと思う[ところ]なのです。

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/
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所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/
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