わが逃走[102]富山を想うの巻
── 齋藤 浩 ──

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オレは富山が好きだ。
旨い魚、旨い酒、旨い米。富山湾から一気に見上げる立山連峰の迫力、そして路面電車の走る街並。普通の田園風景もイイ。なんとも美しく、懐かしい。気負ってないところがとても良いのだ。

で、ただ富山が好きだと言い続けたところで何も変わらないので、この正月、富山に対する熱い想いをデザインしてみた。

富山をテーマにポスターを自主制作して、三年に一度開催される国際コンペ『世界ポスタートリエンナーレトヤマ』へ応募したところ、先日入選通知が届いたのであった。

過去の作品ではなく、まさに今、富山のために作ったポスターが評価されたってことは、ラブレターが片思いの相手に伝わった! ってくらい嬉しかったのであります。という訳で、入選したポスターとそこに込められたオレの富山愛をご紹介いたす次第。

富山は魚が旨いし米も旨い。といえば、当然のことながら寿司も旨い。10年くらい前だったか、極親しい間柄の年上の女Aさん(年齢非公開)とともに初めて富山で寿司屋に入ろうとしたとき、『時価』を恐れた我々は「有名ガイドブックに掲載されている店ならぼったくられんだろう」ということで、ホテルからも近いその店に行ってみることにしたのだ。

しかし、地図をたよりにしてもわかりにくく、地元の人に聞いても知らないという。ようやくたどり着いた店は、地味な飲屋街の角を切れ込んだところにひっそりと存在していた。

ほんとにここでいいのか? おそるおそる引き戸を開くと、寿司屋というよりも場末のスナックのように暗かった。そして、死神博士のようなオヤジが振り向きざまにニヤリと笑って「いらっしゃーい」と言ったのだ。客はひとりもいない。




一瞬、しまった! と思たのだが、入ったからには後には戻れず、カウンターに並んで座った。案の定、値段入りのお品書きらしきものはなく、ガイドブックの"一人当たりの予算"を信用するしかない。ビール一本とにぎり二人前を注文する。

キリンのロゴ入りのコップで乾杯した後、目の前にあるネタを見ると、なんともくたびれてるように見える。ところがオヤジの包丁が入ると、とたんにそれらはぷりぷりのきらきらの新鮮なネタに変貌していったのだ!

すごい! まるで魔法だ。本物の死神博士みたいだ!! で、出されるものは何から何まで旨い。とくにイカと白エビがすこぶる旨かったと記憶している。

腹七分目くらいになったところで「以上です」とのことだったので、迷わず会計してもらうことにした。だってとんでもない値段だったら困っちゃうし。すると「3600円です」と死神博士。

「!!それって一人の値段?」「いえお二人で」。平静を装いつつ会計を済ませ、店を出てまず思ったことは、ああなんで今、だったらもう一人前、いや二人前ずつにぎってくれい! って言わなかったのだろう。オレのバカバカ...。まさに後悔の念であった。

富山をひと言で語ることなんて不可能だが、富山といえば、まずこの思い出が目に浮かぶ。という訳でテーマは決まった。寿司でいこう。寿司のポスターといってもいろんな表現があるが、ここは私のライフワークでもあるリッタイポ・シリーズで作ってみることにした。

さて、文字を何かに見立てて立体化していく訳だが、ひとことに寿司を表す文字といっても寿司、鮨、すし、スシ、SUSHIなどいろいろある。これらの中から立体映えしそうな文字を選ぶという手もあるが、今回はそういった事情抜きでまず『鮨』に目が止まった。

この字、イイ。魚へんに旨いと書いて、鮨っていう字だなんてもう、照れちゃうくらい真っすぐな構造です。あまりに真っすぐなので『峠』や『裃』のような和製漢字かな? って思ったけど違うらしい。どうやらこの『鮨』という字、中国で魚の塩辛を意味する字が充てられたというのが通説のようだ。

まずは字をじっと見てみます。じーっと見ているとそれがだんだん絵に見えてくる。ある意味、ゲシュタルト崩壊みたいなもんでしょうか。ものによって建築に見えたり工業製品に見えたりするのですが、今回はトラックに見えてきました。

「氷見の漁港から海の幸を満載したトラックで届けられたネタで最高の寿司!」と言うと長ったらしいけど、『魚』型のトラックが『旨』を運んでいる絵を描けば、もうそれで全部伝わるじゃん! そう気がついてしまえばあとは早い。

朝日をあびて漁港から出発するトラックをささっとスケッチし、それを見ながら一気に3Dで組み上げていった。で、完成したのがこれ。
sushi.jpg

アホなアイデアこそ真面目に作ると強いビジュアルになる。その見本みたいな素晴らしいポスターです。自画自賛。ちなみに大きさは天地728mm×幅1456mmのB0サイズ。こんなデカイのどこに貼るんでしょうね。とりあえず県立美術館に展示してもらえるってのは嬉しい限りです。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。