ショート・ストーリーのKUNI[115]言うな
── ヤマシタクニコ ──

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「先輩、いますかー」
「おお、いてるで......」
「あれ、なんか元気ないじゃないですか」
「おまえは元気そうやな......」
「ええ......どうしたんですか、なんで元気ないんですか」
「実はな」
「実は?」
「おれ昨日、誕生日やったんや」

「え、そうなんですか。おめでとうございます」
「めでたいことないわ。またひとつ年とったわけや。それでゆううつやねん。気がめいってるねん」
「いいじゃないですか。健康で一年過ごせたということやし、なんで気がめいるんですか。喜ばしいことやないですか」
「よろこばしくない。おれはもう終わりや。年寄りや」
「まさか。何ゆうてるんですか」
「おまえにはわからん」

「困ったなあ。気分変えて元気出してくださいよ。えっと......あ、先輩、模様替えしたんですね!」
「ああ」

「家具も一新したんですね。いいなあ、このローソファ、ローテーブル」
「だれが老ソファやねん、老テーブルやねん」

「いや、ローソファにローテーブル! いややなあ。被害妄想ですよ、先輩。あ、向かいにローソンができたんですね」
「おまえ、わざと言うてるやろ」




「そそそんなことないです! えーっと、あ、テレビも買い換えたんですか、すごいな! フルハイビジョンですか」
「どうせおれは古ハイビジョンや」

「ゆうてませんって、そんなこと。困ったなあ。何ゆうたらええんや。えーと、あの、その、ああ......そういえば」
「まだ総入れ歯とちゃうわ」

「ゆうてませんって。いややなー。そんなに誕生日が来たのがいやだったんですか」
「そうや。おれの前で二度と誕生日とかバースデーとか掛布とか言うな。ゲンが悪い。気がめいる」

「歳を取るのは仕方ないじゃないですか」
「仕方なくても気がめいるねん。ただしプレゼントはもろとく」

「なんですかそれ。わかりました。単にそういう言葉を避けたらいいんですね。むずかしいお年頃やな。では、えーっと。何を言おう。落ち着いて考えて......」
「わ〜、『落ちる』とか『すべる』とか言うな!」

「え、それもだめなんですか。受験生やあるまいし、なんで」
「いや、おれも年やから第二の人生を考えて、ソムリエの資格でも取ろうかと思って勉強中やねん」

「なんだ、前向きじゃないですか」
「とにかくそういうわけやから、落ちるとかすべるとか、4回転ジャンプとか言わんといてくれ。トリプルアクセルも封印や」

「わかりました。えー、何をしゃべったらええんやろ。ほななんかあたりさわりのないことで......」
「わ〜〜、『あたる』と言うな!」
「ええっ、あたるもだめですか」

「ソムリエ試験に合格したらレストランを開こうと思てるねん。いや、そんなたいそうなもんやない。住宅街のかたすみのこじゃれた店や。せいぜい10人も入ったらいっぱいになるような。知る人ぞ知る、隠れた名店という感じで、ついついグルメ本にも紹介されてしまうような」
「いいですね。ますます前向きじゃないですか」

「しやから、『あたる』とか言うな。飲食店は食中毒でも出たらおしまいやないか。あー、ゲンが悪い、うつになる。どうせおれは古ハイビジョンや」
「すいません。そうとは知らず失礼しました。ところで先輩、おみやげにケーキ持ってきたんです。モンブラン」
「わ〜〜〜〜、『モンブラン』言うな!」

「モンブランもだめなんですか」
「あのな。おれはこじゃれたレストランのオーナーでソムリエや」
「は、はい」
「こじゃれたレストランやから常連の客ができる」
「はい」

「その常連の客のひとりと恋におちる。名前は優香」
「ええ名前ですね」
「おれにはもったいないくらいの美人でようできた女や。ところが優香にはトラウマがあって」
「はあ」

「子どもの頃、家の門がこわれてぶらんとなってたので、モンブランモンブランといじめられた。いまでも『モンブラン』のあの、そうめんみたいな形を見ただけでいまわしい思い出がよみがえり、冷や汗と吐き気がきてふるえがとまらず泣き出すんや。どんだけかわいそうやねん。絶対言うな!」

「あー、すいませんでした。そうとは知らず、よりによってモンブランを買ってくるとは! おわびにぼくがふたつとも食べます」
「いや、それはひとつずつでええけどな」
「いいんですか」
「おれも男や。優香のトラウマはおれが引き受けようやないか」

「ありがとうございます。さすが先輩。ところで実はおみやげをもうひとつ持ってきたんです。めんたいこ」
「わ〜〜〜〜、『めんたいこ』言うな!」
「今度は何なんです」

「優香はかわいそうな子でな。母一人子一人、お母さんは女手ひとつで優香を育ててきた」
「はあ」
「そのお母さんが、優香が小学校6年生のときに重い病気になって『めんたいしゃぜつ』」
「それも言うなら面会謝絶でしょ」

「とにかく、それで優香は悲しい思いをしたんや。言うな! 優香の悲しみはおれの悲しみやねん!」
「わかりました。申し訳ありません。これはぼくが全部食べます」
「いや、かまわん。おれが引き受ける。モンブランもめんたいこも全部食べる。うわ〜〜〜っ!」

「どうしたんです!」
「めんたいことモンブランをいっぺんに食べたら、顔じゅうににタイムマシンが出てきた」
「それもいうならじんましんでしょ。だいたい先輩、まだソムリエの試験も受けてないんですけど」

とても困った先輩なのであった。

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最近、書くものがどんどん長くなって、このままでは「ロングストーリーのKUNI」になりそう。反省して、今回は短くしました。いや、もちろん、もっと長い人もいるんですけどね。