映画と夜と音楽と...[542]ミュージシャンと俳優の間
── 十河 進 ──

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〈ミスター・ミセス・ミス・ロンリー/ローグ・アサシン/キッズ・リターン/BROTHER /AIKI/犯人に告ぐ/その男、凶暴につき/HANA-BI/シリウスの道/パッチギ/笑う警官/アウトレイジ〉

●役者が歌うと歌の世界に情感があふれドラマチックになる

原田芳雄さんが歌う「赤い靴の憂歌」を、ときどき聴いている。30年も昔、ラジオ番組をオーディオテープにエアチェックしたもので、松任谷正隆さんがホストで「原田芳雄、ブルースを歌う」というテーマだった。原田芳雄さんが亡くなって、改めてアルバムデータをアップストアからダウンロードした。12曲が入っており、最初の曲は「プカプカ」である。

昔のエアチェックのオーディオテープには「りんご追分」が入っていて、これが絶唱と形容したいほど素晴らしい。そちらも聴きたくなってユーチューブで検索したら、TBSアナウンサーだった林義雄さんのお別れの会で原田芳雄さんが歌い上げた「りんご追分」がヒットした。しばらく聴いていると、ほほを涙が伝った。心の中の何かが掻き立てられたのだ。

役者が歌うと、歌の世界がドラマチックになる。エモーショナルな情感があふれ、心を揺さぶるものに変化する。「赤い靴の憂歌」も横浜の酒場で男が帰ってくるのを待っている女を歌ったものだが、原田芳雄さんの歌を聴いていると目の前で物語が展開している気になってくる。幻のスクリーンが現れる。改めて惜しい役者だったと思う。

原田芳雄さんが亡くなって、もう半年以上が過ぎた。その後、「原田芳雄 B級パラダイス」というエッセイ集が復刊になり、昨年末に読んでみた。ほとんど知っていることばかりだったけれど、俳優座の研究生としての修業時代のことは知らなかったので面白く読んだ。アドリブの多い独特の演技が個性を作り、多くの役者たちに「アニキ」と慕われた人だった。




その原田芳雄さんの通夜の客として何人もの俳優たちがテレビのインタビューに答えていた。桃井かおりや石橋蓮司が出てくるのは当然だろうな、と思って見ていたが、原田美枝子が親しい関係者として登場し、コメントしていたのは少し意外だった。インタビューを聞いていると、夫婦揃ってお世話に...などと言っている。えっ、夫は誰? と僕は思った。

その後、原田美枝子は原田芳雄と神代辰巳監督の「ミスター・ミセス・ミス・ロンリー」(1980年)で共演していたな、と思い出した。宇崎竜童と三人でもつれ合うようにスクリーンに登場したのを甦らせた。神代辰巳監督の映画では、誰もが睦み合うように体を触れ合わせた。そんなシーンが最初に浮かんだ。

それにしても、原田美枝子の夫は誰なのだ、という疑問が去らない。ネットで調べてみたら「石橋凌」という名前が出てきた。えっ、そうなのか...と思いながら、僕はハリウッド映画「ローグ・アサシン」(2007年)に日本のヤクザ役で出演した石橋凌を思い浮かべた。ジェット・リーとジェイソン・ステイサムを相手に、五分に渡り合っていた。

もちろん、石橋凌の顔はわかる。しかし、僕はカミサンに「原田美枝子のダンナって石橋凌なんだって。石橋凌と白竜と大友康平って、見分けがつかないと思わないか?」と話していた。「まあ、雰囲気が似てないこともないわね」とカミサンが答える。そうか、僕だけじゃないんだと少し安心する。それにしても、この三人、男っぽいというだけではなく、共通する何かがあるのではないだろうか。

●歳を重ねて最近は大物風の役が増えている石橋凌

石橋凌を初めて見たのは、「ア・ホーマンス」(1986年)だった。劇画を映画化した作品で、最初は実績のある監督が撮るはずだったが、主演の松田優作とのトラブルで降板し、「だったら俺がやる」と松田優作自身が監督することになった。石橋凌はヤクザの役で、この映画で注目されたと記憶している。調べてみたら、俳優として新人賞ももらっている。

石橋凌のその後のフィルモグラフィーはなかなか充実しているし、ハリウッドにも進出し何本もの出演作がある。ジャック・ニコルソンとも共演している。一度だけしか見ていないのだが、最近はテレビドラマ「運命の人」で外務省の高級官僚を演じていた。部下の事務官が大事な書類のコピーを新聞記者に渡したために、責任をとらされ左遷される役だった。

しかし、その風貌からかヤクザやアウトロー役が多く、作品の傾向もだいたい決まっている。北野武監督の好きそうな俳優で、「キッズ・リターン」(1996年)ではヤクザの組長を演じ、ヤクザとマフィア以外は出てこない「BROTHER」(2000年)にも出演した。天願大介監督の「AIKI」(2002年)では、珍しく合気道の達人を演じて風格があった。

歳を重ねて、最近は大物風の役が増えている気がする。ヤクザなら組長だったり、高級官僚だったり、大企業の経営者といった権力者の役が多くなった。貫禄が出てきたのだろう。ベストセラー小説を映画化した「犯人に告ぐ」(2007年)では、神奈川県警トップのキャリア官僚を演じていた。

そう言えば、このときの石橋凌はなかなか味わいがあった。主人公(豊川悦司)は神奈川県警の管理官で、かつて警視庁との合同捜査で誘拐事件を担当するが失敗し、子供を殺され犯人も逮捕できないまま田舎の所轄署に左遷されている。そのミスの責任を主人公に押しつけるのが県警トップの石橋凌である。

数年後、犯罪を予告する連続殺人犯が現れ、石橋凌は主人公を神奈川県警の本庁に呼び戻す。捜査に失敗したら、全責任を彼にかぶせるつもりなのだ。主人公はスケープゴートの役割を持たされつつ、犯人逮捕を命じられる。自らは常に安全な位置にいることを優先するキャリア警察官僚の保身なのだが、石橋凌が演じることでキャラクターが矮小化されない。権力者らしい貫禄が漂う。

石橋凌の側近のように付き従い、権謀術数を駆使して出世をめざす、権力志向の権化のような役をやっているのが小沢征悦で、石橋凌以上のキャリア官僚らしさを見せる。しかし、結局、彼も最後は石橋凌に見捨てられる。キャリア官僚は自分が生き残るためには、すべてのものを切り捨てるのだ。そんな警察内部の権力闘争の裏をかく主人公の仕掛けが面白い。どんでん返しもあり、犯人逮捕の大筋とは別のプロットが生きている。

この映画では主人公がマスコミを利用して犯人を追い詰めていくのだが、主人公がナイトショーにレギュラー出演して人気が高まると、石橋凌が嫉妬し始めるのが笑えた。犯人をあぶり出すために、主人公はスタジオから犯人に向かって逮捕が間近いことを宣言し、「今夜は震えて眠れ」と大見得を切るシーンがヤマ場である。劇場型犯罪を突き詰めると、こんなシチュエーションになるのかもしれない。

●白竜と石橋凌が対決したらどちらが勝つかはわからない

白竜の作品歴のタイトルを見ると、石橋凌が出演してきたジャンルとほぼ重なる。オリジナルビデオ作品でも「首領(ドン)への道」といったタイトルがズラッと並ぶ。初期には崔洋一監督のデビュー作「十階のモスキート」(1983年)などにも出ていたようだが、僕の記憶にはない。あの映画を思い出しても、主演の内田裕也の姿しか浮かんでこない。

僕が初めて白竜を記憶に刻み込んだのは、北野武監督のデビュー作「その男、凶暴につき」(1989年)である。最初に見たとき、何てイヤな映画なんだろうと僕は思った。むき出しの暴力が描かれていたからだ。その中でも白竜は本物のヤクザのように怖かった。酷薄そうで感情を見せず、いつ切れて暴れ出すかわからない不気味さを湛えていた。

北野武監督は白竜が気に入ったのだろう。「みんな〜やってるか!」(1994年)で再び使っているが、石橋凌とは一緒には使っていないようだ。白竜と石橋凌が対決したら、どちらが勝つか結果はわからない。あるいは、雰囲気が似ているので観客が混乱してしまうかもしれない。そんな心配があったのではないか、というのは僕の勝手な想像だ。

もう一本、北野武作品として海外でも高く評価された「HANA-BI」(1997年)にも、白竜は出演している。この映画では、北野武は刑事役だった。同僚の刑事(大杉漣)が自分の身代わりになって撃たれ、半身不随になる。岸本加代子が演じた病気の妻を連れ、主人公は放浪の旅に出る。ここでも、白竜はボディガードの役を演じている。

この原稿を書きながら石橋凌と白竜を頭の中で並べてみているが、比較すると白竜の方がのっぺりしたイメージかもしれない。表情を殺してしまうと、何の感情も読み取れないような顔になる。そのぶん、不気味さを感じる。何を考えているのかわからないから、怖いのだろう。石橋凌の場合は、まったくの無表情にはならない。表情を殺しても、何らかの感情が読み取れる。

最近、白竜をあまり見ないと思っていたが、数年前、WOWOWのオリジナルドラマ「シリウスの道」(2008年)で主人公が通うバーのマスター役をやっていた。藤原伊織さんの原作はとても面白い小説で、白竜がやった役は重要なキャラクターなのだが、白竜は原作のイメージを裏切るもののはまり役ではあった。無表情なのだけれど、何もかも見通している不気味さを見せた。

●大友康平をうまく使っていた道警シリーズ「笑う警官」

石橋凌は1956年生まれ、今年、56になる。白竜は1952年生まれで、今年還暦を迎える。大友康平は石橋凌と同じ1956年生まれなので、今年、56歳だ。似ていると思ったが、やはり三人は同年代だった。大友康平は、もっと多く出演作があると思っていたけれど、作品歴を調べてみると意外に少ない。

僕が最も印象に残った役は、「パッチギ」(2004年)のラジオ局のディレクター役だったが、意外にもそれまでに数本の映画出演があるだけのようだ。井筒和幸監督の「のど自慢」(1999年)に出演し、監督に気に入られたのかもしれない。「パッチギ」では、出番は少ないが重要なキャラクターを演じた。

大友康平が演じたラジオ局のディレクターは、主人公と朝鮮籍の少女が公園で「イムジン河」を演奏し歌うのを聴いて、「いい歌だ」と主人公に名刺を渡し、番組に出てくれないかと言う。クライマックスは、主人公がラジオ局のスタジオで歌う「イムジン河」が流れる中、加茂川で朝鮮高校の生徒たちと日本人高校生が大乱闘を展開する。

「イムジン河」を歌わせようとするディレクターに、ラジオ局の上司が「放送禁止の歌だぞ」と中止を命令する。大友康平演じるディレクターは何も言わず上司をつまみ出し、殴り合う音だけが聞こえてくる。やがて唇から少し血を流した大友康平が、スタジオに戻ってくる。大友康平の持つタフでハードな雰囲気を生かしたキャラクターだった。

もっとも、石橋凌、白竜がヤクザやアウトローを演じることが多かったのに比べると、大友康平は使われ方が少し違うようだ。最近、テレビのバラエティ番組に出演しているのを見ると、明るいキャラクターで笑いを取っているし、そういう役も増えている。しかし、どこか暗さを感じさせるところがあり、不気味な殺し屋なんかが似合いそうだと思っていた。

大友康平をうまく使っていたのが、佐々木譲さんの北海道警察シリーズを映画化した「笑う警官」(2009年)だった。このシリーズは数人の警察官が主人公になるのだが、「笑う警官」では宮迫博之が演じる津久井が同僚の女性警官と不倫して殺した容疑をかけられ、拳銃を所持しているため射殺命令が道警の上部から出たというシチュエーションから始まる。

津久井の同僚の佐伯(大森南朋)や小島百合(松雪泰子)たちは津久井がはめられたと信じ、真犯人を朝までに捜し出すためにジャズ喫茶「ブラックバード」に集合する。映画のテーマ曲のように「バイ・バイ・ブラックバード」が使われているが、このジャズ喫茶がいい雰囲気で、寡黙なマスター大友康平が渋い味を出している。

ここでも例によって警察内部のキャリア官僚たちの暗躍が描かれるのだが、かつて不祥事を起こして警察を辞職した警察OBのマスター大友康平は、主人公たちの味方なのか敵なのかわからないまま物語が進んでいく。もっとも、津久井の冤罪を晴らすために集まった仲間も、誰が裏切るかわからない。小島百合が佐伯を疑い出したときには、僕もびっくりした。

「笑う警官」の大友康平はジャスバーの寡黙なマスターで、佐伯たちの話を聞いていないような顔でグラスを磨いている。終始、表情は変えない。しかし、白竜と違ってのっぺらぼうの無表情ではない。不気味さはないが、不可解さはあるという感じだ。実際、ラスト近くになって、大友康平はアッと驚くキャラクターに変身した。こんなのアリ? と僕はスクリーンを見つめてしばし茫然とした。

●日常的世界で平均的に生きている人間が持っていない匂い

ここまで原稿を書いてきて、僕の頭の中でようやく石橋凌、白竜、大友康平の区別が明確になった。それぞれの顔が代表的な役柄と共に浮かんでくる。それでも、どこか似ている気がする。彼らは、暴力の匂いがする。危ない世界で身体を張って生きているイメージもある。日常的世界で平均的に生きている人間が持っていない匂いを感じるのだ。

それが役者の持ち味というものだろう。たとえば、彼らと同世代の役者で小日向文世という人がいる。最近は役柄を広げて、北野武監督の「アウトレイジ」(2010年)では汚い悪徳刑事を楽しそうに演じていたが、彼なら普通の小市民的サラリーマンが演じられるだろうけれど、石橋凌、白竜、大友康平には無理だと思う。

それは、彼らが元々ミュージシャンだからなのだろうか。大友康平はハウンド・ドッグのヴォーカルだし、石橋凌もロックバンドのヴォーカルである。白竜もまた、ミュージシャンとしてデビューした。彼らはミュージシャンから俳優になり、独特のキャラクターを創り上げた。もちろん、ミュージシャンから役者になった人は大勢いる。しかし、彼らには似通った何かがあるのだ。

原田芳雄さんのように俳優でブルースを歌い、歌の中に僕に涙を流させる情感を込めることができたように、ミュージシャンから俳優になった彼らは、演技の中に歌の世界で会得した何かを込めることができるのかもしれない。どちらにしろ、観客や聴衆の記憶に残り続ける演技、あるいは歌唱ができるのは、才能のある限られた人たちだけだ。彼らの背後では、創造の女神(ミューズ)が微笑んでいる。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951
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最近、どうも厭世的になり、嫌人癖が出そうで自戒しています。できれば、誰とも会わず、ひとりで「森の生活」のように暮らしたいと思っているのですが、浮き世に生きる者としては無理なこと。己が人に嫌われないようにしなければ...と改めて自戒しています。

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