ショート・ストーリーのKUNI[117]ひとみととしお/ヤマシタクニコ

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ゴールデンウィークも過ぎて5月にしては気温が高いある日、ここは古くて狭い賃貸住宅の一室。

「ああ、なんだかいらいらするなあ」
「私も。気のせいかと思ったけど、ほんとにいらいらするわ」
「暑いからかなあ」
「かもね。5月だなんて思えないくらい。わっ」
「どうした」

「これのせいよ。何これ、いまだにファンヒーターがリビングに」
「そりゃそうさ。さっさと片付けないから」
「今日みたいな日は見ただけで暑苦しいわ、ファンヒーター」
「まったく同感だ。早くしまって、かわりに扇風機を出すべきだ」
「同感ね。扇風機があればきっと涼しいわ。なのになんでファンヒーターが」

「そう思うならなんとかしろよ」
「いやよ。めんどくさい。あなたがすれば」
「いやだよ」
「ああ暑苦しい」
「言うなよ。ますます暑苦しい」

油断もすきもないもので、このやりとりがたちまちしかるべきところにキャッチされたらしい。一人の男がやってきた。

「おじゃまします。なんですか。ファンヒーターをしまって、そのかわりに扇風機を出したい、と」
「ええ」
「家が狭いもんで、どっちかを出してどっちかをひっこめないとだめなんだ。それがめんどくさくて」




「わかります。どこのご家庭でも同じでして、今ごろの季節には夫婦げんかが多発します。夏の前、冬の前は離婚件数がピークに達するというデータもあります」
「ああやっぱり」

「そのような悲劇を少しでも減らしたい一心で、当社が新商品を開発しました。自分で押入れから出てくる扇風機、自分で押入れにひっこむファンヒーター」
「なんだって!」
「そんなすばらしいものがあるの。知らなかった。買いましょうよ、ねえ」

「うん。考えてみれば、今の時代、そういうものがあっても不思議じゃない。ファンヒーターや扇風機も自立しないといけないんだ。これは決してわれわれがものぐさなことを棚に上げて言ってるわけではない」
「もちろんよ、あなた」

「すぐにでも買いたいが、私としては古いファンヒーターや扇風機を捨てるのは気が進まないなあ。ファンヒーターは10年、扇風機は15年も使っている。ほとんど家族同然なんだ。特に扇風機には『ひとみ』と名前もつけている」
「えっ、知らなかったわ。そんな名前をつけてるなんて。そういう私もファンヒーターに『としお』とつけてますけど」

「ご心配いりません。今あるファンヒーターや扇風機、いえ、ひとみさんやとしおさんに同じ機能をつけ加えることができるのです。ちょっと割高ではありますが、ええっと、これこれで」
男は電卓をちょちょちょっと操作して、夫婦に数字を示した。

「ふうん」
「けっこうするんだな。来年は初孫の節句でひな人形を買ってやるつもりでいたが」
「やめましょうよ、そんなの。孫より私たちのほうが大事よ。だいたい勝手にデキ婚なんかするほうが悪いのよ」
「それもそうだな。じゃあそうしてもらおう」

契約をするとさっそく技術者がやってきた。そして、ファンヒーターと扇風機に装置を取り付けた。装置はとても小さなもので、見た目はまったくもとのままだ。

技術者が装置を「ON」にして帰ると、さっそくファンヒーターがもぞもぞし始めた。30秒くらい、ファンヒーターは──正確にはファンヒーターに取り付けられた装置は──自分の今いる状況を検証しているようだった。そして、やおら向きを変えると、押入れに向かってずずずずずずずずずずずと移動し始めた。

「やった!」
「動いたわ!」

ファンヒーターは自分で押入れの前まで行った。押入れのふすまは技術者が開けていったままだったが、そこからほぼ同時に扇風機が出てきた。そしてずずずずずずずずずずずずと首を振りながらリビングに移動し、押入れの空いたスペースにはファンヒーターがぴたりと収まった。

「なんてすばらしい!」
コードをコンセントに差し込み、スイッチを押すと扇風機はぶいーんと調子の良い音をひびかせ、暑苦しい室内に風を送った。

「ああ、涼しい」
「これからは毎年、苦労しなくてすむのね」
「ほんとうだ。君といちいちけんかせずにすむ」
「私たち、離婚の危機を乗り越えたのね」
「わはは」

やがて本格的な夏になり、その夏が過ぎて秋になった。夫婦がすっかり装置のことを忘れていたある日の深夜。

グワラグワラ、ドドド、ガシャッ、グシャッ、バリリリリッ!

恐ろしい音がしたと思うと、押入れのふすまを突き破ってファンヒーターが出てきた。そしてずずずずずずずずずずずとリビングに移動していった。そこにはまだ扇風機がいた。ファンヒーターはかまわず、突進した。かたくなに動かない扇風機。

ドーン! 
夜中のリビングにものすごい音が鳴り響いた。

翌日、技術者とセールス担当がふたりでやってきた。
「何かトラブルが起きたとお聞きしておりますが」
「トラブルが起きたどころじゃない。自分で出てくるのはいいが、押入れのふすまが破れてしまったじゃないか」

「それに、押入れににしまっていた、もらいもののテディベアとかもらいもののマグカップやもらいもののバーベキューセットが散乱してぐちゃぐちゃなの。ほら」
「もらいものでも使わないものは早く処分しろと言ったじゃないか」

「いつか使うかもしれないじゃないの。それに、扇風機とファンヒーターが両方出てると部屋が狭いの」
「そうそう。問題は、リビングも押入れも狭いということなんだからな。そこ
 をなんとかしてもらわなきゃ」

技術者とセールス担当はうなずいた。
「わかりました。これまではきめ細かくばらばらに設定していたのですが、それがかえってよくなかったようです。では、今後はシンプルに、一定の気温以下になるとファンヒーターが出てきて同時に必ず扇風機が引っ込む、また一定の気温以上になるとファンヒーターが引っ込んで必ず扇風機が出てくると、このようにさせていただきます」

「ええ、そうしてくださいな。いいわね、あなた」
セールス担当はさらに続けて
「あと、ふすまが破れてしまったということなので」
「ええ」

「ファンヒーターや扇風機が、自分でふすまを開けて出てくるようにしましょうか」
「できるのか、そんなこと!」
「なぜ最初からそうしてくださらなかったの」
「申し訳ありません。で、ついでに各自自分で電気やガスコンセントに接続すると。もちろん追加料金が必要ですが。えっと。これくらいで」
また電卓をちょちょちょっと操作して、数字を見せた。

「いかがなもんでしょう。少々お高いと思われるかもしれませんが、それだけの値打ちは十分あるかと」
「うーん。次女のほうもデキ婚で来年孫ができるそうなんだが、こいのぼりをどうしようかと...」
「孫なんかどうでもいいわよ。そんなのほっといて、追加でそうしてもらいましょ」
「そうだなあ」

そういうわけで、この家の扇風機とファンヒーターにさらに新しく機能が追加された。どちらも気のせいかりっぱになったように見えたが、もちろん気のせいだ。

順調にその年の秋も深まり、冬になり、年が明けて春になった。ぽかぽか陽気が続き、テレビのお昼のニュースが「今日は、ほぼ全国的に汗ばむ陽気となりました」と、暑苦しそうにしている人々を映し出した。すると、押入れのふすまがさっと開き、中から扇風機が出てきた。入れ替わりにファンヒーターがずずずずずずずとリビングを移動して押入れのふすまを自分で開けて中に入った。ぴしゃ。自分でちゃんと閉めた。

「まあ、なんて賢いのかしら。さすがだわ、としお」
「ひとみもだ。これで片付けの手間から解放された。いやあ技術の進歩はすばらしい。長生きはするもんだ」

ところが、翌日は一転して肌寒くなった。「たいへんです。日本列島に時ならぬ寒波がやってきました」とテレビのお天気番組が言う。都心部に雪が積もり、転んでいる人の映像が何回も映し出される。

扇風機はそれを聞いていたかのようにまわれ右をして押入れに向かった。すでに押入れのふすまをずいっと開けて出てきたファンヒーターと交代する。自分でふすまをぴしゃっと閉める。ファンヒーターはリビングで勝手にガスコンセントに接続してスイッチを入れ、ぶわーっと温風を吐き出す。

「あったかいわ〜」
「極楽極楽」
「えらいわ、としお」

次の日はまた暑くなった。「公園では早くも水遊びをするこどもたちの姿が」ニュース番組が言う。ファンヒーターはまた引っ込み、かわりに扇風機が出てくる。勝手にぶんぶん回って風を送る。ファンヒーターは押入れのふすまを開けて中に入る。ぴしゃ。ところが翌日また......

「いい加減にしてほしいわねえ。めまぐるしくて落ち着かないわ。で、今は何でしたっけ、扇風機が出てるんでしたっけ」
「ひとみだ」
そのひとみはぱらぱらぱら、とたよりない回りかたをしていたと思うと、ぴたっと止まってしまった。

「あらま。何回も出たり入ったりで疲れてしまったのかしら」
「そうじゃない。羽根に変なものがはさまって......なんだこりゃ。10年前の年賀状。あと、のびたゴムひもに、スパイダーマンの前売り券のおまけのバッジ......だから、押入れはちゃんとかたづけろと言ってるだろ」
「あなたこそ」
「君こそ」

なんだかいろんなものをいっぱい身にまとった扇風機がきょとんとしていた。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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もともと鼻がアレルギー気味の私だが、何か月か前から夜寝るときは完全に鼻がつまり、口呼吸してしまうようになった。口の中ががさがさに乾燥していやな感じ。友人に言うと「マスクをして寝るといい」とアドバイスされ、迷っていたが先週から実行している。うーん、ちょっと効果あるかな。ちなみに「迷っていた」理由は「時々マスクのゴム跡が顔につく」と聞かされたからだが、まあいまのところだいじょうぶなようだ。