電網悠語:HTML5時代直前Web再考編[190]Huluと歩む先は、物欲からの解放か
── 三井英樹 ──

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映画を所有するという贅沢さ。私の年代にあたる50前後の特に男性諸氏にとって、それは(単なる物欲ではない)欲情をかなり刺激するものではなかろうか。私の場合は、高校の頃のお金がなくて、必死に貯めて名画座に通った時間がそうさせている気がする。授業が終わるのを待ちわびて、映画館に駆け込み、立ち見も稀ではなかった、あの空間を独り占めできるという充実感。

   「映画は持ち物だ!」
   新星堂:< http://www.shinseido.co.jp/special/dvd3000.html
>

だから、このコピーにはグッとくる。まんまだけれど、直球ど真ん中。映画を持ち物にできるという喜び。買い貯めたDVDを並べてその前に立っているだけでニンマリする(たとえ中古でも)。しかも、ビデオのように使う度に劣化して行くものではない。買った状態のまま、いつまでも。しかも、愛機MacBook Proで何処でも鑑賞可。未だに、こんな贅沢が許されるのかという感覚が残像としてありながら悦に入る。






その至高の喜びに異変が起きつつある。以前「Flashforward(2009-10年制作)」を紹介した時にURLだけサクッと触れた「Hulu」と過ごす時間が増えているのだ。ある意味敵地とも言えるTVでCMを流す、VOD(ビデオ・オン・デマンド)の黒船である。
< http://hulu.jp/
>

Huluは、一時は身売り説まで流れていたが、大分立て直しが進んでいるらしく、下記のようなニュースも聞かれるようになって来ている。本国USでは日本以上の手厚いサービス合戦が行われているようで、羨ましくもある。

   米動画広告視聴回数、過去最高を記録──comScore調べ
   (ITmedia ニュース)
   < http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1205/21/news070.html
>
   Huluのウェブサイト訪問者数は185万。ネットレイティングス調査
   (AV Watch)
   < http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20120426_529505.html
>

月額980円で、多デバイスで見放題。コンテンツの主力は、米国TVドラマと言っていいだろう。映画もあるが、超一流ラインナップとは言いがたい。最近は、韓国ドラマも邦画も加わり、幅が出て来たという印象が強い(探し難いUIなので数が多いか少ないかはよく分からないというのが本音)。



「多デバイス」が何を意味するのか。例えば、部屋のMacで「24」を20分見る。風呂に入れと言われて、湯船でiPod touchで10分見る。湯上がりに汗を引かせながら、iPadでもう15分見る。クリック/タッチするのは「続きを見る」のみ。一時間番組は、CMがない分正味45分なのでこれでほぼ一話見れることになる。

すきま時間を使って映像コンテンツを見るという生き方。これが思っていた以上に心地良い。当然CMもないし、自分の都合に合わせて見るという感覚が強い。

映画などは監督の想い描くモノをできるだけ忠実に受け取らなければならない感が強いけれど、そうも言ってはいられない。諸々忙しいんだから、映像ばかり見てられない。見ないよりは良いでしょう、と細切れ映像鑑賞に行き着いた気さえする。



そもそもDVDをセットするのは億劫にはなっていた。MacBookから響くウィーンという回転音も快いものではないし、回転させる分バッテリーも食う。だからいったんHDDにリッピングしてから観る事も多くなって来ていた。

   MacX DVD Ripper Pro(年に一回程無料で配る時がある奇特なソフト)
   < http://www.macxdvd.com/mac-dvd-ripper-pro/
>

それがクリック一つで鑑賞開始。多少画質が悪かろうが、ネットの状況によってはバッファリングに少々時間がかかろうが、許してしまう。昔、Walkmanが音楽を野外に連れて行ってくれたように、VODは映像をもっと生活の身近なところに連れて行ってくれるように感じる。



映像の束を月単位で契約するサービス。一番観て欲しいのは、脚本家系の人達だろうか。好きなエピソードにジャンプしまくって演出の勉強ができる。英語の勉強もできる。24やLOSTなどは、一度観てても、見返して構成から学ぶところが山積みだ。

でも、そのための工夫が今一歩足りない。自分のToDoリスト的なものや、視聴履歴というよりは視聴ヒストリーで、ご利用を計画的に、統計的に分析できたりして欲しい。ToDoリストは、コースやレシピ的に共有できても良い。

泣きたいとき、笑いたいとき、観賞後の印象別、様々なコースを、ユーザが登録できて、それを活用できて、踏破競争ができて。映像を通じたコミュニケーションを深める方法は色々と考え出せるだろう。

評価ももっとし易くできるはずだ。よく知らない映画は、実は今でもmixiの「映画を一言で語り点数をつける会」とAmazonの星ランキングを参考にしている。既存の良質なコミュニティで可能と証明された、モラル/秩序/品質を備えて行かないと根付かない。単なるVODライブラリーではなく、VODコミュニティに育てて行かないと、今後ますます苦しくなる予感がある分野なのだから。

コンテンツの情報も不足気味だ。タイトル/時間/アラスジなどだけでは足りない。俳優別/監督別にも見たいし、米国/日本の放映歴史順にも見てみたい。映画もTVも同居だからこそ、どこでブレイクしてどの映画に出て...と仮想追っかけをやってもいい。

そして一度視聴可能になったら、よほどの事がない限りキープして貰わなくては困る。いつだって此処に来たら見られる、という安心感は必須だ。そして契約上それができない場合、どの作品がいつ見れなくなったかなどの情報も明記して欲しい。時間が明記されたなら、我慢やレンタルビデオ屋さんなどの代替手段を探し易い。

で、コンテンツとして考える事は、吹き替え版/ディレクターカット版/メイキングの3点だろうか。米国産という位置付けからは英語版が主体になるべきなのだろう。個人的にも原語で観るのが原則だと思って来たが、子供たちの代ですら変化がある。

映画が洋画を指すのは我家では私だけで、子供たちにとっては邦画がメインだ。価格帯や自由な時間の持ちようから考えて、学生層を取り込まない訳には行かないだろう。そして同タイトルなのに別ヴァージョンがあるもの、そしてメイキング(最近中古でお手軽に買えるようになってきた)。どのようなアインデンティティ戦略でくるのか、今後が楽しみだ。



ECサイトは、情報量や裏方のシステムで勝負する時代は終わりつつある。私の目には、リアル店舗と同じように、どこまで店番が商品を大切にしているかが、じわりじわりと付加価値として存在感を増しているように見える。VODのような、そもそも形のない商品を形のない棚に並べて、更に顧客を逃がさないようにする場は、ECサイトの深化系だ。だから、ここでも、店員のコンテンツ愛に行き着く。

例えば、下記のTSUTAYAのフリマガの映画紹介。正直言ってよくここまで褒めることができるなぁと感心する。既に見て感心しなかった作品も、ここのライターさんにかかれば輝いて見えてしまう。けなすことよりも褒めることの方が難しいはずだ。良い点を必死で探し、そこを伝える絶え間ない努力。単なる商品棚ではなくコミュニティ構築。またコミュニティの内外という意味でソーシャル戦略も必須だ。ひとつのWeb屋の頑張り所の集大成に見える。

   App Store - TSUTAYA FREE マガジン
   < http://itunes.apple.com/jp/app/id398474002?mt=8
>

自炊によって形ある書籍がデジタルとなった、HuluのおかげでDVDがなくなるかもしれない。Adobe製品もクラウド化しはじめ、ソフトの箱もDVDも家から消えて行く。様々なものが「所有」から「利用」に変わりつつある。この分野は、本屋がAmazonだけで良いと思わないように、複数で競り合うのが健全なのだろう。毎月980円でその応援をする、そう考えても一興だ。見飽きるまでにはもう少し時間がかかるだろう、それまでは応援しよう(だからコンテンツ増やしてね、続々と)。

(追記)
学生や高齢者層ではクレジットカードを持っていない人達が多々いるんです、と編集長から指摘を受けました。Huluは定額制なのでプレゼントしてもらうという手はなくはないけれど、銀行引き落としのような形態も必要なのかもしれません。各種コンテンツ閲覧は、エンターテインメントとして考えるよりも、ライフラインとして考える社会の方が素敵なのでしょう。人はパンのみにて生くる者に非ず。

【みつい・ひでき】@mit | mit_dgcr(a)yahoo.co.jp
< http://www.mitmix.net/2012/05/190.html
>
・これ書いてる最中にHuluがダウン、Twitterで苦情増加中。
 約3分で復旧、それはそれで凄い。って感心する所ではないw。
・新着扱いにならないが、ギャラクティカが先日シーズン3まで視聴可能に。