Otaku ワールドへようこそ![153]河原に点在する限りなく軽い存在たち/GrowHair

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本題に入る前に、ちょこっと日食のことをば。

●日食はツイッターで観察したクチです

火曜日に岡田陽一さんが「十数人が日食グラスやNDフィルタ越しに同じ方向の空を見上げているのに、何事もないかのように、まっすぐ前だけを見てウォーキングしたり犬の散歩をしたりしている人たち」を不思議に感じたと書かれているが、私の同僚のK島氏も同じことを言っていた。

2009年に皆既日食を見にわざわざ中国まで行って、世紀の天体ショーの観察の場に立ち会えたことへの感動で「もう死んでもいい」とまで思っていたのに、その傍らを犬連れて無関心に歩き過ぎる人とか。この温度差っていったい何なんでしょ。

大災害に見舞われたり疫病が流行ったりしたとき、みんな同じ仕様に出来ていて同じ行動をとったら種として全滅してしまう恐れがあるので、バリエーションをもたせておくのが生物の知恵というか自然の摂理なのかも、と思っておきましょうか。

私もまた写真を撮る者の端くれ。素人がちょちょいと撮ったのとは一線を画する「これぞ金環食!」ってのを撮ってお目にかけましょうか、といつになく張りきった。......ということはなく、早起きしようという気すら起きなかった。これがもし十数年前、何でもかんでも雑食的に撮ってたころだったらがんばってたかもしれない。

「写真ってのはなぁ、ほんのちょっとでもメンドクサイって気持ちを起こしたら、その時点でオワリなんだよ。気ぃ抜いて撮るくらいなら、即、引退すべし」なんてとんがった信条もってたっけなぁ。あのころのオレが今のオレを見たら「もう撮らんでよろし」って言うかなぁ。ごめん、メンドクサイ。




だいたい世の中の関心と自分の関心が一致してるって感覚もってる人って、テレビの見すぎなんじゃないかな? ......とか何とか言ってる、うっす〜い関心の人は、実物を見るよりツイッターで観察するほうが楽しめる。

この写真には深く感心した。「結構うまく撮れた!!!」とか言ってるけど、心なしかゆがんでるように見えるんですけど。「イスの上に置いた輪ゴムが」。はいはいよかったね。時として、手抜き写真のほうが面白い場合もあるってことだ。
< http://bit.ly/LpU20D >

マジメにすごいと思ったのがこの写真。太陽を背景に飛行機が黒くシルエットで、月を背景にジェット噴射が白く、という奇跡のような白黒コンビネーション。撮った本人「飛行機うぜぇ」。おいおいマジすげぇって。
< http://bit.ly/JTbdf3 >

逆向きに観察するとこうなってる、っていうのにもちょっと感動した。うん、ナイトスポットだ。意味違うけど。
< http://bit.ly/LBTVFq >

あと、1,500円も出して日食グラスを買っておいたのに寝坊したことを嘆く専用の掲示板ができてたり。えーっと次は2030年に北海道であるらしいですよ。そのころには「2012年の製品は実は目に危険だった」なんてことになってないことを祈る。

●男一匹と猫15匹

入間川の河川敷に置かれた車の中に猫5匹とともに住むおじさん〜上田友浩氏(仮名)62歳〜のことを以前に書いた。3月20日(火・祝)に行って聞いてきた話である。それから一か月経った4月22日(日)、再び上田さんちへ行って、庭で人形を撮影させてもらった。

そのときは、人形作家さん二人と一緒に行った。吉村眸さんと岡野茜さん。同じ大学の先輩後輩で、卒業してからも研究生として大学に残り、彫刻を専攻している。吉村さんの作品は、そこの近辺で二度ほど撮ったことがある。

吉村さんとは '09年12月に知り合った。銀座の「gallery 156」で人形作家10人と私のグループ展「臘月祭(ろうげつさい)」を開いたとき、来てくれたのである。吉村さんも同じ画廊で個展を開く予定があるとのことで。私の撮った人形の写真が展示されているのを見て、吉村さんの作品も撮らせていただける話になった。そのとき私は在廊してなくて、会ったのは年明けだったが。セーラー服を着るおっさんだってことは、すでにしっかりバラされていた。

かつて岡本太郎氏は「芸術は爆発だ」と言っていたけど、吉村さんのアートは「芸術は種火」みたいな感じ。短距離全力疾走ではなく、マイペースを崩さず長距離を淡々と走り続けるランナーというか。別に歯を食いしばって忍耐に忍耐を重ねたりしなくても、根気の要る長い工程の作業を日常のことのように自然体でこなしている。

創作への熱く燃え盛る情熱みたいなのが本人の姿勢から読みとりづらくたって、作品は非常に面白く、挑戦意欲満々なのが表れている。創造性が高く、既存の固定観念の枠組みから外へ出よう出ようとしているように感じられる。「尖ってナンボだから」みたいなことをおだやかな、落ち着いた調子でさらっと言っちゃうあたりが私としては可笑しくてしょうがない。

去年の12月に吉祥寺の「gallery re:tail」で吉村さんと岡野さんが二人展「flux:絶え間ない変化」を開き、私は12月24日(土)に見に行って岡野さんと初めて会った。初っ端からいきなりセーラー服姿をお目にかけてしまったわけだ。近いうちにお二人の作品の写真を撮影させてもらい、5月のデザフェスに展示できればとお願いすると、即座にOKしてもらえた。

で、3月3日(土)に三人で打合せ。新宿西口交番前で待ち合わせたが、このときも私はセーラー服を着て行っていた。同じ3月、浜町の「好文画廊」にて東京学芸大学彫刻展が開かれ、吉村さんと岡野さんの作品も出品されていた。それとは別に岡野さんは銀座の「ギャラリーツープラス」で個展「部屋」を開催していた。私は3月17日(土)に両方見に行って、浜町で吉村さんと、銀座で岡野さんと会った。けっこうな雨の中、浜町〜人形町〜日本橋〜京橋〜銀座と歩いた。このときもセーラー服だった。

ということは岡野さんは私と会った最初の三回、セーラー服姿ばかり見てたってことか。デザフェスには、セーラー服着て来てくれた。これだ。
< http://bit.ly/L7micf >

岡野さんのアートは、精神の地の果てまで行って着想し、戻ってきてこっちの世界へ生み出されたよう。抽象的なのだ。苦痛で苦痛でたまらない領域へ、あえて平気な顔をして踏み込んで行き、自己の精神を徹底的に痛めつけたら何が出てくるだろうと実験してみたりする。自分の存在の孤独さ、弱さ、意義の軽さといった、ちゃんと向き合うのをついつい忌避しがちな方向へ、無理やり自分を向かせてみる。仏教で言うところの「不浄観」の精神修養を思わせる。

ずっと前、渋谷の繁華街で、路上にポイ捨てされた煙草の吸殻を、縦にずらずらと並べていくという作業を一人で黙々としてみたそうである。私のようにキャピキャピ喜んでセーラー服を着て歩いているのとは大違いで、なんだかわけのわからないことをしていることで、通行人から奇異の目で見られることがつらくてしかたがない、だからあえてやってみたのだそうである。

銀座の個展のときは、造形作品の傍ら、映像を流していた。被写体は自分。建物内、ときおり人の往来のある廊下の脇に、金属パイプを直方体に組んで壁や天井のないのない枠だけの部屋のようにこしらえ、その中に座って、口をガムテープで塞ぎ、目隠しをして、あとは長時間ただ座っている。その姿を延々収録したものを映している。

通りがかる人の多くは、状況に対する納得性のある説明が欲しくなるようで、本人よりも周辺に何か手がかりはないかと見回して、うーんなんだかやっぱりよく分からん、ってもやもやした気持ちで歩き去っていく。向こうからこっちは見えるけど、こっちから向こうは見えない。決定的に弱い側の立場。それを試してみたかったのだそうだ。孤独で無力で、涙が出てきたそうである。

さて、そんな吉村さんと岡野さんと、4月22日(日)に上田さんちへ。二回の予定が雨で流れ、三度目の正直である。この日も予報はかんばしくなかったが、撮影中はちょっとぱらついた程度でなんとかもってくれて、撮影を終えて近くのコンビニで一息ついているときに本格的に降り出した。

前回のプロフィール欄にちょこっと書いたように、上田さんちへ行ってみると、猫が10匹増えていた。1匹が5匹産み、10日ほど置いて別の1匹が5匹産んだそうである。車のシートを倒して寝床にしているが、その下をごそごそ探って代わる代わるつかみ出して見せてくれた。片手に2匹乗せられる小ささ。後から生まれた5匹はまだ目が開くか開かないかぐらい。親が全力でニャーニャー抗議する。

3月に来たとき、福祉の人が配っているという紙を見せてもらったので、今回来る前、そこに書いてある番号に電話してみていた。埼玉県福祉士会。電話するとどうなるかというと、まず「シェルター」というところに1か月ほど住まわせてくれるそうである。その間に戸籍や住民票の復活などの手続きをしてくれる。また、シェルターであっても住所として認められ、銀行の口座を作ってもらえる。そこへ生活保護が振り込まれる。アパート探しもしてもらえて、そこへ移る。生活保護はずっと受け続けることができる。

上田さんはそうは言っていなかった。アパート暮らしして2〜3か月経つと、仕事見つけろとうるさく言われる。仕事してないと、生活保護が減額されてしまう、と。「見つけろったって、60歳過ぎてんだから、誰も雇ってなんかくれないよ」。

橋の下の集落の人々は、近々塗り替える計画があるとかで立ち退きを迫られているが、福祉の人の助けでアパート暮らしを始めた人たちも、もう半分ぐらいが河原に戻って来ているという。元の場所には戻れないので、適当に場所を見つけている。先住者が亡くなって空き家になってた倉庫みたいな掘っ立て小屋とか。

その人のほかにも、橋の下に住んでた人が一人死んだそうである。集落のようにみんなで暮らしているのに誰も気づかず、発見されたときは死後2か月ほど経っていたそうである。そんなふうであっても、アパート暮らしよりはいいらしい。

どうも貧困ビジネスのかほりがぷんぷん漂う。生活保護受給者をとりまとめて食事を出したりする代わりに上前をピンはねしちゃう、あれ。NHKが特集番組を組んで、さらに本を出版したためか、貧困ビジネスについてはけっこう世の中に知られているようだ。私はまだ読んでないけど。NHK取材班『NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃』(宝島社、2012/4/14)

お二人の作品を上田さんちの庭で撮ったらさぞかし面白かんべぇ、と前々から思っていた。通底する何かがあるのだ。みなさんのご協力のおかげで、それが実現した。そうらやっぱ面白いじゃん。周辺に散らばっている産業廃棄物とのコンビネーションもまたよい。

ところで上田さんは、近くで畑をやっているK原さんからタケノコをもらったんだけど、歯が弱くなってるんで硬いものは食べられないのだそうである。だからもらってくれ、ってんで、岡野さんがもらった。河原に住んでる人を訪ねて行って、食料を恵んでもらって帰ってくるって状況がワタシ的にはたいへんウケるんですけど。岡野さんは持って帰って食べたそうである。

●そんなに美味いのかタンポポって

3月に一人で来たとき、橋の下にも行ってみた。橋の下の集落は、何回か通り抜けたことがある。40年間放置されている鉄道線路は廃線ではなく休止線で、再開する計画もあったはずなんだけど、そんなことお構いなし、って感じで橋が遮断している。線路沿いに歩いて来るとコンクリートの壁にぶち当たり、水の流ている方へ少し歩いて橋の下をくぐって、また土手のほうへ戻ってくると、壁から線路の続きが出ている。

その橋の下に集落があったのだ。なんだか恐くて、息を殺してそーっと歩き抜けていた。犬を飼ってる人もいれば、文庫本を読んでいる人もいる。3月には一所帯しか残っていなかった。その住人もお出かけ中で、誰もいなかった。

人が立ち退いた後の区画は、片付けられ、更地にされ、杭が打たれ、針金が張り巡らされていた。人が住んでいる領域は、屋内のような屋外のような。生活感があって、非常によい。ここでも撮れないかなぁ。ここの住人だってもうまもなく立ち退かされるであろうから、この眺めも今しかない、貴重なものなんだよなぁ。

5月にもう一回行ってお話しすることができたのだが、結局名前は教えてもらえなかった。ブリタニカの百科事典が積んであったので、仮に谷川鰤(ぶり)さんとしておこう。茨城県出身で、ここに暮らして3年になるという。

さて、デザフェスには、もうお一方、人形作家さんの作品を撮影して展示させていただける話になっていた。清水真理さん。創作人形ではトップクラスの有名な方であり、大泉学園駅から徒歩5分ほどのところにアトリエがあり、人形教室「アトリエ果樹園」を開いている。

清水さんは6月に写真集の出版と、それとリンクした個展の開催を予定しているので、たいへんに多忙である。撮影はいいけれど立ち会ってる暇がないってことで、2体、貸していただけた。うわ、畏れ多いことです。

清水真理『Miracle〜奇跡〜』(発行:アトリエサード、発売:書苑新社)
< http://atelierthird.jugem.jp/?cid=64 >

田中流(ながれ)さんというプロの写真家さんが、清水さんの人形を一番多く撮っている。もう何万枚というレベルで。撮り始めたら人形に引き込まれちゃって止まらなくなり、8時間ほど撮り続けていたこともあるそうだ。今度出版する写真集で使われる写真は、ほとんどが田中さんの撮ったものである。けど、実は私が撮ったのも2ページばかり使ってもらえるそうで。奥付にGrowHairの名前も入れてもらってるそうで。いや、それ、私にとって「Miracle 〜奇跡〜」なんですけど。

清水さんの人形は夢見る少女の心を映し出したロマンチックな作品が多いので、撮るとしたら、アンティークショップとか洋館とかチャペルとかがよく似合う。けど、それはなんだか分かりやすすぎる感じもするのだ。あえて外してみるというのも一策ではなかろうか。

谷川さんちと清水さんの人形、ってコンビネーションはどうだろう。汚くて美しい場所に、きれいで美しい人形。そこにはおのずと「生命」というテーマが浮かび上がってくるであろう。うーん、撮りたい、撮りたい。けど、いきなり訪ねて行って、今からあなたのお家で撮らせてください、って話は、いくらなんでもないよなぁ。と思いつつ、無茶を承知で一か八か、ひとつ賭けてみるとするか。

5月4日(金)、再び入間川の河川敷へ。一人で人形とカメラを持ち歩くのは危険なので、吉村さんにお手伝いをお願いした。人形作家さんに撮影のアシスタントをお願い、っていうのもこれまた無茶な話なのだけど、人形の扱いを頼むのに誰でもいいってわけにはいかないのだ。

この日も天気が怪しかった。けど、デザフェスが5月12日(土)、13日(日)なのに、その約1週間前に撮ってるってこと自体がアレな事態で(毎度の事態とも言うけれど)、先延ばしは利かないのだ。これまたラッキーで、一通り撮り終わって、休憩してからまだ行けるようならもう1ラウンド撮ろうかなぁなんて思ってコンビニに戻ったら、休んでいる間に、もうきっぱりあきらめがつくぐらいに強い降りになった。

さて、橋の下の谷川さんちへ。今度は留守ではなかった。ここで写真を撮らせてもらえませんか、とお願いすると「何言ってんだ、ここは俺んちだぞ」と言下に断られる。やっぱそうですよね、と引き下がるわけにはいかない。美しいし、貴重なんで、ぜひぜひ! と食い下がる。最初は面白半分に撮りたがっていると思ってたようだけど、ようやくこちらの意図が伝わったようで。「お、芸術家か。よし分かった、撮らせてやるよ」。

拾ってきたものを売って生計を立てているという。谷川さんもまた猫を飼っている。大きなダンボール箱の中で丸くなって寝ている。別のダンボール箱の中には、子猫がいるそうだ。前日生まれたばかりみたいで、声がするんだけど、親猫が怒るもんだから近づけず、何匹いるのかまだ分からないとのこと。

以前は三人で暮らしていたという区画に今は一人でいるという。車が寝室で、囲炉裏みたいなのがこしらえてあるのがダイニングキッチンで、別のところにリビングがある。リビングでは常時ラジオが鳴っている。

近々日食があることを知っていた。 それと、貧困ビジネスというのがあることも。ここからは出ていきたくないそうだ。福祉の世話には意地でもなるもんか、と言っていた。それに、不自由なアパート暮らしよりも、ここには自由があっていい、とも。

三人で暮らしていたうちの一人は死んだそうだ。「きっと飲みすぎだったんだよ。よく飲んでたからなぁ。目の中、真っ白白だったし、健康に問題あったのかもなぁ」。そういうことがあってもアパート暮らしは断固拒否なんだなぁ。私の感覚だと、楽だし、安全だし、快適だし、電気来てるし、アパート暮らしのほうが断然いいように思えるんだけどなぁ。

ボウルに水が張られ、タンポポが浸されている。花も蕾も茎も葉っぱも。アク抜き中。「ゼニがねぇからこれ食ってんじゃねぇんだ。美味いから食ってんだ」と強調する。エグみがいいのだそうで。酒のつまみに最高なんだとか。

湯がいてマヨネーズつけて食べても美味いし、豚肉と一緒に炒めてもよし。フランスではタンポポの葉っぱを食材として売っているようなので、食うこと自体、間違っていないであろう。キク科の植物なので、春菊とか刺身に添えられてる食用菊と似た味なんだろうな、きっと。タンポポは茎を折ると、白い汁が滲み出してくるので、あれを見ちゃうとあんまり食いたくならないんだけどなぁ。とか何とか言っていながら、一度食してみたいかな〜という気も。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。

デザフェスで展示した写真はこちら。
< http://bit.ly/LqQ6wv >
よく売れたし、「見ていてなんだかグッと来るものがある」と賛辞を述べてくれた人もいた。

ケバヤシの姿はこちら。ツイッターを検索して拾い出した写真だ。
< http://bit.ly/Kpv198 >
ツイッターでは私のことがつぶやかれたツイートが100件ほど。読んでみると、私が作品制作者から頼まれて店番している売り子だと思った人がけっこういて愕然。セーラー服来たおっさんに売り子頼む人なんていますかいな。撮った本人ですってばー。二日目には、立ち止まる人ごとに自分から強調しておいた。

清水真理さんの写真集出版とリンクした個展の情報です。
◇ヴァニラ画廊にて個展開催!
2012年6月11日(月)〜6月23日(土)※6月17日(日)も特別営業
清水真理個展「Metamorphose─変容─ 〜傷みが悦びに変わるとき〜」
入場料500円
詳細は
< http://www.vanilla-gallery.com/archives/2012/20120611.html >

このところ暑いので、部屋ではズボンを脱いで過ごしている。炬燵の骨をテーブル代わりにして、あぐらをかいてパソコンに向かう。すると、大腿部をこちょこちょとくすぐるやつがいる。わ、虫か?! 見ても何もいない。こすっても何もついていない。おかしいなぁ。ってなことが二度三度。あっと気がつく。自分のヒゲの先端だった。うん、伸びすぎだ。

ずいぶん昔だけど、写真家のアラーキーこと荒木経惟氏が撮った写真で、ご自身の影を写したものがあり、「どうだ! 影だけでも俺だと分かるであろう!」と言わんばかりであった。ふふふ、そういうのなら私だって。どうでしょ。
< http://bit.ly/KLSzXp >