アナログステージ[番外]装飾されない言葉と酒
── べちおサマンサ ──

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実は小料理屋好きです。洒落たショットバーや、クラブなんかで飲んでるより、カラオケもないカウンターだけの、ひっそりとした小料理屋さんが大好きです。出張先などで接待受けても、必ず、「どこか、美味しい小料理屋さんに行きたい」と駄々をこねます。

とある出張先での出来事。フラフラと暖簾をくぐって、お店に入ると、席は常連さんでたくさん。おばあちゃん1人で忙しくお客と会話しながら料理を出している。

「一人なんですけど、いいですか?」

「お兄ちゃん、ここ空いてるよ」と、常連さんらしきオジさんが声をかけてくれた。話の邪魔にならい程度で音量で流れている、有線の演歌。生ビールを一杯、二杯飲んでいると、いつの間にか隣のオジさんと会話が盛り上がり、何年も通っているかのような安堵感が生まれてくる。




オイラが足を運ぶ小料理屋さんは、知らないうちに、カウンターのお客みんなで、会話している...。なんてことはいつもだ。カラオケも置いてなければ、お酒を注いでくれるおネーちゃんもいない。一日の疲れを、何気ない会話で、ゆっくり落とすような、家で寛いでいるかのような、そんな雰囲気がたまらなく好き。

『経験に勝るものなし』時には貴重な話しや、いろいろと役に立つ話も聞くことができる。そういう話は、普段聞こうと思っても、なかなか聞けるチャンスはない。自分の息子に、孫に話し掛けるように、会話は進む。

「兄さんはどこからきたんだい?」
「横浜です」
「そうか、横浜か。仕事か?」
「ええ。明後日までこっちで仕事です」
「そうか、それじゃ明日も顔みせてくれ」
「もちろん、お邪魔しますよ!」

翌日、仕事が終わってホテルでシャワーを浴びて、そそくさと昨日お邪魔した小料理屋さんに足を運ぶと......

「いらっしゃい」
「お、来たな!お疲れ、お疲れ!」

昨日いろいろ喋ったオジさんが『待ってましたー!』と言わんばかりの表情でオイラを迎えいれてくれた。

「今日はオレの元部下を連れてきたんだ。兄さんに会わせたくてな」

軽く会釈をして、そのオジさんが連れてきた方から名刺を頂いた。名刺を見て生ビールを噴出しそうになった。某企業の取締り役。

言葉が出てこないオイラをみて、「今は酒の席だ、肩書きは外しましょう」そう言って、そのかたは生ビールを旨そうに飲み始めた。話しを聞いていると、どうやらオジさんは(オイラはジーちゃんって呼んでいたんだけど)、元々その会社の取締役で、定年退社後、その後を一緒に来た方が後任しているらしい。オジさんは久しぶりに会ったのか、凄く楽しそうな顔で話している。

経済の話から、下世話なくだらない話まで会話はどんどん進んだ。まだ話の内容が分からないところもあったが、二人は笑いながら、「これからわかることだ」と言って、会話はまた元に戻る。

「昼に電話がかかってきて、面白い若いのがいるから、ちょっと顔だせって言われて来てみたら、本当に面白い兄さんだ」

どうやら、本当にオイラに会わせたくて、わざわざ電話して呼んだらしい。時間が過ぎるのは早く、店の看板の時間が訪れ、オジさんが「兄さん、またこっちに来るときは必ず顔見せてくれよ!」と肩をポンポンと叩く。再会を約束して、最後にオジさんがオイラに言った、今でも鮮明に憶えてる言葉がある。

「どんなに旨い酒でも、塩辛いときもあれば、甘く感じるときもある。味のない酒を飲んでいたらダメだ。男はいろんな味の酒を飲まなきゃいけない。忘れるなよ、兄さん」

最近、この言葉の意味がわかってきた。

【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp
このコラムは、2002年に書いたものです。2000年から2002年当時は、本当に出張ばかりで、自宅に戻れるのは、3か月に一回とか半年に一回の、そんな生活を送っておりました。読み返してみると、出張先の小料理屋さんに、なかなか帰れない自宅を重ねていたのかもしれませんね。