ローマでMANGA[53]イタリアにMANGA 〜カッパボーイズ誕生物語/midori

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「カッパボーイズ」なんて聞くと、妖怪のカッパの少年が歌ったりしてるところを想像する方もいるかもしれないが、そうではないので悪しからず。

イタリアにMANGAカッパが生まれた話だ。70年代の終わりに日本のアニメがイタリアに登場し、それから10年経ってアニメを見ていた子供が成長して就職する年齢になった。日本のアニメが好き! というのを高校生になっても、高校を卒業して仕事を探す年齢になってもやめない子たちも出てきた。

その中に、後のカッパボーイズになる子たちもいたというわけだ。1990年にできたGranataPress社は、そういう若い子たちで作り上げた出版社で、MANGAを掲載するという勇敢な仕事をした。

アニメーションは子供のものという空気の中、大人になってもアニメ好きをやめなかった勇気もそうだし、イタリアでは知られていなかったMANGAを発行する勇気もそうだ。

この出版社から8タイトルの雑誌が生まれては消え、その活動中、「北斗の拳」「バオー来訪者」「機動警察パトレイバー」「サンクチュアリ」「スプリガン」「ガンヘッド」「アップルシード」「マクロスII」「アリタ」「ジェノサイバー」「リカントロープ レオ」「うる星やつら」「ランマ1/2」「カムイ」「UFOロボ グレンダイザー」「デビルマン」「キャプテン ハーロック」を雑誌に掲載した。

選択はすべてSF系(カムイは違うか)という、かなり偏ったものになっている。憶測だけど、アメリカ経由で、つまり、日本の出版社と直接やり取りしないで、アメリカの出版社から出版権を買って(原稿反転、彩色済みのもの)出版したせいだと思われる。アメリカ好みの選択だ。そして、どれも全編掲載し終わってないようだ。

そして......6年間頑張ったGranata Pressは1996年に閉じた。




●危機をチャンスに

悪いことは良いことも連れてくる、というような意味のことわざがイタリアにある。後のボーイズは仕事していた出版社の解散を、一歩前進の機会に替えたのだ。Granata Pressにいたアンドレア、マッシミリアーノ、もう一人のアンドレア、バルバラの4人はGranata Press解散を、アメリカ、フランス経由ではなく、自分たちが選んだMANGA作品をイタリアで出版する契機とした。この熱というものは人を動かす。だが、4人の青年は、熱はあっても懐は寒い。

同じボローニャで、80年代の終わりにスターコミックスという出版社が現れた。アメコミを出版する意思で設立され、それなりに順調にやってきていた。4人は一回りも二回りも上の社長に向かって、MANGAの素晴らしさを説いて、「私にはMANGAの良さというのは分からないが、君たちがそんなに勧めるならやってみたらいい」といわせてしまったのだった。

つまり、スポンサーが付いたわけだ。日本の出版社にも「MANGAを出版したいアンドレアです」と言うより「ボローニャの出版社、スターコミックスです。アメコミ出版の実績があります」という方が信頼を持ってもらえるに決まっている。そして、スターコミックスの衣を着て、講談社にたどり着いた。

●MANGAがイタリアへ入る瞬間

もっとも、たどり着いたのはファックスで、話し合いには講談社がイタリアへやって来た。当時国際室と呼ばれていた部署の安藤さんという才媛。安藤さんは英語ペラペラだけど、アンドレア達の英語がどうも...ということで、私が通訳に呼ばれ、日本のMANGAが出版社から直接イタリアへ渡る瞬間に同席することになった。

安藤さんはローマの出版社とボローニャにあるスターコミックス社とアポを取って、どちらに講談社のコミックスの出版権を売るのかを決めるために来伊した。それぞれの会社へ訪問し、ローマの出版社は社長と秘書役の女性、スターコミックスでは社長とアンドレ達4人の若者と話をした。

この話し合いで二社の性格の違いがはっきりした。ローマの出版社は、結局のところMANGAが売れそうだから出版したいという、まぁ、株式会社のあり方としては正しい姿なので悪いとは言わないけれど、二者択一の場合、何かが足らない。

スターコミックス社では、まず社長と挨拶し、先に書いた「私にはMANGAの良さというのは分からないが、君たちがそんなに勧めるならやってみたらいい」というエピソードを披露し、その後はその場にはいたけれど話し合いは若者4人に任せた。筆頭のアンドレアは1968年生まれ。御年28歳のことだ(今、調べてみて発見。イタリア人には珍しく童顔なので、もっと若いと思ってた)。

4人はMANGAのことをよく知っていて、ぜひとも自分たちが講談社のMANGAを出版したいのだという熱意もよく伝わってきた。たとえば、Granata Pressで「AKIRA」を出版したが、アメリカ経由の彩色を施したもの。この4人は、オリジナルの白黒の方が美しいと思うという、MANGAに対する深い造詣があることを思わせる発言をいくつもした。

そして、二社ともミーティングの後夕食に招待してくれた。ローマの出版社は、テスタッチョという、ローマの下町にある1887年からやっているトラットリア。東京築地の魚市場にある寿司屋のように、かつて中央屠殺場だったところで、そこで働く人を相手に肉や臓物を使って食べさせる食堂が起源の、由緒ある、その味には定評がある店だ。今は息子の代の高級レストラン。
< http://www.checchino-dal-1887.com/ >

出席者は社長、奥さん、秘書、社長の息子二人とその奥方そして安藤さんと私だった。イタリアの会社は中小企業が多く、そのほとんどが家族が役員をやっているから、この出席者の構成は不思議ではない。ただ、食事の間、家庭内の話題に終始した。安藤さんはそれなりに面白がっていたし、食事は誠に美味しかったけれど、それで終わった。

スターコミックスの方では、どのレストランで何を食べたのか覚えていない。覚えているのは食事の間中、ずっとMANGAの話をしていたということだ。

出版社の規模も、これまでの出版内容も質もそれほど大きな差がないのなら、講談社の決定は自ずと明らかだ。

安藤さんはスターコミックスを選び、帰国前に更に細かい内容を決めた。講談社のMANGAを集めた雑誌形式にすること。その雑誌名には講談社という社名につながりのあるものを採用すること、という条件を出した。

雑誌名に関しては、安藤さん帰国後ゆっくり結論を出してくれれば良いということだったが、4人は顔を見合わせてアンドレアがおずおずと、「Kodanshaの頭文字のKを使い、イタリア語読みの『カッパ』を使えばいいと思う。『カッパ』っていう発音、日本の妖怪の名前だし...」このネーミングには安藤さんも異存なく、あっけなく決まった。

こうして、安藤さん来伊の翌年、1992年7月、「攻殻機動隊」「3X3Eye」「ダーティペア」「ああ!女神様」の4作品と読物を掲載して月刊「Kappa Magazine」第一号が発行になった。
< http://www.sinet.it/baroncelli/manga/km_01.htm >

この雑誌の創設者の4人は「カッパボーイズ」と名乗るようになり、コミックスフェアで姿を現すと歓声が上がったりして、ちょっとしたアイドル的存在にまでなった。
< http://www.starcomics.com/img/foto_lucca_2008/Kappa_Boys_big.jpg >

「Kappa Magazine」は2006年11月173号で廃刊になるまで、実に14年間頑張った。当初は講談社アフタヌーン編集部とコラボして、カッパマガジンを通してアフタヌーン四季賞に応募できるという企画もあった。実際には、賞に応募できるほどの質を持った作品が集まらず、ウヤムヤのうちに消えていった。

その代わり、1995年にKappa Edizioniという独自の出版社を創設し、主に、イタリアの作家を掲載する「mondo naif」誌を創刊し、現在、日本の作家や他のヨーロッパの作家を含む本を14の項目に分けて出版するほどに成長した。
< http://www.kappaedizioni.it/index.php >

4人とも「ボーイズ」と呼ぶにはちょっとはばかられる年齢になったけれど、MANGAをイタリアへ入れた功績とともに、しっかりとMANGAとマンガの世界で人生の地盤を固めた。拍手。

【みどり】midorigo@mac.com
主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/ >

違法ダウンロード法案が可決されたそうですね。違法ダウンロードは万引きと同じ、という考え方だけで行くと、インターネットのあり方と相容れないのではと思う。何を違法とするのか、どのように摘発するのか、問題は山積みのままではないかとも思う(たとえば、これを書きながら久石譲さんのYouTube動画を集めたものを聞いているけれど、これも違法になるということかな)。

情報を共有する、ということで、「これいいと思う!」と、映画のトレイラーを引っ張ってきたり、「見てきた!」とコンサートの様子を撮影したものをアップしたくなるけど、それは著作権と相容れない。

国会審議の中で、キャラクターのTシャツを着たわが子を写真に撮ってそれを個人ブログにアップするとそれは違法になるのか、ともやってたけどそうなると行き過ぎ管理社会と言わずにいられない。むしろ、宣伝してやったから報酬をくれ、と言いたくなってくる。息子のTシャツで何か儲けたわけでもないし。

違法ダウンロード法案で守りたいものは、今のところ割と簡単にDLできてしまう音楽、映画の著作権(製作者の利益、要するにDLしないでCDやDVDを買ってよ、ということ)だと思う。

一つの傾向として、19歳の息子は音楽も映画もCDやDVDというモノで持つことに興味がない。音楽はiPodに、映画はPlayStationに入れてしまう。ディスクではどこにやったかと探すのがめんどくさいという(整理整頓がヘタなことはさておいて)。私は自分で撮った写真を半年ごとにCDに焼いて、自分で作った画象とロゴを表面にプリントして悦に入っているが、息子は学校で遠出した時の写真なども自分では撮らずに、友達が撮ってFaceBookにあげたものを共有しておしまいだ。

つまり、バーチャルだけで所有することに何の違和感もない世代が出てきている。もう一つは、たとえば、ネットがなければ私は久石譲さんを知らなかっただろう。つまり、制作と流通の側でありかたを考えなおす時期にあるということだ。

この審議で参考人として呼ばれた津田大介氏の意見にほぼ同意。
< http://www.nicovideo.jp/watch/sm18139054 >