武&山根の展覧会レビュー 妖怪は生き続ける──【幽霊図・妖怪画〜異形のものたち〜】展を観て/武 盾一郎&山根康弘

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武:こんばんはー。

山:こんばんは! すでに眠いけど。

武:なんだそれ! じゃあ適当に抽象的な話をして終わらせましょう。


山:抽象的な話か。何を求めとんねん。いやー、それにしても昨日も飲んだねえ。さっぱり覚えてないな。だいたいどうやって帰ったのかもよくわからん。いつものことか。

武:帰れたんだからよかったじゃん! 覚えてるのはね、階段で山根が転んだ、雪駄の鼻緒が切れちゃったんよ。しばらく山根は寝っ転がってたw


山:マジですか? ああ、もうそのまま眠りたかったんやな。

武:どうしようもなくなる状態まで呑んで、ひとつ儀式が完了するんさよ。ひょっとしたらこれはかなりプリミティブな信仰行為かも知れないな。

山:やっかいな儀式やな、、、ってなんやねんそれw


武:トランス状態に持って行って「向こう側」と接続してるんだよ。

山:覚えてないけどな。

武:太古の時代のシャーマンもその時のことは覚えてないんじゃないのかな。煙とか樹液とか酒みたいなのを体内に取り込んで、神と接続するわけじゃん、で、近くの人はそれを見守る、と。
山:見守るんかい!


武:または一緒にトランスに入るか、ね。でもきっと、先に接続した人を通じて他の人も向こうに行く、んじゃないかな。

山:ただ酔っぱらって暴れてるだけですw

武:このように「酔っぱらって暴れてるだけ」と見える行為も、考察角度を変えることによって、違う世界が見えてくるわけだ。
山:見えるか!


武:俺は本当に「これは儀式だ」と思ったもん。約束みたいものだよ。

山:何の約束や!

武:酒の神との契約。

山:そうか。。。そんな契約したような気もする、、が、とりあえず無事に帰れたし、仕事も出来たので、良しとしよう。


武:俺は西川口から京浜東北線に乗って気が付いたら西川口だったよ。『むじな』< http://www.aozora.gr.jp/cards/000258/files/42928_15332.html >の話を思い出して、何処にいるのか、何時にいるのかもわからなくなったよ。無事に帰れたから良かったけど。


山:とまあ二人とも無事で良かったということで、とっとと展示の話にいっときますか。えー、さて今回はですね、以前も行ったんですがまた行って参りました。西川口! 河鍋暁斎記念美術館です!

企画展「幽霊図・妖怪画〜異形のものたち〜」展
同時開催 特別展「第26回かえる展」
< http://kyosai-museum.jp/hp/top_page.htm >
これ前に行った時のデジクリ >
< http://bn.dgcr.com/archives/20110420140100.html >





●【幽霊図・妖怪画〜異形のものたち〜展/河鍋暁斎記念美術館】?


武:去年なんだ。前に行ったのは。

山:時間の感覚、ほんまさっぱりないな。

武:西川口駅改札出てもまったく記憶になかったからね。地方都市ってどこも改札風景って似てるし。


山:僕は仕事でもちょこちょこ行くので、覚えてはいたけど。

武:駅からの道もおぼろげながらしか覚えてなかったけど、唯一美術館近くの駐車場に右翼の宣伝カーが停まってるのだけは良く覚えてた。「国賊は討て!」「天誅」て書いてあるの、シビレルねw

山:あったなー。 


武:入場料は500円。同時開催の「かえる展」観なければ300円で済んだんだけどな、500円払っちゃったからね。

山:かえる展、面白かったやんw

武:まあカエルわりと好きなんだけどさ。


山:暁斎はなんでカエル好きなんやろ。

武:妖怪に近いからじゃね? 変な形だもん。オタマジャクシからカエルに変化(へんげ)するのも面白いし。

山:愛嬌あるしな。けどカエルがすごい苦手な人もいるよな。

武:虫のような恐怖感はないよ。虫って恐いじゃん。子供の頃はあんなに大好きだったのに大人になってから虫が恐くなった。


山:そうか? 足いっぱいあるからかな。足いっぱいある、ってよく考えたらすごいけど。妖怪やな。

武:カエルは一応人間と似てるよね、手足指。虫はルールが違う、言語が違うっていうか。

山:形態がまったく違うからな。じゃあサカナは?

武:食べ物。


●付喪神と妖怪


山:食べもんかいw まあそれもわかるけど。いや今回はね、暑いんで幽霊や妖怪でも観て呑んで暑気払いをしよう! という訳ですよ。

武:妖怪と幽霊ってちょっと違うと思うんだけど、どっちにせよ、どんな画家も妖怪や幽霊といった類いを描くのは好きだよね。


山:おお、確かに。なんでやろね、妖怪、幽霊、クリーチャー。

武:「正解」があってそれに従わなきゃいけないんじゃなくて、描き手が想像力で勝負できるからね。

山:本物は見えへんからな。


武:でもまあ、「百鬼夜行」とかお手本はあるんか。「九相図」にしても。

山:今回の展示では、「九相図」「幽霊画」「骸骨」そして「百鬼夜行」が展示されている。

武:九相図はもっと見たかったなあ! 「九相図」「幽霊画」「骸骨」はさ、「人間の死」がテーマになるよね、けど、妖怪てのは人間の死とはちょっと離れて、より自由度が上がるというか、そういうイメージがあるんさよ。


山:人間とちゃうからね。

武:妖怪をざっくりと「クリーチャー」とすると、今でも妖怪はみんな大好きだよね、仮面ライダーの怪獣からポケモンまで、妖怪・クリーチャーだと思う。で、制作者はクリーチャー作りが一番面白いんじゃないかなあ。

山:なんやろね、バケモンはお話にしやすいんですかね。神話かってバケモンだらけやし。神さんかもしらんけど。


武:人間を超えた能力を持つ存在、ソースは「自然」ってことなんだろうけど、、人間の作った物も百年経てば物の怪になるから、妖怪のカバー範囲は広い。

山:百鬼夜行にも描かれている、付喪神、やな。
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%98%E5%96%AA%E7%A5%9E >


武:面白いっすね。

山:「荒ぶれば禍をもたらし、和(な)ぎれば幸をもたらす」と。自然、ってことやな。確かに。

武:妖怪ってのは擬人化、キャラ化でもあるんだな。

山:妖怪 < http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%96%E6%80%AA >


武:なるほど、「境界」てのはなんかありそうだな。妖怪の出る時間帯は夕刻だからね、昼と夜の境界。人間って夕方に視力がガクンと低下するらしい。同時に夕刻は風景や物や植物の形体が溶け合って輪郭が曖昧になるから、ハッとするようないろいろな何かが見えたような気がしてしまう。

山:「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ですか。


武:それはあると思う。ロールシャッハテストじゃないけど、たそがれ時に風景が曖昧になって、人間の想像力が視覚を補っちゃうので、妖怪が見える、とか。

山:夕方じゃなくても、例えば木の「うろ」なんかをふっと見たら、顔に見えてきたりすることなんかもよくある。木の節が目に見えたりとか。


武:そうだね、雲とか、曖昧な形体ほど想像の自由度が上がるよね。

山:つまり、そこにいるはずがないもの、いるとは考えられないもの、が見えるってことやんな。

武:妖怪は人間のクリエイティビティそのものなんだよ。正解がないから楽しいんだろうな。


山:恐くもある。

武:恐くなきゃつまらないしね。飼いならされてる妖怪はつまらない。

山:あれ? 確か武さんケサランパサラン飼ってたんとちゃうの?

武:おじいちゃん飼ってたなあ! そういえば!w なんだろな、おじいちゃんは堅物な人だったけど、ケサランパサラン信じてたんだから、人の心も妖怪級に不可解だよね。
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%B3 >


山:あ、じーちゃんやったか。それにしたって、妖怪でも幽霊でもずーっと昔から人を魅了する訳やから、不思議なこととか有り得ないこととかを望み続けてる、ってことやな。それでまた、有り得ないことを創造していく、、すごいな。


武:そうだね。なにしろ、なぜ自分が存在してるのか? という根源的な不可解があるのに、それはスルーして前提にしちゃって俺たちは生きてるワケじゃん。どこかで「まてよ? そもそもが不可解だし謎だらけなんじゃないのか?」という潜在意識に応えてるのが妖怪たち、てことはありそうだよ。「分った気になるなよ。そもそもが謎なんだろう? ワイルドだろぅ?」と妖怪は問いかけてくれる。

山:はあ。


武:妖怪の絵を観るのがなんで楽しいのか、もうひとつは擬人化された造形が滑稽でユーモラスてのがあるからだよね、

山:キャラとしてね。

武:人を殺しかねない恐いものなのに、なぜかユーモラスなんだよね、それも面白いよな。どうしてなんだろ? その点、幽霊は恐さ原理主義じゃんw あ、ユーモラスな幽霊もいるか。けど、やっぱ、幽霊の方がビジュアルは恐いよね。モデルが人間だから、かな?


山:それは絵の描き方やったり、お話の作り方やったりするんやろうけど。確かに妖怪はユーモラスなものが多い気はする。えげつないのに滑稽、とかいるよな。いやそれよりやな、幽霊見たことある?

武:俺はない。妖怪もない。UFOもない。宇宙人もない。


山:妖怪って見なくないか?

武:妖怪みたいな人は見るけどなw

山:幽霊って、観たっていう人は結構いるやん。ホンマかどうかは別にしても、僕も見たことあるし。幽霊かなんかしらんけど。妖怪って見ないよなー。


武:水木しげるいわく「妖怪は音」ですからね。見えないんですよ。
  「水木しげるの妖怪談義」< http://nekokairo.blog72.fc2.com/?mode=m&no=253 >

山:なるほど。音も見えないから不気味ではあるわな。妖怪は音、やった場合、やっぱり実際に見ることはないんかな。

武:妖怪は見るものではなくて、気配を感じるものなんだな。


山:じゃあ、見えないものの存在を感知すると、それによって何が起こるやろ。

武:幸福になるんじゃね?

山:「荒ぶれば禍となる」んちゃうんかw

武:どうしようもない呑み方はちょっとあらためた方がいいのかもなww

山:ん? 誰に言うてんのか知らんけど...和んで呑むか。


武:そういうアニミズムとしての酒道w

山:道は険しい。

武:うん。って言うか、河鍋暁斎にはまるで触れてないけど。

山:おお、すっかり忘れていた。


●河鍋暁斎記念美術館の保守


武:俺は、今回の展示を観ながらまず最初に思ったのは、実は妖怪のことよりも、反骨の天才絵師を先祖に持つと苦労するよなあって。お孫さんだか、ひ孫さんだかが美術館を管理してるわけでしょ。

山:自宅を改装してね。


武:そうそう。「祖先の保守」に現代を生きる自分の仕事を捧げるわけじゃん。

山:そういうことになるな。

武:暁斎って優しい人だと思うんだよね。

山:ほう、と言うと。


武:酔っぱらった骸骨をあんなに愛着をもって描いてるのを観ると、「人間のどうしょうもなさ」を知っていてそれを愛した人だと感じるんさよ。子孫が健気に自分の描いた絵を守ってる姿を天国から見たとするでしょ、したっけさ、「嬉しいなあ」という気持ちと同時に、「申し訳ないなあ」という気持ちでいっぱいになると思うんさよ。「俺様の絵は残って然るべき。子々孫々と俺の絵を守るのが仕事じゃ、ゴルア!」とは思ってないような気がするんさw


山:でもあの時代の絵師って、多かれ少なかれ、そんなもんとちゃうんかな。北斎かって同じようなもんやろ。

武:そうなんだよな。プライドは高いけど、エリート主義とは違う何かを感じるんだよ。

山:江戸人っぽいやん。腕一本! 後先考えてどーのこーの、とかよりも。


武:今の日本人の現代美術ってさ「失った誇りを権威で回復させる」みたいなことをしがちじゃないですか。

山:ほう。

武:権威出世ポジション椅子取りゲームみたいな、さ。「絵師極道」みたいなのってないじゃん。


山:まあな。中にはいるんかも知らんけど。

武:俺は暁斎のようなテクニシャンじゃないけど、魂は絵師極道で居たい!

山:テクニックは重要やん。

武:はい。


山:拠り所はどこか、ってことなんやろな。今だとどうしても、金、ってことになるんやろうし、考えざるを得ないしな。

武:当時もそうだろw

山:そりゃそうやろうけど、今よりはもっと、生き様重視してたんやろうな。特に職人は。俺はこの腕で食ってる! っていうプライドが、共感も得られやすかったやろうし。


武:江戸時代の町民って、労働環境今より良いんだよね、どう考えても。江戸の町だけかも知れないけど。町民に税金はなかったし、糞尿がお金になったから長屋のたなちんは払わなくても良かったしw 何しろ下水道インフラ世界一と言っていい程でしょ。仕事は午前中で切り上げて、数年働いてなくても酒呑んだりしてるじゃん、落語ではw 午後は大将や旦那に遊郭に連れてって貰うわけじゃん。

山:そんな人ばっかりとちゃうやろうけどな。


武:遊女はインテリ中のインテリなんだよね江戸時代って。今みたいな嘘っぱち御用学者が大学で幅を利かせてノウノウと生きてて、そんな連中をインテリと称してるのとはレベルが違うですよ。暁斎の絵にも悟りを開いた遊女が骸骨の夢を見てる作品あるよね。
< http://kyosai-museum.jp/hp/ehagaki_100/ehagaki02.jpg >

山:地獄太夫。『暁斎楽画第九号 地獄太夫』


武:頭もいいし芸もできる女性を目当てに男がせっせと通うんだよね。ぜんぜん男尊女卑じゃないんだよな江戸時代。

山:すべての人がそうやったわけじゃあないやろ。特殊な例。


武:まあ確かにw けどまあ、こうやって子孫が頑張って美術館を作って保守してるからこそ、俺は暁斎の肉筆が観れるんだよな。500円で。正しい藝術の存在の仕方、提供の仕方ではあるよ。

山:本画の多くは海外にあるんやで。だから下絵ばっかり。


武:儲かってるんかね? 補助金や既得権益でウハウハって感じしないじゃん。

山:それだけやってる訳じゃないんとちゃう? 別に仕事があるんでしょ。

武:ああ。先生とかね。

山:わからんが、なんかやってはるでしょ。


武:FXとかで儲けてたら厭だな。

山:てか、武さんが心配するような貧乏人じゃあないやろw あ、今調べたら、館長は眼科のお医者さんです。暁斎の娘、暁翠さんが、父を超えることはできないと悟って、子ども達には絵描きになることを禁じたらしい。その言いつけを守って、お医者さんになった。


●世襲と動機


武:ああ、なるほど。世襲を拒んだんだね。

山:それだけ技術がハンパなかったんやな、暁斎。

武:娘さんも上手いけど並べると線の伸びやかさとか、違うもんね。悔しいけど、努力してもそれって解消しないわけでしょ。

山:そうなんやろうな。


武:藝術の才能って遺伝しないんだよな。

山:だからって子ども、孫は絵描きになることを禁じる、ってそれも凄い話。

武:「世襲という伝統」を拒んだんだろうな、それも反骨っぽいけど。

山:でも世襲もあるやん、歌舞伎とか。


武:歌舞伎も能も文楽も観たことないけど、観たいと思わせない直感的理由に「世襲」ってあるんじゃないかな。

山:藝術の才能って、結局なんやと思う?

武:動機と身体の一致。


山:技術的なこと、つまり身体的なことは遺伝はあってもおかしくないとおもうんよな。

武:ある程度はね。

山:だけど動機、これは遺伝しない。環境も違うしな。


武:そうそう。動機が欠けてるのに世襲は成立しちゃうから、そこに「つまらなさ」が付き纏う。人間は動機が観たいんだよ。

山:動機が見たいっていうか、動機にストーリーを感じるんとちゃう?

武:物語りは後から知るものでいいんだよ。動機の強さに弾かれるんだよ、直感的に、まずは。


山:実際、創られたものがすごければ、動機なんてなんでもいいわけじゃないですか。そこで、すげー! ってなって、動機を知ると、なるほどー、ってなる、とか。見る側として、やで。作る側やなくて。

武:「凄いものが出来上がってるけど誰が作ったんだろう? って見てみたら計算機の自動出力だったらどうなんだ問題」か。。


山:すごいものはすごい、でいいと思うんやけど。ただ、動機によってストーリーを感じ、合点がいく、と。

武:「凄さ」って今のところ「人間の動機」が支えてるっていうことなんだろうな。

山:そうも思わんな。凄いものは凄いんとちゃうの。


武:まったく動機の欠落した人間が凄いものを作った場合もそれは感動するとは思う。しかし、その人はそれを続けるだろうか?

山:続けないかもな。だから、動機を創作する、ってことは、よくあることやろ。動機は周りの人のため、とか。

武:そうねえ、「人のため」とか「地球のため」とかになっては行くと思うけど、動機の根源ってさ、「自分のため」だからね。


山:若い作家志望の人間が、音楽でもいいしなんでもええねんけど、凄い作品に触れて、ああ、自分もこんなのを創りたい! こんな風になりたい! なってやる! って思う。作っていくうちに、才能があったりセンスがよかったりすれば、そこそこ行けたりもする。で、さらに行こうとする時に、自分の中に「何にもない」って思う時があるとおもうんよね。

武:あるね。


山:動機の欠如。

武:なるほど。

山:そこでやめる人と、動機すら創作していく人、あると思うんよな。動機の創作の、その動機ってなんだ? って話もあるやろうけど。


【幽霊図・妖怪画〜異形のものたち〜展/河鍋暁斎記念美術館】
< http://kyosai-museum.jp/hp/top_page.htm >
会期:7月1日(日)〜8月25日(土)
入館料:特別展時料金/一般500円、中〜大学生400円、小学生以下200円

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【山根康弘(やまね やすひろ)/妖怪の仕業だ】
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