ユーレカの日々[14]ちひさきものはみなうつくし/まつむらまきお

投稿:  著者:  読了時間:12分(本文:約5,500文字)


先日、東京都現代美術館で開催中の「特撮博物館」に行ってきた。エヴァンゲリオンの庵野秀明監督と、平成ガメラの樋口真嗣監督による企画展だ。
< http://www.ntv.co.jp/tokusatsu/ >

最近は特撮と言うと、仮面ライダーなど等身大のコスチュームヒーローものを指すらしいが、この展覧会のタイトルである「特撮」とは、ウルトラマンやサンダーバードなどの「ミニチュア撮影」のことだ。展示されている数多くの見事なミニチュアを食い入るように観察したり、連れの女性にあーだこーだとウンチクを語っているのはみな男性。男性はみんな、ミニチュア好きなのだ。

1960年代後半。ぼくが小学生だったころ、男子はみんな特撮に夢中だった。ウルトラシリーズやサンダーバードがテレビで放映され、ゴジラ、ガメラといった怪獣映画もしょっちゅう放映していた。アニメもやっていたけど、特撮の方が何倍も好きだった。

なにがそんなに面白かったのか? 怪獣の脅威やウルトラマンの活躍以上に、ぼくらが夢中になって見ていたのは画面の中のミニチュア、ジオラマの世界だ。

いくら子供でも、破壊される街や戦車を本物と思って見ていたわけではない。そこに映し出されるイマジネーション以上に、ものすごくよくできたミニチュアが楽しくてしょうがないのだ。男の子が大好きな積み木やレゴブロック。これらの「箱」を建物などに見立て、脳内で空間としてとらえる。

VRやシミュレーターなどなくても、男子はみんなミニチュアで遊びながら脳内で様々な空間のシミュレーションを行っている。




同じミニチュアを使った遊びでも、着せ替え人形やゴッコ遊びは、生活行動のシミュレーションだ。着替える、寝る、起きる、料理する、食べる...。ミニチュアを使うのは、子どもの手で扱いやすいサイズであることと、日本の住宅事情上、リアルサイズの服や道具のオモチャをたくさん置いておくわけにはいかないからだろう。同じミニチュアでも、女の子たちはクルマや飛行機には興味を持たない。

これに対して男子は空間的だ。ゴッコ遊びも、移動を伴う電車やクルマの運転が中心。ミニチュアのクルマを手で持って走らせて、次の瞬間崖から空中へ飛行したりする。地を空を海をどこまで移動できるか、そこで敵を見つけるか見つけられるか。やることがすべて「狩り」だ。

運転手やパイロットといった大人の仕事に興味があるなら、「料理人ゴッコ」なんてのがあってもよさそうだが、そういうことをして遊んだ記憶はない。あくまでも空間移動にしか興味がなく、野球やサッカーもまた、空間移動を伴った「狩り」遊びだ。

男性は、空間の把握力が女性と比べて高い(反面、平面的な認識力は女性に劣る)そうだ。人類が捕食を始めた時代、狩りで獲物を追いかけたり、仕留めてから巣に帰るために、空間を把握する能力が高まったらしい。

クルマの車庫入れなんかも、男性であればその時の状況、まわりの空間がどうなっていて、自分のクルマがどういう角度にあって、タイヤがどっちを向いているのか、という外から見た状況が脳内に構築される。

これは丁度、子どもがミニカーを手で動かしながら、脳内では自分で運転しているような気になる逆のことが起きている。女性は車庫入れや幅寄せが苦手というのは、そういった脳内ジオラマが構築できないからだという。

逆に女性は視覚的な認識力に長けており、見えている風景の隅から隅まで、瞬時に把握できるらしい。男性は目の前にある探し物が全然見つけられなかったり、彼女が髪型を変えたことに気がつかなかったりするが、女性は髪型はもちろん、雑踏の中からでもすぐに知人を見つけることができる。はじめて行った図書館の書棚から目的の本を見つけることができる。

そういった見えている情報の中から目的を探し当てるのが得意だという。これは巣での子育てや、採取から発達した観察能力だという。

したがって地図の中から地名を探し出すのは女性が得意だが、それを空間の認識に変換できないので、地図を使って移動するのが苦手ということらしい。男性は地図から目的地を探すのは苦手だが、目的地がわかればあとは実空間と照らし合わせて、地図を使って移動することができる。

つまり、男性は世界をミニチュアのジオラマとして認識し、女性は目に見える光景として認識しているのだ(このあたりの話は「地図の読めない女、話を聞かない男」という本にいろんな例が示されているので、興味のある人はぜひ)。

そんなわけで、鉄道模型や盆栽、ミリタリーのジオラマといったミニチュア趣味は男性のものだ。空間を構築し認識することが男子にとって悦楽なのだ。女性にもドールハウスという模型趣味があるが、家の断面であるところがポイントなのだと思う。一方向から見た時のディテールが重要、つまり、平面としての魅力の方が重要なようだ。

さて展覧会。この展覧会に展示されているのは、トリック映像のための模型であり、ウルトラマンや怪獣といった巨大キャラクターに存在感を与えるために作られたミニチュアたちだ。特に面白かったのが、撮影所の倉庫を模したコーナーと、撮影セットを再現した東京タワーを中心とする東京の巨大ジオラマだ。

単独のメカや建物の模型も面白いのだが、それが複数集まって空間を生成=ジオラマになったとたん、ミニチュアの発するオーラは何十倍にも増幅する。男子脳内の空間認識欲が刺激されるのだろう。アドレナリン出まくりだ。

東京の巨大ジオラマを見ていて思い出したのが、1970年の大阪万博の日立館だ。このパビリオンの展示は「フライトシュミレーター」だった。セスナ機を飛ばして、空港に着陸させるシミュレーターなのだが、CGもない時代にどうやっていたかというと、巨大な都市模型の上にクレーンカメラを据え、操縦者の操縦桿の動きにそってそのカメラを動かすというもの。

小学生の頃、シミュレーター(操縦できるのは運良く選ばれた人のみで、多くの観客は同乗するだけなのだが)のあと、その種明かしである大ジオラマの部屋を見て興奮したものだ。万博会場もまた、未来都市の実物大模型っぽかった。奇抜で未来的なフォルムの建物は、特撮を見慣れた子どもたちにとって、巨大な特撮ミニチュアだったように思う。

その後、ぼくは大学で建築を学ぶことになる。建築学科の課題は毎回、建物の設計を行い、模型を作るのだが、模型好きのぼくは無駄に模型に凝ることになる。建築の課題は「空間設計」なので、今にして思えばディテールに凝る必要などまったくないのだが、模型好きなので、階段やディテール、質感まで詳細に作りこもうとする。

その結果、時間や予算が足りなくなり、課題としてピントのずれたものになっていたように思う。今気がついた。ぼくは建物を作ることより、実は建物の模型が作りたかったのだ。今にして思えば、建築模型や映像模型の世界に進めばよかったのだが、当時の僕にはそういうことが思いつかなかったし、アドバイスしてくれる大人も情報もなかったのだ。くやしい。

さて、今回の展示のもうひとつの目玉が「風の谷のナウシカ」に登場する巨神兵をモチーフにした特撮短編映画「巨神兵東京に現る」だ。先の東京タワーまわりのセットもこの撮影に使ったものだが、この映画の冒頭、東京の俯瞰ショットにはまた別のミニチュアが使われている。こちらは俯瞰ショットで、かなり縮尺は小さそうだ。

映像を見たとき、あれ、これミニチュアだよな。たしかこれは......とあとでカタログを見てみたらやっぱり、森ビルが制作している東京の大ジオラマだった。

2003年、六本木のアークヒルズが完成した時に、都市をテーマにした展覧会「世界都市〜都市は空へ〜展」が森美術館で開かれた。この時の目玉が東京をはじめとする、いくつかの大ジオラマだった。

1/1000という縮尺で、ひとつひとつの建物の形状はシンプルなシルエットなのだが、表面に実写から起こしたテクスチャを貼りこんでいるため非常にリアルに見える。10m×8mという大規模なもので、模型上部には見学ブリッジも設置され、遊覧飛行の視点で東京を楽しむことができた。
< http://www.japandesign.ne.jp/HTM/JDNREPORT/030702/global_city/ >

都市を考える(感覚を共有する)、という目的があっての模型だったが、その後時代は3DCGに。GoogleEarthやGoogleMapの登場で、このような巨大模型はもうその役割を終えたのだろうと思っていたら、その後も拡張され、今は17.0m×15.3m(大体バレーボールのコート2面分)とスクスクと育っているらしい。

都市開発の参考にVRと模型を同時に作るプロジェクトだそうだが、いやいや、これはどう考えてももう、模型を作ること自体が目的にすり替わっているとしか考えられない。だってこれ、六本木ヒルズのワンフロアで作っているのだ。しかも現在は一般には非公開。このジオラマの制作費って、制作場所の家賃を計上したらいったいいくらになるんだろうか? 気になって計算してみた。

模型の面積が255㎡。オフィスの家賃は3万〜3万5000円/坪くらいだそうで、㎡あたり1万くらいとしよう。255㎡なら一か月で255万円だ。これが12か月×10年なので3億円。家賃だけで3億円である。

なんらかの目的のために模型を作るのならもっと地価が安い地方で作るだろう。あらゆる工場が都市部から地方、そして海外へと移転している時代になんというゼイタク。これはもう、ヒルズのワンフロアに東京の巨大模型がある、という状況そのものが目的になっているに違いない。森ビルおそるべし。たまにイベント的に公開されているらしいので、機会があればまた見てみたいものだ。
< http://www.mori.co.jp/morinow/2012/04/20120413170000002414.html >

展覧会の大きい方のジオラマを見ていて、このスケールってどこかで見たな、ともうひとつ思いだしたのが「東武ワールドスクウェア」だ。
< http://www.tobuws.co.jp/ >

ここは世界中の有名建築を1/25という統一スケールで屋外展示する、建築博物館というか、テーマパーク。1/25という縮尺は丁度、ウルトラマンの縮尺と同じくらいで、だから特撮模型も1/25くらいが多いらしく、偶然なのか手がけている人たちが重複しているのか、ワールドスクウェアの建築模型と特撮模型の多くは同じスケールだったのだ。

このワールドスクウェア、はじめて行った時に感心したのだが、有名建築のその現場に行ってもわからない、空中からの視点で建物を観察できる。そういった意味で、非常に文化的な価値が高い施設だ。VRが普及した今でも、102体の建築模型を一堂に集めたこの場所は、テーマパークとして、文化施設として、その意味は色あせていないと思う。

しかし、1/25というスケールである。東京駅や凱旋門なんかは観察するのに丁度いいサイズなのだが、東京タワーは13m(電信柱と同じ高さ)。いまはなきWTCは20m(お台場のガンダムくらいの高さ)。最新作のスカイツリーに至っては26m、ビルの8〜9階にあたる。

これはもう模型だけど模型じゃないスケールだ。たしかに同じスケールで作るということにも意味はあるとは思うが、いや、でも建築を見せるのであれば、もうちょっと小さい方がいいんじゃないか? とも思う。

実際、特撮博物館の東京ジオラマのスケールは、1/10〜1/70が混在しているという。このスケール混在というのは映像ならではのトリック。着ぐるみが絡む中心サイズは1/25なわけだが、遠景は縮尺を小さくし、手前にはよりスケールが大きくディテールが作り込めるものを配置し、奥行き感を演出する。会場の東京タワーは1/70だそうだ。

だから、東武ワールドスクウェアの「もう、なにがなんでも1/25でやるんだよっ」ってのは、屋外だからできることとはいえ、これももう、模型が目的になってるんだなぁと思う。

美術館で見る特撮模型は、映像芸術の追体験、という意味での芸術だと思うが、森ビルのジオラマも、ワールドスクウェアのスカイツリーも、純粋模型、ファインアートの域といってもいいだろう。

特撮の魅力は、模型以外に、どうやって本物のように映すのかの工夫にある。破壊、爆発、炎上。模型を作る以上に、様々な工夫が必要であり、その智恵がとても面白い。この展覧会のあちこちで書かれているように、作り手の人たちは「CGでは撮れない空気感」「臨場感」と言う。

たしかにそれもあると思うのだけど、でもね、ホントはみんな、模型が好きなのだ。作り手も、見る側も、本物そっくりの映像も好きなんだけど、本物そっくりの模型がもっと大好きなのだ。

「ちひさきものはみなうつくし」。そんな言葉を思い出しながら美術館から外に出て、見えた東京の風景は巨大なミニチュアのようだった。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

特撮博物館に行った日、弥生美術館でやってる「奇っ怪紳士!怪獣博士!大伴昌司の大図解 展」もハシゴ。こちらもお勧めですよ。
< http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/exhibition/yayoi/now.html >