[3343] ヒトOSはバージョンアップできるのか

投稿:  著者:  読了時間:26分(本文:約12,800文字)


《時代感覚って「当時の何年前」換算すると面白い!》

■ユーレカの日々[15]
 ヒトOSはバージョンアップできるのか
 まつむらまきお

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 映画に関しての時代感覚、ほか小ネタ集
 吉井 宏

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 【大MON展】〜イラストレーターMON回顧展〜




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■ユーレカの日々[15]
ヒトOSはバージョンアップできるのか

まつむらまきお
< http://bn.dgcr.com/archives/20121003140300.html >
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iPhone5がリリースされ、iOSも6にバージョンアップされた。以前のiPhoneやiPadでも、OSを新しくすれば機能が増えたり、新しいサービスを受けることができる。逆にGoogle Mapのように、今まで使えていた機能が使えなくなることもある。

パソコン使いからすればこれは当たり前の感覚だが、従来のケータイ電話では有り得なかったことだ。OSという考え方も随分と一般化してきた。

はじめてOSという言葉を聞いたのは、今から30年近く前、MS-DOSがリリースされた時だ。それ以前のパソコンはBASICという、OSも開発環境も実行環境もいっしょくたになったモノで動いており、フロッピーディスクという円盤に、ワープロなど単品のアプリといっしょに収録され、そのディスクでパソコンとアプリを起動していた。ゲーム機同様、ソフトのディスクを選んで起動する、という使い方だ。

(おっと、よく考えれば今のゲーム機はディスクを入れなくてもOSが起動する。この状態すら説明がしにくくなっているんだなぁ)

MS-DOSの時代になり、なんとなく「OS」というモノを意識し出すのだが、それでもしばらくは「フロッピーから直接起動」だったので、開発者でなければOSやバージョンの違いなど意識する必要はなかった。

実感としてOSとアプリ、そしてハードという三つの要素を理解したのはMacを購入した時だ。当時「漢字Talk6」というOSだったのだが、英語のシステムが日本語化されるのに半年以上のタイムラグがあった。待ちきれないユーザーは英語のOSを手に入れ、新機能をいち早く体験しようとした。

●ヒトのOSってなんだろう?

バージョンアップが話題になるたびに、「パソコンは簡単にバージョンアップできていいな」と思う。人間はそうはいかないからだ。今回、iPadのiOSのアップデートとアプリのアップデートをしながら、ふと、「そもそも、OSというのは、人間にたとえればなんなんだろう?」と考えた。

人間とコンピュータを比較してみる。ハードウェアは肉体だ。どちらも耐用年数があり、個体差、性能差がある。これはわかりやすい。

これに対し、精神=ソフトというたとえがあるが、ソフトにはアプリ、OSなど役割が異なる存在があることを思うと、単純に「精神=ソフト」というのはあまりにも乱暴だろう。

仕事や学習、生活で会得した「できること」「経験」はなにか? たとえば学習により外国語をしゃべれるようになる。仕事や育児の経験で様々なことを知り、できるようになる。

パソコンにたとえれば、これは本体の変化ではない。本質的な変化ではないし、どれを会得するか選ぶこともできる。そう考えると、欲しい機能の「アプリ」を買ったりダウンロードしてインストールしているのが近い。

じゃあ、人間にとって、OSに該当するのはなんなんだろうか?

OSとはオペレーションシステム。パソコンの様々な部品を秩序だてて管理運用する、基本ソフトだ。じゃあ、それは人の脳なのか? 無意識? 反射神経? あるいは魂? うーん、どれもいまいちピンとこない。技術者でない僕にはパソコンのOSの説明もわかってるようで、イマイチよくわからない。

●設計思想がOSを決める

見方をチョット変えてみよう。そもそも、コンピュータのOSはなぜバージョンアップする必要があるのか。

それは、設計思想の更新だ。インターネットやデジタルビデオが普及する前と後とでは、できることも、使われ方も次第に変わっていく。ハードももちろん変わる。

単純に新しい機能や使われ方に対応するのであれば、マイナーアップデートや、追加機能でことたりる。でも基本設計が古い以上、それにはいつかムリが来る。

「ビフォーアフター」という家を改築するテレビ番組があるが、あれを見てると改築の対象となるのは「とんでもない家」。新築時はまともだったのに、対処療法的な改築を続けた結果どんどんおかしくなってしまってしまい、ついには徹底的な改築が必要、というパターンだ。これと同じで、OSには時々、その時代時代での環境に適合した「新しい設計思想」が必要となる。

そう考えると、人間のOSというのは、その人間が「いつ、どこで生まれ育ったのか?」「どのような基礎教育を受けてきたのか」ということになりそうだ。

たとえば、戦前生まれが受けた教育と、2000年代の教育は、その背景にある「設計思想」がまったく違う。もちろん国や、地域、風土によっても違う。受けてきた教育や社会環境が「ヒトの設計思想」となり、それが「あることをしたとき、どう反応(感じる)するのか」「何を大切だと思うのか」「何を生きがいと思うのか」「行動するときに何を優先させ、どのような手順で行うのか」を大きく左右する。

「人格」という言葉がある。この言葉は、個性だとか人柄だとか、そういった概念だが、これを「OS」と考えると、その役割が明確になるような気がする。そこでこれを「ヒトOS」と呼ぶことにしよう。

ハード:肉体
OS:ヒトOS 人格
アプリ:能力 経験や学習によってできるようになったこと

●OSに起因するトラブル

今回のiPhoneのOSバージョンアップを見てみると、バージョンアップすることで、ふたつのことが起きる。

ひとつは、GoogleMapのような、今まで動いていたアプリが新しいOSでは動かない。もうひとつは、新しいアプリが古いOSでは動かない。さらに、siriやテザリングのように「全体としては動くけど、一部不具合や機能しない」なんてこともある。

どうやら、ヒトOSも同じようなことが起きるようだ。

例1:スマートフォン

異なるヒトOSに、「スマートフォン」というヒトアプリをインストールしてみよう。たとえば、60才以上の人で、スマートフォンの意味を理解できる人は少ないだろう。使っていたとしても、なんとなく「いろんなことができる電話」程度の認識。電話や手紙の延長上でしかないだろう。

それに対し、すでにコンピュータがある社会という設計思想のもとに形成された「20代ヒトOS」の人なら、何が新しくなって、自分の生活がどれだけ便利になるのかをかなり的確に理解できる。それまでの電話とはまったく違う、新しい可能性を見いだす。

この例では、OSが異なれば、同じ種類のアプリを入れてもその意味合いがまったく違うことを示している。パソコンの例でいえば、20年前のパソコンと今のパソコン、どちらもブラウザでWebを見ることができるが、20年前のブラウザではビデオチャットなどのサービスを受けることができないようなものか。

例2:エヴァンゲリオン

とある教え子が高校の時の同級生の元ヤンキーと再会し、高校当時ほとんど共通の話題がなかったのに、「エヴァンゲリオン」の話題で盛り上がったという。

ところが、話が進むにつれ、ズレが生じてきた。その教え子は「アニメオタク」の視点でエヴァを語っていたのが、相手の元ヤンは「パチスロ・エヴァ」の視点でエヴァを語っていたのだという。同じキャラクターの話題でも、これでは食い違うはずだ。

この例は、OSの違いによるディスコミュニケーションだ。パソコンで言えばMacとWin。今はほとんどのファイルを問題なくやりとりができるが、それでもビデオ関連など機能拡張を入れておかないと再生できないファイルも存在するし、文字化けや改行が異なることは未だに多い。「おおむね意味は通じる」けど「同じ」ではないのだ。

例3:経営危機

シャープに代表されるように、ほんの数年前まで順調だった企業がちょっと流れを読み違えただけで大きく傾く。彼らだって慎重に会社を運営してきてたはずだ。経験豊富なリーダーが、最新の情報で判断してきたはずだ。

この例では、会社の経営陣をOSと考えてみる。経営陣というOSは自分の経験をフル活用してちゃんと仕事をしてきた。各アプリ(人材や商品やサービス)はちゃんと機能していた。しかし、その設計思想、「大企業、巨大メーカーを運営する」「経済的に発展を続ける」という設計思想が、今の時代に合わなくなってきてたんじゃないだろうか。

ぼくは経済の素人だが、AppleやGoogle、Amazonという企業は「経済的に発展をし続ける」ことを絶対的な目的としていないように見える。

こんな風に書くと、古い世代は全然ダメなように思えてくるが、ヒトの世界でもコンピュータの世界でも、必ずしも最新OSが優れているわけではない。逆の例もある。

実務においては実績のない新OSより、枯れたOSを選択する場合も多い。実際、Windows XPはメーカーの予想以上に生き残った。Mac OS9でアプリを供給していたベンダーがOS Xになった時点で撤退した例もある。

ヒトOSにおいても、新しいヒトOS(新人)が使い物になるまでしばらく運用実績というものが必要となる。古いヒトOS(ベテラン)でしか動かないアプリ(=技術、技能)もたくさんある。

もっともベテランがのさばって、新人にチャンスが与えられないWindows XPの時のような現象もあるのだが。

●ヒトOSはバージョンアップ可能か?

では、OSのバージョンアップはどうだろう? アプリ(=できること)の追加は、教育や経験を重ねることで可能だ。

しかし、社会的背景を設計思想として、生まれ育った環境と教育によって刷り込まれた「ヒトOS」のバージョンアップは可能なんだろうか?

ヒトが社会に出る以前と以後、成人とか卒業とか、そのタイミングをヒトOSのリリースと考えると、幼年期〜学生時代に受けた刺激はヒトOSの設計思想に組み込まれていると考えられる。

たとえば僕は中学時代にマンガやアニメ、大学時代にコンピュータという大きな存在と出会って、それにより今の自分が形成されている。これに生まれ育った関西という地域性やらなんやらがごちゃまぜになって、僕のヒトOSの設計思想となっている。

これに対し、社会に出てからの経験や受けた刺激は、量としては学生時代よりもずっと多いのだけれど、ぼくの人格に及ぼした影響は幼年期のそれと比べるとずっと小さいように思える。

たとえば、インターネットという存在は社会に出てからだけど、ぼくはどうしてもそれを、雑誌や通信という旧来のメディアの延長として捉えてしまう。この捉え方は、生まれた時からネットやゲームが雑誌やテレビと並列で存在していた今の10代のヒトとはまったく違うだろう。

学生時代よりはずっと社交的になったけれど、それでも人見知りや引きこもり傾向はあいかわらず。映画や展覧会はひとりで見たい方。根っこの部分はあまり変わっていない。

911や311、戦争や社会体制の変化など、大きな変化がヒトの考え方や生き方を変える場合がある。でも、それもやっぱり、未成年期に経験した人と、成人してから経験した人とでは、前者の方が圧倒的に影響が大きく、後者は変化できないような気がする。

そう考えると、ヒトOSは一旦リリースされたら一生、バージョンアップできないのではないか。

その時その時の新しい環境や、アプリに対応するためのマイナーなアップデートはできても、三つ子の魂百まで。どんなに世の中が変わろうが、若い頃にプリインストール、刷り込まれた価値観は、根っこの部分で変えられないと思う(私がガンコなだけ?)。唯一書きかえる方法があるとすれば、それは「洗脳」ということになるのだろう。

●異なるOSの運用方法

さて、OSがバージョンアップできないとなると、どうしたらいいのか? OSが古いことでの現状誤認、OSが異なることによるディスコミュニケーション、相手と意見が食い違う。どうしても伝わらない。先が読めない。

これらのOS起因のトラブルは、OSの違いにあるのではなく、OSというものを認識していないから起きているように思う。つまり運用の問題。

異なるパソコンが並んだ環境で、それぞれが違うOSで動いているのだと認識していれば、だれだって目的によって使い分けたり、機能拡張を充ててデータのやりとりを実現したりといった工夫をする。

ところがヒト同士となると、違うことを認識せず無理矢理同じアプリをインストールしようとしたり、自分と違うヒトOSを「壊れている」と切り捨てるようなことをしてしまう。

様々なアップデートパッチやアプリを、ヒトOSのバージョンアップだと勘違いしているケースも多い。「自分は○○について勉強して経験もあるから、充分わかっている」と自信ありげに言う人がいるが、例1のように「スマホを使っているから自分はわかっている」と勘違いしているような、本人だけわかっているつもりで、まわりとはずれている、なんてケースだ。

そう考えると、運用の方法は実に簡単。自分のヒトOSと他人のヒトOSが違うことを認識していない人間の言うことは危ない。勝手に動作して不具合をまき散らす可能性が高い。「あたりまえのこと」とか、「普通そうでしょう」とか、まわりに「そうだよね」と合意を得ようとする人。そういう人間には注意した方がいい。

OSの違いをわかっている人は、自分がバージョンアップできないことを知っているから、様々なプロトコルや機能拡張を駆使する。それらは所詮、OSのバージョンアップでない、つまり限界があることを本能的に知っていから、無理なところは他のOSに任せる。

任せる相手のヒトOSは理解できなくても、その後ろにあるヒトOSの設計思想を理解しようとする。自分の意見は「自分はそう思う」と、一般論にしない。そういう人間は信頼できる。

●教育という現場で

さて、自分のヒトOSはバージョンアップできないらしいという結果になったが、新しいヒトOSが作られる現場に立ち会うことはできる。ヒトのOSを左右する大きな要素が「教育」だ。

今、大学という教育の現場と、父という立場で、若い人たちのOSを構築する現場に立ち会っている。古いOSの僕ができることはなんだろう? と常に自問自答の日々だ。

古い設計思想の持ち主が、はたして新しいOSを設計できるのか? そんなこと無理だ。僕の価値観が学生や子どもに通用するなんて思ってはいなかったが、ヒトOSという考え方を適用してみると、逆にちょっと希望が見えた気がする。

僕がそうであったように、ありとあらゆる混沌を混ぜ合わせて、はじめて新しいOSが誕生するのだ。いいところもダメなところも、新しい設計思想の一部なんだろう。何がダメで、何がいいのか。教師とするのか反面教師とするのか。それは若い人たちが勝手に判断するのだ。コミュニケーション不全。価値観の相違。それがあってこそ、新しいヒトOSの設計思想が生まれるのだ。

自分のヒトOSの設計思想をただ、説明すること。理解して欲しいなんて思わないこと。善し悪しではなく、なぜこうなったのかを説明すること。できることはただひとつ、チョット恥ずかしいけれど「生き様を見せる」ということなんだろう。

未だに最新OSにアップグレードする踏ん切りがつかないMacで、こんなことを書いている自分は間違いなく旧世代ヒトOSで動いている。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

気がつけばもう10月。文化の秋、芸術の秋ということで、大学のイベントが連続で。今週末は大学祭。来週末は同じく大学にてイラストレーターMONさんの回顧展【大MON展】(イベント欄参照)。あとZINピクニックも。
< http://zine-shiga.blogspot.jp/2012/08/zine-picnic-in-shiga.html >

この季節、うちの大学はびわ湖の見える芝生グラウンドが気持ちいいですよ。
あ、14日は関西コミティア! スペースp-04で出展します!
< http://www.k-comitia.com/ >

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■グラフィック薄氷大魔王[318]
映画に関しての時代感覚、ほか小ネタ集

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20121003140200.html >
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●脇で単純作業すると仕事がはかどる

書籍自炊のScanSnapスキャンを別マシンでやってるときに気づいたこと。自炊やCDのリッピングなど、淡々とした作業をずっと脇でやってる間って、仕事がむちゃくちゃはかどる。ちょっとした単純作業と並行して仕事するとはかどるのはなぜか?

たぶんこういうことでしょう。自炊の場合、5分とか10分ごとに紙を追加したり保存作業のために仕事の手を止めて立ち上がる→ 椅子に戻ってくると、さっきまで自分が何をやってる最中だったのか自覚する→ 確実に仕事に戻れる。つまり、意識しなくても「タイマーで10分必ず集中」と同じ状態になってるわけです。

座ったままで区切りなく仕事してると、ダラダラと時間が過ぎる自覚がないのだ。これに気づいて以来、何か「ちょっとした単純作業」を探すようになったくらい、確実にはかどるライフハック!

●映画に関しての時代感覚

70年代半ばまで、テレビで見ていた映画には「新しい映画・古い映画」って概念が僕にはほとんどなかった。テレビで放映されるのは60年代の映画が大半だったろうし、うちのテレビ自体がカラーになってすぐくらいだから、「白黒映画=古い映画」って感覚も薄かった。

テレビで見た1958年の「マックイーンの絶対の危機」や60年の「荒野の七人」、61年の「ナバロンの要塞」も、007シリーズも、どれも一様に「現在ではないちょっと昔。たぶん自分は生まれてない頃の映画」だと思ってた。74年頃か、テレビで見た映画の冒頭で「1971年、アメリカ○○州」みたいなテロップが出て、「えっ! たった数年前じゃん。そんな新しい映画もあるんだ!」とか思った記憶がある。

っていうか、映画が今現在も続々と作られているってことに思い至らなかったんだもん。映画館ってものはもちろん知ってたけど、そこでかかってるのが主に新しい映画ってことには気づいてなかった。

76年の正月に「JAWS」を見てから映画に特別な興味を感じるようになって、ロードショウ誌やスクリーン誌を買うようになる。新作映画紹介記事とか出てるから、そこでようやく映画が新しく作られては古くなっていくことを理解した。なので、僕にとっては76年以降が「新しい映画」。

現代へ飛ぶと、90年代後半からくらいが「今の映画」って感じがするけど、レンタルDVDとかで2000年くらいの映画がクラシックって書いてあったりする。今の中学生で映画に目覚めたヤツにとって「今の映画」ってせいぜい2007年以降くらいなのかな?

ところで「マックイーンの絶対の危機(人食いアメーバの恐怖)」。赤い殺人アメーバが人々を襲う安手のSF映画にたまたま駆け出しのマックイーンが出てたってもの。日本公開はマックイーンの人気が確定してからの64年。調べたら72年に水曜ロードショーで放映されている。

当時にしてみればたった8年前の映画! 今がその放映時だったら2004年に公開された映画って感覚! 当時は古い映画って感覚はぜんぜんなかっただろうな。時代感覚って「当時の何年前」換算すると面白い!

●メモ.app

新生メモ.appを活用したかったのだけど、最初の印象が良くなかった。たまたま同期のタイミングが悪かったんだろうけど、書いたメモが同期されたら一項目消えてしまった。もうこわくて使えない。あと、文字サイズをいじると行間がめちゃくちゃになる。以前は24ポイントのヒラギノゴシックの極太でメモしたりして便利だったのだが。

それと、僕が使ってるドコモのAndroidスマホは当然ながらiCloudと同期できないので、メモ.appが使えない。iPadやiPod touchではもちろん使えるんだけど、スマホでも同等に使えるEvernoteを使うほうが圧倒的に便利、ってことに。

●エスカレーターを歩く

エスカレーターは構造上、歩くようにできてない。転倒の危険がある。はい、そうだと思います。でも、「そんなに急がなくてもいいのに!」と言われるのはちょっとちがうかなと。エスカレーターって「急ぐから歩く」んじゃなくて、「今まで歩いてた足をわざわざ止めるのがかったるくて不快」だからって理由が大きいと思う。

エスカレーターじゃなくても、動く歩道で足を止める不快さと言ったらない! 「歩いてた足を止める不快、止まって何もしてない不快」から逃れるため、信号待ち必至の交差点を避け、遠回りな歩道橋を渡ったりします。所要時間は同じくらいでも。

●行を様に書き換える

返信用封筒とかの「〜宛」や「〜行」を「〜様」に書き換えさせるのやめない? わかってるかどうかの試し合いみたいでバカバカしい。だったら、最初から「〜〜様」って書いておいてくれたほうが礼儀にかなってる。事務処理的に自分に届くようにってことだから「行・宛」で十分かも。

「書き換えるかそのままで投函するか悩ませる要素含み」は僕的にはなくしてもいいんじゃないかなと思う。また、「宛先住所」を使うのは郵便局の業務なんだから、敬称とか全部なしでいいかも。電子メールに時候の挨拶はいらないとか、よけいな前置きは書かないとかみたいに、事務手続き内のことは無味乾燥でいいと思う。

●歌の自己完結

歌の中でその歌自体のことを歌う歌ってあるでしょ。たとえば「アマリリス」。曲の中で「みんなで聞こう、ラリラリラリラ、しらべはアマリリス」っていう構造。では、そのしらべは具体的にどこに存在するのか? 「おもちゃのマーチがラッタッタ」が「おもちゃのマーチ」って歌の中に出てくると、あれ? おまえ自身がおもちゃのマーチじゃなかったの? じゃあおもちゃのマーチって誰なの? 的な。

●首ふり

剛力彩芽ってCMいっぱい出てかわいいんだけど、気になるのが、カメラに向くときに顔を小刻みに動かすじゃん? 昔から特別な美少女タレントたちがやってる伝統的な動きと思えるんだけど、何か名称あるのかな?

タレントやアイドルに詳しくないから名前出てこないけど、西田ひかるとかNHKの小野文惠アナが、カメラ目線で首をフルフルと小刻みに動かす現象は確かに存在します! 活き活きはつらつとして見えるので、そう指導されてる、あるいは自分で意識してやってるんじゃないかと推測するのだが......。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

いよいよ長文が書けなくなってきた......。1項目1段落まで行ってみるかな?

●iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」ver.2.0がリリースされました。
「長押しロール」のオン・オフ切り替えスイッチを追加しました。
「オフ」ではレスポンスが速くなるので、素早い演奏が可能になりました。
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV >
●「ヤンス!ガンス!」DVD発売中
amazonのDVD詳細 < http://amzn.to/bsTAcb >

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■展覧会案内
【大MON展】〜イラストレーターMON回顧展〜
< http://www.seian.ac.jp/gallery/news/mon/ >
< http://monmonpress.blog90.fc2.com/blog-entry-658.html >
< http://bn.dgcr.com/archives/20121003140100.html >
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まつむらです。僕の古くからの友人であり、現在、同じ大学で教えているイラストレーターでマンガ家のMONさん。80年代、マンガ雑誌モーニングで「カリフラワーズトーク」というエッセイマンガ連載や、同誌の読者プレゼントオリジナルグッズ「MONコレ」のディレクション、マンガ情報誌「ぱふ」の表紙などを長く担当していた人です。

彼女の大回顧展「大MON展」が大学で開催されます。12日(金)にはギャラリートークとして、同じく古い友人のまんが家・青木俊直氏と私も交えて、おしゃべり。シークレットゲストもあるかも?! ぜひご来場ください。

会期:2012年10月2日(火)〜10月14日(日)12:00〜18:00
※カフェテリア「結」のみ13日(土)まで
10月8日(祝)休 入場無料
会場:成安造形大学【キャンパスが美術館】ギャラリーフォレスト、ライトギャラリー、ギャラリーウィンドウ、カフェテリア「結」

●MON ギャラリートーク
日時:10月12日(金)18:30〜
予約不要/入場無料
場所:ライトギャラリー前
ゲスト:青木俊直(マンガ家)、まつむらまきお(マンガ家)

お問い合わせ:成安造形大学
〒520-0248 滋賀県大津市仰木の里東4-3-1 TEL.077-574-2111(代)
artcenter@seian.ac.jp【キャンパスが美術館】

●関連イベント Zine Picnic in 滋賀
東京や大阪で行われてきたZine Picnicが滋賀の成安造形大学にて開催されます。
日時/2012年10月13日(土曜日)12:00〜16:30
場所/成安造形大学内カフェ「結」のウッドテラス
< http://zine-shiga.blogspot.jp/2012/08/zine-picnic-in-shiga.html >
お問い合わせ zinepicnic@gmail.com
< https://twitter.com/zine_picnic >

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編集後記(10/03)

●党首が四字熟語好きなせいか、民主党については四字熟語で語られることが少なくない。野田3次内閣が発足したが、前回も「『適材適所』の最強の布陣の内閣だ」とか言っていたような。〈幕引き〉とか〈思い出づくり〉とかが頭につく新内閣だが、やはり〈在庫一掃〉というのがぴったりかも。でも、ろくな在庫しかなかったわけで。74歳の法務・拉致問題相とか、かつて外交を〈機能不全〉に陥らせた猛女とか、財務相に第三候補に過ぎなかった悪相とか(強引な裏方仕事を評価されたのか。閣僚に起用されて「『全身全霊』をささげて頑張りたい」と日馬富士をパクった)。苗字をカタカナで書くと外人みたいな悪相とか。クーデターで党首を追い出した半魚人とか(あ、民主党じゃないわ)。「年功序列」「論功行賞」〈史上最低〉〈分裂回避〉なんて表現もある。

小泉進次郎は「野田首相が四文字熟語を使ったときは、言葉はかっこいいけど行動が伴わない」と批判していたが、まさにその通り。「正心誠意」の首相(笑)は四字熟語に陶酔し(気の利いたこと言ったわいと「自己満足」)、国民に覚悟が伝わっていると勘違いしている。〈2030年代に原発ゼロ〉の閣議決定を見送ったときに、新聞に四字熟語があふれ出た。いわく「朝令暮改」「曖昧模糊」[右顧左眄」「右往左往」「八方美人」...。四字ではないが「矛盾」「腰砕け」「玉虫色」...。ところで、菅首相は「軽挙妄動」「責任転嫁」「舌先三寸」「厚顔無恥」「我田引水」「支離滅裂」「無為無策」「付和雷同」「迷惑千万」なんていわれていたな。

今後の民主党に相応しい四字熟語は、「危急存亡」「疑心暗鬼」「悪戦苦闘」「四苦八苦」「青色吐息」「自業自得」「因果応報」なんかだな。スタートしたばかりの新内閣だが、まともに〈職務遂行〉できない閣僚が続出し、首相は早々に〈任命責任〉を問われることに、ならないかもしれない。その前に解散だから。ところで、内閣府副大臣によりによって〈心は韓国〉の人だって。野田首相、狂ったか。これはもうまともな日本人の感覚ではない。〈近いうちに〉どころではない。一秒でも早く解散総選挙だ。(柴田)

●2、3度のメジャーアップデートは可能かなと。時々ダウングレードするけど...。/淡々とする作業は楽しくて、そっちがメインになることのある危険なタイプもいる。←私。

続き。セミナーを受けながらメモしたこと一部。SVGだとCSSやJavaScriptでコントロールできる。SVGはコードを書くことで作成できる(ベクター)。書き出しのできるアプリはIllustratorを筆頭に、GoogleDocs、OmniGraffleなど。Illustratorでの書き出し時に、「Webおよびデバイス用に保存」→レイヤー情報が失われる、「別名保存」→保持される。「SVGZ」はファイルサイズ圧縮できる。

いまどうしてSVGか? HTML5との関係、対応ブラウザの広がり、マルチデバイス時代。世界でSVG対応ブラウザを使っている人は83%。表示方法は、img要素、object要素、インラインSVG(JavaScriptから画像内のパーツを操作可能)、CSSプロパティ(背景など)。IEは9以降だが、非対応ブラウザへの対応はJavaScriptライブラリのSIE→VML形式にするもの。静止画ならobjectタグを使い、Flashの時のような代替画像方式にする。

Flashとの違いは、対応ブラウザさえ搭載されていれば見られること(マルチデバイス対応)、インラインHTML、オーサリングツールがないこと。devicePixelRetioは、Retinaは2、ギャラクシーSは1.5で、Retina対応画像を作らなきゃなんて言ってたけど、これだけで3つの画像が必要になるし、今後違う比率のものが出るたびに対応しなきゃいけないならSVG。などなど。CSSもそうだったけど、若い人の方が古い知識のない分、すんなり対応してたりするんだよね。(hammer.mule)

< http://share-wis.com/ >  講師の門脇さんが作ったサイト ShareWis
< http://wkwk-aqua.com/ >  「わくわくアクア」を触ると魚の形に
< http://jsdo.it/iong/qEKn >  SVGモーフィングでFlashを移植してみた
< http://www.h2.dion.ne.jp/%7Edefghi/svgMemo/svgMemo_19.htm >
svg要素の基本的な使い方まとめ