[3345] 誰かを守りたいと思うとき

投稿:  著者:  読了時間:38分(本文:約18,600文字)


《世界は日本に「片思い」なのだそうで》

■映画と夜と音楽と...[561]
 誰かを守りたいと思うとき
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![161]
 市場開拓の殻を打ち破れるか、日本のコンテンツ産業
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■映画と夜と音楽と...[561]
誰かを守りたいと思うとき

十河 進
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〈マイ・ボディガード/マーキュリー・ライジング/誰かに見られてる/コブラ/死にゆく者への祈り/殺しの烙印/シークレット・サービス/SP 野望篇・革命篇/キラー・エリート/ザ・ミッション 非情の掟〉

●主人公が誰かを守る設定の映画は数え切れないほどあった

僕はかなり多くの映画を見てきたが、誰かが誰かを守るという設定の物語はその中でも相当な割合を占めるのではないかと思う。特にアクション映画のジャンルでは、復讐譚と共に王道的な物語である。観客に感情移入させやすいのは、守る対象を幼い少年や少女にすることだ。前々回に紹介した「マイ・ボディガード」(2004年)などは、9歳の少女役ダコタ・ファニングの可憐さで成功した例だ。

同じように子役が評判になったのは、まだキレがよかった頃のブルース・ウィリスが主演した「マーキュリー・ライジング」(1998年)だった。自閉症の少年を演じた子役が注目された。少年は国家が極秘に開発していた暗号を解読してしまったために両親を殺され、自分も命を狙われる。それをFBI捜査官のブルース・ウィリスに助けられるのだ。彼は、必死で少年を守ろうとする。

しかし、主人公が守る相手が大人の女になると、話がまったく変わってしまう。恋愛の要素が入ってくるからだ。典型的なのは、リドリー・スコット監督の「誰かに見られてる」(1987年)である。原題は「サムワン・ツー・ウォッチ・オーヴァー・ミー」、スタンダードナンバーとして有名な曲だ。妻子持ちの貧乏刑事トム・ベレンジャーが殺人犯を目撃した金持ち女ミミ・ロジャースを警護する。

豪華マンションのエレベーターホールで椅子に座って警護していた刑事は、女の誘いにのって部屋に入りその豪華さに圧倒される。次第に打ち解けたふたりは恋に落ち、ベッドを共にする。翌朝、警護の交替でやってきた同僚の刑事は、主人公が女の部屋から出てきたのを見て肩をすくめる。主人公の妻は元警官で、職場の仲間とは顔見知りなのである。ここからは不倫問題も加わってくるという複雑さだ。

もう30年以上も昔のことになったが、早川ミステリから出たポーラ・ゴズリングという女流作家の「逃げるアヒル」が話題になった。その帯には「英国推理作家協会賞最優秀新人賞受賞作」とあり、「知りすぎた女を殺し屋の銃口が狙う! 女を守る刑事とのプロ対プロの追撃戦」と書かれていた。こういう話が好きな僕はすぐに買って読んだが、期待が大きすぎたのか少し落胆した。

しかし、僕は殺し屋に狙われた女を守る孤独な男という設定を偏愛するので、シルベスター・スタローンが「コブラ」(1986年)として映画化したときには、少し期待して映画館へいった。しかし、これは原作以上の期待はずれだった。ヒロインを演じた恋人(あるいは、すでに妻だった?)ブリジット・ニールセンにスタローンがメロメロなのがわかるだけの映画だった。原作の深さはどこにもなかった。

同じような設定なら、神父とその妹の盲目の美女を殺し屋たちから守るために、自らの命を棄てる元IRA(アイルランド・リパブリック・アーミー)の兵士(テロリスト)を主人公にした「死にゆく者への祈り」(1987年)の方がずっとよかったと思う。色気が漂っていた頃の若きミッキー・ロークが孤独なテロリストを演じて印象に残る。

彼らは、自分が愛する者を命をかけて守ろうとする。そこに自己の存在意義を見出そうとするのだ。大切な人を守ることで、生きる意味を見出していく。だから、多くの場合、彼らはどこかに欠損を抱えた人間として登場する。組織からはみ出したFBI捜査官だったり、ベトナム戦争で受けた精神的な傷を引きずる刑事だったり、自分が仕掛けた爆弾で多くの子供たちを殺してしまったテロリストであったりするのだ。

しかし、世の中には職業として「誰かを守る」人々もいる。彼らは守る対象に愛情や尊敬を抱いているわけではない。自分の仕事として、ある人物を守るのだ。プロフェッショナルである誇りを守るために、ときには卑劣で傲慢な政治家連中さえ守り抜くし、犯罪容疑者として追われる富豪さえ守る。それが彼らの仕事なのだ。彼らはプロフェッショナルなのである。

●誰かを守ることを仕事として続けることのプレッシャー

昔からプロのボディガードものが好きだった。ギャビン・ライアルの「深夜プラスワン」を高校生の頃に読んだので、その影響が強いのかもしれない。元シークレット・サービスで、パリでフリーのボディガード業を営んでいるハーヴェイ・ロヴェルというアル中のガンマンに惚れ込んでしまったのだ。冒険小説ファンの間では、人気ナンバーワンのキャラクターである。

主人公の「私」は、ムッシュ・カントンことルイス・ケインというイギリス人である。ハーヴェイ・ロヴェルはアメリカ人。このふたりがシトロエンDSを駆って、マガンハルトという大富豪(レイプ容疑で指名手配されている)とその秘書をフランスの海岸からリヒテンシュタインまで護送する物語である。もちろん途中、様々な困難があり、何度も襲われて危機を迎える。

ハーヴェイ・ロヴェルは、主人公ルイス・ケインの視線を通じて描写される。ケインはプロを理解する男だから、ケインの一人称による語りで僕らはハーヴェイ・ロヴェルのプロフェッショナルぶりを堪能する。たとえば、ケインが初めてロヴェルに会うカフェの場面では、ロヴェルが左手だけを使っていることがさりげなく書かれている。つまり右手は襲われたとき、拳銃を抜くために空けておくのである。

以前にも書いたが、なぜ「深夜プラスワン」が映画化されないのか(今となってはもう時代遅れだろうが)僕には不思議だが、原作を明示していないものの鈴木清順監督作品「殺しの烙印」(1967年)の前半30分ほどは「深夜プラスワン」をそのまま使っている。ハーヴェイ・ロヴェルと同じようにアル中のガンマンを演じたのは、南廣だった。

ハーヴェイ・ロヴェルが元シークレット・サービスだったように、プロのボディガードとして有名なのはアメリカの大統領護衛官である。ケネディ暗殺を防げなかったが今も現役で大統領を護衛し、パレードの大統領専用車に併走して息切れをする老シークレット・サービスをクリント・イーストウッドが演じたのが「シークレット・サービス」(1993年)だ。

監督はドイツ映画「U・ボート」(1981年)が世界的にヒットし、ハリウッドに進出したヴォルフガング・ペーターゼンである。出来不出来はあるものの、彼が監督すればある水準以上の骨太なアクション映画にはなる。「シークレット・サービス」は出来のよいときの作品だ。

老練なシークレット・サービスと組むのは、若手のシークレット・サービスである。黒澤明「野良犬」(1949年)が確立した不滅の組み合わせだ。冒頭から、若手エージェントに危機が訪れ、危機一髪のところで主人公が救出する。若手エージェントは命を張る仕事の緊張感に耐えきれず、転職を考えている。その若いシークレット・サービスが暗殺者に射殺され、主人公はリベンジを誓う。

この映画の中でも描かれていたが、シークレット・サービスの一番の役割は自らが盾になり、身を挺して大統領を守ることだ。大統領を取り囲んで人間の壁を作り、暗殺を阻止する。つまり、いつでも自分の身を投げ出す覚悟が必要なのだ。いつでも死ねる覚悟がないと、シークレット・サービスはつとまらない。だから、多くシークレット・サービスが緊張感に耐えられずリタイアする。

●警視庁の元セキュリティ・ポリスを主人公にした物語

アメリカのシークレット・サービスを参考にして設立されたのが、警視庁のセキュリティ・ポリスである。もう30数年前になるが、朝日新聞の記事で女性のセキュリティ・ポリスが取り上げられていて、僕は日本にセキュリティ・ポリスが設置されたことを知った。正式には1975年のことだったという。

その記事を読んだ僕は、元セキュリティ・ポリスで現在はフリーランスのボディガードをやっている男を主人公にしたシリーズ小説を考えたことがある。1月から12月までの12話構成で、その月にちなんだタイトルにし必ず色を入れることにした。その色から護衛する対象が連想できるのが狙いだった。それは短編集になるか、一編一編が長編になるかはわからなかった。

1月のタイトルは「ピンクの像を見るボディガード」だった。「ピンク・エレファント」はアル中が見る幻の中に現れるとされていて、アル中を示す英語である。ディズーアニメ「ダンボ」(1941年)では、間違って酒を飲んだダンボが酔っぱらってピンクの像たちとダンスを踊るシーンがある。僕の発想は、どうしてもハーヴェイ・ロヴェルから離れられなかったのだ。

2月は「ブルーな夢を見るボディガード」である。これは、400字詰原稿用紙で80枚ほどの短編に仕上げた。読み物雑誌の新人賞の規定が80枚までだったからである。裏社会の恐喝屋が分の過ぎた恐喝をして権力に狙われたため、主人公に護衛を依頼してくるという物語だった。「オール読物新人賞」に応募して一次選考は通ったが、二次選考では落ちた。考えてみれば、新味のない話である。

5月のタイトルは「グリーンを走るボディガード」。絶大な人気を持つプロ・ゴルファーを護衛する話にした。6月は「シルバーレインに濡れるボディガード」だった。汚職事件に巻き込まれた官僚の娘から、本人が自殺しないように影ながら護衛してほしいという変則的なボディガードの依頼を受ける。これは冒頭、20枚ほどは書いたが中断したままだ。

僕は30前だったが、そんな話を考えているのが楽しかった。結婚し、仕事にもようやく馴れた頃で、物語をいろいろ組み立てているとストレスが消えていくようだった。昔から、僕のストレス発散法は原稿を書くことなのである。この「映画と夜と音楽と...」も「よく続きますね」と言われることが多いが、週末の原稿書きで平日のストレスを解消しているのだ。

さて、フジテレビで金城一紀さんの「SP」が始まったとき、僕は気にはなったが何となく意地を張って見なかった。それが評判になって映画化され、新宿ゴールデン街「深夜プラスワン」でずっとカウンターに入っていた匡太郎が助監督になり、「SP」についたと聞いたので「SP 野望篇」(2010年)「SP 革命篇」(2011年)は見た。

確かに要人警護のプロが主人公だし、要人警護の様々なシーンはあったけれど、この二本の映画は「誰かを守り抜く」ことを主題にした物語ではなかった。警察内部の複雑な権力闘争や、理想主義者の上司のクーデターなどを中心とした、どちらかと言えば今流行の警察小説的なストーリーだった。僕は、プロとして誰かを守り抜く直線的な物語が見たいなあ、と思ったものだった。

●プロフェッショナルたちの闘いをスタイリッシュに描く

サム・ペキンパー監督の熱狂的支持者である僕としては、「キラー・エリート」(1975年)という作品を取り上げることにためらいがある。出来がいいかと問われると、僕は黙って何も答えられない。しかし、この映画が公開される前、僕は大いに期待し、早川ノヴェルズで出ていたロバート・ロスタンドの原作小説も読んだ。

その小説の「あとがき」には、訳者が「『キラー・エリート』を読んでいて、ギャヴィン・ライアルの『深夜プラスワン』をふと思い出し」たとある。隻腕隻脚の元情報部員が夜盲症の老タクシー運転手と異常性格の若いガンマンの三人で、アフリカの某国元首相とその娘をある場所まで護衛する物語だ。襲ってくるのは、主人公を隻腕隻脚にした元同僚であり、腕利きの殺し屋である。

サム・ペキンパーの映画版では、主人公はジェームス・カーン、凄腕の殺し屋はロバート・デュバルという「ゴッドファーザー」(1972年)を連想させる配役だった。若いガンマンはペキンパー映画の常連ボー・ホプキンス、タクシー運転手はバート・ヤング(「ロッキー」のエイドリアンの兄でトレーナーですね)だったと思う。

原作と変えていたのは、守るのがアジアの某国の元指導者だったことだ。マコ岩松が演じた。そして、襲ってくる暗殺団は黒ずくめの忍者姿の一団だった。これがやりたくてペキンパーは映画化したのだろうか。船の墓場のような海に浮かぶ廃船を舞台に、拳銃対忍者軍団の死闘が繰り広げられるのであった。やれやれ...

割に最近見て気に入ったのは、香港映画「ザ・ミッション 非情の掟」(1999年)だ。11年前の劇場公開時には見逃していた。数年前からジョニー・トーの熱狂的支持者になった身としては、旧作をDVDで見るしかないのである。ジョニー・トーには、間違いなくサム・ペキンパーとジャン・ピエール・メルヴィルの遺伝子が入っている。

香港黒社会のボスが、中華飯店で暗殺者たちに襲われる。何とか逃げ延び、ボスの弟は腕利きの五人の男たちをボディガードとして雇う。ジョニー・トー作品おなじみのアンソニー・ウォンやラム・シュなどである。これが初出演だったフランシス・ンも、これ以降は常連になる。彼らはボスを守りきり、誰が暗殺を企てた黒幕か、突き止めることができるのか。

ジョニー・トーの映画である。セリフは少ない。映像は凝りに凝っている。スタイリッシュな映像と形容されるが、とにかくカッコいい。惚れ惚れする。描かれるのは男たちのクールな友情と絆、黒社会の非情な掟、ゾクゾクする撃ち合い、感情移入のない突然の射撃、それぞれ銃口を別の人間に向けて対峙する緊張感、プロ同士の駆け引き......などである。

だが、ジョニー・トーの映像的才能が半端ではないのを示すのは、何でもないシーンなのである。五人の男たちの心が打ち解け合っていくのを、ジョニー・トーは丸めた紙くずで描き出す。ボスの部屋の前で五人の男たちが待っている。ひとりが落ちていた紙くずをサッカーボールのように蹴る。別の男がパスするように別の男の方に蹴る。何度かパスの応酬がある。

廊下の一番奥にいるのが、リーダー格のグァイ(アンソニー・ウォン)だ。彼の前にまで紙くずが転がっていく。どうするんだろうと見ている人間は思う。一瞬の間があって、グァイは紙くずを男たちの方に蹴り返す。これで、銃の専門家フェイ(ラム・シュ)元狙撃手マイク(ロイ・チョン)殺し屋ロイ(フランシス・ン)とその弟分シン(ジャッキー・ロイ)の五人に絆が成立したのである。

「ザ・ミッション 非情の掟」では何度かボスが襲われ、ボディガードたちがプロらしい動きを見せてくれるが、凝っているのは香港ジャスコ内での死闘だ。エスカレータや太い柱など店内の遮蔽物や小道具を駆使して、まさにスタイリッシュなガン・アクションを見せてくれる。まあ、こんなシーンに昂奮するのは男だけでしょうけどね。うちのカミサンなんてハナから見ようとしませんよ。

彼らは、護衛対象を身を挺して守るに値するか? なんて悩むこともないし、心情的なシンパシーがあるから守るわけでもない。もちろん、ボスに心酔しているわけではない。愛してもいない。彼らは、それが「仕事」だから、自らのプロのプライドにかけて使命をまっとうしようとしているだけだ。

そういう人間を見ていると、僕は何だか心の底からすっきりした気分になる。そう、仕事をしよう、完璧な仕事を......。誰からも信頼される、「あいつに任せておけば間違いない」と言われるプロフェッショナルになろう。仕事をするとは、信頼を得ること。いい加減な仕事をすると、すぐに信頼を失う。信頼を維持するためには、常にベストの仕事をしなければならない。けっこう、しんどいけど......それがプロってもんじゃないのか。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

大型台風が東海地方を直撃するという早朝、名古屋へ転勤になる息子を駅まで送った。キャスター付きの大きなトランクを押す背中を見送って帰宅。その後、関東地方は快晴。台風の予兆もない。金曜に飲み過ぎて、土曜を一日つぶしてしまったので、早朝から活動的な日曜になった。

●長編ミステリ三作の配信開始→Appストア「グリフォン書店」
→以下でPC版が出ました。楽天コボ版、キンドル版も予定しています
< http://forkn.jp/book/3701/ > 黄色い玩具の鳥
< http://forkn.jp/book/3702/ > 愚者の夜・賢者の朝
< http://forkn.jp/book/3707/ > 太陽が溶けてゆく海

●第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」受賞
既刊三巻発売中
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■Otaku ワールドへようこそ![161]
市場開拓の殻を打ち破れるか、日本のコンテンツ産業

GrowHair
< http://bn.dgcr.com/archives/20121005140100.html >
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会社のトイレは人が入ってくるのをセンサーが認識して自動的に電気が点くようになってるのだが、これがときどき点かない。あれれと思って一旦出て、入りなおすとちゃんと点いたりする。ひどいときなど、個室に入っていたら、点いてた電気が急に消えちゃったりする。洗面所の蛇口に手をかざしても水が出なかったりとか。そんなとき、一瞬頭をよぎることがある。俺ってひょっとしてもう死んでるんだけど、自分で気がついてないだけなんじゃないかと。

いやいやそれは困る。ご隠居でも何でもいいからあと30年ぐらいは生きておいて、世の中をぼーっと眺めていたいのである。日本はいったいどっちへ向かおうとしているのか、で、結局どんなほうへ行っちゃうのか、今現在、どうにも見通しが悪いもんだから、気になって気になってしかたがない。

●ここが正念場か、日本のコンテンツ産業

一国が目指すべき方向性を考えるとき、いったい何が重要なのだろうか。国民がみんな幸せに暮らしていること。それはそうに違いないけど、じゃあ、幸せとはどういうことをいうのであろうか。あんまり根源的なところから掘り起こしていると、うーん、と考え込んだきり、洞穴の奥から出られなくなり、気がついたら即身仏になっていそうである。

まあ、お金はないよりあったほうがいい。けど、そもそも国は経済的に豊かであることを目指すべきなのか。経済力は軍事力に直結し、実際にドンパチやらなくても潜在的な軍事力が国家間の力関係に効いているであろう。経済的に困窮しては国が滅亡しかねない。国が国として自立を保っていくためには、経済をないがしろにするわけにはいかないですな、やっぱ。

お金と幸せの関係とはいかなるものであろうか。これまたけっこう根源的な問いで、考え出すと食うのも忘れて即身成仏しそうである。まあ、そのへんは深入りしないことにして、ここ10数年ばかり経済的に沈滞ムードの日本であるけれど、これはあんまり望ましくない状態であるからして、将来はこの低迷から立ち直って、お金がぶんぶんうなって空を飛び交っている日本を目指しましょう、っていうのは国民総意の共通認識ってことでいいんじゃないでしょうか。

2010年6月18日に、「新成長戦略 〜「元気な日本」復活のシナリオ〜」が閣議決定されている。
< http://www.kantei.go.jp/jp/sinseichousenryaku/ >

まず、日本は過去に道を二度誤り、長期経済低迷を招いたと反省した上で、第三の道を目指すと謳っている。第一の失敗は、基礎的なインフラが整備された80年代には公共事業に投資しても経済効果が上がらなくなっていたのに、既得権保護のためにずるずるとばら撒きを続けてきたこと。第二の失敗は、行き過ぎた市場原理主義に基づき、供給サイドに偏った生産性重視の経済政策をとったことにより、格差が拡大し、社会全体の不安が急速に高まったこと。

第三の道においては、経済社会が抱える課題の解決を新たな需要や雇用創出のきっかけとし、それを成長につなげていく、と述べている。その政策を実現するための戦略として、「新成長戦略」においては、「強い経済」、「強い財政」、「強い社会保障」の一体的実現に主眼を置いている。やっぱ経済低迷からの立ち直りが大事ってことですな。

下記7つの戦略分野を掲げ、それぞれについて基本方針と成果目標を設定している。
・強みを活かす成長分野として
(1)グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略
(2)ライフ・イノベーションによる健康大国戦略
・フロンティアの開拓による成長分野として
(3)アジア経済戦略
(4)観光立国・地域活性化戦略
・成長を支えるプラットフォームとして
(5)科学・技術・情報通信立国戦略
(6)雇用・人材戦略
(7)金融戦略

これらの戦略に沿った施策として、21の国家戦略プロジェクトを選定している。第9のプロジェクトは、上記(3)アジア経済戦略に沿うもので、「知的財産・標準化戦略とクール・ジャパンの海外展開」と題している。

我が国のファッション、コンテンツ、デザイン、食、伝統・文化・観光、音楽などの「クール・ジャパン」は、その潜在力が成長に結びついておらず、今後はこれらのソフトパワーを活用し、その魅力と一体となった製品・サービスを世界に提供することが鍵となっているという状況認識の下、種々の施策を通じ、アジアにおけるコンテンツ収入1兆円を2020年までに実現するという目標を掲げている。

ちゃーんと国の長期戦略に盛り込まれているわけですね、クールジャパン。この閣議決定を記述した文書では直接的に漫画、アニメ、ゲームに言及しているわけではない。けど、経済・産業やマーケティングの話題において、特に「クールジャパン」の文脈で「コンテンツ」と言ったら、上記のものは当然のごとく含意されており、さらに、フィギュア、キャラクターグッズ、同人誌、アニソン、ボーカロイド、コスプレ、声優コンサート、メイド喫茶、などなど、見たり聞いたり体験したりする商品やサービスがすべてひっくるめられている。

つまり、いわゆるオタクな人々の多くが愛好する漫画、アニメ、ゲームなどが、日本の産業としても重要な分野であると認識され、それらの振興を図ることが経済立て直しの長期的国家戦略のひとつとして位置づけられたというわけである。きみたちがんばりなさい、とお上からお墨付きをいただいた格好であるとみることができる。

これに対して、アキバの街を行き交うオタクたちの反応はいかがであろうか。待ちに待った俺たちの時代がついに到来したぜ、と狂喜乱舞している、というほどでもなく。いちいち街頭インタビューしたわけでもないのだけれど、たぶん、ほとんどの人が知らないし、興味もないんだと思う。

そこが一番の問題なのではないかと思う。今の段階では、アキバを賑わす衆生どもとは完全に一線を画した雲の上のおじさんたちが、オタクそっちのけでお金儲けの話をしている、みたいな構図がどうにもこうにも否めない。このプロジェクトの成否は、世界中のオタクたちが、これはいい流れだと喜び、わーっと盛り上がれるかどうかにかかっているように思えてならない。

コンテンツの供給側と消費側とで、どうしても一線が引かれてしまうのは仕方のないことではあるけれど、消費側だって、そのうちの一部は将来プロになってめでたく制作側に入るであろう。そのとき、あまりにも給料が安いとか、働きとしては一番重要なところを担当しているにもかかわらず、組織としては下っ端で虐げられまくっているという現実を目の当たりにすることになっては元気が出るまい。

また、消費側としても、オタクとして同人誌の制作・販売やコスプレなどの活動をしようとしても、生活基盤がしっかりせず、食うや食わずの日々を過ごしているようでは、資金が捻出できず、ヲタ活動もままならない。

コンテンツ産業がもっと潤って、日本経済が上向くことは、本来は、われわれオタクにとっても望ましいことなはずである。他人事みたいに冷ややかに傍観してるってんじゃ、先行きがとても心配だ。日本のコンテンツ産業、まさに今が正念場ですぞ。

●コンテンツホルダーは事業拡大のパートナーを見つけられるか

さて、上記閣議決定と関連して、このほど、「アニメビジネス・パートナーズフォーラム」という活動が旗揚げされた。主催するのは日本のアニメ業界団体である一般社団法人「日本動画協会(AJA)」で、経済産業省が後援している。

アニメ・コンテンツ・ホルダーが単独で海外に進出したり、キャラクタービジネスなどの新規分野へ事業拡大していくのはハードルが高いであろうから、適切なビジネスパートナーを得て協働で進めていくのがよかろうという構想の下、コンテンツ・ホルダーとパートナー事業者との出会いの場を提供することを主眼とする。

アニメ単独でコンテンツの売り上げを伸ばそうとしても砂漠に水をまくような話になりかねないので、モノ作りやコト(イベントや飲食店やミュージアムなど、何らかの体験を提供するビジネス)と組み合わせることで、大きな規模の産業を創出したいという狙いもあるのであろう。

目指すべき事業の柱としては大きくふたつあり、ひとつは海外市場の開拓・拡大、もうひとつは国内二次利用市場の開拓・拡大である。将来、それぞれの市場規模を1兆円ずつに拡大し、そこからもたらされるアニメ製作会社海外収入を1千億円(10%)に、国内外パートナー企業収入を9千億円に、という目標を掲げている。

6つの「テーマ・ワーキング」が計画されており、2012年10月から2013年3月まで6ヶ月間に各ワーキング4〜6回開催する予定にで、その後も継続する。

その「オープニング・ターゲティング・セミナー」が9月24日(月)、25日(火)、26日(水)、28日(金)の4日間開催された。場所は秋葉原UDXビル4階にある「UDXシアター」。主催者である日本動画協会の事務所のお隣である。

4日間とも、17:00から20:00過ぎまでで、20分の講演が3つと、登壇者たちによるパネルディスカッションという構成であった。約180席が、連日8〜9割方埋まる盛況であった。講演したのは、経産省、日本オンラインゲーム協会、大手広告代理店、カードゲーム会社、中国のキャラクターライセンス事業者、観光産業の振興に意欲的に取組む地方自治体、キャラクターをテーマにした飲食業、大学教授など多岐にわたる方面において第一線で活躍する面々。みんな内容や語り口が力強く、うまくいっている事業を機関車のように牽引するトップはエネルギーの塊みたいなパワフルさを備えているもんだと感心した。

特に、中国でキャラクターのライセンスビジネスを営む上海世紀華創文化形象管理有限公司の総経理である孫剣氏は、日中関係がややこしいことになっているさなかであるにもかかわらず来ていただけた上に、頼もしいお言葉を頂戴した。「日本と中国は、どちらにとっても、仲良くしなくてはやっていけない。ゴタゴタ揉めてるのは今だけ。夫婦喧嘩みたいなもん。じきに沈静化する」と。

経産省は、日本のコンテンツ産業の市場規模を12兆円と算出している。ここ3年間ほど横ばい。世界第2位。1位はアメリカで、大きく水を空けて45兆円。それ、日本の自動車産業に匹敵する規模じゃんか。3位は中国の10兆円だが、勢いよく伸びてきている。日本のコンテンツ産業のうち、海外市場での売り上げは、上記の5%である。アメリカの 17%に比べて、まだまだしょぼしょぼ。それも、5%の中身はほとんどがゲーム。アニメは動画投稿サイトのおかげで日本発のが世界によく知られているが、実はコンテンツホルダーは儲けを出していない。

本来出せるべき利益を逸失しているのは困ったことだが、今のところ、どうにもなってない。翻訳して正式版を海外にリリースしても、すでに海賊版が出回った後であり、遅い、高い、で競争にならない。そう言えば、来年公開される「セーラームーン」は世界同時公開を予定しているとフランスで聞いた。主題歌を歌うことが決まったももクロ本人たちから。そういう対策がだんだん打てるようになってきたのは、いいことに違いない。

世界は日本に「片思い」なのだそうで。日本のアニメは世界の側から日本にアクセスすることで広まっていったが、日本から世界に対して宣伝・販売するといった活動が、今までのところ、ほとんどできていないらしい。私はよく、「世界から手を振ってきているんだから、日本はもっと振り返すべきだ」と言ってきたが、やっぱりそんなムードだったか。提供側が本来得るべき儲けを逸失しているにしても、世界に対して日本のイメージを高めたという価値は計り知れないものがあり、いい仕事をしましたね、ってことでいいんじゃないかとも思ったりなんかする。

カードゲーム「ヴァンガード」をシンガポールを拠点として海外展開して好調な「ブシロード」の木谷社長の話が面白かった。精力的で力強いし、いろいろ細心の注意を払ってがんばってるんだなー、と。海外市場開拓は難易度が高いので、部下に任せるな、トップが自分で動け、とか。それも、販売会社だけでなく、末端の小売店やユーザとも話をしろ、とか。

なんちゃらエキスポみたいなイベントは、好きな人だけが集まってくるんだから、盛り上がるに決まっとる。それを見て市場性ありとか判断するな、普段の街をちゃんと見てこい、と。だまそうと近づいてくる会社がよくあるけど、一度もだまされたことはない。会社を見るだけでなく、倉庫まで見せてもらえば、まじめに仕事してるかどうか、すぐ分かる、とか。

アジアへの展開の拠点として、セキュリティのレベルが高いなどの理由でシンガポールを選んだが、市場はまずアメリカとカナダで火がついたそうで。シンガポールでは会社もゲームも有名で、シンガポール国立大学から4人採用できたそうである。アジアの大学ランキングでシンガポール国立大学は4位、東大は8位と言っていたような気がするが、今、ネットで調べたランキングでは、シンガポール国立大は2位だった。もし東大を卒業してブシロードに就職するなんて言ったら、親は泣いて反対するだろうし、人々からは勉強しすぎて気が狂ったかと笑われかねない。

慶応義塾大学の中村伊知哉教授は、和服姿が凛々しく、口調に勢いがあってノリとテンポがよく、非常に個性的なお方だ。経歴からして面白い。ロックバンド「少年ナイフ」のプロデューサ、郵政省、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボを経て、慶応義塾大学教授である。

5月の明治記念館のときは、パネルディスカッションの司会者を務め、株価下落の渦中の真っ只中にいたグリーの田中社長に向かって、「コンプガチャどうなんです?」と聞いていた。日本広しと言えども、グリーの田中社長に堂々とそれを聞ける人って、中村教授をおいて他にいないのではあるまいか。

メディアラボ時代に100ドルパソコンを開発して、世界に大量に供給することで、教育現場へパソコンを普及させることに尽力し、特に貧しい国の教育レベルの引き上げに貢献してきた。日本に戻ってきてからも、教育現場でのデジタル機器の活用に力を入れている。この方面、韓国に大きく出遅れている。導入すべきかどうか、今ごろ議論してるっていうのがどうにも遅すぎて、世界の笑い者になっているようである。じゃあ、2020年までには生徒全員に行き渡るようにしましょう、とか言っているのが、いかにものんびり構えすぎなようで。

ううむ、学力レベルで他の国々に負けていては、10年ぐらい経ってから経済・産業レベルで確実に負けるような気がする。ひょっとして沈没しかけているのか、日本丸。世界からは「新興衰退国」と揶揄され、もう没落は確定的とみられている模様だけど。それでも、アメリカやヨーロッパだって経済に不安がないわけではなく、おかげで円高傾向を保ってはいるようだ。

中村教授は、小学校3年ぐらいの生徒を対象に、2日間ぐらいかけて1から10まで全部自分でアニメ作品を一本作らせるという活動をしてきた。アジアの国々の子供たちの作品に比べ、日本の子供たちのは出来がいいそうである。ちゃんと起承転結が効いていて、オチがついてるんだそうで。

そこだけは(ってことは、学力じゃあ、ぜんぜんダメなんだろうなぁ)、日本の子供たちは世界の子供たちに比べて競争力があるそうで、希望がもてる材料なのだそうだ。やっぱりこれからの日本はモノ作りよりもコンテンツか。

●日本沈没のシナリオ

今回旗揚げした「アニメビジネス・パートナーズフォーラム」、新しい取り組みが発足するみたいだし、モノ作りがいまひとつ振るわない日本の産業界でコンテンツ産業は期待を集めてるし、ってことで、「オープニング・ターゲティング・セミナー」はとりあえず盛況だった。けど、今月からは6つの有料のワーキングテーマが活動を開始する。ここから、新しいビジネスが勢いよく立ち上がっていき、日本の景気回復に一役買ってくれることになるであろうか。

そのことも含め、日本の将来を考えると、おちおち死んでもいられない。この流れでいくと、こうなっちゃうのではないかという、ひとつの悲観シナリオ。なってほしくはないけど。

半導体関連の産業において、アメリカ、中国(+台湾)、韓国に対して技術面でも事業面でも敗北が確定的になり、モノ作り全般がまるで振るわない。一所懸命勉強して、いい大学に入って、ちゃんと卒業できたとしても、景気が悪すぎて、いい会社に就職できるという保障がなくなってくる。そうなると、勉強しても無駄だという虚無的ムードが広がり、学生は勉強しなくなる。親もまあいいかと放置する。かくて、日本の学生の学力レベルはアジアでも中以下に落ちていく。

そうなるともう、産業・経済・技術で勝てる見込みがほとんどない。モノ作りがダメなら、頼みの綱はコンテンツ産業だったわけだが、コンテンツホルダーとパートナーを組んでコラボ事業を展開していこうと名乗りを上げた企業のオジサンたちも、苦労が多い割には儲かる道筋がなかなか見えてこないことに業を煮やし、次第に撤退していく。海外展開の市場規模は相変わらずしょぼしょぼで、日本の高度成長を支えた基幹産業であった自動車や半導体に匹敵する規模には育っていかない。かくて、モノ作りもダメ、コンテンツ産業もダメ、で、日本は極貧国へと没落していく。

団塊世代は、バリバリ働くことで日本に高度経済成長をもたらした。団塊ジュニアは、その豊かさを食いつぶして日本を没落させたダメダメ世代。いや、彼らだって、勉強してもいい就職口にありつけなかったり、終身雇用が崩壊してリストラの憂き目にあったりと、いい加減ひどい目にあってるんだけど。しかし、その下の世代から見れば、日本経済を低迷に陥れた悪者っていうふうに見えても仕方がないかもしれない。

団塊も団塊ジュニアも働き者だし、細かいところまで注意が行き届いた上で、スムーズに仕事が進んでいくのはいいことなんだけど。年功序列をやめて、実力主義・成果主義を導入したせいなのか、ネットのコミュニケーションが発達したせいなのか分からないけど、人間関係がどうもあんまり美しくないことになってきたなぁ、という気がする。

なんだか、重箱の隅みたいな他人の粗を見つけ出しては叩き合うような社会になってきてないかなぁ、と。競争に負けたらリストラされるという不安を抱えていると、なんとかして自分の優越性を確保して、自分だけは大丈夫だと自己説得できるような安心材料を捜し求めるという心理がはたらくのであろうか。

互いのいいところを生かしあい、弱いところをカバーしあって、全体がうまく回っていけば、組織として伸びていく活力が生じるわけで、それが適材適所の考え方ってもんなのだけど、逆に、欠けているところを互いに見つけ出して叩き合っていたのでは、結局、全員がダメなやつってことになって、組織としては弱体化する。

日本全体で、互いに重箱の隅をつついて叩きあいをしているうちに、気がついたら船全体が沈没してた、って構図なのかもしれない。叩きあいの世の中だと、どうしても批判を恐れて思い切ったことがしづらくなり、何もかもが無難な線へと落ち着いていく。伸びていく活力がどっかへ蒸発して、姿勢が縮こまっていく。

たぶん、下の世代は、そういうところを上の世代のダメなところとして感じている。ああいうふうにはなりたくないな、と。反動が来て、まるで逆になっていったりして。叩き合いからほめ合いへ。バリバリ勉強したりする気はなく、比較的マイペースでおっとりしているけれど、協調性があって、心優しい人たち。やや内向気味だけど、感性の方面でセンスがよく、アートなどのクリエイティブな方面が得意。

経済的には国全体が貧しく、生活水準は決して高くないのだけれど、その割には不平不満が少なく、互いに助け合って、仲良く暮らしている。お金がないから、大した娯楽にありつけるわけでもないのだけれど、絵を描いたり、音楽を作ったりして、それなりに楽しんでいる。

わざわざ海外に出て行こうなんてお金も意欲もない。海外からも、没落した日本にあんまり関心はなく、わざわざ来る人は多くない。国交が断絶しているわけでもないのに、事実上、鎖国状態。海外から発見されなくても、アートのセンスの高さが生きて、独自の文化が育ち、やがて爛熟していく。ううむ、なんだか江戸時代みたいだ。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。

GoogleやYahoo!などの検索サイトのキーワード検索で、フレーズ検索という機能が提供されている。たとえば「国境の長いトンネル」という文字列を(上記のカギ括弧はなしで)そのまま検索窓に入力すると、「国境の」と「長い」と「トンネル」にいったん分解され、それらがばらばらに散って含まれるサイトもヒットする。同じ文字列をダブルクオーテーションで囲って「"国境の長いトンネル"」で検索をかけると、この文字列がかたまりで含まれるサイトしかヒットしない。これがフレーズ検索。

フレーズ検索のヒット件数がおかしいと言われている。実際、Googleでは「国境の長いトンネル」のヒット件数が90,600件なのに対して、フレーズ検索のほうは173,000件。なんで増えるんだよ?

「"原宿"」と「"狼が出る"」の2フレーズでAND検索をかけると、105,000件と表示されるが、そのページに表示されている10件の下の[次へ]には2ページ目までしか表示されていない? ってことは全部で20件以下しかヒットしてないってこと? 矛盾してないかい? 2ページ目へ行くと、ヒット件数が14件へと激減してる。

1ページ目に表示されてるヒット件数は、まじめに検索をかけて勘定した結果ではなく、なんらかの方法で算出した推測値なのであろう。いったいどんな方法を用いるとそんな推計が可能なのか、謎である。で、実際、合ってないんだけど。フレーズ検索のほうが増えちゃう推計方法というのも謎だ。いったいどんなアルゴリズムを採用しているのだろう。それをあぶり出せないもんかといろいろ試していたら......いきなりひん曲がった数字の画像が表示されて、その数字を読んでテキスト入力せよ、と。プログラム(いわゆる「bot」)かと疑われたらしい。

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編集後記(10/05)

●1956年公開の映画「ビルマの竪琴」DVDを見る。ミャンマーに関する本を読んでいて、ビルマといえば懐かしいあの映画、もう一度見なければと図書館に借りにいった。古ぼけたパッケージに「購入金額¥12,000」とラベルが貼ってある。いまアマゾンで買えば3,000円もしないのだが、最初に発売されたときはおそろしく高かったようだ。

スクリーンで見た記憶はないので、たぶん10年以上前にWOWOWかなんかで見たのであろう。ほとんどが記憶通りであった。日本の兵士が臨戦態勢で合唱する「埴生の宿」に英国軍兵士が「home sweet home」の合唱で応ずるシーンや、「一緒に帰ろう」と叫ぶ仲間たちに、竪琴で「仰げば尊し」を返す水島のシーンに涙また涙。

「ビルマの竪琴」には第一部、第二部、総集編が存在した、という情報がDVDの特典映像(ビルマ45年前の現地撮影未公開スチールと予告編)に含まれていた。それによると、公開予定は昭和31年1月に決まっていたが、当時の国際情勢からビルマロケの入国許可が出ず、やむなく日本で撮影したシーンだけを編集して第一部(63分)として公開した。やがて、入国許可がおりたため、監督・助監督、撮影、照明、美術と安井昌二ら総勢11名の少人数で10日間のビルマロケを行った。

その後、撮影所でスクリーンプロセスの撮影を行い、第一部の続編としての第二部(81分)を完成させた。同時に、第一部、第二部の内容を再編集、再ダビングして物語前半にもビルマロケシーンを盛り込んだ総集編(116分)が作られた。いま見られる「ビルマの竪琴」は、完成度の最も高いこの総集編だけである。大部分がビルマロケだと思って見ていたから、これには驚く。半世紀以上前の作品だが、いまも充分鑑賞に堪えられる。間違いなく歴史に残る名作だ。

1985年公開の「ビルマの竪琴」は、再び市川崑監督でカラーでリメイクされたものだ。水島上等兵は中井貴一、井上隊長は石坂浩二、物売りの老婆はなんと再び北林谷栄。これは未見、TSUTAYAかGEOに行かなくては。最近は初音ミクの歌う唱歌をよく聞いている。いいわ、これ。(柴田)

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「ビルマの竪琴」予告編

●一日何やっているかわからないというか、仕事しかしていない日が続くと、なーにがOmniFocusだPomodoroだToodledoだGoogle Calendarだ、などとやさぐれる。Togglしたら、境目がなくて、まだ動いてるけどいいの? とメールが来る。

そういやPomodoro用のアプリを「Pomodoro Time Management Lite」から「Focus Time(旧Pomodoro Pro)」に変えたよ。前者の好きなところはチクタク音が出るところと、タスクリストを設定できるところ。後者に変えた理由は細かな設定。1Pomodoroの時間や休憩時間、セット数(たとえば4Pomodoroやったら15分休憩)、1Pomodoroが終了したら、自動的に次の回に進ませるとか、こちらがボタンを押すまではカウントを始めないとか、カウント中は自動ロックさせないとか、チクタク音を出すかどうかなどが設定できる。

自動ロックは重要で、他のことをしたくなった時に、画面の残り時間を見て、改めて集中しなおせる。チクタク音は、気の乗らない仕事をする時にやらざるを得ない雰囲気にさせてくれる。

統計をとるにあたり、一日の区切り時間も設定できる。デフォルトは3時。30分を1区切りとして、一日何Pomodoroやっているのか調べてみたら面白いかなと。ボタンの押し忘れが多々あるので、厳密にどうこう考えておらず、今日はよく頑張ったなとか、疲れているわりには机の前に座っていなかったなと振り返るため。後者の欠点は、チクタク音を選択したら、休憩時間にもチクタク音が鳴るところ。ここは休憩時間に鳴らすかどうか選択できた前者の方が良かったな〜。

で、やさぐれている時は、チクタク音が日によって違って聞こえる。今日は「南海キャンディーズ」。いやほんと聞こえるんですって。(hammer.mule)

< http://itunes.apple.com/jp/app/pomodoro-time-management-lite/id323224845?mt=8 >
Pomodoro Time Management Lite
< http://itunes.apple.com/jp/app/focus-time/id340156917?mt=8 >
Focus Time