アナログステージ[84]大人の事情を配慮した爽やかなネット生活/べちおサマンサ

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コンニチハ、腹に脂がのり始めた中年に差し掛かったところで、コミュ障(コミュニケーション障害)になり始めている、べちお・青魚・サマンサです。こってりとしたお腹が気になり始めたら、毎日の食卓に青魚をどうぞ。

『会社辞めさせてくださいの乱』以降、会社、私生活、様々な場面で、諸々のやり取りをすればするほど、対人関係が面倒になってきております。考えることの順番というか交通整理ができていないので、会話の受け答えがチンプンカンプンになっていたり。

評価試験中に、普段なら絶対にありえないミスをしてしまっていたり。まったく集中していない。そのうちまた、ん百万レベルのポカミスをするんではないかと危惧しております。あれほどマルチタスクで動いたらダメって、自分でも分かっているのに。なんでじゃろ。天性のアホなのかもしれない。

コニュ障チックな具合は、当然SNSにも表れてきている。Twitterも書き逃げが主体になり始め(というよりも、Twitterって、書き逃げ専門だけど)、意識がポヤンとした中で覗いているだけという末期レベル。

SNSの楽しさについては、デジクリ中にも何度か触れてきましたけど、SNSにみられる楽しさというのは、千差万別。まぁ、いろいろな人がいるから、楽しみ加減が違うのは、あたりまえと言ったら当たりまえのことだ。SNS自体、まったく受けつけない、うちのカミさんのような人間もいる。

どのSNSにしろ、どういう使いかたで、どんな楽しみかたをするかも、人によって様々だし、コミュニケーションのとりかたもそれぞれ。世界中のどこからでも誰からでも見ることができることに意義を見出す人もいれば、メンバー以外はシャットアウトして閉鎖的な空間に意義を見出す人も。

「バカ発見器」と不名誉(?)な称号をいただいているTwitterも、鍵かけ(フォロー申請して承諾されないと、その人のタイムラインを見ることができない)しながら楽しむ人が多くなってきている。




「鍵かけしながらTwitterやって、なにが面白いの?」と感じるヒトも中にはいるかもしれないが、Twitterの使いかたは、自分が何をしているかを発信するためのサービスではない。

『興味あることの情報が一括して140文字以内で届いてくる』というのが、本来かどうかは、すでに霧の中に隠れてしまっているが、Twitterの醍醐味なはず。利用時間が経過していくにつれて、自分なりの楽しみかたというか、利用方法も変化していくのはTwitterだけに限らず、どのSNSでも同じことが言える。

初期mixiにみられた、「閉鎖的な空間」をギリギリまで閉ざした、新しいSNSがニュースで配信されてきた。紹介するリンク先の中に、非常に興味深いというか、「そりゃそうだよなぁ...」と、SNSに対する意識を再考させるインタビューが掲載されていた。以下抜粋。

・大切な人とコミュニケーションをし思い出を共有する──9人限定のクローズドSNSの「Close」がリリース  | Startup Dating
< http://www.startup-dating.com/2012/09/close/ >

──カップル向けのような1対1だと、SNSと呼べないしそこそこは楽しいけど
  面白みに欠ける。そして、Facebookはもはや電話帳のようなもので、すべ
  てを把握している人はいない。

  それに、一度の投稿が友人や会社の人などが一緒になって見られる、とい
  うのも、あまり居心地がよくない。人間が、本当に仕事以外で常時連絡を
  取り合うのはだいたい6人程度。

  そして、なにかあった時に相談できるのが15人程度と、研究でも導き出さ
  れている。そこで、その中間程度の人数として9人に設定しました。

ワタクシの考えからでいくと、人数制限はとても重要なところなはず。上記にも書いたように、サービスの利用期間が長くなってくると、使いかたも変化してくる。同時に、気の合う仲間も増えてくる。

数年前のmixiではないが、初めは、数人の知人だけだったマイミクも、時が経つにつれて、「そういえばmixiやってんの? んじゃマイミク出しておくね!」と、どんどん増えていった。

気が付けば、「なんでこのヒトをマイミクにしちゃったんだろう......」と、たいして親しいわけでもない遠い知り合いや、ちょっと面倒な友人をマイミクに迎えて後悔するときもあった。

そう思うきっかけとなるのが、「この日記を公開したいけど、あいつには読んでほしくない」というネガティブな事情が底辺をうろついていたり。

そんな「大人の事情」を配慮してかどうかは知らないけど、運営から打ち出してきたのが、グループ分けと公開範囲制限。大変「アレ」な言いかたになってしまうが、大人の事情で(関係が)切れないヒト対策という意味では、大変有効な打開策になった。

しかし、そんな後ろめたい気持ちを抱えながら、サービスを利用していくのも、楽しさを半減しているようで、自分が許せなくなる。

ハッキリと割切り上手なヒトには、大変便利な機能になるが、共通の別の知り合いから「あれ? 知らなかったの?」って話しが流れようものなら、「ぬぐぐぐ、あのヤロー、オレのことを外してやがったな! こんちくしょー、そっちがその気なら、こっちだってやってやろーじゃねーか、おぼえてろ、マーガリンマヨネーズ野郎!!」と飛び火しかねない。

結局、ワタクシは小心者なので、そういうことが面倒になり、mixiはじめ、ほかSNSでも親密に絡むようなことをしなくなった。イコール、SNSの楽しさを存分に楽しむことがなくなった。そこで出会ったのがTwitter。2ちゃんとは別の書き逃げの楽しさを教えてくました。

紹介した「Close」のように、初めから人数制限されていれば、気が付いたら、50人、100人とかに膨らんでいることもないし、正体も気心も知れている仲なはず。隠し事という心の鍵をかけないだけでも、相当気分が楽になるだろう。

でも、それはそれで今度は、「ぐんにょぉぉ! なんであのアイツが9人の中にいるのに、オレは入っていないんだ! 友達だと思っていたのに、親友だと思っていたのに、ドちくしょー! おぼえてやがれ、このバナナサルサソース野郎!」と逆恨みされたりして。

こうなると、爽やかなネット生活とかけ離れた、ドロドロな昼ドラ風ネット生活ですな。人間って、嫉妬深い生き物ですね。

【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp
NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒト
Twitterはコチラ→< http://twitter.com/bachiosamansa >
まとめはコチラ→< http://start.io/bachio >

○そろそろ死ぬのかどうなのかは分からないけど、「死」をとにかく意識し始めております。これが結構興味深い。いろいろな思考経路を辿り、最近は、夢と死の関係を、独りでビールを飲みながら探っているのが面白い/睡眠中に見る夢は、生を終えてから訪れる世界の、予行練習になっているんではないか! とか、勝手に妄想が暴走して楽しんでおります/おかげで、死ぬことへの恐怖感というものが殆ど薄れてきました。

○記憶に残っている2週間の出来事→台風の中、「マッパで台風を受け止めたい!」と、家族でスパ銭(スーパー銭湯)にいく→暴風雨の中、ムスコと二人で裸で「たいふう〜!」とか言いながら露天の黒湯に浸かってました→上の話しとはまったく関係ないんですけど、リアル親父が死にそう→「生きているんだから、そりゃ死ぬでしょ」って言ったら、「それって、人としてどうなの?」って言われる→オイラ、アスクレピオスじゃないんだから、どうしようもない。