[3348] リスキーなジョーク

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,000文字)


《びた一文でいいからください。》

■私症説[42]
 リスキーなジョーク
 永吉克之

■ショート・ストーリーのKUNI[126]
 お佐代さん
 ヤマシタクニコ




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■私症説[42]
リスキーなジョーク

永吉克之
< http://bn.dgcr.com/archives/20121011140200.html >
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●複合動詞

先週、父の法事で七年ぶりに甥の尚史に会ったら、彼の顔がすっかり照り流れているので、一瞬、別人かと思った。高校生の頃は、いつもどこか巻き落ちたようなところがあったのに、社会人になってからは人並以上に盛り跳んでいた。

彼は私を見つけると、塗り笑いをしながら近づいてきて言った。「叔父さん、ぼく来年、アフリカの国々に医療を投げ伸ばすために、日本を離れ被ることにしました」

彼のこの起き結んだような陽気さに、私は残し割ったような違和感を少し覚えたが、若さからくる持たせ打ちかとも思った。しかしその若さゆえに、彼が世間から引き吸われるようなことのないように、私がいつも彼を分け反らせ、時には曲げ溜めてやることも必要だと思った。そこで私は彼に率直に言い満ちた。

「尚史、日本人でも外国人でも、業績を寄せ振るためには、人間同士でこそ切り戻ることのできる、付き裁いた関係を作ることが必要なんだぞ。お前にそれを消し返すことができるのか?」
「はい。そのつもりでこれまで組み垂らしてきましたから」

短い言葉だが、この一言で充分、尚史の決意は伝わった。もう子供ではないのだ。私は何度もそう思い掘り倒し転がした。

●映画批評『大怪獣ガメラ』(1965年/大映)

私の評は、正直言って芳しくない。というのは、この映画は事実誤認やリアリティの欠如がはなはだしいからだ。それはご愛嬌ですまされる範囲をはるかに超えて、もはや子供向けの怪獣映画のようになってしまっている。

これは「ガメラ」という獰猛なカメと少年のふれあいを描いた作品だ。動物と人間の交流を描いた映画はこれまでもたくさんあったが、鈍重な動物の代表のようなカメを主役にした作品は、私の知る限り他にない。しかし、その独自性を無にするほど致命的な欠陥が多すぎるのである。

欠陥の第一はガメラの大きさである。体長が60メートル、体重は80トンあるそうだが、現在までに発見されたカメのなかに、そんな巨大な種類はない。もしそんな、シロナガスクジラよりも大きなカメがいたら、とうに発見されているはずだ。

第二に、ガメラは空中を飛ぶことになっているが、地球の重力の大きさを考慮すると、そんな大型の動物が飛翔することはおろか、跳躍することも絶対に不可能である。いや、みずからの体重を支えきれず、歩行することもできないだろう。

まあ、たとえ体長60メートル、体幅40メートルでも、体の厚みが5ミリなら、凧の原理で浮き上がり、気流にのって空中をクラゲのように漂うことは可能かもしれないが、そんなペラペラした平ベったい生き物が、大砲や戦闘機の攻撃もはねかえし、高層ビル街を火の海にし、人々を恐怖のどん底に落とし入れるということになると、もうこれは動物と人間のふれあいを描いたヒューマンドラマなのか、怪奇映画なのか、シュールなコメディなのか、わけがわからなくなってくる。

第三の欠陥は、ガメラが火を吐くことだ。しかもそれは火炎放射機のような猛烈な焼夷力を持っているのだ。

しかし、ウミガメも、淡水域に生息するカメも、リクガメも火は吐かない。たまに大阪の四天王寺に行くと、そこの池にうじゃうじゃいるカメを長時間眺めていることがあるが、まだ一度も火を吐いているカメを見たことがない。もちろん飛んでいるところも見ていない。

『ガメラ』の新作を作るのなら、改善すべき点はたくさんある。まず、体長はせいぜい3m以内に収めておくことだ。それ以上大きいと怪獣のようになってしまう。

また、空を飛ぶという設定と火を吐くという設定は破棄するしかない。空想映画ならともかく、どんな理由をつけても、そんな非現実的な設定では観客を納得させるのは無理だ。それに子供が観たら、カメとは空を飛ぶ動物だという誤った知識をもってしまう。

まあ、フィクションなのだから、獰猛な性格にするのはいいだろう。しかし、せいぜい家畜のニワトリを襲う程度にしておきたいものだ。カメに都市を破壊するだけの能力はないし、そもそもそんなことをしなければならない動機がない。登場人物の行動に動機が感じられないと観客がついてこられなくなるのだ。

『ガメラ』の次回作では、瀬戸内海の漁村を舞台に、漁師の子供が、たまたま網にかかった大ガメを少しづつ手なずけてゆくプロセスを物語りの中心にしてもらいたいものだ。

ところで、タイトルに「ガメラ」は使うべきではない。『少年とカメ』ではどうだろう。

●控えめな要求

絵里子といいます。なぜか私は、小さいときから、怪しくない男性を好きになる傾向がありました。小学生のときに好きだった初恋の先生も、初めてキスをした高校のときの彼も、同棲していた大学時代の恋人も、そしてもちろん今の主人もみんな揃って、怪しくないのです。

来月、男の子が生まれる予定なのですが、その子も怪しくない男性になってほしいと、心密かに願っています。

智恵よ。
私の理想の男の第一条件は、連続放火魔じゃないこと。これは譲れないわ。いくら動物好きで年寄り子供に優しくても、連続放火魔とはうまくやっていけないんじゃないかと思うの。

以前につきあっていた彼に対してもそうだった。会社に一年後輩として入社してきた彼を見て、どことなく頼りない感じだったけど「素敵、この人なんて連続放火魔っぽくないのかしら!」って、一目惚れしちゃったのよね。うふ。

裕美で〜す。大学の同じ学科に、澤田くんっていう、とっても気になってたのに話しかけることもできないでいた男子がいたんです。

もともと澤田くんを好きになったのは、彼がウサマ・ビンラディンじゃなかったからなんだけど、シャイなあたしが、そんな彼に話しかける気になったのは、あるとき友達から、実は彼がヒマラヤの雪男じゃないって聞いて、もうこの人しかいないって思ったからなんです。それで思い切ってお昼ご飯に誘ったら、気持よく応じてくれたんです。

そしてびっくりしたのは、澤田くんもあたしのことが好きだったって言うんです。それでもう嬉しくって「あたしのどこが好きなの?」って聞いたら、「男じゃないところ」なんて照れちゃって、真っ赤になって、とってもカワイイんです。

異性への要求は控えめに。それが、結局は少子化の解消につながるのである。

●他者に学ばない

ぼくは絵を描いているくせに、最近はあまり他人の絵を観に行ったりしなくなった。また、こうやってBlogを書いたり、メルマガに寄稿したりしているが、他人が書いたものはあまり読まないのだ。なんという不遜な。学ぶことを怠っていては遠からず破滅するぞ、と長く心の重圧になっていたのだが、最近は、それでいいような気がしている。

たとえばだ。味噌ラーメンを食べるのが大好きだからといって、他人が味噌ラーメンを食べているのを見るために、わざわざラーメン屋に行くだろうか。いくら登山に情熱を傾けているからといって、他人が登山しているところを見るために、わざわざチョモランマには登らないだろう。

また、どんなにテレビタレントに憧れていてテレビ業界のことが知りたくても、テレビを分解して内部を観察してみようとする人はいないはずだ。

この事実に気がついたとき、自分がいままで根拠のないことで苦しんでいたことを覚ったのだった。

●リスキーなジョーク

芸人の性で、文章を書いたり、人前で発言するときは、何かジョークを入れなければ気がすまない。役所で申請書に自分の生年月日を書きこむときでも「明治91年生れ」とかなんとか書きたい衝動に襲われることがあるが、係の人に殴られるかもしれないので、さすがにそれはしない。

ところで、デジクリの原稿を書いているときに、ふと思いついて、お、こりゃいいやと一旦は書いてみたものの、コレはへたすると真に受ける人がいるかも、永吉は日本語を知らない奴だと思うかも、と脱腸の思いで削除したジョークがある。

・蛇蝎のごとく好きだ。
・そんな気持ちは、雀の涙ほどもないよ。
・びた一文でいいからください。
・仏の顔もサンドイッチマン。

こういったジョークを読者が真に受けないようにするためとはいえ、文末に「なーんちゃって」「......んなわけないだろ」「(笑)」などをつけるといった、便利だが手垢にまみれた手法を使うのは芸人としての誇りが許さない。ましていわんや、

※「蛇蝎のごとく」の後には「嫌う」などの否定的な語を使うのが正しい用法なのですが、ここでは、笑ってもらおうと思って、わざと間違った使い方をしました。

......なんて注釈をつけるのは、芸人としては屈辱の極みである。

【ながよしのかつゆき/永吉流家元】thereisaship@yahoo.co.jp

今回も、私のブログに掲載しているテキストを使い回ししました。なぜ最近はこんなに書けないのか? いずれその真相を明かし、「なーんや、そうやったんかいな〜」と笑っていただける機会が来ることを願ってやみません。
無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >

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■ショート・ストーリーのKUNI[126]
お佐代さん

ヤマシタクニコ
< http://bn.dgcr.com/archives/20121011140100.html >
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もしも自分以外の人間が考えていることや思いが目に見えたら──と想像したことはありませんか。

ある女性はそれができたそうです。仮に、その人を「お佐代さん」としておきます。お佐代さんは昭和初期の生まれで、小学校卒業後に生家の近くにあった工場で働き始めました。

こつこつと働き続け、30歳になっても縁談もなく、自分は一生結婚もせず工場で働くのかと思い始めたころ、ひとりの男性と知り合います。新しくやってきた工場長でした。お佐代さんより14歳も上で、お佐代さんの言葉を借りると「特に好きというほどでもなかった」そうです。離婚歴があるということも気になりましたが、請われて結婚します。その、夫となったひとの思いや考えが見えたのだそうです。

見えたといっても、どんなことを考えているかがつぶさにわかるわけではありません。ただ、見えるだけなのだそうです。

あるとき、夫が縁側でただ黙って座っていたことがあります。結婚して一年余り後に子どもが生まれ、その子がまだ学校に行ってなかったころだと言います。背後から茶を持ってきたお佐代さんは、夫の頭の周囲がぼうっとにじんで、しかも輪郭の一部がいくつかのこぶを従えたかのようにふくらんで見えるのに気づきました。(なんだろう)と思いながら「お茶ですよ」と声をかけると夫ははっと振り向き、同時ににじんだような輪郭もこぶも、すうっと消えました。──気のせいだったんだ。

しかし、そうではありませんでした。

そのことを忘れかけた頃、新聞を読んでいる夫の頭のまわりに青みがかった銀色の小さな物体が漂っているのを見ました。物体は三つあり、右のこめかみから頭頂部にかけて、頭蓋すれすれのあたりをゆっくりと収縮しながら動いていたそうです。お佐代さんは一瞬息をのむほど驚きましたが、すぐに思いあたりました。──忙しいからだ。

お佐代さんは結婚と同時に仕事をやめましたが、夫は数年後には工場長としての実績を買われ、本社に栄転していました。忙しいながらもどこかのどかなところのある工場と違い、本社は気が休まることがない、といつも言ってたそうです。

「疲れたなあ」時々、ひとりごとのように、そうつぶやいたりもしていました。──夫の頭の中は仕事がいっぱいで、それがついにあふれ出てきたのだ。なんと痛々しいことだろう。お佐代さんはそう思いました。いや、そう思うことにした、というほうが正確かもしれません。

お佐代さんは夫に少しでも元気になってもらおうと、食事に気を遣い、夜は気持ちの良いふとん、朝にはアイロンのきいたワイシャツと、心をこめた弁当を用意しておくことを自分に課し、夫が余計なことに頭を悩ませないようにしました。

それが妻の役目だと思っていました。すでに両親も相次いで亡くなり、自分にはもう夫しかいないのだから、大切にしなければという気持ちもありました。お佐代さんの世話のせいか、それからしばらくは妙なものが見えることもなく、平穏な日々が続いていました。夫の仕事も忙しいながらも順調に回り始めたようでした。

ところがそれから何年かたったある日、夫の頭のまわりにまた見え始めたのです。今度は右耳の後ろから後頭部一帯にかけて、虫のように飛び交うものがいくつも。お佐代さんはそうっと手を近づけてみましたが、触れたように見えていても何の感触も得られません。

夫は何も知らず、テレビの中のタレントを見て笑っていました。
「はははは。ばかだなあ」
その様子はむしろ以前より楽しそうです。
動揺を隠しながらお佐代さんも一緒にテレビのほうを向いて笑いました。
「ほんと。ばかみたいねえ」

夫はお佐代さんが用意したワイシャツにネクタイを締め、お佐代さんの作った弁当を持って毎日きちんと出かけていきました。でも、その頭の周りには常にいくつもの、さまざまなかたちの物体が浮遊しているようになり、その数も種類も増える一方で、はじめの頃から比べると大きくなっているのも気がかりでした。

夜、家のテーブルで黙々と食事をしているときも、夫の首から上には鉛色やくすんだ朱色、灰色や黒に近い色などさまざまな色の物体がふわふわと漂っていました。大きさは小豆粒大からせいぜい消しゴムくらい。

たいていは小麦粉を練っていいかげんにちぎったようなかたちでしたが、中には機械の部品のような人工物めいたかたちのものもありましたし、足を何本も持った生き物のようなかたちのものもありました。

お佐代さんはただあきれ、半ば恐ろしいような気持ちでそれらに見とれました。
「おい」
はっと気づくと夫は空の茶碗を差し出していました。あわてて茶碗を受け取り、炊飯器のふたを開け、あたたかなご飯をよそって差し出すと夫は不審げに
「何を見ていたんだ」
そう言う夫の口元も、目も、絶え間なく動くいくつもの浮遊物にさえぎられ、目を合わせることがかなわぬほどだったそうです。

──何が起こっているのかわからなかったけど、とてもさびしい気がした。元々無口で何も言ってくれなかったのが、いっそう遠くなっていくようで。お佐代さんはそう言います。

夫が会社から休養を命じられたのはそれから間もないころでした。仕事にミスが多くなった、ということで、早い話が肩たたきでした。まだ50代でしたが。

夫は毎日家にいて、ただテレビを見ていました。いつも頭の周囲半径十数センチくらいの範囲にうごめくさまざまな物体を伴いながら。夫が立ち上がったり、横になったりすると、その物体たちもざららっと一瞬傾いたりばらけたりした後、また夫の頭の回りに集まるのです。

やがて夫は入院しました。日常生活で必要な服を着替えたり歯をみがいたりということもできなくなり、それだけでなく少しのことにも腹を立てて大声でわめき散らしたり、暴れたりするようになったからです。お佐代さんはずいぶん悩みましたが、そうせざるを得ませんでした。

ある日、お佐代さんが病室に行くと、もはや巨大な蚊柱のような無数の浮遊物に取り囲まれた夫の頭部から怒りを含んだ声がしました。
「遅いじゃないか、ようこ」

お佐代さんはどきりとしました。それは離婚した前妻の名前だったからです。
「ようこじゃないわ。私よ。佐代」
「佐代?」
「ええ」
夫は横を向き、不機嫌そうな声で
「知らないなあ」

お佐代さんは悲しみでいっぱいになり、涙がはらはらとほほを伝うまま、ぼうぜんと夫の頭部とそのまわりのものたちを見つめました。丸いこぶのようなかたちのものは子どものころの思い出だろうか。ぎざぎざとささくれだったかたちのものはつらい仕事の記憶だろうか。つやめいて美しくみえるのは何かの欲望か。濁った色をした、貝殻のようなものはなんだろう。

──こんなに見えているのに、何もわからない。

お佐代さんは、もうどうでもいいと思いました。そして、浮遊しているものたちの中に手を伸ばしてみましたが、やはり触れることができません。ため息をつき、思い切って夫の頭の上で大きく口を開け、ゆっくり動いているひとつをのみこんでみました。

いえ、のみこむような仕草をしたのですが、不思議なことに本当にそれはなくなっていたのです。お佐代さんはうれしくなり、もうひとつ、もうひとつ、と唇と舌を使ってのみこみ続けました。自分の顔の上で奇妙な動作をする妻を見て、夫は笑い出しました。

「何をしているんだい」

お佐代さんも笑い出しました。お佐代さんは夫の笑っている顔がとても好きでしたから。気が付くと、夫の頭の周りをふわふわとめぐっていたものは元の何十分の一かに減っていました。お佐代さんはひと仕事を終えた気分で夫に笑いかけました。でも、夫はもう何の表情も浮かべなくなっていました。二度と言葉を発することもありませんでした。

その後もお佐代さんは毎日病室に足を運びました。夫の顔のまわりではほんのいくつかが弱々しく、頭部からゆっくりと数十センチも離れたり、また戻ったりする緩慢な動きをくりかえすだけになり、それでもお佐代さんはものを言わなくなった夫の着替えや食事の世話を続けました。

なぜそんな話を知っているか、とお尋ねですか。

そう、お佐代さんは私の母であり、その夫は私の父だからです。もちろん、私に父の頭のまわりのものが見えたことはありません。そんなものが見えるのは、その人を深く知りたいと願ったひとだけなのでしょうか。それとも、母は私にも作り話をしていたのでしょうか。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
< http://midtan.net/ >
< http://yamashitakuniko.posterous.com/ >

デジクリ執筆者仲間のもみのこゆきとさんが来阪、リアルでお会いすることができました。デジクリやSNSの文章からいったいどんな人やねん? と思っていたら、とても繊細な女性でした(いやいやまだまだわかりませんがね)。夜の堺を、短い時間でしたが案内させてもらいました。

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編集後記(10/11)

●若い頃から向学心、向上心の男(自称)だったから、多方面に節操なく興味を持って、さまざまなノウハウ本を読みあさった。○○術、○○法、○○講座、○○入門の類いだ。なかでも整理法や文章法にもっとも関心があって、我ながら多数の本を読んだ。しかし今振り返ってみると、なにも会得したものはなく、その当時の自己満足に終わったようだ。

情報整理はずいぶん色々トライしたが、山根式にほぼ決めたあとで野口悠紀雄の「『超』整理法」(中公新書)が出て、これが本命になった。でも、いまはアナログ資料の整理は必要なくなった。文章法もいろいろ読んだが、結局は野口悠紀雄の「『超』文章法」(中公新書)に落ち着いた。これには非常に感銘を受け、物書きが仕事の息子にも読むよう勧めた。でも、何が書かれていたか、いままったく思い出せない。そして先日、「小田嶋隆のコラム道」(2012、ミシマ社)を読んだ。

有名なコラム達人が「コラムの書き方」について書いた本、ではない(いちおうハウツーを期待したんだけど)。コラムのコツをコラム化して、それら雛形を50なり100なり並べてみれば、案外コラム生産法の基礎訓練ができあがるのではないかと考えて始まった企画だそうだが、そういう構成にはなってはいない。それでも、コラムの書き方については、書き出し、結末、文体と主語、推敲などのポイントを独自の視点から明快に語る。おもしろいなあ。

巻末対談の相手、内田樹によれば小田嶋コラムの特徴は「すばらしく説明がうまい」ところで、「文体が自由自在だから、伸縮自在に変化する文体がもたらしてくれる快感というのは、コンテンツ自体は古くなってもぜんぜん衰えない」という。その通りだ。じつに快い文体で、軽妙で重厚でやさしく厳しい。その芸を堪能していたら、コラムの書き方は全然頭に入らないのであった。舐めるように再読しているが、たぶんコラム道は会得できまい。(柴田)

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●炊飯器をもらった。それまで圧力鍋でご飯を炊いていた。妹と料理の話になり、ほとんど料理をしていないこと、冷凍しておいたご飯を食べるという雑談になった。ほとんど使っていない炊飯器があるよ、いる? と言われて飛びついた。お釜も外観もピカピカ。

洗ってすぐに炊飯できる圧力鍋は好きだ。けれど予約ができないことがネックで、帰宅してすぐにホカホカご飯というわけにはいかない。800gのお米なら、圧力がかかってから1分加熱し、そのまま余熱でOK。10分ぐらいで食べられる。しかし冷凍ご飯が不評すぎて400gにしたら、加熱時間は5分、余熱は15分となり、洗い始めから30分はかかってしまう。その間に他の料理を作ればいいのだが、2つしかないコンロ部分の1つが占拠され、待ち時間が発生する。

昨日、出かける前に炊飯予約をした。帰宅するとホカホカご飯ができていた。自分で仕掛けていったのに、人に炊いてもらったような気分になったよ。(hammer.mule)

< http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20121010.html >
次は山椒が売り切れます。私も近日中に買いに行く予定です(笑)