わが逃走[116]野郎3人カメラ旅の巻/齋藤 浩

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オレはフィルムカメラが好きだ。

デジカメはラクしてキレイに撮れて、しかもやり直しがきくので便利なのだが、ともすればカメラと人間のどっちがエライのかがわからなくなる。

つまり、デジカメ様のご命令どおりボタンを押してる感覚なのだ。カーナビの言う通りに車を運転するような、屈辱感に近いともいえる。

これはひとえにオレがひねくれた性格なのかもしれないが、とはいえ露出もピントもオートってだけでも相当なものなのに、感度も構図も仕上がりもってことになると、これはもうカメラが撮ったのか人間が撮ったのかわからなくなっちまう。

昔はいかに人と違った表現をするか、ということでいろいろと小細工に走ったこともあるが、ひょっとして今いちばん個性的な写真を撮る方法は、手動で普通に撮ることなのではなかろうか。

で、手動で普通に撮るために最も適したカメラこそ、ごく普通のマニュアルカメラなのだ! などと酒を飲む度に熱く語る40過ぎの男、それがわたし...。




10月のある日、親切にもそんなオレの語りをヘベレケになりながらもきちんと聞いてくれるふたりの男がいた。すでに孫もいる某社プロデューサー片岡氏と、ドイツ出身の3DCGアーティストのマニュエル君である。

私は20年ほど前に、片岡氏の下でCGアーティストとして働いていたことがあった。つまり彼は元上司なのである。

当時何度かぶん殴ってやろうかと思ったし、首を絞めて殺してやろうかと思ったこともあったが、そうする前に会社を辞めたおかげでその後は穏やかな関係が続いている。人にはそれぞれ適した距離というものがあるのだ。

マニュエルは現在片岡氏の下で働いており、来年春には祖国に帰り事務所を立ち上げることが決まっている。小津安二郎を愛し、日本文化を心から理解してくれる好青年である。

で、酔った勢いで広島県は尾道市で撮影した写真をいくつか見せびらかしたところ異常に盛り上がってしまい、こんどこのメンツで尾道に行こうじゃないかってことになった。ちなみに尾道は小津監督の『東京物語』のロケ地でもある。

「あ、でも僕フィルムカメラ持ってないデス」。マニュエルが言うと片岡氏が「よし、俺が昔使っていたニコンFをプレゼントしようじゃないか」。

なんか景気よくなってきたぞ、ってことですぐに切符と宿を手配し、あっというまに当日となった。

新幹線の中ではマニュエルがニコンFの裏蓋を外し、フィルム装填の練習をしている。彼はフィルム一眼レフを使ってはいたが、さすがにマニュアル世代ではなかった。

片岡氏は愛用のツァイス・イコンをなでくりまわしているし、オレはオレで手に入れたばかりのハッセルブラッドにほおずりしている。実に怪しい3人組である。

福山で在来線に乗り換えて、午後1時ちょっと前に尾道着。ホテルに荷物を預け、尾道ラーメンで腹ごしらえをすませたら早速坂道路地散歩だ。この日の天気は曇り。光がほどよく全体にまわって美しい。

今回は案内役に徹しようと思ったオレだったが、ふたりとも気合い入れてじっくり撮るもんだから、オレも実に良いリズムで撮影することができた。

『転校生』の階段で有名な御袖天満宮から福善寺へ抜けた後、尾道東高校方面へ回ろうと思ったが、日も短いので計画変更。山の手の細い路地を尾道駅方面へと向かう。おかしな3人組がおかしなポーズでファインダーをのぞきつつ。

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天満宮にて、マニュエルとオレ。片岡氏撮影。

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オレ、どこぞの路地にて。片岡氏撮影。

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山の手の名店「猫の手パン工場」付近の大好きな階段。何度も撮ってるが、魅力を表現しきれない。今回こそ! と力んだからなのか、フィルムの巻き上げに失敗。

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猫の手パン工場入口脇のコーラのケースを激写する男。片岡氏撮影。

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で、その結果がこちら

スローなペースで"歩いちゃ撮り"を繰り返しつつ、ISO400でも手持ちがキビシくなったのは5時半頃だった。

それにしても尾道は切り取り甲斐のある町である。年に何回か通うオレですら行く度に発見があり、シャッターを切る度に興奮しちゃう訳だが、尾道初体験のふたりも激しく気に入ってくれたようで実に嬉しい。

「スゴイねえ。絵になるねえ!」
「僕の知ってる日本じゃないみたいデス。スバラシイ!!」

こんなこと言われた日にゃあもう、尾道伝道者冥利に尽きると言えましょう。興奮冷めやらぬ3人は駅前の居酒屋へ直行。瀬戸内の旨い魚と広島の旨い酒でヘベレケになりつつ、カメラ談義に花咲かせたのでした。


翌朝は雨だった。朝食後しばらく待ってはみたものの、一向にやむ気配はなし。それも風情があっていいだろうということで、午前10時から撮影スタート。尾道駅を山側に入り、驚愕の木造三階建て住宅(通称ガウディハウス)付近から路地に入る。

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傘をさしつつ、急な階段をひたすら上る。さすがにハッセル手持ちはキビシイので、予備機のCONTAX T3が活躍した。

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ついタテ構図にしたくなるが、あえてヨコに構えてみたら不思議感がアップした(ような気がする)。

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傘をさしつつカメラを構えるオレ。片岡氏撮影

こんな天気に板塀や瓦屋根を眺めるというのもイイかもしれない。はじめは生憎の雨、と思っていたものの、こうして濡れた瓦の表情や階段を伝う雨水を見ていると、こいつあ恵みの雨かも、なんて思うのだった。

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そうこうしていたら、雨が上がって晴れ間も出た。ハッセルの出番だ!

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光る屋根瓦と尾道水道を狙うマニュエルとオレ。怪しい。片岡氏撮影。

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絶妙な壁のシミを最高のアングルで狙う片岡氏とマニュエル。怪しい。オレ撮影。

その後ロープウェイで千光寺まで登った後、細い路地をひたすら歩き回り、海っぺりを撮り歩き、土産の海産物などを購入しつつ日が傾いた頃、帰途についたのだった。

海からの西陽を浴びながらマニュエルが言った。

「きっとドイツにも尾道のような町があるので、僕はドイツに帰ったらその町を探します。そしたら是非写真を撮りにきてください。そしてその町で尾道の写真展をして、尾道でドイツの写真展を開けたらサイコーですネ。」

まったくそのとおりだぜ、素晴らしいぜマニュエル。たとえ片岡さんがくたばっても、オレ達でその写真展を成功させようじゃないか。

さて、思い返せば今回の旅は晴れ、雨、曇りとすべての表情を見ることができた。なんとも得した気分である。

そして価値観を共有できる友、というと美しすぎるが、尾道の光の下、崩れかけた土塀とか錆び付いた看板とか傾いた階段などを心から美しいと感じ、それを如何にしてフィルムに焼き付けるかという競技を、心から面白がってくれた片岡氏とマニュエル君に感謝の辞を述べたいオレなのである。

さて、次にこのメンツで集まるのはいつにしようか。現像があがって自信作を持ち寄っての写真対決が今からとてもたのしみだ。


後日談。
3日後、片岡氏から電話があった。マニュエルの分とあわせて現像を引き上げてきた帰りだという。いい写真撮れてましたか、と尋ねると、「それが...」。

なんとマニュエルが撮った36枚撮り13本のうち、7枚しか写ってなかったというのだ! どうやら片岡氏が贈ったニコンFのシャッターが壊れていたらしい。

「アホか! なんじゃそりゃ!?」

壊れたカメラをプレゼントするあんたもあんたなら、テスト撮影もせずに撮影したマニュエルもマニュエルだ。ふたりとも大マヌケである。

「マニュエルにはまだ知らせてないんだ。俺はもうあいつに合わせる顔がない...」
片岡氏、半分泣いている。

フィルムで撮っていれば必ず一度はそういうことあるしね。まあ、良い思い出ってことで諦めるしかないよね。やれやれ。その夜マニュエルからもメールがきた。

「全然撮れてませんでしたー。悲しいです。でもテスト撮影しなかった僕が悪いんです。齋藤さん、よかったらまた一緒に尾道に行ってくださーい」

うーむ、マニュエルってばなんていいヤツ。よし、付き合おうじゃないか。という訳で、師走の半ば、我々3人は再度尾道撮影ツアーに出かけることとなったのである。マニュエルのニコンFは、目下Tカメラサービスにてレストア中だ。つづく。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。