Otaku ワールドへようこそ![165]世界は今月で終わるのか:タイムウェーブ・ゼロ理論を追う/GrowHair

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,300文字)


人類の皆さん、もう間もなく終末がやってきます。週末じゃありません。終末です。世界が終わっちゃうのです。それは2012年12月21日(金)〜23日(日)のどこかの時点で起きます。あー、その手の話だったら2000年前後にさんざっぱら聞いたよなー、で、結局ナニゴトもなかったじゃん、まだそんなの引っ張ってる人がいるのー? と、冷笑を浮かべているそこのアナタ、今度のはそういうのとは全然違うんです。まあ、聞いてください。

どこが違うかというと、独立した理論が二つあって、それらが指し示す終末の日が、なんと、符合しているのです! ひとつはマヤ暦の一巡、もうひとつは「タイムウェーブ・ゼロ(Timewave Zero)理論」です。特に後者はれっきとした数学の理論です。時間と現象との関係が、あるモデル化により、関数として得られています。

この関数において、独立変数 X が時間、従属変数 Y が現象の新規性(novelty)を表しています。X を横軸にとり、Y を縦軸にとったグラフをみると、非常に複雑に上下動する、フラクタルな図形になっていることが見てとれます。ところどころ、グラフが急降下する箇所があり、そういうところで歴史的な大事件が発生しています。

今までは急降下しても値がゼロに着地することはありませんでした。ところが前述したあたりの時点で、歴史上初めて、グラフはゼロまで降下して、X 軸に到達してしまうのです。そのときいったい何が起きるのでしょう。それは、モデル化とは逆のプロセスで、数学的に得られた解を現実の世界にあてはめるとどういう現象を表すことになるのか、という解釈の問題です。よく「吟味」という言葉で表します。




しかしながら、関数値のゼロへの到達は、歴史上経験のないことなので、何が起きるのかは実際には予測できません。一説によると、矛盾したことを含め、起こりうるすべてのことが同時に起こって、世界は大爆発して木っ端微塵になるのではないか、と言われています。

しかも、この理論の示す終末の日が、まったく独立した別理論であるところのマヤ暦の一巡の日と符合しているというわけです。どうです? すごいでしょう? 私もすごいと思います。ただし、その理論が本当に正しいならば、という前提つきです。今回は、そのあたりを検証していこうと思います。

●超常現象や終末論は非科学的か

学研の雑誌『ムー』などが取り扱うあの領域を総称して何というのだろう。オカルト? スピリチュアリズム? 神秘主義? UFOを目撃したとか、宇宙人にアブダクトされて体に埋め込まれたチップで意識をコントロールされてるとか、ある種の薬物だかキノコだかを摂取すると遠隔地や未来のことが見えるとか、スプーンをこすったら曲がったとか、名画に隠されているメッセージを読み取るとか、陰謀をたくらむ地下組織がどうしたこうしたとか、戯れに心霊スポットに行ってみたら非常に怖い目にあったとか、学校のトイレに花子さんが住んでいるとか、そんな世界。

そのような世界に対する、私の立ち位置は、肯定も否定もせず、少し距離を置いて眺めている感じ。まったく興味がないわけでもないのだけど、深入りはしない。ロズウェル事件とか、コティングリー妖精事件とか、ウンモ星人からの手紙とか、まあ、面白いですわな。

科学的な精神に則ってこの世の現象に対峙しようとするとき、オカルト的なもの全般を完全に否定し去ることはできない。純粋理性の世界の学問である数学においては演繹的なアプローチも可能ではあるが、実世界と切り離すことのできない物理学においては、帰納的なアプローチしかできない。つまり、実験や観察によって現実の現象からかき集めた大量のデータに基づいて、それらに例外なく当てはめることのできる法則性を探っていくというアプローチである。

現象を記録した大量のデータから、たとえば「質量保存の法則」とか「エネルギー保存の法則」が成り立つらしいという仮説が結実したとして、それを確認するために検証データをさらにかき集めてみてもそれを否定するようなものが一件も見つからなければ、いちおう物理法則として確立する。より多くのデータによって裏付けられれば、それだけ仮説の信憑性は上昇するけれど、しかし、どこまで行っても仮説は仮説であって、100%絶対に正しいということにはならない。

ここに「エネルギー保存の法則」があるからといって、それを振りかざして、法則の側から現実の側に向かって、永久機関みたいな法則違反の現象は起きてはいけません、と規定するとこはできないのである。それが「演繹できない」と先ほど述べたことの意味である。実際、何もない真空の空間から、エネルギーを借金して粒子と反粒子のペアーが生じ、その一瞬のちにはぱっと消滅して、なにごともなかったかのように借金を返済するという現象が起きているらしい。

片割れがたまたまブラックホールに引っ張り込まれちゃって、もう一方が泣いて逃げてくるということがあると、借金は永久に返せなくなる。質量保存、エネルギー保存、成り立っちゃあいないのだ。これを上手く利用できりゃ、石油や原発に頼らなくてもエネルギー問題が解決しちゃうような気もするけど。

だが、そもそも質量mの任意の不要物をm c^2 分のエネルギーの転換する方法論をわれわれは知らないのであった。唯一、核反応によって減ったπ中間子の質量分をエネルギーに変換することは可能で、それが原子力発電なわけなんだけど(断っておくけど、私は推進論者ではありません。あんなもん、まだ人類にゃ無理です)。

今まで正しいとされてきた物理法則に反する現象が発見されたとき「これこれ、ルール違反はいけません」と言い聞かせて済ますわけにいかない以上、法則のほうを修正せざるを得ない目にあう。それが物理学の発展というものである。

そういうわけで、学校のトイレにお化けが住んでいるという訴えに対して、そういうことを言うのは科学的ではない、と頭ごなしに否定する人がいたとしたら、その人こそ科学が分かっていない。昔の通知表を見せてもらったりしなくても、だいたい見当がつく。

私は、オカルトをスーパーマクロ物理学として捉えている。われわれは、身の回りで起きている物理現象をミクロなレベルで完全に捉えることはできない。窒素分子やら酸素分子やらその他の分子が飛び交って「空気」が形成されているわけだけれども、一個一個の分子がどこにあって、どっち向きにいくらの速さで飛んでいるのか、それらがいつどこで衝突して、それぞれの向きと速さがどう変更されたか、完全に把握するのは無理な話である。

しかし、あっちこっちを向いていろんな速さで飛び交っている大量の分子の平均の速さという統計量については、それを捉えるセンサーをわれわれの肌が備えている。すなわち、温度である。また、一個一個の分子はあちこち向いて飛んでいても、それらのベクトルの総和がゼロなのか、ゼロでないとしたら大きさと向きはどうなのかという統計量についても、われわれの肌で感じ取ることができる。すなわち、風である。現象の集まりを統計として捉えて、法則性を探るのがマクロ物理学である。「エントロピー増大の法則」とか。

私の中で、神秘主義は、マクロ物理学の「マクロ性」がうーんと拡大されたもん、というあたりの位置に据えられている。私の知らないところで何が起きているかは分からないし、人類が将来どうなっていくかも分からない。しかし、分からない分からないでは真っ暗闇になってしまうから、少しでも歩きやすいように光を当ててくれるもの、それが神秘主義の役割なんではないかと。

以前、アラブ首長国連邦に住んでいる友人のナタリーが本を送ってきた。カルロス・カスタネダ(Carlos Castaneda)氏の "A Separate Reality" というタイトルの本。非常に面白かった。今調べてみて気がついたけど、和訳本、出とるやんけ。

●原典はどこ?

数学を駆使して構築したという「タイムウェーブ・ゼロ理論」とはどのような理論か、非常に気になります。検索サイトでキーワード検索しちゃえばたいていの情報は出てくる今の時代、便利になりました。さっそくググってみました。

とりあえず分かったことは、この理論は、テレンス・マッケナ(Terence McKenna)という人が提唱しているということです。ウィキペディアによると、「テレンス・マッケナ(1946年11月16日 - 2000年4月3日)は、アメリカ合衆国の思想家で、幻覚をもたらす植物と幻覚剤に関する研究で知られる」とのことです。「1968年、カリフォルニア大学バークレー校を休学し、ネパールやアマゾン熱帯雨林でシャーマニズムの文化に出会う。1971年3月、アマゾン熱帯雨林で幻覚をもたらす植物に出会い、マリファナやマジックマッシュルーム、DMTを含むアヤワスカを37日にわたって摂取し、エイリアンに遭遇した」とあります。なんだか、カスタネダ氏とイメージがカブりますねぇ。

しかし、タイムウェーブ・ゼロ理論について日本語で記述したサイトで上位にひっかかるのは、たいていが伝聞情報で、理論そのものに立ち入って解説したものが全然見当たらず、みんな定性的で感覚的です。時間の流れが加速していて、それが極限まで到達するのが今年の12月だ、とか、時間の流れとはぐるぐる螺旋を描きながら、外周から中心に向かって半径を縮めていく過程であり、それが中心に到達するのがその日だ、とか。数学の理論、どこへ行っちゃったんでしょ? 「原典はこれこれであって、私が読んでみたら、かくかくしかじかのことが書かれていた」と客観的な視点で記述されたものが見当たりません。

しょうがないので、英語のページを検索してみました。いろいろなサイトを眺めてみた中で、情報が一番よく整理されていて、タイムウェーブ・ゼロ理論の全体像がつかみやすいと感じられたのは、"2012 Wiki" サイトの中にある "Novelty theory (Time Wave Zero)" と題するページでした。
< http://2012wiki.com/index.php?title=Novelty_theory_(Time_Wave_Zero) >

1985年にプログラマーのPeter Meyer氏がMcKenna氏から、タイムウェーブ・ゼロ理論を可視化するソフトウェアを開発してほしいとの要請を受けています。Meyer氏は、元の理論に不明瞭なところがあると感じ、独自の理論を加えて、1987年にソフトウェア "TimeWave Zero" を完成させています。「出来事は、時間を超えて共鳴しあっている」というMcKenna氏の考えを数式に取り入れ、自己相似性を備えたフラクタルな関数として、時間と現象の新規性との関係を示しています。

1996年に数学者のMatthew Watkins氏がタイムウェーブ・ゼロ理論に異議を唱えます。それは「数学的幻覚を検証する」と題され、理論の欠陥を指摘し、土台から崩壊させたように書いてあります。
< http://www.fourmilab.ch/rpkp/autopsy.html >

しかしながら、McKenna氏とWatkins氏は終始非常に友好的です。E-メールのやりとりの後、実際に会って議論し、最終的にはMcKenna氏が間違いを認めたとあります。彼は真理を探究することに興味があるのであり、誰かが理論の間違いを指摘してくれるのは、正しさを検証してくれるのと同じくらい嬉しいことだ、と述べています。Watkins氏による反論の内容は、McKenna氏自身によって上記ウェブサイトに引用されています。

後に、核融合を専門とする物理学者 "John Sheliak" 氏が理論に修正を加え、欠陥を解消しています。修正理論は「タイムウェーブ・ワン」と呼ばれることもあります。得られた関数は、結局元のものと大差なく、一部で歴史との符合性が向上したとあります。Meyer氏によってソフトウェアに組み込まれ、1999年にバージョン7.1としてリリースされています(ソフトウェアの名称は相変わらず "TimeWave Zero" ですが)。

修正理論は、Sheliak氏自身によって、下記ウェブサイトに上げられています。PDF版は49ページからなり、かなりこってりしています。途中、数式が文字化けしていて、肝心なところが読めません。HTML版は[Continue]でページを繰っていくと、ちゃんと読めるようです。が、私はまだ読みきれていません。
< http://www.levity.com/eschaton/sheliak/ >

まとめると、タイムウェーブ・ゼロ理論は、McKenna氏の提唱に端を発し、プログラマと数学者と物理学者の手によって洗練の過程を経てきた理論ということになります。最強ですね。核物理学者が世界の終末を予言、ってチョット怖くないですか? では、今月、ほんとうに世界は終わってしまうのでしょうか。結論を急ぐ前に、まずは、その内容を知りたいですね。

前述のプログラマ氏がこの理論について総合的に情報をまとめたウェブサイトを作っていて、その中で、理論の内容に関する情報も提供しています。
< http://www.fractal-timewave.com/ >

このサイトで[Articles on the CD-ROM]─[Peter Meyer]─[The Mathematics of Timewave Zero] とつついていくと、数学理論を記述した文書に行き着きます。10ページあるという文書のうち、最初の2ページだけが掲載されており、続きを読むにはCD-ROMを買ってください、とあります。で、18.70米ドルですか。ううむ。どういうわけか、お金を出してまで入手したいという気が少しも起きないんですけど。

で、どっかにタダで転がってないかなー、と探してみると、"Appendix: The Mathematics of Timewave Zero by Peter Meyer" というタイトルの文書の載ったページにたどり着きました。
< http://ja.scribd.com/doc/63768542/Math-of-Time-Wave-Zero >

10ページの文書であり、最初の2ページは前述のものと一致しています。後ろの8ページについては、一致するかどうか分かりません。信じるしかありません。私がたどり着くことのできた、最も原典に近いと思われる文書がこれ、というわけです。

前置きが長くなりましたが、以下、その理論の内容を解説していきましょう。

●易経から種関数を生成し、フラクタル関数に変換

というわけで、ここからは、タイムウェーブ・ゼロ理論の中核をなす数学の理論の話です。本当に世界が終わるかどうかは置いておいて、理論の土台は非常にしっかりとしています。フラクタル幾何学という、比較的新しい数学理論が取り込まれています。できるだけ多くの方に理解していただきたく、高校程度の数学の知識だけを前提として、論理が飛んだりしないよう、ていねいに解説していこうと思います。

......のつもりでしたが、それをやるとべらぼうに長くなることに気がつきました。なので、やっぱり途中をところどころ端折ります。一般論的な事項についてはウィキペディアなどの外部資料を参照していただきながら、辛抱強く読んでいただければ。あるいは、それはたまらん、という方は、次の●まで読み飛ばしていただいても構いません。

全体として、時刻xから現象の新規性を表す値yへの関数y = f(x)を作り出す過程が述べられています。大筋としては、まず、種となる関数y = v(x)を作っておきます。また、ある定数aを決めておきます。

次に、先ほどの種関数y = v(x)を縦横にa倍に拡大した関数を作ります。それをさらに縦横にa倍に拡大した関数も作ります。さらにa倍、さらにa倍、と続けていくことで、次々に関数を作り出していくことができます。一方、種関数y = v(x)を縦横に1/a倍に縮小した関数を作ります。

これも、さらに1/a、さらに1/aと縮小していくことで、次々に関数を作っていくことができます。最後に、元の種関数も含め、今作った拡大および縮小関数をすべて足し合わせます。こうしてできた関数が目的の関数y = f(x)です。

では、順を追って見ていきましょう。種関数y = v(x)は、xが0以上の実数値をとり、yも0以上の実数値をとる関数です。種関数は、次の2条件を満たす限り、一般論的には任意に選択することができます。

第1の条件とは、v(x)のとる値には上限がある、という条件です。同じことを論理的な表現で言い換えると、正の実数値cが存在して、どんなxに対しても、v(x)のとる値は、値cよりも小さい、ということです。

第2の条件とは、xが0からしばらくはv(x)の値が0をとり続ける、すなわちy = v(x)のグラフはあるところまでX軸に張り付いている、という条件です。論理的な表現で言い換えると、正の実数値dが存在して、dよりも小さいどんなxに対しても、v(x)のとる値は0である、ということです。

後のステップで、種関数を拡大・縮小して得られる関数の列の総和をとることになるわけですが、この総和は、無限個の値の和という形をしています。この無限和の値が発散しないようにするための条件が上記2条件、というわけです。

さて、次のステップは種関数の拡大と縮小です。伸縮自在なゴム膜の上に種関数y = v(x)のグラフを描いておき、そのゴム膜を縦横に伸ばしたり縮めたりするイメージです。まず、1より大きな実定数aを決めておきます。

ゴム膜を縦にもa倍、横にもa倍に引っ張ります。グラフの形状の相似性が保たれたまま、スケールがa倍に拡大されたことになります。種関数y = v(x)を使って、それとは別の、新たな関数を作り出したことになります。この関数を、v(x)を用いて数式で表現すると、y = a v(x/a)となります。

こうしてできた関数を、さらにa倍に引っ張ります。その関数は、y = a^2v(x/a^2) と表現できます。a^2とは、aの2乗、すなわちa×aのことです。それをさらにa倍に拡大すると、関数y = a^3v(x/a^3) が得られます。a^3とは、aの3 乗、すなわちa×a×aのことです。

iは、1,2,3, ... の値をとることにすると、上記の拡大操作をi回繰り返して得られる関数は、y = a^iv(x/a^i)と表すことができます。

さて、次は縮小です。先ほどゴム膜の上に描いた種関数y = v(x)のグラフを、今度は縦横に1/a倍に縮小します。こうして得られた関数は、y = (1/a)v(x×a)と表現できます。表現を変えると、y = a^(-1)v(x/a^(-1))のように書くこともできます。

1/a倍縮小をi回繰り返して得られる関数についても同様で、y = (1/a^i)v(x×a^i) のように表現することもできますが、y = a^(-i)v(x/a^(-i))と書き換えることもできます。後者の式を先ほどのa倍拡大のi回繰り返しの式とよくよく見比べてみますと、iを(-i)で置き換えた形をしています。つまり、1/a倍縮小をi回繰り返すというのは、a倍拡大を(-i)回繰り返すのと同じことだった、と解釈できます。

また、元の種関数y = v(x)は、無理やり書き換えるとy = a^0v(x/a^0)のようにも書けるので、a倍拡大を0回施して得られる関数、と解釈することが可能です。

結局、われわれは、iがすべての整数値、...-3,-2,-1,0,1,2, 3,... をとるとき、元の種関数y = v(x)のa倍拡大のi回繰り返しによって関数y = a^iv(x/a^i)を得ることができた、ということになります。

これらを全部足して得られるのが目的の関数y = f(x)です。iがすべての整数値をとるときの総和なので、無限個の数値の足し算になります。無限個の正の実数値を足したからといって、値が必ずしも無限大に発散するとは限りません。

「アキレスと亀」のパラドクスがいい例ですが、それについてはウィキペディアの「ゼノンのパラドクス」の項あたりをご参照ください。

無限和の収束性を保証するのが、先ほどのv(x)の選択に関する2条件だった、というわけです。iがマイナス側の収束性は条件1によって保証されます。公比が0以上1未満の等比数列の無限和は収束します。f(x)の上限がcで押さえられているので、iがマイナス側の無限和は、初期値がcで公比が1/aの無限級数の和の収束値によって、上から押さえられており、収束性が保証されます。

iがプラスの側の無限和は、一見すると発散してしまいそうです。ところが、条件2のおかげで、どんなxの値に対しても、iが大きくなっていけば、いつかはx/a^iの値がdよりも小さくなり、そのとき、v(x/a^i)は0になります。つまり、あるところから先は0ばかりを足していくことになるので、ちっとも増えていかないのです。

0ばかりを足していくのであれば、何も足さないのと同じことなのですが、形式的にはiのプラスとマイナスの両側について無限和をとっているという形をしていることが、ある意味、大事です。それのおかげで、得られた関数y = f(x)は面白い性質を満たします。それは、f(a×x) = a×f(x)という性質です。

ゴム膜でたとえると、次のようになります。まず、ゴム膜の上にy = f(x)のグラフを描きます。これをx方向にだけ1/a倍に縮めて得られるグラフは、y方向にだけa倍に伸ばして得られるグラフとぴったり重なる、ということです。これは、ある種の「自己相似性」とみることができます。

「ある時間帯での出来事が、別の時間帯での出来事と共鳴しあっている」というMcKenna氏の思想を反映した形になっています。たとえて言えば、ローマ帝国の勃興から衰退までの過程が、一人の人物の誕生から死までの過程と似ている、ということになります。

自己相似性は、フラクタル図形のひとつの性質です。フラクタル図形というのは、非常に複雑に入り組んだ図形です。ただ複雑であればいいというものではなく、どんなに細部まで拡大してみても、やっぱり複雑であって、拡大しても拡大しても複雑さが衰えていかないことが肝要です。つまり、拡大しても拡大しても、そこに現れる景色は、もともとの全体像の景色とさほど変わらない、ということであって、これが「自己相似性」ということです。

ブノワ・マンデルブロ(Benoit B. Mandelbrot, 1924年11月20日 - 2010年10月14日)氏が「フラクタルの父」として著名です。Meyer氏はマンデルブロ氏の本からインスパイアされて、f(x)の生成方法を思いついたとされています。

ところで、私はマンデルブロ氏の拝顔の栄にあずかっています。たしか、1988年ごろ来日していて、講演会が催されています。主催したのはNTTだったように記憶しています。その情報、ウェブを検索しても出てきませんね。気のせいではないと思うのですが。

以上が、f(x)を生成する過程の一般論です。ここまでは実に見事な数学の理論であり、私からみて、どこにもおかしいところは見当たりません。では、次に、実際の歴史の流れとちゃんと対応するようなf(x)をどのようにして選択しているのでしょうか。

まず、種関数y = v(x)をどうやって作ったかです。古代中国の占いの書「易経」から拾ってきた数字に基づいて、384個の数字の列を作ります。点と点との間を直線で補間することにより、連続な折れ線が得られます。それを1周期とする周期関数として、xのプラス側の全領域に拡張します。

定数aの値として、64を選択します。これに基づいて、先ほどの過程によりf(x)を生成します。v(x)は確かに2条件を満たしているし、y = f(x)のグラフはフラクタル図形になっているようにみえます。

次に、xと実時間との対応づけをどのように決めているのでしょうか。xの長さ1は、実時間の一日に相当します。x = 0を、実時間における、2012年12月21日午前6時にセットします。そして、X軸の向きは実時間の向きとは反対に、右から左です。つまりxの値が大きくなっていくとは、実時間においては過去へ過去へと遡ることに相当します。実時間における、前述の時刻より未来の時間は、xの値がマイナスの領域に属するので、そちら側ではf(x) の値はもともと定義されていません。

ま、そういうことです。どう思われました? 私はこの箇所に驚愕しましたけど。どこかに時間の原点を据えて、時間軸に沿ってf(x)の値をこつこつと計算していったら、くだんの時刻において初めて値が0になった、ということなのだとばかり思っていたら、そうではなかったのです。まず、世界が終わる時刻を決めておき、そこに原点を据えただけ。

では、終末の日時をどっから取ってきたか、というと、それはマヤ暦の一巡するとされる日に合わせた、ということです。計算の結果、一致することが判明したのではなく、一致させた、というわけですね。

もともとはxのある値をアンカーポイントとして、それを広島の原爆投下の日に合わせていたそうです。そうすると、x = 0は、2012年11月17日となったそうです。その後、McKenna氏は、マヤ暦の一巡するとされる日が、その数週間後であることを知り、その日に合わせなおしたとのことです。もしその日に終末がやってこなかったら、また別の日に合わせなおせばいいだけです。

私の中の言語では、こういうのを「堂々たるインチキ」と呼びます。きっと手の込んだ理論だから、種や仕掛けは巧妙に隠されているに違いないと思い、すんなりとはだまされまいぞ、とばかりに頭をフル回転させて読み進めてきました。そしたら、行く手にドカンとむき出しで。「金返せ!」と叫びたい。あ、払ってなかったか、もともと。

前述の数学者Watkins氏は、いろいろ指摘している中で、この点についても問題だと言っています。では、物理学者Sheliak氏は、理論を修正して、この問題を解消したのでしょうか。いや、私が読んだ限り、Sheliak氏の仕事は、易経から384個の数列を生成する過程においてであって、この問題についてはスルーしちゃってるようです。

●結論「世も末」

で、結局世界は今月終わってしまうのでしょうか、しまわないのでしょうか。そんな大それたテーマに結論を下すような立場にはおりませんです、私は。一介のカメコにすぎませんから。しかしナンですなぁ、オカルトにハマってしまった核物理学者って、たとえて言えば、数学を専攻して修士課程まで修了しておきながら、後々セーラー服にハマってしまったどこぞの変態のおっさん、みたいなもんでしょうか。あー、世も末ですな。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。

歌舞伎町を歩いていると、英語で話しかけてくる黒人の客引きがあちこちにいる。ベーシックな英語で、酔っ払いの虚栄心をくすぐるのがやけに上手い。一説によると、あまり優良とは言えない店もあるらしい。私は英語が分からないフリをして、やり過ごすことにしている。うつむいて、ちょっとパニックしたように手をひらひらさせ、口もとをゆがませ、早口の小声で「分かんない、分かんない」とつぶやく。ある日、その手を使おうとしたら"Are you a prophet?" (「あなたは預言者ですか?」) とやられ、ブッとふきだしそうになるのを必死にこらえる。