わが逃走[117]物欲の時代にモノが魅力的だったのは、の巻/齋藤 浩

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1970年代の終わりから80年初頭にかけて『蘇る金狼』『野獣死すべし』『汚れた英雄』などが次々と映画化された。

当時のテレビコマーシャルの映像は強烈に脳裏に焼き付いているのだが、ここだけの話、オレはいままで大藪春彦の原作小説を読んだことがなかったのだ。

角川映画の予告編や、テレビで放送された本編の映像がものすごくダークだったため、大人社会の暗部を勝手に想像し日々おびえつつ、なるべく大人のそういった世界を見ないようにして生きようと心に決めた小学生、それがこのオレだった。

当時のオレは、大人になったら誰でもヤクザにみかじめ料を払わなければならないと勝手に思い込んでいたし、会社勤めをして上司に濡れ衣を着せられ逮捕され、刑期を終えたら帰る場所がなくなっていた自分を想像して悲しくなるという子供らしくないガキだったのだ。




なので、そんな大人のコワい世界を小説で読むなんて恐ろしすぎてできなかったと言えよう。

当時のそんな妄想も強烈だったのでその後もなかなか読む気になれず、気がついたらover40となっていたのだが、先日某出版社のN氏と飲んでいたときに大藪作品の話になり、こいつぁ面白いかもしれんぞと、ついに『蘇る金狼』を読んでみたのであった。

大藪春彦といえばどこの書店でも平積みされている印象だったが、それは数10年も前のことで、今じゃほとんど見かけない! という事実。

大型書店に行っても在庫なし。Amazonにも中古しかない。これって絶版てこと?? 時代は変わるもんだなあ。古本屋を何軒か廻ってみたが、目指す本はなし。結局Amazonのマーケットプレイスにて「野望編」と「完結編」を購入、ちびちびと読み始めた。

で、とにかくこの小説、悪いヒトしか出てこない。主人公の肉食系男子も悪人なら敵も悪人。悪人が物欲と性欲と食欲を満たすため悪人と戦う、痛快アクション小説とでも申しましょうか。

なまじいい人が出てこない分、読む方は気楽である。とはいえ、読み進めていくうちに、こんなヒドイ欲の塊みたいな男に共感してしまうのだ。

主人公の行動原理はすべて欲を満たすためであり、欲しいものを手に入れるために、人を騙したり人を殺したりといった地道な努力をしていく。その努力の成果が高級腕時計やスポーツカーだったりするのだが、オレ的ポイントはここなのだ。

2010年代の若者は、音楽を聞きながら片手で電話しながら片手でデカいスクーターを運転している。スクーターの方がラク「じゃないですかー」と言う。確かにCB400を運転しながらじゃ電話もできないし音楽も聞けない。

しかし主人公の肉食系男子・朝倉君はラクを求めない。欲しがる物は、車にしろ拳銃にしろ、使いこなすための努力が必要なものばかりだ。で、その努力の成果としてそれらは自分を敵から守ってくれる。だからこそ、より速い車や強い武器が欲しくなる。

つまり、朝倉君は欲が欲を呼ぶサイクルの中で暮らしていたといえよう。ひょっとして、このへんに景気対策のヒントがあるのではないか??

しかし、今周りを見てみると、ほとんどそういった努力をしなくても機械がやってくれる世の中になっている。

人々はラクを求める。それを真に受けてメーカーはラクできるものを作る。その結果が、昨今の欲のない草食系青年の大量発生なのではないか??

モノの魅力はラクすることじゃなく、その真逆だ。使いこなす楽しさこそ、物欲に繋がるということを70年代ハードボイルド小説から学んだオレなのである。本編の感想はあえて省略。

いま、amazonで『野獣死すべし』をポチッとやったところ。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。