[3399] 心の傷は癒えるときがくるのか?

投稿:  著者:  読了時間:30分(本文:約14,600文字)


《これから一年間もあると思うと、やれやれです。》

■映画と夜と音楽と...[572]
 心の傷は癒えるときがくるのか?
 十河 進

■エンドユーザー大変記[39]
 新年から全力疾走!(階段を)
 ジョニー・タカ

■ところのほんとのところ[89]
 「渋谷ラバーズフォトグラファーズ」と「香川ラバーズフォトグラファーズ」
 所幸則 Tokoro Yukinori




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■映画と夜と音楽と...[572]
心の傷は癒えるときがくるのか?

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20130111140300.html >
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〈サラの鍵/黄色い星の子供たち〉

●カバーの折り返し部分に引用される文章を選ぶ

暮れに「映画がなければ生きていけない2010-2012」(水曜社・刊)の見本が届いた。四巻目になる。索引を含めれば、過去最高の655頁だ。背幅は、ついに4センチを超えてしまった。価格は税別で2000円のままだから、一文字あたりの単価(昔から言っている)はさらに安くなった。こんな値段で出し続けてくれる版元の水曜社さんに感謝しなければならない。

体裁は2006年暮れに出た「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」を踏襲している。2010年の年明け早々に出した「映画がなければ生きていけない2007-2009」も同じだ。カバーの色だけを黄、青、赤と変えてきて、今回は緑である。この原稿が配信される頃には、書店に並ぶ予定だ。ネット書店で予約したくれた人には届く頃である。

第一巻からカバーの折り返しのソデの部分に、原稿の一部が引用されている。僕はまったく体裁や構成に口出ししなかったから、本ができてきて初めて引用されている文章を読んだ。そのとき、編集者はここを選んだか、という喜びがあった。「ビンゴ!」と言いたくなった。以下、一巻目と二巻目のソデに引用された文章である。

──ある時、「お熱いのがお好き」の最後のセリフが英語では「Nobody is perfect」だということを知って、僕はとても気に入ってしまった。完全な人間はいない(完璧な人なんて誰もいない)......。多くの言葉が今の僕を作り上げている。

──「ニュー・シネマ・パラダイス」の映写技師アルフレードは言う。「トト、人生はおまえが見た映画とは違う。人生はもっと困難なものだ」......。しかし、だからこそ、つかの間の幸福を求めて僕は映画館へ通う。そうなのだ。僕は様々な映画に励まされながら自前の人生を生きてきた。

担当編集者は、すべての原稿を読み校正をする。大変だろうと思うが、最初のときには僕の間違いをいくつも指摘してもらい大いに助かった。おそらく校正しながら、ソデに引用する文章の候補をピックアップしておき、最終的にその文章に決めたのだろう。その文章を選んでくれたことを、僕は喜んだ。三巻目の編集が進んだ頃、今度はどこをチョイスするだろうと期待した。

──「善きひとのためのソナタ」のラストシーン。ヴィースラーは、大きくきれいな書店で一冊の本を取りレジに持っていく。店員が「プレゼントですか」と訊ねると彼は、まっすぐに店員を見て答える。「これは、私のための本だ」......。僕はその言葉を聞いて涙があふれそうになった。世界は残酷で悲惨だ。それでも人間は信じ合える、希望はある、夢を棄てるな。そんなメッセージが伝わってくる。

三巻目の中で「善き人のためのソナタ」について書いた文章は、僕の筆にも熱が入っていた。三巻目ではその部分を引用し、「これは、私のための本だ」という言葉に僕の本のことをダブらせている(おこがましいとは思うけれど)ことに感心した。編集者とは、肝になるエッセンスを抜き出すのだなと改めて思った。編集者だった頃の僕も、大見出し、リード、小見出しなどに凝ったものだ。

今回は、校正のときにいくつか候補をあげておいてほしいと言われ、校正しながらソデの引用のための文章を七、八箇所マーカーで囲んでおいた。どの部分が使われてもいいと思っていたが、担当編集者はやはりその文章を選んだ。具体的な映画のタイトルは出ないのだが、その映画は四巻目で取り上げた作品の中でも特別に僕のお気に入りだった。

──こびない、へつらわない、乞わない......、どんなにみじめで悲惨な状況でも誇り高く生きていたい。かなわぬまでも、現実の生活では貫き通せなくても、僕はそう願って生きてきた。そんな生き方の見本がスクリーンの中にあった。

これは「あんた、プライドないの?」(第四巻594頁)に出てくる文章で、「ウィンターズ・ボーン」(2010年)について書いたものだ。主演のジェニファー・ローレンスも映画も気に入ったから、自然と熱を帯びた文章になった。毎週、何らかの映画を取り上げながら3000字前後を書くのは、ときに辛くなる。特別に気に入った映画だと、やはり筆の運びはなめらかだ。

●索引頁も10頁になり作品数も1000本を超えたようだが...

単行本化に際しては、担当編集者が索引を作ってくれる。僕も編集者時代、ムックを制作し索引を作ったことがあるが、索引作りは大変だ。今はレイアウトソフトでデータ化されテキスト検索で楽になったけれど、昔は校正紙をひっくり返しながらチェックし索引を作った。僕は、こういう細かな作業は向いていないな、とつくづく身に沁みた。

一巻目と二巻目は、索引は別丁にして投げ込みだったが、三巻目から巻末につくようになった。今回は、10頁に増えた。紹介した映画が増えたので当然なのだけれど、ひとつの映画が出てくる回数も増えたのだ。たとえば「アラバマ物語」は一巻目の433頁、二巻目の84頁と455頁、それに三巻目の442頁に出てくる。何度も登場する映画は僕の特別なお気に入りなのだと、自分でもよくわかる。

索引は一段57行で20段ある。1000本以上の映画を元に、駄文を書き続けてきたことになる。1999年8月末からスタートしたから、13年と2カ月分が本にまとまった。その間、太陽が4800回昇り、西の空に沈んでいった。40代後半だった僕は、いつの間にか還暦を過ぎた。文章を読み返すと、変わったなあと思うこともあるし、相変わらずこだわり続けていることもある。

60年も生きていると、たいていのことは過ぎてしまったことになり、将来を考えればこだわる必要もないのだが、過去を振り返ると、棄てきれないもの、こだわりが溶けないもの、心の底に澱のようにわだかまるものが消えていないことに気付く。多かれ少なかれ、誰にもあることだろう。30数年前の傷が、まだ新しい傷口を見せていることを自覚する。昔ほど心が騒がなくなっただけだ。

考えてみれば、僕は平穏で平凡な人生を送ってきた人間だ。特別、人に語ることもないのに駄文を書き続け、おまけに本まで出してしまった。ある意味では、恵まれた人生かもしれない。生活するうえでは倒産にもリストラにも遭わず、未だに勤め人の生活をしている。40年近く、毎月25日には給与が振り込まれてきた。

いわゆる中流の生活かもしれないが、特に贅沢をしたいわけではない。ふたりの子供も大人になった。会話はなくなったが、とりあえず離婚もせずに暮らしている。それでも、心の中には様々な思いが存在するし、ときに「死んでしまいたい」という思いだって去来する。何もかも投げ出したくなることもある。

平凡な人生だった(と思う)僕でさえ、ときにそんな風になるのだから、子供の頃に弟を死なせてしまうという強烈な体験をした姉のその後の人生は、どんなものになるだろう。「サラの鍵」(2010年)という映画を見たときに、彼女の心の傷について考えた。心の傷は、癒えるときがくるのか? 傷の深さは、体験の重さに比例するのか?

●クリスティン・スコット・トーマスは素敵な女優になった

「サラの鍵」は新潮社クレストブックで翻訳が出ているように、世界的ベストセラーの映画化作品である。主人公のジャーナリストを演じるのは、僕の好きなクリスティン・スコット・トーマスだ。ハリウッドでロバート・レッドフォードやハリソン・フォードの相手役をやっていた頃に比べ、歳を重ね素敵な女優になった。最近は、イギリスやフランスなどヨーロッパ映画に出ることが多い。

物語は、1942年7月の早朝から始まる。ベッドの中で弟と戯れている少女サラの笑顔が、スクリーンにあふれる光を背景に描かれる。しかし、アパートのドアが叩かれ、開けると警官が立っている。フランス政府がナチスに協力して、ユダヤ人の一斉検挙を始めたのだ。サラは、とっさに幼い弟をクローゼットに隠し鍵をかける。サラと母親は連行され、帰宅してきた父親も逮捕される。

一家が連れていかれたのは、ヴェル・ディヴと呼ばれるスタジアムのような競輪場である。そこには、胸に黄色い星を付けることを強制されたユダヤ人たち数万人が収容されていた。フランス警察は、一時的にユダヤ人をこの競輪場に収容したのだが、糞尿は垂れ流し状態、水や食料もろくに与えず環境は劣悪だった。それは「黄色い星の子供たち」(2010年)でも詳細に描かれていた。

「黄色い星の子供たち」では、競輪場に収容されたユダヤ人たちを診察するユダヤ人の医師(ジャン・レノ)とユダヤ人ではないが献身的に働く看護師(メラニー・ロラン)の目を通して、収容施設の悲惨さ、過酷さが描かれる。ユダヤ人たちは人間扱いされないのだ。彼らを迫害するのはフランスの警察官たちであり、「いい気味だ」と罵声を浴びせるフランス人たちもいる。

1995年、フランスのシラク大統領は、戦争中、フランス政府もナチスに積極的に荷担し、ユダヤ人を迫害したことを正式に認め謝罪した。この演説映像は「サラの鍵」にも登場する。シラクの演説を聴き、現代を生きる若いジャーナリストが「そんなことがあったなんて...」と嫌悪感を顕わにしたとき、クリスティン・スコット・トーマス演じるジュリアは、「そこにいたら、あなたは何をした?」と問い詰める。

「サラの鍵」は、ユダヤ人迫害の歴史を現代と無縁のものとして描くのではなく、60年以上前の少女の人生が現代に重なることを伝えてくる。現代の安全地帯に身を置いて、過去を批判しても何にもならない。自分がその場にいたら何ができたのか、そのことを観客に問い詰めてくる。ジュリアが訪ねるその時代を知る老人たちは、「私に何ができたというの?」と問い返してくる。

●フランス人監督がフランス警察の容赦のなさを描いた

サラは、クローゼットに閉じ込めてきた弟のことを思うと気が気でない。そのまま収容所に送られることになるとは、夢にも思っていなかった。「おまえが閉じ込めてきたからだ...」と、父親は思わず口にする。焦りが言わせているのだとわかっていても、サラの心は深く傷つく。警察官がきたときは、そうするのが一番いいと思った。弟だけは救いたいと、彼女は弟を隠しただけなのに......

しかし、数日後、ユダヤ人たちは収容所に送られる。男と女が分けられる。父親だけが別のところに移送される。次には大人と子供が分離される。ユダヤ人を選別するフランスの警官たちに情けはない。彼らにとって、ユダヤ人は人間ではないのだ。サラは、子供たちだけの収容所に送られ、そこで病に倒れる。何日も昏睡状態が続き、目覚めると看病してくれた少女がいる。

競輪場に数日収容され収容所で何日も倒れてしまったサラは、目覚めると同時に「今日は何日?」と訊く。サラは看病してくれた少女に「パリに帰らなくては。弟を出してやらないと」と訴える。手には、クローゼットの鍵がしっかりと握りしめられている。サラは脱走し、看病してくれた少女と共に麦畑を走る。森を疾駆する。ただ、弟を救うために......

現代の物語が交錯する。ジャーナリストのジュリアはアメリカ人だが、フランス人と結婚し10代の娘がいる。彼らは、祖父と祖母が暮らしたパリのアパートをリフォームし、家族で暮らすことにする。しかし、戦争中のフランスにおけるユダヤ人迫害を調べていたジュリアは、祖父母のアパートにかつてユダヤ人家族が住んでいたことを知ってしまう。

祖父母がそのアパートを入手したのは、1942年8月のこと。ユダヤ人の一斉検挙があった一カ月足らず後のことだ。ジュリアの心に疑惑が生まれる。義理の祖父母は、ユダヤ人の財産を不当に入手したのではないか......と。ジュリアは義理の祖母を病院に見舞っても何も訊けない。義父を避けるようになり、義父の方から「話がある」と切り出される。義父はアパートに越してすぐの頃、少年だったときに走り込んできた少女の話を始める。

ジュリアの調査が進むのと併行して、サラの物語が綴られていく。脱走したふたりの少女はある農家を覗くが、老夫婦に厄介者扱いされ追い立てられる。翌朝、農夫が納屋にいくと、ふたりの少女が寝ている。サラは目を覚ますが、もうひとりの少女はひどい熱だ。農夫はいたいけな少女たちにほだされたのだろう、病気の少女を抱き上げて母家のベッドに寝かせる。

少女の病は重い。医者を呼びたいが、そのとき村にいるのは親ナチ派の医者だけだ。やむを得ず、老夫婦はサラを隠し、医者に連絡する。だが、やはり医者はナチスと共にやってくる。少女は死に、ナチスの将校は収容所からふたりの少女が脱走したことを告げ、屋敷内を探そうとする。サラを何とか隠し通した老夫婦は、安堵のため息をつく。その夫婦に、サラは「パリへいかなければ...」と訴える。

身の危険を冒してサラをパリに連れていき、アパートまで同行し、その後、サラを自分の娘として育てる老夫婦がいい。特に夫を演じたニエル・アレストリュプが印象的だ。ちょっと陰険な怖い目をしていて、最初、サラたちを追い立てるシーンでは、その陰険さが効いている。少女たちを見付けた翌朝の表情の変化もいい。サラを変装させ、列車でパリに同行する緊迫感あふれる場面の老練さがいい。

●一度傷ついた心はきっかけがあれば再び疼きだす

ジュリアの調査は進み、サラを養女にした農夫から義理の祖父に当てた手紙を入手する。義理の祖父は、サラにアパートの代金として毎月送金をしていた。養父はその礼をのべ、サラがどのように成長していったかを綴る。サラを慈しむ目で見つめる養父の映像に重なる木訥なナレーション。そのとき、過去と現在が交錯し、密接に結びつく。ジュリアはサラの心に思いを馳せる。

ジュリアは、サラの人生にのめり込む。ある日、突然、詫びを書いた一枚のメモを残して養父母の家を出たサラ。「遠い国にいきたい」と言っていたサラを、養父は窓から何も言わず見送る。彼には、サラの心の傷がわかっている。いつか、自分の元から去っていくだろうと予想していた。サラの心の傷は治らない。自分が閉じ込めたばかりに、弟が暗いクローゼットの中で餓死したのだ。それは、彼女の人生を覆う根元的な悲劇である。

サラの生涯を追うことが、自らのアイデンティティーの証明のようになったジュリアも傷を負っている。深い絶望感に囚われる。アルチュール・ランボウが「無傷な心がどこにある?」と謳ったように、人間であれば心に傷を負っている。信じられないほどの厚顔無恥、傲岸不遜な人間であっても、どこかに傷を抱えている。人間の世界に生まれ、他者たちの中で成長する限り、無傷でいることは不可能だ。

現代の日本でサラのような悲劇を背負う人がいるとは考えられないが、心の傷の深さは原因の軽重に関わりないのではないか。ささいなことでも、生涯残る傷を受けることはある。確かに大戦前のヨーロッパでユダヤ人として存在することは悲惨であり、サラのような体験をすることは想像できないほどの重さだ。しかし、サラほどの悲劇を背負わなくても、同じように深い傷を負うことはあるのではないか。

そして、一度傷ついた心は決して治癒することはない。時間が経過し、かさぶたができたとしても、完全には直らない。きっかけがあれば、疼きだす。痛む。再び血が流れる。ジュリアもサラの人生をたどる中で、そのことを知った。サラに救いは訪れなかったが、「サラの鍵」はやがて感動的なラストシーンを迎える。サラの心の傷は現代に受け継がれ、その傷も次の世代では解消されるであろう「希望」を描くのだ。

人は歴史の悲劇を知ることで、それを自分の身に重ね受け継ぐことで、賢明になれる気がする。少なくとも、無知のままでいるよりはマシだろう。僕が映画を見たり本を読んだりする根元のところに、そんな理由があるような気がする。自分が体験できない様々な人生を知ることは、それを知る以前の僕より多少はマシな人間にしてくれると思っている。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

9連休もすると、仕事に出るのがイヤになる。満員電車に乗っていたら、途中でイヤになって下車した。次の電車の少し空いた車両に移って何とか会社にたどり着いた。これから一年間もあると思うと、やれやれです。

●長編ミステリ三作の配信開始→Appストア「グリフォン書店」→以下でPC版が出ました。
< http://forkn.jp/book/3701/ > 黄色い玩具の鳥
< http://forkn.jp/book/3702/ > 愚者の夜・賢者の朝
< http://forkn.jp/book/3707/ > 太陽が溶けてゆく海

●第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」受賞
既刊4巻発売中
「映画がなければ生きていけない1999-2002」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2003-2006」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2007-2009」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2010-2012」2,000円+税(水曜社)

●電子書籍版「映画がなければ生きていけない」シリーズもアップ!!
「1999年版 天地創造編」100円+税
「2000年版 暗中模索編」から「2009年版 酔眼朦朧編」まで 各350円+税
※書籍版も電子書籍版もhonto.jpで購入できます
< http://honto.jp/netstore/search_10%E5%8D%81%E6%B2%B3%E9%80%B2.html?srchf=1 >


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■エンドユーザー大変記[39]
新年から全力疾走!(階段を)

ジョニー・タカ
< http://bn.dgcr.com/archives/20130111140200.html >
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あけましておめでとうございます。この連載も今年で2年目を迎えました。相変わらずメーカーの戦略に振り回される、いちユーザーの視点で書き続けたいと思います。宜しくお願いします。

年末年始は料理を仕込んではゆっくり過ごして、酒呑みまくって、テレビ眺めつつ、ゴロ寝しながらネットで「デイリーポータルZ」見たりとか......。

この前は、ゴミ持って必死に走ったらいつもの収集・回収場所は既に作業が終わってて、近所のマダムに丘の上にある回収場所を教えていただき、片手には生ゴミと乾電池、もう片手にはスプレー缶・割れたマグカップを持って急な階段をサンダルで全力疾走したら脇腹を痛める......という松明けとなりました。

あとは通常使っているARROWS MeにプリインストールされているGoogle playアプリをアップデートしたら(Google playのサービス自体、日本では未実施)それまで登録していたセットリストが全て飛ぶという謎の現象が......。

年末のせわしない時期にプレイリストが全て飛び、やっぱiPodは凄いなぁ、でもAndroid4.0のイコライザーは中々いい音感だよなぁ、などと逃避しておりました。

皆様、アプリのアップデートはセキュリティ上大事ですが、こういう取り返しのないことも起こりますので慎重に(プリインストールアプリの場合は「アップデートのアンインストール」が出来るアプリもあります)。

閑話休題。ちょうどCESが始まっている時期ですが、Windows8発売前の昨年と比べると、発売後の一段落からか、Windows8含め盛り上がっている気配はなく、ゲームハードはソニーの苦境に対し任天堂の一人勝ち色が強くなったところにNVIDIAなどが突如参戦し、業界を騒がせています(この場合は、シェア云々より製品提案的な意味合いが強いように思います)。

◇Vita世代交代失敗の代償 SCE、ミリオンタイトル消滅の危機[ITmedia]
< http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1301/08/news040.html >

◇インタビュー:WiiU、順調な販売継続が最重要=任天堂社長[テクノロジーニュース | Reuters]
< http://jp.reuters.com/article/technologyNews/idJPTJE90600P20130107 >

◇2013 Internationa CES:「Tegra 4」と「SHIELD」で舵を切るNVIDIAの狙い[ITmedia PC USER]
< http://www.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1301/08/news027.html >

◇スティック型から手のひらサイズのSteam用PCまで──相次ぐ"ゲーム機"発表を読み解く【CES 2013】[ファミ通.com]
< http://www.famitsu.com/news/201301/09027001.html >

あと、NHKのニュースや新聞を見て気になったのは、やたらと4Kテレビ推しなところ。スマートテレビは、どちらかと言えば片隅で紹介されている印象。画質より多機能性だろ、と懐疑的になりましたが。

参考:NHK放送技術研究所のスーパーハイビジョン概要
< http://www.nhk.or.jp/strl/vision1/r1-1-1.htm >

参考:中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(24):日本型スマートテレビに必要なのは「根性」だ[@IT]
< http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1212/01/news001.html >

いったいどっちの方向に向かうのかわからない中で、紅白と並ぶ年末恒例『ガキの使い』での「アウトボタン」の試みは凄いと思いました。
< http://www.ntv.co.jp/gaki/data_2012.html >

「笑ってはいけないシリーズ」では、笑った段階で「アウト」となりケツバットされるのが恒例となっているのですが、これをソーシャル(スマホアプリ・データ放送・ワンセグ)で共有する、というもの。

そうするとどの段階でアウトが押されたかが一目瞭然。いわゆるビッグデータ活用の分かりやすい形だったのが驚きでありました(リンク内のグラフ参照)。まだテレビには可能性がある!(大袈裟)

......とまぁ、熱くなってしまいましたが、今この原稿を書いてる段階でまだCESではサムスンの他の発表がまだですし、当然アップルが控えております。ですが、いい加減アップルは悠然としてられないのがここ最近のIPhone5S、6、miniの噂で分かります。

◇ライバルの成長、iPhoneにも「mini」を計画か--松村太郎のAppleニュース一気読み[Cnet Japan]
< http://japan.cnet.com/apple/35026547/ >

◇廉価版「iPhone」のうわさが再び浮上--アップル、発売を計画か[Cnet Japan]
< http://japan.cnet.com/news/service/35026642/ >

なんか、ここまで書いてたら昨年以上に嵐吹き荒れる予感がするというか......
そういった意味では面白い一年になるかもしれません。
では、改めて今年も宜しくお願い致します。

【ジョニー・タカ】johnnytaka32(a)gmail.com

1976年、横浜・関内で生まれ、上州と越後の風を受けて育ち、来世でもFUNKを踊り続けるフリーランサー。ヴァーチャル・キャラクターに曲を付けて選曲を展開する"コンピレーション"を1998年から行っている。2012年はようやく発売されたPSPソフト『フォトカノ』のコンピレーションを展開中(と言っても勝手にやってるだけです。それを続けて14年目)。PS3でも『THE IDOLM@STER2』が発売されたので、そちらの選曲作業も始めてます。
< http://music.ap.teacup.com/cafedejohnny/ >

(日常ブログ)< http://ameblo.jp/johnnytaka/ >
(ツイッター)< http://www.twitter.com/johnnytaka1962/ >

○1月21日に実家の群馬に帰省することになりました。毎回書いていますが、大変なのは、ストレートな寒さと実家の冷蔵庫を整理すること。祖母が買い物好きで、食べきれないほどの量を買い込んでは叔父に怒られるのが日常なので、実家ではわたしが冷蔵庫の整理含めた料理を作ることになります。群馬のストレートな寒さに耐えられるか、いまのオレ...。

○アドビのCS2インストール騒動。
「無償でライセンス提供していない」--アドビ、CS2ダウンロード騒動に正式コメント[Cnet japan]
< http://japan.cnet.com/news/service/35026609/ >

新年早々謎掛けめいたような......ネットで出てる意見では「既存ユーザー向けならメールで知らせてユーザーしか入れないリンクを貼るべき」なぞありましたが、何故アドビのトップに堂々とリンクを貼っているのか、即時のコメントではなく半日経ってから上記のコメントを出したのか、とにかく謎が多いです。1月8日深夜に突如配布(?)が始まって相当数DLされたでしょうね......。

Adobeちゃんまじツンデレ
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■ところのほんとのところ[89]
「渋谷ラバーズフォトグラファーズ」と「香川ラバーズフォトグラファーズ」

所幸則 Tokoro Yukinori
< http://bn.dgcr.com/archives/20130111140100.html >
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最近[ところ]にとって衝撃だったのは、朝早くに突然、三階の僕の仕事部屋の窓ガラスが割れたことでした。なにかの事故か、だれかの故意か、[ところ]は誰かに恨まれているのだろうかとか、しばらく考えこみました。

ところが、午後の日射しが西向きの窓にさしかかったころ、見事なそして不思議なウオールアートがそこに浮かび上がっていました。おもわずシャッターを切り、すぐにライトルームで現像したものを【ところ】のブログの2013年1月9日にアップしました。
< http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >

ソーラーチャージタイプのベッドサイド用ライトを、朝起きたら充電するために、いつもこの窓辺に置くのですが、それもアクセントになっています。東京から持って帰った、20年前に作ってもらった洋本棚も右側でしっかりと画面に重厚感を与えてくれています。

我が家はすべて同じ白のロールカーテンで統一していて、壁もすべて白。実際トイレからベッドルームまでいろんな撮影スポットがあります。たまには白い壁でポートレートを撮ることもあるかもしれないのですが、[ところ]は街を撮る写真家だという意識が強く、家の中での撮影はあまり考えてはいませんでした。

たまたま所塾の塾生が、インテリアフォトのような影ばかり撮ってる写真家の作品に感心していたことがありました。それは確かに邪魔にならないような、売れるかもしれない写真なのですが、どこがいいのかとあまり感心できませんでした。光と影を強く注視して街を撮ってる[ところ]からすると、同じ影を撮るにしてももっと深く撮れるだろうという思いもありました。

そんな思いが、そのときシャッターを切る背中の一押しだったかも知れないなあと思うのです。街は街で撮るけれど、自分の家の中で撮ってもいいかなと思った瞬間でもありました。実際ここ数日、腰を痛めた[ところ]はあまり出歩くことができないけれど、部屋の中なら撮れるよねと思っていたら、今日もリビングで一枚素敵な写真が撮れてしまった。このシリーズもしばらくやってみようかな。

さて、[ところ]は「東京画」という大きなプロジェクトに参加していて、春にはNYフォトフェスティバルにも出展し、2月には大阪の梅田阪急で開催されるアートステージでの「東京画 meets OSAKA」にも、以下のシリーズで出展します。
< >

個人的に立ち上げた「渋谷ラバーズフォトグラファーズ」でも活動していて、先日は渋谷芸術祭で渋谷のヒカリエでも第0回目の展示をさせてもらいました。3月には第1回目として、渋谷ハチ公広場にあるアオガエルという渋谷区の管轄の電車の中で展示し、連動して目黒のギャラリーコスモスでも中旬から下旬にかけて写真展をおこないます。

[ところ]こと所幸則主宰と、NY在住ですが「東京画」にも参加し、最近では渋谷を集中して撮っている小島康敬くん、同じく「東京画」にも参加していて最近写真集も出した澄毅くん、そして「東京画」メンバーでもあり所塾の最も古参のメンバーでもある布施有輝くん、最近になって頭角を現して来た渡部暁くん、凄いスピードで渋谷を撮り始めた金杉肇くん。

このメンバーで「AROUND SHIBUYA PARCO写真展」をギャラリーコスモスで開催することになっています。このメンバーとの渋谷への思いを2月、3月にはニコニコ動画「所幸則 1sec (ONE SECOND)」で語るつもりです。お楽しみに。

そして今、このテキストを書いている香川で「香川ラバーズフォトグラファーズ」も立ち上げる予定です。そのメンバーを集める意味もあり、フォトラボKという講座を香川県の施設で始めています。[ところ]と横田喜勉さん(e-とぴあ香川)の企画で、ファインアートフォトグラファーとはなにかを話しつつ、メンバーを増やしていこうというもくろみです。

そのメンバーの中から、黒川博行さん、大野友紀さん、浜吉竜一さん、宮脇慎太郎さん、横井恵理さんの5人の作品を中心に紹介しながら、これからの計画などを「所幸則 1sec (ONE SECOND)」で話そうと思っています。

これは1月12日(土)21時から放送されます。いつもは自宅配信ですが、写真を紹介するのでいい設備のそろった4番町スクエアから発信します。ご期待下さい。

< http://com.nicovideo.jp/community/co60744 >
ニコニコ動画「所幸則 1sec (ONE SECOND)」

【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >

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編集後記(01/11)

●デジクリ本日よりスタート。2013年もよろしくお願いいたします。

●ここ数年の波乱含みの憂鬱な新年と違って、今年は穏やかに明けた。幼稚で能なしの政権がようやく崩壊し、よくも悪くも経験豊富な政権に代わった。おかげで前政権が引き起こしたようなトンデモ事件が激減し、新聞の第4面記事がおもしろくない。でも、これがまともな政治なんだな。

新聞広告では、オリンピック・パラリンピック東京招致キャンペーンの一頁広告が目立つが、たいした出来ではない。東京招致が実現したらわたしはこうします、と著名人が公約するシリーズだ。原辰徳はグータッチしますといい(して欲しくもないが)、澤穂希は銀座ホコ天でサッカーしちゃいますという(あまりに平凡だ)。もっと気の利いたこと言えんのか。吉田沙保里の「8年後、止められても出ます」だけがいい。

わけがわからないのが、浜田雅功がいう「開会式のどこかのシーンで必ず見切れます」である。「見切れる」とは「テレビ放送や演劇で、本来見えてはいけないものが見えてしまう」ことである。ところが最近は「写真や映像で、フレームに人物などの全体が収まらず一部が切れている=完全に見えていなければいけないものが途中で切れて見えない」という逆の意味も持つようになったようだ。見えるのか、見えないのか。芸人だから、見られないと困るわけで、たぶん本来の意味で使っているのだと思う。でも、やっぱりヘンな表現だ。コピーライター、しっかりしろよ。

キリンの「のどごし 夢のドリーム」ってキャンペーンも変な語感だ。というよりバカな日本語だ。これは無茶でバカげた夢を応募すれば叶えられるかも、という企画らしい。サイトの「スナック夢狩人」のママ(椿鬼奴)が「お客さんはなんか夢あるの?」と聞くから「あんたのヒモになりたい」と応じたら「泣けるわねえ」と言われたが、「苦痛なく死にたい」と書いたときも同じ反応だった。もっとも、こんなのを「夢」とはいわない。つづく。(柴田)

< http://ko-yaku2020.jp/ >
TOKYO●2020 楽しい公約
< https://nodogoshi-dream.jp/ >
のどごし 夢のドリーム


●タカさん、二周年ありがとうございます!

年末年始はバタバタ。終わったはずの仕事の対応に追われる。親戚まわりにこの髪の毛じゃいかんだろうと切りに行ったのは大晦日。いつも行く美容室は休業で、別のお店に飛び込みで入る。大阪の大会で何度も優勝している人らしいのだが、初めての人に私の髪の毛の手入れは難しかったようだ。

お年玉の準備をしておらず、銀行は休業なのでATMで、新札出て〜と祈りながらの引き落とし。年賀状も当然作っておらず、郵便局や金券ショップは閉まっていて、コンビニに行こうとしたら、コンビニ前の外気に晒されているテーブルだけの出店で、女の子二人が寒そうに販売していたので、そこで買うことに。

寒いのに大変ですねと言ってたら、寒いです〜と返事。でもおかげで買えましたと言ったら笑顔を返してくれた。この出店で買うとポケットティッシュをおまけでもらえるようになっていたみたい。笑顔の上におまけ。

年賀状を徹夜で作り、睡眠不足のまま親戚まわり。働くようになってから、元旦は繰り返される日々の一日であって、年による区切りをあまり考えていなかったけど、歳をとればとるほど、大事に考えるようになった。元旦から徹夜に睡眠不足か〜。準備時間をとれるように頭使わないと......。今年一年も修行の年だなぁ。(hammer.mule)