[3402] 人類滅亡に学ぶ

投稿:  著者:  読了時間:18分(本文:約8,900文字)


《『きゃりーぱみゅぱみゅ』を3回言う》

■私症説[45]
 人類滅亡に学ぶ
 永吉克之

■ショート・ストーリーのKUNI[132]
 初夢
 ヤマシタクニコ

■3Dプリンタ奮闘記[01]
 3Dプリンターがやって来た
 織田隆治




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■私症説[45]
人類滅亡に学ぶ

永吉克之
< http://bn.dgcr.com/archives/20130117140300.html >
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◯◯年に世界が滅びるといった類いの終末論は、ノストラダムスの大予言のように広く知られていたものから、新興宗教の教祖の寝言のようなものまで、これまでに数多くあったがどれも大外れだった。

直近のものでは、例のマヤ歴だが、これも私は相手にしていなかった。2012年の12月21から23日の間に人類が滅亡するとは聞いていたが、23日の前夜も、明日もこれまで通り幸福でも不幸でもない一日を送るのだろうと、何の心配もせずに床についた。

それより、年末まで入っていたアルバイトが朝9時からで、しかも職場が遠いので6時には起きなくてはならず、寝坊したときのことの方が心配だったが、翌朝眼を覚ますと人類が滅亡していた。

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とはいえこっちにも生活があるわけで、仕事を休むわけにはいかず、いつもの通りコーンフレークとバナナを食べて家を出たが、人類滅亡の影響で、通勤に利用している南海本線の堺駅が楕円形になっていた。しかし、電車も楕円形になっていて問題なくホームに入ってきたので、つじつまは合っていた。

それから南海本線の終点、難波で降りて、地下鉄の千日前線に乗り換えるのだが、地下鉄の駅も電車も楕円形だった。だから、今回の人類滅亡の本質は楕円なのかと思っていたら、それだけではなかった。

千日前線の南巽という駅で降りてから職場まで徒歩13分。途中、いつもコンビニで昼食を買うことにしていた。しかし必ず買う《明太子マヨネーズおにぎり》が早々と売り切れていて、やむなく《たらこバター醤油おにぎり》を買わなければならなかったのが無闇に腹立たしく、レジで支払うときも、小銭ならジャラジャラ持っているのに、わざと五千円札を出してやった。私のこの底意地の悪さも人類滅亡がもたらしたものであることは間違いない。

職場に着いたら、まず所属している派遣会社の勤怠表に出勤時間を書き込むのだが、これも人類滅亡の影響なのか、備え付けのボールペンがなくなっていたので、人に借りなければならなかった。

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従業員の8割が女性で、冷凍食品を発泡スチロールの箱に詰めてラベルを貼り、残り2割の男性が、コンベアに流れてきた商品を結束機で縛ってトラックに積み込む。ところがその日は女性が9割になっていた。しかし男性は2割のままだったから、全体で11割いたことになる。こんな形でも影響が表れていた。

午前の仕事が終わって昼休み。作業場の階上にある休憩室で、レジ袋から朝買ったおにぎり2つと《おいしい牛乳》の180mlパックを取り出して食べていたら、真冬だというのに、腹立たしいまでに血色のいい太ったおっさんがテーブルの向かいに座って、同じようにレジ袋から食べ物を取り出した。見ると、その中に、私が買えなかった「明太子マヨネーズおにぎり」が5つもある。

朝、このデブが買い占めて、店員が補充する直前に私が店に入ったのだろう。このあたりは単にタイミングの問題なのか、人類滅亡が絡んでいるのか、今でもわからないままだ。

                ■

独居の身なので、正月はひとりで福笑いやカルタ取り、双六などをして過ごした。幸い大阪の三が日は晴れ。寒さも和らぎ、のどかな日々だった。窓の外を見れば、あちこちで凧が上がって紙の尻尾をはためかせている。子供たちが道端でコマを回したり餅を食べたりしている。そんな見慣れた正月風景だった。

三が日が過ぎても仕事がなく、しかも地デジ移行以来テレビが映らなくなっていてすることがないので、ベランダの物干し竿を何時間も眺めていたら人類滅亡から電話が入った。その名前を聞いたときは私も構えたが、世界中の、固定電話機を持っているすべての世帯にかけていると言うので、なぜか少し安心して話に耳を傾けてやった。

「ひでえ誤解なんだけどさ、俺たちとしては人類を滅亡させるつもりは全くないんですよ。それをご理解いただきたいと存知まして、電話したんだよ」タメ口と敬語が交錯する不思議な言語を操る人物だった。

「と申しますのも、私、周囲の方々からは、つとに《じんるいめつ坊》の愛称で親しまれ、変わらぬご愛顧を頂いてるんだぜ。これからもお引き立ての程、よろしゅう頼むけぇの」
......広島弁も使うらしい。

「人類を滅亡させる気がないのなら、どうして人類を滅亡させたんですか?」
「そういう仕様になっておりまして」
「しかも、固定電話のある世帯限定というのがわからない」
「それも仕様なんだって」
「世界中に電話って、あなたたちは何人いるんですか?」
「だけぇ仕様だじゃ、言うとるがい!」
......どこの方言かわからなかった。

《仕様》を盾に取られては言い返すことができない。《仕様》は無敵だ。問答無用だ。論理を超越している。
「この間この店で買った熱帯魚、ただのメダカじゃないの!」
と客がねじこんできても、微笑みながら、
「そういう仕様です」
と言えば、それがどんなに厚かましいクレーマーでも引き下がる。

なんとか責任逃れをしようとする人類滅亡の態度に私は思わず声を荒げた。
「じゃ、滅ぼされた僕らはどこに不満をぶつけたらいいんだよ!」
「そんなもん、マヤ歴に聞いてよ!」
......一方的に電話を切られてしまった。

言われてみれば確かにそうだ。マヤ歴なんてものがあるから、われわれは滅亡したのだ。だからマヤ歴を作った人間を糾弾すべきなのかもしれないが、すでに人類が滅亡した今となっては責任者を吊るし上げたところで詮無いことだ。

                ■

松の内を過ぎて、楕円形になっていた電車はもとの逆三角形にもどり、茶褐色(#643c3c)だった空も黄土色(R183 G177 B88)にもどった。

人類が滅亡してからまだひと月にもならないが、街は殺気を取りもどし、人びとの表情も、人類滅亡を感じさせないほどの狂気が溢れている。

次回の人類滅亡はいつかわからない。マヤ歴にもとづいた人類滅亡の年は、ほんとうは2015年だという説もある。だから、今回人類が滅亡したのは何かの手違いで、2015年に正式に滅亡するとしても、われわれ人類にはこの貴重な経験を生かす智慧があり、同じ轍を踏むことはないだろうと信じる。

【ながよしのかつゆき/永吉流家元】thereisaship@yahoo.co.jp
ここでのテキストは、ブログにも、ほぼ同時掲載しています。
無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >


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■ショート・ストーリーのKUNI[132]
初夢

ヤマシタクニコ
< http://bn.dgcr.com/archives/20130117140200.html >
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何日か前、起きてしばらくして夢を思い出し、ぎゃっと叫び出しそうになった。猫を食べている夢だったから。

それ以前にも今年になってからみた夢はあったと思うが、全然覚えていない。なので、この夢を今年の初夢ということにしようと思う。

猫は首から上は生きていて、でも無表情だった。

と、一週間前のブログに書いた。「初夢」というタイトルだ。
ところがその夢を、私は今も見続けている。

ブログにはくわしくは書かなかったが、それは何人かで鍋料理らしきものを食しているシーンだ。メインの素材である動物の肉の、皮なのか筋なのか、そういう余分な部分、とろとろのべろんべろんになっているやつを箸ではがしながら、ああこれは猫の肉かもしれないと思う。

で、そばを見ると猫の頭部が重箱のような容器の一画におさまっていて納得したというわけだ。黒っぽいとら猫で、目がまん丸く、大きい。

以前、「もしどうしても猫を飼わないといけなくなって、どんな猫にするか聞かれたら黒っぽいトラ猫と答えよう」と決めていたことがあるが、まさにそれだ。全体にまあるい感じがするのもまあまあ好みだ。とはいっても猫を飼うつもりはないので、黒っぽいトラ猫を見つけても私に連絡してくれなくていい。しいていえば、なのだから。

さて、いつのまにか私はその猫と頭を並べて寝ている。待てよ。猫といっても頭部だけなのだが、と考えてふと気づけば私も頭だけなのだ。うろたえると猫が言う。

「何をおどろいてるんだよ」

いい声だ。少し響く低い声で、人前で話す仕事に向いていそうだ。

「私も頭だけになってるみたいだけど」
「それで? 何か困るのか?」
「困らないかしら?」
「困らないさ。頭だけだと腰痛に悩むこともない」
「ああ、それはそうね」

「靴のサイズを忘れてもかまわないし、むだ毛の処理も必要ない。へそのごまもたまらない」
「そうね」
「こうしておしゃべりするにはなんの不自由もない」
「たしかに」

私は笑い、ほほを猫のほほにくっつける。猫のほほはもちろん毛がいっぱい生えていてやわらかい。私は容姿に自信がないから、だれかと向かい合っておしゃべりするのは気が重い。好きな人とこんなふうに並んで仰向いておしゃべりするのは理想だと、前から思っていたような気がする。

そう、こんなふうにして、ずっとしゃべっていたい。回覧板が来ようが灯油販売車が来ようがしゃべっていたい。楽だしな。

そうだ。頭部だけなら逆上がりもしなくていいのだ! と思ったが、別に頭部だけでなくても、もうしなくてよかった、そんなもん。
で、この猫となんの話をしようか。

「ヤマシタさん、ヤマシタさん」

呼ばれておどろくとそこは会社の机だ。

「寝てたんですか」

最近入ってきたクロサワくんというソフトモヒカン男子が笑っている。若い。お肌つやつや。

「ま、まさか」

そう言っても私の前のモニタのエディタ画面には「しないのふいせんおmりぃだおhfた」と意味不明の文字列が見えているではないか。

「ヤマシタさんっていつも眠そうですよね」

ばれてる。新人らしからぬ観察眼。いや、そうでもないのか。だれにでもばればれなのか。私の居眠りは初心者でも気がつくレベルなのか。

「眠いときは早口言葉にでも挑戦してみてはどうでしょう。『きゃりーぱみゅぱみゅ』を3回言うとか」
「なるほど」

モニタの前にいたはずの私は、重箱の一画でまた猫と頭を並べている。というか頭だけになっている。斜め右のほうの一画にはつやつやした黒豆が入っていて、それを一粒ずつ食べている。

「黒豆? 何を言ってるんだい。夢をみているんじゃないかい」

猫が、ぶぃぃんとビブラートを効かせた声で言う。ほほをくっつけているので振動が私のほほに伝わる。

「え?」
「頭だけなのにどうやって離れたところの黒豆をとることができるんだ」

言われてみれば確かにそうだ。私は夢の中で夢をみていたようだ。口の中の黒豆がいつのまにか消えている。

「あんたはいつも眠そうだ」
「そうかも」
「ところで頭部だけの生活もいいものだが、できないことがある。それはセックスだ。おれとあんたはこの状態でセックスはできない」
猫はさらりと言う。

「セックスしたいの?」
「別に。こうやってだらだらしてるほうがいい。楽だし」
「だよね」
だいたい猫と人間だし。

「そもそもセックスなんてものは子どもがするもんだ」
「そうなんだ」
「おとなはあんなことはしない」
「ふうん」
そうかもしれない、と思う。

あ、思い出した。
「『きゃりーぱみゅぱみゅ』を3回言ってみて」

猫は滑舌もあざやかに「きゃりーぱみゅぱみゅきゃりーぱみゅぱみゅきゃりーぱみゅぱみゅ」と言う。天才かこの猫は。

それから私と猫はさまざまな話をする。こどものころの話から好きな歌、影響を受けたアーティストはだれですか、大切にしている言葉はありますか、日本の今後あるべき姿についてどうお考えですかまで。うそ。そんなことは話さないが、とにかくいろいろだらだら話す。

「あんたは無表情ね。猫ってみんなそう?」
「無表情はおとなのしるしさ。おとなはいちいち感情を荒げたりそれを表に出したりしないものだ」
「ふーん」
「あんたももっとおとなにならないといけない」
「かも......ね」

話しているうちに私のまぶたはゆっくりと降りてきて、これはひょっとして夢の中でまた夢をみてしまうと思っていると、クロサワくんが現れた。クロサワくんは、なんと女だった。顔はそのままで頭はソフトモヒカンだが、ミニスカートにブーツの、ファッショナブルな女の子になっている。すらりと伸びた脚がまぶしい。

私は「へー」と思って眺めていたが、そのとき信じられないことが起きた。猫が立ち上がったのだ。猫は頭だけだったはずなのに、首から下を巧妙に折りたたんでいたようだ。ワンタッチ式の折りたたみ傘みたいに瞬時にそれをのばすと、まったくふつうの猫になってすたすたとクロサワくんのそばに行った。

そして、ふたりスツールに並んで座り、親しげに話し始めた。私は重箱の隅でそれを見ているだけだった。猫は片手をクロサワくんの肩にまわし、いかにもおやじ風になでまわす。

私はなんだかくやしかった。いますぐ立ち上がって猫とクロサワくんの間に割って入りたかったが、私の足も手も、鍋でぐつぐつと煮られていて、手遅れなのだ。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
< http://midtan.net/ >
< http://yamashitakuniko.posterous.com/ >

子どものころ読んだ本で、ロバが一人称で語る物語があった。家にあったのではなく、だれかの家で読んだか、借りたかしたものだったので、その後、時たま思い出すことはあっても作者名はおろか、なんという本だったのかもわからないままだった。

思い出すことといえば「私の脚ははがねのようになり......」という文があったというような断片的な記憶だけ。ン十年たった最近、ふと思い立って「ロバ」とか「子ども向け 読み物」「ロバ 私」とか思いつくまま言葉を入れて検索したら、それはどうも「学問のあるロバの話」(セギュール夫人)らしい! 

やった! 今度図書館で、いや本屋で探してみよう。再会が楽しみだ。ちなみに今は、それを探している過程で出会った別のロバ本「プラテーロと私」を読んでいる。これはこれですてきな本だ。


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■3Dプリンタ奮闘記[01]新連載
3Dプリンターがやって来た

織田隆治
< http://bn.dgcr.com/archives/20130117140100.html >
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私は昔からモノ作りが大好きで、小学生の頃からよくプラモデルを作ったり、粘土をコネコネしていたものだ。その流れで、奈良芸術短期大学付属の橿原学院高校の美術科→大阪芸術大学美術学科、というお決まりのコースに進んだ。

卒業後は、テキスタイルデザイン→SP(セールスプロモーション)グラフィクデザイン→博物館や科学館等に展示する模型の設計、制作→屋外広告、店舗デザインと、色々なデザインや制作を渡り歩き、今現在独立して10年が過ぎたところである。まあ、自分でもよく10年生きられたもんだ、と感心している。

現在は、3DCGと模型制作というデジタルとアナログをごちゃ混ぜにした、いったい何がメインなのか、自分でも分からない「風変わりな職人」になってしまっている。まあ、それもよかろう、と自分に言い聞かせているところだ。

さて、前置きと自己紹介はこれくらいにして本題に進もう。

2011年の11月末ごろに、とある知り合いから紹介された会社へ僕は出かけた。その会社は、僕の事務所から地下鉄で15分ほど行った駅のそばにあった。今だから言えることだが、行く前から僕の腰は、生後2〜3か月の、子犬の後ろ足のように浮き足立っていたのである。

なぜなら、その会社では、その当時はまだそんなにマスコミにもあまり取り上げられていなかった、「3Dプリンター」なるものの輸入販売をされていたのである。

昔からネット等ではたまに取り上げられていたので、もちろん存在は知っていた。が、しかしである。あまりにも高額な夢の機械、まさしく「ドラエもんのポケットから取り出したような魔法の箱」という認識でしかなかった。

それを身近で見るチャンスだったのだ。そこには、眩しくて正視出来ないくらいの、色々な種類の3Dプリンターがゾゾゾと設置されていた。

その時私は、ランボルギーニ・カウンタックを目の前にした、昭和世代のはな垂れ小学生のようなキラキラとした目をしていたに違いない。

40も半ばに差し掛かるいい大人なので、その溢れ出る興奮を押さえつつ、ポーカーフェイスで3Dプリンターについて説明を聞き、色々な質問に答えてもらった。そして、一時間後にその会社を後にする訳だが、その時の私の心はもうすでに決まっていた。

「買ってやるぜ」

ということで、めでたく2012年1月14日。事務所に大きなダンボールが届いたのである。最近、よくメディアでも取り上げられるようになったので、3Dプリンタを使った造形の発注をいくつも頂くようになり、今はひっきりなしに作動させている。

なんじゃそれ! そんな事聞きたいんとちゃうわ!

とか言われそうなので、次項目では3Dプリンターの特徴や原理等を少しは真面目に説明してみよう。

【織田隆治】
FULL DIMENSIONS STUDIO(フル ディメンションズ スタジオ)
< http://www.f-d-studio.jp >

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。次回は少し真っ当な、3Dプリンタの諸々を、包み隠さず赤裸裸に書き連ねて行きます。


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編集後記(01/17)

●巳年にちなんで蛇映画でも見ようかと、近所のGEOの旧作100円棚を漁ると、「スネークアタック」という2011年のアメリカ映画を発見した。蛇は大嫌いだが、なぜか蛇映画は好きでよく見るのだ。チョイスしたこのDVD、パッケージはなかなか素敵だ。下着姿のブロンド美女が巨大な蛇に追われているの図。もちろん、パッケージは信用してはならない。

キワモノ臭ふんぷんたるタイトルからして、ろくな映画ではないことは容易に想像できる。解説を読むと、女性主人公がドライブ中に一匹の蛇をひき殺し、その死んだ雌蛇の相方である雄蛇が、復讐のため彼女らをしつこく追跡するというストーリーらしい。原題は「Venom」で毒、毒素、恨みを意味する。

蛇を怒らせると執念深く追いかけてくるぞ、なんてことを子どもの頃聞いた覚えがある。たぶん大人の脅かしだろう。でも、じっさいに蛇に追われた経験もあるし(そう信じている)、近所のお寺でものすごい大蛇に遭遇し(そう信じている)幼い妹をおきざりに逃げ去った痛恨の過去もある(妹はいまも健在である)。だから、蛇に追われるという恐ろしいテーマには期待がもてた。

動かなくなった車を捨て、ケータイまで投げ捨て、荒野を歩く女とその娘。まったく後先考えないバカ女。それを追う一匹の蛇、大蛇どころか普通サイズではないか。また、蛇が大量に出演するわけでもない。マフィアの金を持ち逃げした男や、それを追う二人の男もからんでくるが、女どものご都合のいい展開に。ときどき蛇目線の画面がご愛嬌。

とにかく荒野をダラダラ歩く母娘の映像ばかりで、退屈そのもの。復讐に燃える蛇が追って来る、なんて緊張感、恐怖感もゼロなんだから、もうどうしようもないバカ映画だ。嗚呼、正月早々、わたしはいったい何していたんだとガックリしたのであった。2013年は少しでもいい年でありますように。(柴田)

< http://bn.dgcr.com/archives/2013/01/17/images/01.jpg >
「スネークアタック」のナイスなパッケージ


●一週間ほど前、Adobe CS2が無償ダウンロードできるという話が広がっていた。アクティベートサーバ廃止によるもの。CS2は持っていなかったので欲しくなったものの、正規ユーザー向けという公式発表があった。パッケージだと5まで持っているし、いまはCreative Cloudのメンバーなので6を使っているのだが、CS2に同梱されているGoLiveが最終バージョンなんだよなぁと。

クレジットカードの明細を調べていて、年末請求のCreative Cloudが同じ日、同じ金額でふたつあることを発見。そういえばその日、請求しましたというメールが二度来ていたことを思い出した。Adobeのサイトで、それについてのアナウンスを探したがない。アカウントページで最新明細を調べたが、契約は1つだけだ。

チャットや電話で問い合わせができる。チャットは担当者が全員出払っていたので電話。保留音ではCS2やAcrobat7のアクティベートができない人のために、検索ワードがアナウンスされていた。よほど同じ問い合わせが多いのであろう。これについてはサイトでも案内はあった。続く。(hammer.mule)

< http://ja.wikipedia.org/wiki/Adobe_GoLive >
GoLive
< http://helpx.adobe.com/jp/x-productkb/policy-pricing/cq12200137.html >
CS2 または旧バージョン製品、Acrobat 7 で「アクティベーションサーバーは使用できません」のメッセージについて