ローマでMANGA[60]コウモリは役に立つか/midori

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●そうだ、問題が持ち上がったのは掲載開始前だった。

前回の記事でこう書いた。

「ユーリ最終話が校了に入る時点で単行本の打ち合わせが始まった。単行本の打ち合わせで、日本市場優先頭とヨーロッパ市場も視野に入れたい頭がぶつかることになって、この平和なひとときがまた崩れるのであった。」
< http://bn.dgcr.com/archives/20121218140100.html >

講談社・モーニングの海外支局をしていたのは17年ほど前の話で、手元にあるファックスを引っ張りだして資料としてこのテキストを書いている。

残しておいたファックスは、通常の文章だけのやり取りはそれだけをまとめて保管し、作者からのラフ原稿添付もあるやりとりはラフや下書きと一緒に保管してある。

「日本市場優先頭とヨーロッパ市場も視野に入れたい頭」がぶつかった事件はよく覚えているのだけれど、この部分のファックスが見つからずに、ネットでのやり取りに移った後だったのかなと思っていた。このテキストを書くにあたって、もう一度よく保管場所を探してみたら、下書きの保管ケースにあった。

それが起きたのは1995年12月初めだ。

問題のファックスは2日付けで、作者のイゴルトから担当編集者に宛てた日本語訳だ。元のイタリア語がないから、作者と私は電話で話したのかもしれない。

第1話を翌年早々の1月11日発売号に掲載することになっている時に持ち上がったから、ボローニャ、ローマ、東京で不安とイライラが大きく膨れ上がった長い日だった。




●マネージャー頭が気がついた

イゴルトがいよいよの掲載を目の前にして、アーティストからマネージャー頭になり、日本で掲載された後の海外版の心配を始めて、問題をほいっと投げてきた。

イゴルトはこれまで作家として作品制作に没頭していたから、いざ掲載の運びになってこうした具体的な問題が頭に上がってきたのだと思う。

マネージャーは「イゴルトはイタリア人作家である」「故に本国、並びにヨーロッパでも作品を発表し続けなければ作家生命が終わってしまう」「日本での作品発表は本国及びヨーロッパでの作家活動にプラスの働きをせねばならない」「日本とのコラボでできた作品は欧州のマンガ界にとって新しい......」

そこでマネージャー頭がハタと気がついたのだ。

当時はどの業界にも今ほどコンピュータが入っていない。だから作者は郵便でカラーの生原稿を送り、印刷所は4色に分解して4枚の版を作る。白地の吹き出しの中に黒い文字が入る場合はそれほど問題でもないけれど、このユーリの場合は吹き出しなしでト書きで進んでいく。つまり、絵に字がかぶるわけだ。

そうなると、4枚の版、それぞれ字の部分が穴になる。つまり、そのままでは言語が変わると使えないのだ。つまり、この問題はコンピュータがまだ普通に使われていなかったこと、「ユーリ」がオールカラーで(版が4枚!)、普通のマンガではなく絵本のように吹き出しなしであるという、「ユーリ」企画の特殊な性格ゆえに出てきたものだった。

マネージャー頭は続けて考える。

日本の雑誌掲載のために作る版が使えないとなると、ヨーロッパで出すためにはヨーロッパ言語用に新たに版を起こす必要がある。ヨーロッパのマンガ出版社はどこも規模が小さい。4つも版を起こさなくてはいけないという条件では出版が難しくなる。

そこでイゴルトは、文字が入る部分に縦書でも横書きでもうまく入るように幾何学的な模様で抜いて半調にしたらどうか、と編集部に提案した。

さらに、本来はゲラを見ながら文字の色や形などもコントロールするのが自分のやり方だから、せめてゲラをファックスで送って見せてほしい、とも言った。

イゴルトは当初から「ユーリ」を日本以外でも出版するつもりであることは編集部に伝えてあり、この期に及んでなお相談の余地ありと思ったのだろう。

●週刊誌編集部の担当編集者はうろうろできない

週刊誌は毎週その都度に企画を立ててその週のうちに作るわけではないことは、週刊誌制作に関わってない人も想像できると思う。

編集者は作家と打ち合わせをして原稿を無事に時間内に手に入れ、新シリーズのタイトルや広告などの制作をデザイン事務所に依頼し、印刷所とも連絡を取り続ける。だから、発売予定の40日前に作家から何か言われても、できることとできないことがある。

イゴルトの海外出版のことは知っていたので、印刷所でカラー雑誌版を作るときに同時に別版を作ることでコスト的にどうか印刷所と業務と相談すると、イゴルトに報告した。

これが編集としてできることの精一杯であり、事前に報告したのも作家にお知らせすべきと思ったからで、作家のために別版を作るのは編集部の義務の中に入ってない。これに対してイゴルトが、あーだこーだと、注文をつけてきたので編集者は大いに困惑した。

●間に入ってオロオロする通訳

編集者と作家がコンフリクトに入った時、間に入る通訳はオロオロしていいのだろうか。いいとか悪いとかではなくて、大いにオロオロしてしまった。

編集者の都合も作家の要求もよく理解できるだけに、編集者の言葉を伝えるときには編集者の気持ちになり、作家の要求を伝えるときは作家の気持ちになった。心がけてそうしたということではなく、性格からだと思うけれどそうなってしまうのだった。

それだけに、面と向かって言い合っているような気分を盛り上げてしまったかもしれない。双方に伝えて、双方から困惑やら怒りやら呆れやらを受け取るたびに、イソップ物語の中のコウモリの気分になった。コウモリに悪気はまったくないのだ。もっと事務的に伝えるべきだったのか。事務的に伝えても内容は変わらないから同じことだったかもしれない。

作家の要求への返信で、編集者からほぼ怒りのファックスが来た。

今回のように文字を白抜きに黒で乗せるのではなく、カラーの下地に字を乗せる場合、印刷所で作るカラー4版を日本語版から海外版に流用するのはそもそも不可能だ。だから別版を作ると言っている。タイトルのロゴデザインも色もこちらで決める。6号からの掲載に合わせて、5号の予告も6号の表紙のデザインもそれぞれの担当者が進めているからここで予定を変更にするわけにはいかない。でこれ以上ごちゃごちゃ言われるのはかなわないから、週刊誌掲載が終わったら原稿を返すから海外版は勝手にしてくれ。。。。

コウモリのせいで編集と作家の関係が悪くなり、単行本出版も危うくなる?

ファックスでは「このまま伝えてください」とあったけれど、いま、このまま作家に伝えたらこの関係はここで終わりになってしまう! ということはコウモリによくわかった。

だから、このまま伝えることはせずにまず編集者にファックスを送った。

イゴルトが尊大に振舞って見えることもあるけれど、最高の形で読者に届けたいという気持ちの現われだ。

日本の雑誌作りを理解していないのが罪であるなら、イゴルトも私も罪人だ。(すべて理解をしていたら、イゴルトの言葉をそのまま子供の使いのように伝えるのではなく、できることとできないことを説明できる)

ここは喧嘩を売るのではなくて、日本の市場を考えて日本の読者向けに雑誌を作るのが任務であるモーニングができることをわかってもらうことを主眼に伝えたいと考えるがどう思うか、という内容だった。

普段、ファックスの往信には時間がかかるけれど、この件でファックス2往復、ローマ/ボローニャ/東京間の電話が行き交ったのはイタリア時間で12月2日、たった一日のことだ。

●コウモリも役に立つ?

私が送ったファックスの後は、5日の編集者からのファックスが残っている。

私の判断のおかげで無事掲載の運びになったという内容でほんの数行だ。空気が収まった雰囲気を伝えている。

その後のファックスは私から編集へ宛てたもので、イゴルトに電話で内容を伝えた時のイゴルトの沈んだ様子を伝えている。

ここは、編集者の勝ち(?)で終わり、でも実際には連載にこぎつけ、第二部にもつながったのだから作家も勝ちだ。

どんな仕事も人と人が繋がって進む。人には感情があるから、感情が絡んで複雑になることもある。

この問題で、自分の意見が通らないとわかって電話で沈黙したイゴルトも、海外作家企画が終わった時、堤さんは天才編集者だ、ヨーロッパで編集をしてくれたらどんなにいい作品をプロデュースしてくれるだろう、と言ったほどに信頼関係で終わった。

互いに誠実に仕事をしていくなら信頼関係で終わる......というのはお伽話ではなく本当に起こると信じたい。

【みどり】midorigo@mac.com

久しぶりにガイド仕事でフィレンツェに行ってきた。フィレンツェ、というかトスカーナは肉が美味しいので有名。トスカーナの牛を精肉したTボーンステーキ「フィオレンティーナ」は更に有名。

フィレンツェの旧市街を避けるように流れるアルノ川の向こうにある、三代続くレストランでこのフィオレンティーナを食べてきた。

よい精肉の技術、よい焼き具合、肉に合った赤ワイン。ただ生き延びるためではなく、食べることをこうして文化にしてしまう人間ってすごいと思える至福の時を過ごしてきた。

↓このブログにまだ書く時間がとれないでいるけれど、いずれステーキの写真を載せます。

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
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