[3406] 【アートと音楽 ─新たな共感覚をもとめて】展を観て

投稿:  著者:  読了時間:26分(本文:約12,500文字)


《何が断捨離だ書籍自炊だ、ちっとも減ってないぞ》

■武&山根の展覧会レビュー
 美術よりも美術館によく似合う
 ──【アートと音楽 ─新たな共感覚をもとめて】展を観て
 武 盾一郎&山根康弘

■グラフィック薄氷大魔王[331]
 モノ減らし最終決戦・最終ラウンド
 吉井 宏




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■武&山根の展覧会レビュー
美術よりも美術館によく似合う
──【アートと音楽 ─新たな共感覚をもとめて】展を観て

武 盾一郎&山根康弘
< http://bn.dgcr.com/archives/20130123140200.html >
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武:こんばんはー!

山:こんばんは! いやー、2013年も始まりまして。どないですか。

武:おおそうか。明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします! そういえば今日、夕方走ろうと思って家を出たんですよ。

山:おお、はいはい。


武:しばらく歩いてちょっと膝が暖まって来たなあって思ったら走り出すんだけど、「よし走るか」っと思った瞬間、先日降った雪が凍ってる場所だったんでスッ転びそうになったんですよ。

山:危ないやん。

武:もう、自分の中ではてんやわんやですよw

山:そりゃびっくりするわな。


武:で、走るの断念してずっと歩いたんだけど、その時、なんかすんげえ面白くって自分で「ちょーウケルー」ってなってたw

山:ちょっと待て、なんで走るの断念すんねん!

武:歩いてて転ぶ寸前なんだから走ってたら絶対転ぶじゃん。

山:あー、他にも危ないとこいっぱいあるから、ってことか。


武:あっさり断念する自分が面白くて、1秒前は走る気満々だったのにw

山:何の話やねん! ではとっとと展示行きますか。って、今回はわたくしは行けませんでしたので、武さんお願いします!

武:はい。武盾一郎ピンで展覧会レポートをいたします〜!


【アートと音楽 ─新たな共感覚をもとめて/東京都現代美術館】
< http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/138/ >
< http://www.mot-art-museum.jp/music/ >

まず、チケット売り場に行列ができていてビックリしました! そう言えば、最近どの美術館行ってもそれなりに混んでるんですよね。一昔前は「美術館」ってのはほんの一握りの「アートピープル」っていう「マイノリティ」がそのちょっと特殊な自我を確認する為に行くものっていう偏見を持ってたけど、程よく「一般的な娯楽・エンターティメント」になってきてるのかな。それはそれで喜ばしいことではあるが、盛況なのはスターの大型展に限るんですよね。

ひょっとしたら、アート業界も経済ヒエラルキーと同様に二極分化してるのかも知れない。スターは更に人気を集め、それ以外はまるで食えない、みたいな構図。この僕に陽の光が差し込むことを願ってやまないです。

混んでた理由として、坂本龍一というスーパースターがアドバイザーとして(アドバイザーなのに)前面にバーンと出てる影響が大きい気がします。東京都現代美術館は以前から有名人を「何の脈略なんだ?」という感じで客寄せパンダとして使ってる印象があって、「そんな所に金使うならもっと(僕みたいな超有名でもなくかといって超シロウトでもない)アーティスト支援とかしろやゴルア!」とひがみ続けていたのですが、今回のはハマった感があります。単純に坂本龍一が好きなのかも知れないですが。

●代表的なインスタレーション

展示は全体的に「音を取り扱うインスタレーション」なワケだけど、一番好きだった作品は、入ってしょっぱなに展示されてたインスタレーション

セレスト・ブルシエ=ムジュノ『クリナメン』
< http://www.mot-art-museum.jp/music/celeste-boursier-mougenot.html >

「音楽」としてこれは心地良かった。リンク先の画像を観れば分かりますが、円形プールに様々な大きさの白いお椀が浮いてる。とある一か所から水が押し出されてプールには水流が出来てる。大小さまざまなお椀は漂い流されて水流口に集まってくる。

吹き出す水に押されてそのお椀たちぶつかり合って、「コーン」「カーン」と音を出す。ぶつかるお椀の大きさで音程が、ぶつかる強さで音量が変わる。アトランダムな音はどこか癒し系なアンビエントである。

人間が「メロディ」というのを意識して、任意的に作っているものを一般的に「音楽」と呼ぶけど、人間の作為、恣意、任意から「音楽」を解放させようとする方向がノイズや現代音楽にはよく見受けられる。「音の出し方(装置や行為)」と「出た音(通常これを音楽と呼ぶ)」で分けるとするなら、前者に比重があるのが現代音楽とかノイズとかアートだったりする。

ジョン・ケージ『4分33秒』は「ピアノを弾かない音の出し方」をして、「出た音」は音楽家の演奏に依らず会場全体の雑音、ノイズであり、作家の任意の外に委ねられてしまう。こういうコンセプチュアル・アートな「音の出し方」ってのは確かに面白いっちゃあ面白いんだけど、結果「出た音」が面白いかというとそうでもない。

理屈が面白がっても、感覚が面白がってくれない。このジレンマに我慢して面白がると「アートな人」という「ちょっとハイレベルな人」の称号が与えられたりするんだろうけど、僕はちゃんと感覚で楽しみたいんですよね。

そんな僕の好みに一番合ったのが、このセレスト・ブルシエ=ムジュノ『クリナメン』でした。「音の出し方」が最終的に(人工的ではあるけど)水流という自然に委ねられていて、なんと言っても「出た音」がきれいだったから。

一方で、坂本龍一が関わった作品は本展覧会の目玉なんだろうけど、わりとどうでもよかった(笑)。

オノセイゲン+坂本龍一+高谷史郎『silence spins』
< http://www.mot-art-museum.jp/music/seige-ono_ryuichi-sakamoto_shiro-takatani.html >

サイトには"小さな空間から無限大の宇宙を聴く、日本の茶室からインスピレーションを得た《silence spins》"と書いてある。入るまでが長蛇の列で、やっと順番が回って来たけど、「さんざん待たせてこれかよっ!」と、たむらけんじのように横を向きながら悔しがる突っ込みを入れてしまった。

音楽スタジオとか音の反響しない閉鎖空間に入ると、一瞬耳の周りに空気が張り付くような感覚がフッと来るんだけど、その感覚も起きなかった。それなりの人がいると音の肌感覚も変わってしまう。人の少ない張りつめた雰囲気の会場なら、茶室に入った瞬間に異次元な感覚になるかも知れないけど。

家族連れやカップルなどで混雑した会場での茶室《silence spins》は雑多にまみれると装置の効用が発揮されなくて、コンセプトの無力を感じずにはいられなかった。

坂本龍一+高谷史郎『collapsed』
< http://www.mot-art-museum.jp/music/ryuichi-sakamoto_shiro-takatani.html >

"2台のピアノとレーザーを用いた《collapsed》は必見です。"とあるけど、気まぐれにピアノの音が鳴るありがちなアンビエントだった。壁にレーザーで言葉が映し出されていて、その言葉に対応した音が出るらしいのだが、そうなると、「言葉と音を繋ぐプログラムの恣意性」が気になってしまうのだ。そこに何か面白さが見いだせるならいいんだけど見つけられない。

言葉を音に変換するっていっても、プログラム次第で激しい音楽にもメロディアスにもできてしまうじゃないですか。「そのプログラムがどうであるか」に「コンセプチュアル」があるのに、肝心の変換装置が「ブラックボックス」過ぎるのだ。

例えば「現在進行形で株価の高さを音程、変動落差を音量にプログラム」して、壁面に株価が映し出されていく方が面白くね? とか思ったりするんですよ。

もうひとつ大きく会場を使ったインスタレーションは、大友良英リミテッド・アンサンブルズ『with "without records"』
< http://www.mot-art-museum.jp/music/otomo-yoshihide-limited-ensembles.html >

リンク先の画像のように、100台以上のターンテーブルが設置されている。それらはプログラムでON・OFFパターンが組まれているが、ターンテーブル全体の挙動は無限のパターンになるそうだ。

インスタレーションの中を散策できる、さながらターンテーブルの雑木林に迷い込んだみたいだ。なんか変なプロペラがぶら下がって回ってたり、ターンテーブル以外の音の鳴る意味不明の機器もある。

「カサカサカサ」「ゴリゴリゴリ」「キイー」「ポンッ」といった、どうしょーもないノイズが所々から聴こえてきて、「ぷっ」とか「かわいい」とか思う雑木林なのだ。「アナログ装置」って憎めないんだよね。そこら辺が「ずるい」というか(笑)、そういう作品。
(参考:『without records』< http://vimeo.com/1802336 >)

●場所に依存する作品

で、インスタレーションを観て思ったのは、「これらはみな美術館依存作品だ」ということなんですね。これらの作品が公園や路上に設置されても、まったく人目を引かないと思うんです。しかも、人目を引く以前に「音を出す装置」として機能できないだろうと思うんです。

セレスト・ブルシエ=ムジュノ『クリナメン』のプールを野外に設置したら、苔は生えるわ、お椀は砂入って沈んじゃうわ、そのうちアメリカザリガニとか雷魚が棲みだしてしまうか、または干涸びて落ち葉が貯まってる汚らしい場所になってしまいそうだし。

大友良英リミテッド・アンサンブルズ『with "without records"』も、野外に設置してもターンテーブルに鳥の糞が積もって動かなくなるだけだろうし。

「出た音」も、車の轍の音や、鳥の鳴き声、人の靴音、そういった環境音に勝てないと思うんです。美術館の外に出れば、それこそ「音」は無限のバリエーションだ。ノイズ・アンビエントの装置を野外に置いても「そもそもそれ要らないじゃん」てのが結論になる。

オノセイゲン+坂本龍一+高谷史郎『silence spins』の茶室も野外に設置されたら、そのうちホームレスの人が住み始めたりして役には立つかも知れないが、作品のコンセプト通りの受け止め方をする人は皆無だと思う。

また、これらのインスタレーションは残念ながら個人宅で成立できるものでもない。ちゃんと守られた美術館以外では作品を楽しめない意味において「美術館ならではの作品」だと言える。

場所に依存する作品ってのはその他にもある。例えば、今はもうほとんど見ないけど、テント芝居とか野外劇団とか。火や水を使うなど、野外やテントならではの場所性が作品をワイルドにしてくれる場合が多い。

僕も新宿西口地下道や東京大学駒場寮や被災地の神戸など「場所の霊性」にとても敏感に感じながら作品を作ってきた。なので場所に依存する作品、その場所じゃないと成立しない作品、というのは元々僕の好みなのだ。

じゃあ、美術館じゃないと成立しない作品ってどうなの? と、自分に問いかけると、なんとなく「権威にすがってないと生きていけない学歴エリート」みたいな気がしてしまう。

なぜ美術館でしか成立しないインスタレーションを肯定的に観れないのか?

美術館じゃないと成立出来ないインスタレーションを発表したい場合、アーティストは美術館関係者や有名人や業界人と、どうやって繋がるかが最重要課題になる気がするのだ。作品を考えるより、アーティスト自身によるアート業界へのインストールに力点が置かれる気がするのだ。

要するに、どうやって「偉い人と繋がるか」ということになる。そうしたら結局、生まれ育ちの階級だ。偉い人たちの多く住む場所の人が勝つだろう。という考えに行き着き、つまらなくなる。卑屈が混じった感情が沸き上がる。こんな感情を持つ自分がさもしいが。

とはいうものの、実際には多分、現在においてアートの主流って「オルタナティブ」なんだと思う。「オルタナティブが主流」ってなんか矛盾した表現だけど。自分たちの出来ることを自分たちでやっている人たちは、美術館依存作品は作らないだろうし、今後ますますその傾向は強まる気がする。

そうすると、美術館ってどうなっていくんだろう? 音楽やアニメなど時間軸を必要とする作品を展示する場所になっていき、美術は美術館で展示されなくなるんじゃないだろうか?(笑)などと思ってしまったのだ。

●自然を音に変換する

それから気になったのは自然を音にする作品。八木良太『Vinyl』はムーンリバーかなんかの曲のレコード型に水を入れて凍らせて、ターンテーブルでかける作品。まあ、「出た音」はノイズになるわけです(笑)。装置のアイデアは面白いけど、出た音をずっと聴いていたいってワケではなかったりする。

バルトロメウス・トラウベック『Years』はちょうどLPレコードのような大木の輪切りがあって、レコード針は年輪をスキャンしながらそれを音に変換するという作品。

「出た音」はピアノのきれいなアンサンブル。どんな「音」にするかはプログラム次第なので、木の年輪よりプログラムが気になってしまう。僕の「線譜」を回すとどんな音になるんだろう?とか。

大西景太『Forest and trees』は、音の出るシンプルなループアニメが何種類も並べられていて、一個でも作品として自律してるけど全体でも作品になっている。例えると、新宿駅はプラットホームごとに発車メロディが違うけど新宿駅全体で聴いても心地悪くならないようになっているらしい。そんな作品です(違うかw)。

上記の例えは置いといてw、このコンセプトはとても好きなんです。
・単体には「小さな法則」「繰り返し」「自律」がある。
・ちょっと違う単体が複数あるいはうんと沢山ある。
・各々が単体でも成立してるし、全体で観ても成立してる。
・組み合わせは無限大になる。

デジタル作品だけどタイトルは『Forest and trees』、それはどこか自然を音に変換しようとする意思を感じるのだ。

植物って、例えば、「一本から二本に枝別れする」というシンプルな法則で伸びていたりする。結果、あの複雑でフラクタルな枝の形となる。単体のシンプルな法則とそれが集積した時の複雑な様相。音楽を人間の恣意性から解放させ、偶然性や組み合わせの無限性を取り入れて来た現代音楽やノイズやアンビエントは、自然を音に変換しようとしてるのではないだろうか。

ところで、ここで自分の好みが分かった。
1.美術館依存しない作品
2.自然を音にする、あるいは自然な音がする作品
3.音が心地良い

こうやって考えると日本にあった。「ししおどし」と「風鈴」だ。ししおどしが機能してる家はもうほとんどないと考えると「風鈴」だ。「音の出し方」のプログラムは風、そして「出た音」は「チリーン」と心地良い。「風鈴」こそが現代音楽、ノイズ、アンビエントの行き着く先なのだ(笑)。

などとあれこれ書いてまいりましたが、音楽的アプローチの作品の方が今の美術館に合っている気がしました。ノイズ・アンビエント・現代音楽は美術館がよく似合う。美術よりも美術館によく似合う。以上展覧会レポートでした!


山:なるほど〜。行ってないけどよくわかりました!

武:で、告知していいっすか?

アートラッシュ企画展Vol.184 『宇宙創生』〜祈り〜 展
会期:2013年1月23日(水)〜2月4日(月)11:30〜20:00
月曜日17:00まで 火曜日休館(入場無料)
< http://www.artsrush.jp/ >


山:結局告知かいな。

武:今回はでもね、初の試みがあるんですわ。

山:じゃあ一応聞いとこか。なんですの。

武:今までは描いて来たものを展示してたんだけど、今回は展示のテーマ『宇宙創生』を描いたんです。線譜を映像にもしてみました! プロトタイプだけどPV。

線譜『宇宙創世 祈り』
< >


山:題材が先にある描き方をしたことないって言ってますけど、「宇宙創生」をずっと描きたいって思ってた訳だから、題材あるっちゃあるやん。

武:そっすね。「宇宙(世界観)」を描きたいだけですから、俺。

山:まあ頑張ってください。

武:ぜひ応援してください!

山:がんばれー。

【アートと音楽 ─新たな共感覚をもとめて/東京都現代美術館】
< http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/138/ >
< http://www.mot-art-museum.jp/music/ >
会期:2012年10月27日(土)〜2013年2月3日(日)10:00〜18:00
(入場は閉館の30分前まで)月曜日休館
観覧料:一般1,100円、大学生・65歳以上850円、中高生550円

【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/書き初めは「成功」「勝」】
facebookページ < http://www.facebook.com/junichiro.take >
Twitter < http://twitter.com/Take_J >
take.junichiro@gmail.com
武盾一郎の画家活動を応援してください! ご支援受付けております!
[埼玉りそな銀行 上尾西口支店 普通 4050735]

【山根康弘(やまね やすひろ)/今年は何しよう】
yamane.yasuhiro@gmail.com


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■グラフィック薄氷大魔王[331]
モノ減らし最終決戦、最終ラウンド

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20130123140100.html >
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●モノ減らし片づけいろいろ

秋頃、僕的に究極のモノ減らしをやった。あんなにあった本や書類や自分のパンフやその他いろいろ紙モノは、一個の本棚に納まるくらいまで減量できた。思い切りさえすればその大半もデジタル化して減量できそう。立体制作関連は確実に容積があるんでなかなか減らないけど。

< http://bn.dgcr.com/archives/20121010140100.html >

久しぶりの集中モノ減らし。もうほとんど処分するモノはないはずだったけど、始めてみるとけっこう出てくる。目立つのが「買い置き」的なもの。箱や用紙や袋。自作フィギュアのパッケージ用の小さい段ボールや不織布袋もでかい箱にぎっしり詰まってる。

当分、売る予定はないのでもう捨てちゃっていいかもね。7〜8年前に買った営業パンフ送付用のA4透明袋、かなり黄ばんじゃってる。クリアファイルやクリアブックも折り目がついたり古びてるのが多い。そうやって、どっさり購入したストックも結局捨てるのが多いんだよな〜。ムダムダ〜。

ちょうどライフハッカーに『すぐ役に立つ10の「トヨタ流片づけ術」』ってのあった。
< http://www.lifehacker.jp/2013/01/130109book-to-read.html >

パソコン関連だと、ケーブルがやたら多い。前にも処分したのにまた増えてる。Firewire800もUSBも一〜二本ずつあれば十分だよな。FW400は初代iPod付属の一本だけ残して捨てよう。eSATAケーブルなんてほぼ使わないから一本ありゃいいだろうし。電源ケーブルやLANケーブルも最小限に。電池でも動くものはゴロゴロかさばるACアダプタは不要。ミニサイズのUSBがいろいろ規格があって困る。一種類にしてくれないと規格の意味ないじゃんね!

●謎のポータブルハードディスク

SATAではなく、古いIDEのHDDが入った昔のポータブルハードディスク、20GBとか40GBとかのやつ。中味を確認してから処分しようと思ったら、Firewire400が使えるMacがうちに一台もない! あれ? 前にもそれで困ったような気が。

アダプタ買ったんだっけ? メールを検索したら確かに「ELECOM コネクタ変換アダプタ IEEE1394 6pin-9pin AD-IE6FT9M」ってのをアマゾンで購入してるわ。どこだ〜〜と探したら、一本だけ残した初代iPod付属のFirewireケーブルの先にくっついたままだったー。

さっそく二台のポータブルHDDの中味を確認してみたところ、二台とも「不要」というフォルダの中にいらないファイルが入ってるだけだったw アダプタを買ったときにチェックしたんじゃん〜〜! 同じこと二回繰り返してるヤツ。

●コンクリートブロックや石膏の処分

昔、エアコン室外機の台として使ってたコンクリートブロックが二個。レンガや石と同じく粗大ゴミでは引き取ってもらえないんだよ〜。なので20年も引っ越しのたびに持ってきてたのです。あらためて、区の清掃事務所に相談してみた。紹介してもらった業者に引き取りに来てもらえた。料金は高くなかった。

ついでに、フィギュア作ったときシリコンのバックアップした石膏のかたまりも引き取り可能か聞いたら、できると! ダメ元で、シリコンやレジンキャストの塊も聞いてみたら、ぜんぜんオッケーとのこと! ぜーーーーんぶ持ってってもらった。すっきりー!

処分に困るから石膏は使うのを控えてたけど、これからは使い放題じゃん! レジンやシリコンも大丈夫だぞ! 作業場所を確保しないと作れないけどさ。

捨てられずに残ってたシリコン型、10個くらいあったかな。傷んだり黄ばんだりしてるし、また複製する必要が出てきたら原型からシリコン型作ればいいわけで、大事に取っておいてもしょうがない、ってことで。なので今うちにはシリコン型は一個も残ってません〜。

●iTunesアルバムカバーの処理

クローゼットの奥で不織布スリーブ入りのCDが詰まった段ボールを三個発見! ああ〜〜やっぱり。以前、CDの整理をしたとき、おかしいな、少なすぎる、と思ったんだった。iTunesにアルバムカバーを全部つける作業をしたんだけど、ずいぶん足りなく、カバーがないアルバムがかなりあったのです。

もうついでだから、出てきたCDのアルバムカバー処理を始めることに。A3スキャナ、処分しちゃおうかと思ってたけど、ジャケットとか細かいものたくさんスキャンするとき便利だなあ。これをA4スキャナでやらなきゃいけないとしたらたいへんすぎる。

CDやジャケットといっしょに、ライナーノーツや曲目解説の冊子とかもどんどん捨てちゃってる。ちょっと読むと捨てるの惜しいとか思うけど。で、洋楽とかもともとはライナーノーツって入ってないわけじゃん? 現地で普通に知られてるはずの情報を補うって意味もあるだろうけど。歌詞はWebでたいてい見つかるので必要ない。

「20世紀少年」のコミック付録CD「Lost Kenji Tapes volume.1」をiTunesに入れたら、アーチストが遠藤賢司になってるんですけど、何か関係あるの? ここは浦沢直樹であるべきと思うんだけど......検索したらわかった。登場人物の「遠藤健児」が正解なのね。

iTunesのCDDB、ホントに困るんだけど、クラシックって誰が指揮・演奏してるかがアルバム情報のキモであって、作曲者と曲名とか書いてあっても役に立たんのだ〜! おまけに、四枚組がそれぞれ違う人が入力したやつで、タイトルや書式が全部ちがうとか、一枚だけ日本語版とか。もー!

そんな状態だから、クラシックのジャケットの画像がどのアルバムなのかをiTunes内で検索するのたいへんなのです。10分くらいかかって見つからなければ、元のCDを探し出してiTunesに表示させて、タイトルとか確認するわけです。CDDBのデータがあまりにひどい場合は、あらためてリッピングして自分で入力したり。

アルバムカバー270枚処理完了〜〜! つかれた〜〜。と思ったら、わわ、ジャケットだけ残してたのが40枚くらい出てきた〜〜。追加〜! まだ未処理のボックスセットとかあるけど、とりあえずiTunes内のCDのアルバムカバーはほとんどついたー。

ところで、iTunesストア。以前探して見つからなかった曲やアルバムなど、たいていありますね。すごい。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

なんで「モノ減らし最終決戦」かというと、先週の月〜火曜に引っ越ししたから。当日は大雪の影響を最大限に受けまくり。引っ越し業者のスケジュールめちゃくちゃ。バタバタしましたが、すでに落ち着いて仕事してます。で、あんなに「乾いた雑巾を絞る」思いをしてモノ減らししたつもりなのに、そびえ立つ段ボール山脈を見ると悲しくなった。何が断捨離だ書籍自炊だ、ちっとも減ってないぞ。......また減らす決心ついたけどさ。

●iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」ver.2.0がリリースされました。
「長押しロール」のオン・オフ切り替えスイッチを追加しました。
「オフ」ではレスポンスが速くなるので、素早い演奏が可能になりました。
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV >
●「ヤンス!ガンス!」DVD発売中
amazonのDVD詳細 < http://amzn.to/bsTAcb >


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編集後記(01/23)

●アマゾンでリアル本を品定めしていると、中古品が1円で買えることがあることに気づく。正しくは1円+250円(関東への配送料)の251円である。新刊ではけっこう高い本もわずか251円で買える。なぜ出品者はたった1円で売っているのか。1円で売って儲けがあるのか。それはどんなビジネスモデルなんだ。そもそもビジネスなのか。一度も利用したことはないが、前から変だなあと思っていたら、そのからくりを説明したレポートを見て納得した。

Amazonマーケットプレイスの、65万件もの1円本の仕組み 永江一石
< http://blogos.com/article/53560/ >

[Amazonのマーケットプレイスで本を売ると、Amazonからは発送手数料として250円がもらえるのです。1円本をAmazonで販売すると、実際に振り込まれる額は、送料の250円をプラスして、手数料(60円)を引くと191円になります。発送費は自己負担なので梱包に20円、送料に80円かかるとして91円の粗利になるわけです。(ただしこれは月間4900円を払ってプロマーチャント登録をした場合で、そうでないときは成約手数料100円を取られる)]

マーケットプレイスの中古本で1円出品されている本は、なんと65万冊もあるという。筆者は、アマゾンは運用費用を考えると赤字かもしれないが、顧客の自社サービスへの依存率を高めるためにやっていると推理する。そして、売り上げはみんなアメリカに持って行かれ、日本の流通が大打撃を受け、出版社が先細りになっていくと心配する。そこでこんな提案をする。

[日本の出版社が一丸となり、新刊ではない電子書籍の価格を251円まで下げ、マーケットプレイスを潰すくらいの戦略を立ててくれないとこのままじゃ座して死ぬばかりです。]。電子書籍が高過ぎる、こんなはずではなかったと思うわたしは251円戦略には大賛成だ。筆者は皮肉なこともいう。[「電子書籍が高いから買わない」と言ってる皆様は、きっと安くなっても買わないし、読書習慣がない方はブックリーダーもらっても読まないでしょう。]そうでしょうな。わたしは買いますが。

なお、デジクリでは3年も前、2009年2月16日に神田敏晶さんが「なぜAmazonでは1円で本が売れるのか?」というレポートを書いている。「1円+340円(配送料)」の時代である。その当時はピンとこなかったが、神田さん、やっぱり目のつけどころがナイス。お〜い、神田さ〜ん、お元気ですか〜。(柴田)

KNNエンパワーメントコラム なぜAmazonでは1円で本が売れるのか?/神田敏晶
< http://bn.dgcr.com/archives/20090216140400.html >


●体組成計続き。ただ立つだけで記録されるのだから、続かないわけがない。記録が増えてくると嬉しくなって、また続く。そして別のアプリ『gooからだログ ヘルスアシスト』を見つけて導入。

『bodycloud』は体組成計とgooからだログを繋ぐアプリ。ヘルスアシストはgooからだログと情報連携しているアプリで、bodycloudでアップした情報は当然反映されているし、食事記録や走行記録なども登録できる。

いままで一度もダイエットらしきものをしたことはない。クラスメイトが31品目ダイエットなるものをし、ノートに細かく記録しているのを見たことはある。食べ物を制限する人もいた。いまでもまわりに炭水化物をカットするダイエットをしている人たちはいる。

iPhoneの英語関連アプリを見て、いいなぁ今の人はと思っていた。単語帳を作らなくても、頻出単語がピックアップされていて、間違ったものだけ復習できたり、ゲーム感覚で遊べるものもある。重い辞書を持ち歩かなくてもiPhoneの中にある。インターネットによって英文を毎日読むことだってできるし、音声や映像まで手に入る。それらが貴重で、洋書なんて大きな書店に行かなければ手に入らなかった頃に学生をしていたんだもの。続く。(hammer.mule)

< https://itunes.apple.com/jp/app/gookaradarogu-herusuashisuto/id547463790?mt=8 >
gooからだログ ヘルスアシスト  iOS版
< https://play.google.com/store/apps/details?id=net.nttcloud.ft.karada >
からだログ ヘルスアシスト